絵画姫は断れない
前作への閲覧、評価ありがとうございました。
エスメヒルダ・フォルトゥナは生まれながらの勝ち組といえよう。
生まれはこの国の王家の血を汲む筆頭公爵家。
現宰相の父と公爵夫人の母には厳しくも愛情を込めて育てられ、4人兄妹の真ん中に生まれた彼女は兄に愛されて弟妹には慕われている。
その見目は腰ほどに長い艶やかなブルネットの髪に鮮やかで大きな緑色の瞳を持ちハッとするほどに美しい。
見目いい王家の血も継ぐ父の翡翠の瞳と甘い顔立ちで美姫と名高かった母のブルネットの髪、一目見て二人の子供だと確信が持てるほどの特徴をしっかりと受け継いでいた。
さらに代々宰相や参謀を輩出してきた血筋ゆえか、頭の出来もよく教本は一通り読めば理解できた。
湯水が湧くが如く潤沢な財産に家名を名乗れば誰もがひれ伏す権力を持ちながら彼女自身は奢ることなく不必要な贅沢や圧力はせず使用人たちなどへの分け隔てのない心配りもしっかりと兼ね備えている。
まさに貴族令嬢として鑑のような振る舞いの出来る令嬢だ。
ただ一つだけ彼女には問題点がある。
大抵のことには興味がないのだ。
世間の流行や噂、物事だけに留まらず人に対しても興味を抱かない。
記憶力はいいので今会った人が誰か、いつどこでどんな事件があったか、などは覚えてはいるが積極的に彼女から話すことはない。
話しかければ返答は返ってくるものの、それで彼女の心が動かされた様子などもなく話が膨らむこともない。
交流は必要なぶんだけ、家柄や見た目に寄ってくる人はさらりとかわしては二度と口を利かないことも当たり前だった。
是と非がはっきりとしていて彼女自身や家になんの利益ももたらさないものにははっきりと断りをいれる彼女は高嶺の花として周りから扱われていた。
そんな彼女にも大きく関心を向けていることがあった。
むしろその他のことに向かう分の興味がそこに一心に注がれていると言ってもいい。
その関心事というのが『絵画』だった。
それも無類のといえるほどその興味は多岐に渡り、人物画、風景画、抽象画に宗教画とエスメヒルダ独特の感性でもって多くの絵画が公爵家にて買われていた。
他のどんなことをしている時よりも絵画を眺めている時が充実していると思うし、そのためならばどんな面倒なことでも耐え忍んだり最短の時間で終わらせられてしまうほどだった。
ひとたび彼女のお眼鏡にかなう素晴らしい絵画を彼女の前に持ってきてしまえば人の話など全く聞かなくなってしまう。
噂話よりも絵画、流行よりも絵画、生身の人間よりも絵画。
何よりも絵画を優先させてしまうその様子と、本人の常に変わらない形どられただけの笑みから彼女はいつからか『絵画姫』と呼ばれるようになっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お断りいたします」
にこりともせずバッサリと切り捨てたエスメヒルダは次の瞬間には穏やかな微笑みを口元に浮かべて礼儀正しくごきげんようと挨拶してその場を離れた。
後には苦虫を噛みつぶしたような男と、その程よく離れた後ろではにやにやといやらしい笑みを浮かべた数人の男が彼を見ていた。
おおかたエスメヒルダをダンスに誘えるかどうかの賭けでもしていたんだろう。
この夜会が始まってすぐに彼らがエスメヒルダを見ながら声を潜めて何かを話していることには気が付いていたが、こんな下賤なことをしているとは思いもしなかった。
彼らの顔と名前はもうすでに憶えている。
側にいた使用人に賭け事の会場になるだろう空き部屋を見張っておくように主催者へと言付けて、彼女はまた壁の華となる。
さっきいた場所から離れざるを得なかったのはとても残念だ。
あの場所からはこのホールの天井に描かれている絵画をくまなく見ることができたのだが、この場所からだとシャンデリアが邪魔になって登場人物が数人隠れてしまうのだ。
このホールの天井の絵はこの国の成り立ちに大きく関わった伝説の一場面が描かれている。
乗り気でない夜会もそれを眺めていればすぐに時間が過ぎていたし、口さがない雀の鳴き声も耳に入ってくることもない。
残念だわ、と伏目がちに溜息をついたところでふわりと揺れるドレスの裾が視界に入った。
「あれ?移動されたんですか?」
「ごきげんよう、チェルシー様。ええ……追いやられてしまいましたわ」
「……まあ、無粋な方々」
言葉と言葉の間にちらりと先ほどの男たちに目をやれば、彼女はその意味をしっかりと汲みとってくれる。
この少女はとても賢いのだ。
