prologue
この世界は、理不尽なことだらけだ。
努力したのに報われないこと、無駄になることがたくさんある。
そんな理不尽を、俺は知ってる。
だって俺は、全部体験してきたから。
地獄のような日々で、身をもって体験してきた。
だから分かってるはずだった。この世界は理不尽で、自分の思い通りにいくわけじゃないということを。
……でも信じたいじゃないか。
この努力の先には、何かが待っているんだと。
きっと希望が、そこにはあるのだと。
「お前は……一体……!?」
掠れた声が口から洩れた。
ああ、歯の根が合わない。体が震える。
俺はこれから死ぬんだろうか。
周りにいるこいつらみたいに、死んでしまうのだろうか。
死にたくない。生きていたい。
今までずっと誰かを救うために生きてきたんだ。誰かを救うために頑張ってきたんだ。
そんな俺達でさえ、大切な人に囲まれて、ベッドの上で死ねないのか。
「小僧、お前はこの戦いを最後まで生き残った。褒めてやろう」
何が戦いだ。あれを蹂躙と言わず何と言うのか。
思わず握りしめた手から血が流れる。
今日の任務が終わったあとのことだった。
みんなで片付けをしていたとき、突然男が現れた。最初、男はただじっと片付けの様子を見ていただけだった。
俺らも特に気に留めることはなかった。まぁ、任務も終わったし。
五分くらい経った頃……だっただろうか。男が急に、仲間の一人の首を――
ねじるようにして、取った。
さすがに危険視して銃を撃ったが、効果は無く。弾が当たっても跳ね返るか、傷口がすぐにふさがってしまうのだ。男は最初、わざと銃の攻撃を受けていた。
けれどそんな時間も一瞬で――
突然暴れだした。
男が仲間の身体に触れた瞬間、仲間は音もなく、血濡れになって地面に転がった。
俺たちは徹底的に弄ばれ、皆殺しにされた。俺以外。
今だって周りは血の海で、ビルにさえ血がこびりついている。足元を見れば、ぐちゃぐちゃになった死体で埋まっている。地獄だ。
「そうだな。お前には、魔法、なんてものをあげようか。特別サービスだ。尽きることのない魔力を、お前に与える」
魔力って何なんだよ。ファンタジーかよ。
じゃあ目の前にいるこの中年の男は、魔王だとでも言うのだろうか。
そうだな。そうかもしれない。
戦っていたときには分からなかったけど、この男はずっと、魔法を使っていたのかもしれない。
そういえば、初めから武器なんて持ってなかった。
必死すぎて、今まで気づかなかったけど。
周りの高層ビルは瓦礫だけになっていて。
何もかもめちゃくちゃで。
そんなことをできるのは、魔法しかないのかもしれないな。
でも。でもさ。
確かに俺たちは異世界みたいな生活をしてきた。
してきたけれど、それは一応現実的な話で、ファンタジーなんかじゃなかった。
ちゃんと、この世界の話だったのに。
「良かったな。人間界じゃお前は一番だ。まぁ、儂には勝てんけどな」
うるさいうるさいうるさい!