「そんなことよりもチェルシー様。何かお忘れではなくて?」
「あ。大変失礼いたしましたわ、エスメヒルダ様。ごきげんよう」
「これでもう五度目の社交場なのですから、そろそろ覚えてくださいませ」
「申し訳ありません。ヒルダ様を見るとつい嬉しくなっちゃって……」
「言い訳は聞きませんわ」
少女―チェルシーはエスメヒルダの通う高等学校で知り合った平民の女の子である。
彼女は大変頭の回転が良く、平民の中等学校でもずば抜けて頭がよかったことからその頭脳をある人に買われてより高度な知識教養を学ぶことのできる高等学校に通うこととなった。
そのある人というのが現在の彼女の後見人でもあるのだが、実はその人はエスメヒルダの叔母でもあり、彼女が高等学校に通うにあたって身につけておくべき作法を教えたのがエスメヒルダなのだ。
教えている身として、しっかりとこなしてもらいたいと思うのは当然のことだが、どうにもチェルシーはエスメヒルダに対して気が緩むようで、こういう場での小言が増えてしまう。
そしてこのやり取りを見ていた煩い雀がまた囀り始めた。
きっと平民のチェルシーをまたいじめているとでも囁き合っているのだろう。
彼女たちの間では最近、エスメヒルダとチェルシー、そしてエスメヒルダの婚約者であるザカライア王国第四王子オルヴィンス・ロイ・ザカリーの噂で持ちきりなのだ。
その噂というのはだいたいがオルヴィンスとチェルシーが良い仲であり、それに嫉妬したエスメヒルダがチェルシーをいじめている、というもの。
もちろん事実無根だ。
事の発端が平民にして学内でもずば抜けた頭脳を持つことで話題を集めたチェルシーにオルヴィンスが興味を持ち話しかけたことから始まる。
平民がゆえの発想の展開を面白がったオルヴィンスが度々彼女とお茶会と称した討論会を開いたことで二人が良い仲であると勘違いした人たちがいたのだ。
より高度な知識を得るための高等学校となっているが、その実質はほとんど貴族の社交場の延長となっていて賢い人が多いというわけではなかった。
それぞれ自身が将来担う分野においてそれなりの知識を有している程度でも充分問題はないためにオルヴィンスほど多岐にわたる知識が必要に迫られるわけでもなく、チェルシーほど貪欲に吸収する必要もなかったのだ。
それゆえにそのお茶会も最初こそ何度か数人の生徒を誘ってはいたのだが、二人の会話についていけずにその数がだんだんと減っていき、ついに二人きりとなってしまった。
そんな二人の会話についていけるだけの頭を持っている人がいなかったために必然的に二人だけとなったことが仇となった結果がその噂だった。
その噂に慌てたのは当の本人たちでエスメヒルダはそれほど気にすることもなかったが、主にフォルトゥナ家からの信頼と評価いう面でこのまま二人の討論会というのはまずいと考えたオルヴィンスがエスメヒルダも加えたのだった。
しかし、残念なことにその結果は逆効果となり彼はさらに頭を抱えることとなる。
というのも嫉妬したエスメヒルダが二人の逢瀬の邪魔をしているという噂が付け加えられたのだ。
ここまでくればオルヴィンスもこの年代には愚か者ばかりなのだなと開き直り、数少ない賢者を篩にかけるためにその噂を利用し始めることにした。
もちろん、フォルトゥナ公爵夫妻にもその旨を伝えて協力ももらっている。
オルヴィンスはエスメヒルダを手放す気など毛頭ないのだから、こんな事実無根の不貞で婚約解消を打診されでもしたらたまったのもではない。
一方、頭は悪いくせに口ばかりよく回ると言ったのはチェルシーで、それをエスメヒルダが窘めたのも記憶に新しい。
チェルシーは賢く物覚えもよくて礼儀正しいのだが、平民だからなのか口が悪いところがある。
特にどの貴族よりも尊敬に値し、淑女の先生でもあるエスメヒルダに関することには沸点が下がるようで、度々貴族に馴染みのない下町言葉でもって相手を貶すこともあった。
そんなチェルシーに上に昇り詰めたいのならば口の悪さをどうにかなさいと注意したことすらも平民を貶したと噂になっていた。
それがまたチェルシーの口を悪くさせる悪循環になることに気が付き、これはもう何を言っても無駄だなと判断するのは早かった。
彼女は噂など毛ほども気にはならない。
エスメヒルダが二人の仲を嫉妬して邪魔をしているなんて話をすることは、やはり彼女のこと、そして二人との関係性をちゃんと理解していないと公言しているようなものなのだ。
今ほどの会話の通りエスメヒルダとチェルシーは愛称で呼ぶことを許すほどには気安い関係であるし、オルヴィンスはエスメヒルダのことを心から愛して何よりも大切にしてくれている。
彼がチェルシーに向ける感情はその頭脳に対する感心と尊敬だと知っている。
嘘でも偽りでもなく彼はチェルシーのことを仕事のできる人材として見ているのは色気も何もない討論会の内容を聞けばわかるだろうに、、やっぱりあの人材が欲しいなあと言ったオルヴィンスの言葉すらも尾ひれがついて駆け巡ったことは言うまでもない。
チェルシーのほうだってオルヴィンスのことはより自分の知識を高める手助けをしてくれる良き援助者くらいにしか思っていない。
何を言ってもそっちへと話を持っていきたがるお花畑脳たちを相手に今彼女たちができることといえば、そんなバカげた噂に踊らされない少しでも賢い人間を選別していくくらいだろう。
それがまた難しいことではあったのだが、その選別もそろそろ終わりを迎えるところだ。
のちにこの夜会で彼女たちの同年代の明暗はわかれたと言われるだろうほどに、今日この日に多くの人の行く末が変わっていくのだ。
先ほどまでにエスメヒルダは数人の令嬢に声をかけていた。
彼女たちは噂に踊らされなかった数少ない人物であり、今後エスメヒルダをチェルシーと共に支えてくれる人材となってくれることだろう。
彼女たちにしてみればただあるがまま見て判断していただけにすぎないが、普段は自ら声をかけるということをしないエスメヒルダから声をかけられ、さらに彼女という最強の後ろ盾を得ることとなったのだ。
どうか今後わたくしのもとでその知識と教養を活用してくれませんか?と実家の家格や後ろ盾などの繋がりではない純粋な自分自身に対する評価を貰えたことに感無量の様子だった。
一生ついていきますと涙を堪えた声で応える令嬢の後ろで、選ばれることのない噂好きの雀たちは自分たちもと期待の籠った視線を送っていたが、彼女たちにエスメヒルダが声をかけることはこの先一生ないことだ。
今も二人の悪い話を嬉々として語り合っているというのにその資格があるだなんて烏滸がましいことこの上ないなと、チェルシーはそんな彼女らを横目に鼻を鳴らした。
「ところで、あなたは踊りませんの?」
「踊るよりも踊ってるのを見ている方が好きなんですよね。ヒルダ様こそ、王子殿下ともう踊られないんですか?っていうか、ヒルダ様をほっぽって殿下はどこに?」
「御挨拶回りをされているわ。兄王子殿下は三人ともご健勝なことだし、王太子殿下にも先日御子がお生まれになったから、自分にまで王位が回ってくることはもうないだろうとおっしゃってたもの。これからの足場をより固めるおつもりみたい」
「なるほど」
そう納得しながらも不満げにお二人が踊ってるところもう一度見たかったなぁ、と呟いたチェルシーの視線はエスメヒルダのドレスへと注がれていた。
本心としてはエスメヒルダとオルヴィンスのダンスが見たいのではなく、踊ることでふわりと舞うエスメヒルダのドレスが見たいだけだろう。
まだ彼女のことを一人前の淑女として認めていない後見人の叔母に無理を言って彼女が夜会に参加しているのもそのためだ。
チェルシーにもエスメヒルダほど酷くはないが、多大なる関心を注いでいるものがあるのだが、それがドレスなのだ。
いつだったかにきらきらふわふわ舞い踊るドレスの裾や装飾にテンション上がりませんか!?と嬉々として話す彼女こそきらきら輝いていて、この光景を絵画に残せたらどれだけ素敵なのだろうとエスメヒルダは目を細めていた。
もちろん、その後しっかりと興奮のままに話すという無作法を注意したけれど。
今もそこかしこで舞うドレスをうっとりと眺めるチェルシーは、多くの男性の視線を釘付けにするほどに愛らしい。
この後もよからぬ男が近づかぬように気を配らなくてはいけないでしょうね、とエスメヒルダはチェルシーを伴ってオルヴィンスの元へと向かった。
彼の周りを囲むのもすでに信頼のおける人たちのみとなっているから、チェルシーが危険な目に合うことはないだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これはいりませんわ」
王宮にある大人数でのお茶会を想定したサロンに、この日は所狭しと絵画が並べられていた。
大の大人が三人ばかり腕を広げても足りない大きさのものから小さな子供の手のひらにすっぽりと収まってしまうほどのものまで、様々な絵画が今ここに集められている。