体がかっと熱くなり、 頭の中が沸騰する。何が良かっただ。何が、俺は一番だ。何が……
「魔力なんていらないから、仲間を返せ! お前、魔法が使えるんだろ。だったら、俺の仲間を……!」
思わず男の胸ぐらを掴む。
男の来ていた趣味の悪いアロハシャツはすぐにしわくちゃになって。
あぁこの男も、こんな風に崩れてしまえばいいのに、なんて。まぁありえないんだけど。
しばらくして急に怖くなって、俺は男を見上げた。目が合う。
……下手なことをしてしまった。殺されるかもしれない。
手が見えた、と思ったその瞬間、俺は吹っ飛んだ。
頬がジンジンと痛む。平手打ちされたのだ。
「小僧。教えてやろう。復讐とは、実に面白いものだ。人間は、弱い。悲しいくらいにな。それが復讐の力を借りるとどうなるか。強くなるんだよ。面白い話だろ? これで、やっと儂に張り合う奴が作れるというものだ」
地面に蹲る俺を見て、男は嗤った。
狂気的だ。人間の考えることじゃない。
ああ、俺はどうしたらいい。どうしたら。
「ああそうだ、儂は魔王だ。これ――というか日本は今、ダンジョン、というものになっていてな。ここは第一層だ。今までお前達が未確認生物だ何だと騒ぎたてていたのは、モンスターだったんだ。だから魔力のある奴にしか見えなかったんだよ。それで、お前達──お前の属する組織の人間──には、これから強くなって、最下層まで来てもらう。そこにはこの儂がいるから、戦おう。あ、あとこれは、お前と儂だけの秘密だからな。他人には言うな。魔力を注入する時に、他の人に言ったら殺すよう、仕組んでおくから」
「ダンジョン?」
思わず尋ねると、男はクスリと笑った。余裕に満ち溢れた表情だ。悔しくて、食いしばった歯からギリっと音がした。
「ああ、そうだよ。ダンジョンだ。たまたまこの星のゲーム? RPG? とやらで見つけてな。面白そうだったんで、やってみたらハマったよ。それで、実際に作ってみようと思ったわけだ」
最低最悪だ。
男のしょうもないゲームのために、俺の仲間は殺されたのか。吐きそうなほど悔しいが、今は何も考える気力が起きない。なんだか、脳がキャパオーバーになってしまった感じがする。
何も考えられないのだ。空っぽになったような気がして。
「俺はダンジョンを攻略したらいいのか……?」
「馬鹿な小僧だな。さっさと理解してくれよ」
魔王が吐き捨てる。
もしかしたら殺されるのかもしれない。
……でも、それがいい。むしろ死んで、早く仲間達の元へと逝きたい。みんなに会いたい。
だってもう訳が分からない。分かりたくない。理解したくない。
なにも分からないまま――死んでしまいたい。
「一つだけ言っておく。儂は宇宙最強の生物だ。そのせいでかなり長いこと生きてきた。地球が誕生するよりずっと前からな。一言で言おう。もう飽きたんだ。お前らの言う――人生、みたいなものにな。飼っている魔物で数々の星を壊してきたりもしたが、今まで儂に歯向かおうとするやつすらいなかった。だから、お前には期待している。お前なら儂を殺れそうだからな。お前、ちゃんと最上層まで来いよ。はい。この話は、これで終わりだ」
男はそう言うと、俺の頭をがしりと掴んだ。
何かが流れ込んでくる感覚がする。これが、魔力というやつなんだろうか。
それにしても、ダンジョンか。ますますファンタジーっぽいな。もはやファンタジーなのかもしれない。
グラグラと視界が揺れる。
「小僧、名前は?」
低い男の声に、いりや とうり、と呟いて俺は目を閉じた。
もう、なんでもいいや。
なんでもいいから、いまはねむらせてくれ。
目の前がモノクロ映画みたいに乱れてきて、俺は目を閉じた。
「月華」
男が声をかけると、今にも崩れそうな建物の影から、小さな少女が出てきた。
黒く艶のある髪は腰くらいまであり、男と同様アロハシャツを着て、薄茶色の編み上げのショートブーツを履いている。
耳元で揺れる、琥珀色の、満月を模した小さなピアスが印象的だ。
「魔王様、なんでしょうか?」
月華と呼ばれたその少女が答えると、男は冷ややかに笑った。その場にいれば誰もが凍るような笑顔だ。しかし少女はものともせず、こくん、と可愛らしく首を傾げる。
「月華。影者討伐部隊に潜って、灯璃の様子を見てきてくれないか」
「御意」
月華はすぐに跪き、倒れている少年の側に立った。
苦しそうに表情を歪めていて、思わず目を逸らす。
「この子は、魔王様を倒せるのかな……」
月華が呟いた時にはもう、魔王の姿はそこにはなかった。
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