その多くの絵画の前をゆったりと見て回ったエスメヒルダはその中の一つを指してそう言い、続けて複数の絵画も同じように指で示した。
「これとそれ、それからあれとあちらの右から三枚。全てボナッティの技法に上手く似せてますが贋作ですわ。本物以外はいりませんの」
「が、贋作!?なんてことだ……大変失礼を致しました」
この絵画たちをここへと運んだ老齢の美術商はエスメヒルダの指摘に顔を青くし平伏した。
彼が自ら目利きをして持ち込んだ中に偽物が入っていたことにショックを隠し切れないようだった。
普通ならば一介の令嬢にそんなことを指摘されればプライドを傷つけられたと憤ることだろうが、相手がエスメヒルダであるだけでどんな美術商もそれを粛々と受け入れる。
エスメヒルダの目利きは熟練の美術商も認めるほどで、だてに絵画姫と呼ばれてはいないだけの信頼があるのだ。
「ふふ、ジェイコブも騙されることもあるのね?」
「いやあ、私もまだまだでございますな……お詫びと言っては何ですが、噂のベン・エイブルの習作が手に入りましたら真っ先にお嬢様の元へとお持ちいたします」
「あら、手に入りそうなの?」
「競り相手が手を抜いてくだされば手に入りますね」
そう言いつつ美術商のジェイコブが視線をやったのは、この部屋へと一緒に入ってきてからエスメヒルダが絵画を検分する姿をずっと楽し気に眺めていたオルヴィンスだった。
サロンの真ん中に据えられたソファにゆったりと腰かけながら二人のやり取りを見ていた彼はジェイコブの視線に応えるように微笑みを深くした。
「どちらが競り勝っても行先は同じだけれどもね」
「で、あるならば美術商を通してオークションマスターへご入札下さればいいじゃないですか。どの商人も結局はお嬢様に献上するために競り合っているようなものですし、殿下名義で専属商人を立ててくだされば誰も文句は言いませんでしょう」
「そしてその専属商人をお前に指名しろと?」
片眉を上げたオルヴィンスのその言葉にジェイコブも一瞬は喜色ばんだが、それもすぐに落ち込むことになる。
「贋作を七枚も持ち込んだお前にはもったいない話だな」
「……今後とも精進させていただきます」
「ヴィンス様、そのくらいにして差し上げて?わたくしのためにご老体に鞭打って大陸中から絵画をかき集めてきてくれているのですから」
床に額をつきまたも深く礼をしたジェイコブを庇うようにエスメヒルダがその肩に手を添え立ち上がらせるとオルヴィンスも近くにあった椅子を彼の元へと持ってきて座らせる。
嫌味のようなことを言うが、彼もこの老商人を嫌っているわけではない。
「意地悪が過ぎたよ、すまないね」
「いいえ、私も少し口が過ぎましたゆえ」
「厳選にはもう少しかかるだろうからお茶でも飲みながら待つといい」
気安く謝りながらオルヴィンスが入り口付近に控えていた侍女に合図を送り彼のためのお茶を入れさせるのを横目に、エスメヒルダは本物の絵画のうちどれを迎え入れるかを決めるためにもう一度絵画へと目を戻した。
先ほどまでは本物と贋作を見極めるため技術などを重視して見ていたが、今度は手元に残すのに相応しいものを自身の感性でもって選んでいく。
絵画姫と言われていることから絵画ならば何でも欲しがると思われているが彼女にだってちゃんと好みはある。
彼女が絵画を買い付けるときは毎度何十点と持ち運ばれるが、実際に買うのはその中の多くても十数点。
それ以外はその後別の買い手の元に持っていくことになるのだが、エスメヒルダが選ばなかったものもそれなりの値段で買われるようだ。
一度エスメヒルダの前に絵画として出されたものならばそれが本物か贋作かだけではなく技術量も見極められ、まっとうな商人ならば贋作と技術なしと言われたものは弾いてから後の買い手へと持っていくからだとジェイコブは言う。
彼らがいの一番にエスメヒルダの元へ買い付けたものを持ってくるのも、その選り分けを期待しているところもあるのだ。
公爵家の令嬢をそのように利用するのはいかがなものかと思えど、その分安く売ってくれているのでエスメヒルダも何も言わなかった。
それを聞いたオルヴィンスも絵画姫お墨付きなら多少値段を強めにつけても買い手はあるだろうなと笑っている。
そんな朗らかなお茶会を尻目にエスメヒルダはなおも品定めを続けた。
ジェイコブはエスメヒルダが幼少のころから美術商として公爵家へと献上しているのもあって彼女の好みをよく知っている。
そのために毎度厳選に時間がかかるのだ。
毎度のことながら全部買い取ってくださってもいいんですよとジェイコブは笑うが、こんなにも素晴らしいものたちを独り占めするのはよくない。
宗教画や風景画、分類ごとにそれぞれ一、二枚ずつ選んでいく中で、エスメヒルダはふと一枚の人物画に視線を止めた。
輝くふわふわなピンクブロンドにはちみつ色の瞳、真っ白な肌の頬だけが桜色に色づいて、バラ色の唇はみずみずしく描かれている。
少しだけ裕福な家庭の少女がめかしこんですまし顔をしているかのような表情のそのモデルは、エスメヒルダのよく知る人物だった。
「ヒルダ、どうしたんだい?」
「このモデル、チェルシー様ですわ」
「え?」
エスメヒルダの視線が一枚の絵画に釘付けになったことを目ざとくも察したオルヴィンスが問いかけ、返ってきた答えに同じようにその絵を覗き込んだ。
そこにある絵の人物はたしかにオルヴィンスも知った顔だが、貴族に売られる美術品としてはいささか妙な代物だ。
基本的に多く出回る人物画は伝説の英雄や栄えある王家の者たち、その時代を彩る劇団の俳優や歌姫など国内外でも広く名の知られるような人たちのもの。
家族の肖像画などで依頼を受けて描かれたもので後にその貴族か画家が有名人になってその肖像画がオークションに出されることもままあることだが、だいたいの肖像画はそのまま貴族屋敷の倉庫の肥やしとなるばかり。
チェルシーは高等学校では何かと話題にはなっていても、国内という広い目で見ればやはり一介の平民の少女でしかない。
そんな彼女がモデルとして描かれている絵画を普段から貴族を相手にしている美術商が売ろうとするなどありえないことだった。
これが著名な画家のものなら話は別だが、その技術や画風の特徴は今まで見てきたものとは違うもののように思う。
「ジェイコブ、この絵は?」
「ああ、そちらはその隣の絵画を描いた者の弟子が描いたものでして……若いながら素晴らしいものを持っていると思い、お嬢様のお目にもとまることもあるかと思いまして一番出来のいいものを買い付けました。そちらが、何か?」
「弟子……若い方なら、習作として描かれたのかもしれませんわね」
今現在名を馳せている画家たちも若い時には習作として身近な人物をモデルに人物画を描いていた。
その弟子もチェルシーの知り合いで、先人たちと同じように習練のために彼女をモデルにしたのかもしれない。
そういえば、エスメヒルダが彼女と絵画の話になった時、やけに顔料や技法などについての知識が豊富だったことに驚いたことがあった。
教本どころか本にも載っていないようなことまで知っていて酷く感心したがそれはこのモデルをしたときに身に着けたものなのかもしれない。
それにしても、とエスメヒルダはもう一度チェルシーの絵をまじまじと見つめる。
よく描けているものだと思う。
その人の特徴や着ている物の質感とその他の無機物の描きわけはもちろん、何よりも彼女の表情がしっかりと描かれているように思えた。
すました顔を装っている中で少し緊張しているようで、口元に笑みの形を象っていてもぎこちなさを感じる。
表情は硬くても画家に対する嫌悪感はまったく感じられず、信頼していることは椅子に深く腰掛けているところからも見て分かった。
高揚したときのように上気している頬に潤んだ瞳を見ていると、まるで好きな人に見つめられて困っているかのようにも見えた。
いや、実際そうなのだろう。
チェルシーとそのような話をしたことはあまりなかった。
けれど一度だけエスメヒルダに対して素直な好意を伝えているオルヴィンスを見て、いいなぁと呟いたことがあった。
その呟きもまた噂の種となってしまいその後にそういったことを言及することをやめたのだったが、もしかしたらその時の呟きは彼のことを想ってのことだったのかもしれない。
「こちらはお返しになってくださる?」
「お眼鏡にかないませんでしたか?」
「いいえ、とても素晴らしいものだわ。でもこれはきっと大切なものよ」
好きな人を前に取り繕いたい女性の表情をここまで精密に描くことができたのだ。
きっと彼もチェルシーのことをどんな些細なことでも見逃すまいと見つめてきたに違いない。
その集大成ともいえるこの絵を持っていていいのはエスメヒルダでも他の貴族でもなく、チェルシー本人のはずだ。
「彼に渡った代金はそのままで、貴方が支払った買い付け金はわたくしが出します。それから、次回作を期待するとお伝えいただける?」
「かしこまりました」
ジェイコブはほんの少し目を見張ったが、エスメヒルダの言葉に思うところがあったのか素直に返品と言付けを承ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後十点ほどの絵画を買い取りジェイコブが帰ったあと、二人はオルヴィンスの私室へと場所を移してお茶を飲んでいた。
二人分のお茶を入れさせ侍女を下がらせたオルヴィンスは当たり前のようにエスメヒルダの隣へとぴったりと寄り添って座りなおした。
未婚の男女が部屋に二人きりというのはあまりよくないことではあるが、婚約者であり数か月後の高等学校卒業と共に結婚する二人は多少大目に見られている。
学校では不仲であると噂されている二人でも、実際は両者ともに結婚を待ち望んでいるほどに良好なものだ。
「ご不調ですの?」
「……何が?」
途中まではジェイコブと談笑するくらいには機嫌がよかったオルヴィンスがチェルシーの人物画を見つけたあたりから全く話さなくなったのだ。
いつも多弁というわけではないにしろ、同席者が困るほどに無言を貫くことはオルヴィンスには珍しいことだった。
「何か、不快になるようなことでも致しましたか?」
いまだ重い雰囲気を醸し出すオルヴィンスに何か自分が過失でも侵したのではないかと不安になったエスメヒルダがそう尋ねれば、彼はややあってから深く重い溜息をついて首を振った。
とはいえ、固い表情のまま君のせいではないと言われてもにわかには安堵することはできやしない。
何かあるのなら言ってほしいとエスメヒルダが彼の名をもう一度口にすれば彼はようやく不機嫌の原因を口にしたのだった。
「君が…他の人物に関心を向けるのはあまり心地いいものじゃない」
「他の人って……チェルシー様のこと?でもあれは絵画の話ですわ」
「でも、その絵画の向こうには実在する彼女がいた。今まではモチーフが遠い存在だったから我慢できていたけれど、やはり実際に知る人物となると気分はよくないな」
人に興味を持たないと言われているエスメヒルダだって人に興味を抱く心はあるのだ。
ただその興味が向くのがごく限られた少数だっただけのこと。
家族や幼馴染や友人、指折り数えられるほど程度に向けられたそれは彼らの前でのみ表れるものであり、決して他者の前では見られることのないからこそ絵画姫は人に興味がないと噂されることとなった。
そしてここのところはその興味を示す事柄の多くがマナーの教え子であるチェルシーに向けられていることを彼は不満に思うようになっていた。
出会ったころから今まで家族以外に彼女が関心を抱く対象と言えばオルヴィンス一人だったというのに、ここにきてチェルシーという少女がエスメヒルダの日常に深く関わるようになってきたことで彼は最愛の婚約者を取られたように感じていたのだ。
エスメヒルダの最も深い愛はオルヴィンスへと向けられているというのに、重苦しいほどの独占欲を持つ彼はそれだけでは足りないという。
チェルシーに嫉妬心を向けていたのはエスメヒルダのほうではなく、オルヴィンスのほうだったのだ。
「君が見つめるのは僕だけでいいよ」
「わたくしが何よりも大切に思っているのはヴィンス様、貴方だけですわ」
「絵画よりも?」
「ええ、絵画よりも」
何よりも絵画を優先させてしまうはずの彼女が絵画よりも大切だと言うなんてエスメヒルダにとっては最大の愛情表現なのだ
オルヴィンスもそれはよくわかっているからか満足げに笑ってエスメヒルダの唇にキスを落とした。
「今度、賜る予定の領地までお忍びで視察に行くんだけれど、君も来てくれるよね?」
「え、それは……」
「ダメ?」
卒業後、国営の一端として領地を取り仕切る予定のオルヴィンスが賜る領地は、今エスメヒルダたちが暮らす王都から遠く離れたところにある。
王家の者が王都より離れた場所を管理することはあまり例を見ないが、国王はオルヴィンスを信頼してその領地を任せることに決めたようだった。
そこは関係が良好だとは手放しでは言えない国と近く、さらに作物が育つのに難しい気候の場所で活気があるとも言えないような場所。
それまでは国の所有として援助などをしていたが、根本的な問題を解決しなければならないと常に考えられていた。
隣国との問題はオルヴィンスが直接管理することで何かがあればすぐに国王の知れるところとなるという牽制となると推測される。
そして残った問題もオルヴィンスならば解決することができるだろうと任せてくださるのだと彼は自身の能力を認められたことを嬉しそうに語っていた。
彼はその期待に応えるべくその話をもらったあとからすぐにかの地の問題を解決するべくいろいろと下調べや準備を始めている。
エスメヒルダもそんな彼を手伝うためにより良い人材を集めていたのだ。
だから彼が彼女も一緒に領地へと誘うことは何らおかしいことではない。
それなのにエスメヒルダ返答に戸惑うのにはもっと別の理由がある。
その領地に行くには最低でも馬車で四日はかかり、その間各地で宿泊しなければならなくなる。
普通ならば交流のある貴族の持つ領館に泊めてもらうところだが、オルヴィンスがお忍びというからにはそうはせずに市井の宿屋に泊まるつもりなのだろう。
彼は前々からその地の情報を集めるには同じ目線に立つことが大事だなんだと言って安宿に泊まってはその地域の人たちと交流していた。
そんな彼から市井の宿屋は壁も薄く、部屋同士も近しいうえに男女の寝室区間がわけられているところの方が少ないと彼女は聞いていた。
お忍びともなれば侍女や護衛も最小限のものとなるだろう。
いくら結婚間近の婚約者同士とはいえ、およそ十日もの間二人で昼夜行動を共にし、夜も生活音が筒抜けとなるような部屋にいるというのはやはり気が引けてしまうのだ。
なにせこれまで彼女は家族以外と外泊を伴う旅行というものをしたことがなかったのだから。
チェルシーに行儀作法を教えているエスメヒルダ自身の行儀作法も非の打ち所がない。
それは祖母や母、そして叔母の教育の賜物で、少しだけやりすぎとも思えるほどに完璧すぎて、そういった意味では箱入り娘とも言えた。
婚前交渉ははしたない行為、そしてそれを勘繰らせるような行いも恥ずべきものだと、そうエスメヒルダが彼女らから教育を受けてきたことをオルヴィンスもまた知っているはずなのに、彼は極たまにこうして彼女との深い親交を望むようなことを言う。
初めてそれを示唆された時、何も知らずに受け入れかけた彼女をオルヴィンスはそこは拒まないとと困ったように諭した。
私も男だからね、といつもと変わらない顔で笑いかけながら頬を撫でた彼の指先が火傷をしそうなほどに熱く、エスメヒルダはその日終始小さな失敗を繰り返すことになった。
そんな娘を見て母は少々箱入りすぎたかと反省していたと古株の侍女がこっそりと彼女に教えてくれていた。
それからは程よい男性との距離感も教えられるようになり、それすらも承知しているオルヴィンスは実地訓練だなんて言いながら彼女を翻弄しようとしてくるのだ。
もちろん大概はそれでエスメヒルダが困っているのを見て楽しんでいるだけなので、本当にそうしたことを強要されたことはない。
今もどう返すか考えあぐねるエスメヒルダを楽し気に見ながら彼は駄目押しとばかりに彼女の髪へと口づけを落とした。
そうしてもう一度、駄目だろうか?とエスメヒルダの柔らかな髪を梳きながら覗き込む瞳は吸い込まれそうなほどに澄み、傾げた首筋には絹糸よりも繊細な銀髪がさらりと流れていった。
その光景がエスメヒルダに彼女とオルヴィンスが初めて出会った時を思い起こさせた。
二人の婚約はれっきとした政略的なものだ。
互いとの結び付きをよりいっそう強くしたい王家と公爵家の利害の一致で結ばれた婚約。
そこに当人たちの意志など関係はなく、けれど反発するでもなくそういうものだと納得したうえで婚約がなされたのは、両者ともに12歳を迎えた年のさわやかな夏の日のことだった。
その頃にはエスメヒルダはもうすでに何よりも絵画に興味を抱いており、王城に飾られる絵の素晴らしさにばかり気を取られていた。
仮にも婚約を結ぶだろう令嬢として一国の王子の前にいるのにも関わらず、だ。
それに肝を冷やしたのは父である公爵で、エスメヒルダの興味がこれ以上逸れてしまわないように二人を庭園へと促した。
その庭園も絵画に描かれていそうなほど素晴らしくて結局はオルヴィンスをそっちのけで景観を楽しんでいたのだが、当のオルヴィンスもそれほど気にした様子もなく同じように景色を眺めていた。
オルヴィンスとしても政略結婚だと理解してエスメヒルダとの顔合わせに臨んでいたので、それなりに見目と教養がしっかりしているようならばそれで構わないと思っていた。
これから国を背負っていくだろう兄を支える臣下として共に歩んでいけるような良好な関係が築ければよし、互いに情が湧けば僥倖と考えていた。
だからこそエスメヒルダが今の時点でそれほど自身に興味を抱かなくとも、彼女がこれから王子妃として相応しい教養や作法を身に着けていってくれるのならばかまわないだろうと特に苦言を呈すでもなく庭園を眺めていたのだ。
そんななんともお互いに子供らしくないドライな顔合わせとなったのを哀しんだのは両家の親ばかりではなかったようで、両親たちを憐れんだ神のいたずらか互いの気持ちを動かす出来事がその直後に起こった。
ビュウ、と風と共に舞った木の葉がこちらへと飛んでくるのが見えてエスメヒルダは思わず目をつぶったが、その乾いた感触が彼女のまろい頬に当たる感触はいくら待っても来なかった。
それどころか風すらも途中で遮られたように感じてまぶたを開けた先の光景にエスメヒルダは目を奪われてしまったのだ。
強めの風圧の後を引いた風が銀色の髪を弄んで舞い上がっていて、風上はちょうど日のある方だったこともあり、光を背負ったオルヴィンスは後光が差したかのようにキラキラと輝いていた。
それが幼いながらも美しさの垣間見える容貌も相まったことでまるで天の使いがそこにいるかのようだった。
その完璧なまでの神々しさに色彩鮮やかな絵画を目の前にしたときのような衝撃と胸の高鳴りをエスメヒルダは受けたのだ。
「綺麗……」
吐息ほどに小さく漏れただけの声でぽつりとつぶやかれた言葉は間近にいたオルヴィンスには当然聞こえていて、衣服についた木の葉を払っていた彼がエスメヒルダの方へと視線を送った。
そして一瞬だけその目を大きく見開いたかと思えばおもむろに笑って見せたのだ。
その顔は到底12歳の少年とは思えぬほどに色香を放っていて、ますますエスメヒルダを魅了した。
そこからの記憶は曖昧となってしまったが確かにこの時、オルヴィンスはエスメヒルダにとって何よりも美しく心を掴んで離せない存在となったのだ。
一方のオルヴィンスも紳士の行動としてただ突然変わった風向きからエスメヒルダを守るために取った行動だったが、そこに見たエスメヒルダの顔に彼もまた彼女に心を奪われた。
水分が多くなにはなくとも潤んでいるように見えるエメラルドグリーンの瞳が零れ落ちそうなほどに大きく瞬いたあとにうっとりと細められた。
日に焼けない白い肌の中で目尻だけが明らかに赤く染まり、紅など塗ってもいないのに桜色をした濡れた唇からほうっと吐き出された吐息は甘く香ったように思えた。
まるで先ほどまで絵画に向けられていたものの同じ表情をまっすぐと受け止めたオルヴィンスの背はぞくりと戦慄いた。
優秀だが他者に興味が薄いと聞き及んでいた少女。
先んじて行われた同年代の貴族子息子女の集まる王妃のお茶会でも、彼女はその噂の通りどんな相手にも当たり障りのない会話しかせず自分から話しかけることもなく特定の子供と特に親しくなる様子はなかった。
芳しくない反応を返されて、見た目の愛らしさに浮足立っていた子息たちも、筆頭公爵のご令嬢という立場から得られるもののお零れをもらおうと近づいた令嬢たちも子供らしく憤慨して距離を置いていたのを記憶していた。
もちろん、親同士の付き合いがあるだとか有益な話をもたらすような子とは話をしていたが、そんなものはほんの片手にも満たない数だった。
そんな風に他人へと自ら積極的に関わろうとはせず、ともすれば冷めているようにも見える彼女が、唯一といってもいい関心事と同じほど自分に興味を見出したことの嬉しさに震えたのだ。
言うならば優越感だとかそんなものだったかもしれないけれども、こんなにも心が震えたこと自体オルヴィンスにも生まれて初めてのことだったのだ。
「僕と絶対に結婚してくれるね?」
「ええ、はい。もちろんです」
その歓喜と衝動のまま口にしたオルヴィンスへと答えたエスメラルダは見るからに心ここにあらずという様ではあったが、言質を取ったとして今日にいたるまで彼らは婚約者として多くの時間と事柄を共有している。
あれからオルヴィンスはエスメヒルダのあの恍惚とした顔をいかに近くで、そして独り占めするか画策しながら動いている。
幸いにしてエスメヒルダがオルヴィンスの容姿に多大なる興味を抱いていることをよくわかっていたのでそれは案外簡単に叶えることができていた。
彼はただ彼のままエスメヒルダの傍でにっこりと笑って見せれば彼女はうっとりとその顔を惚けさせてくれるのだ。
はたから見ればただ顔のいい婚約者に見惚れているだけにも見えるが、人に興味がないと評価されるエスメヒルダにしてはとんでもなく例外的なことであるとそれを知る人には驚くべき光景だ。
ここのところチェルシーに関心を向けて事あるごとに彼女のために時間を割いて面倒を見ることが増えたのは誤算だったが、それでも彼女に対してあの表情を見せることがないので大目に見ることにしていた。
同時にそうしたときのエスメヒルダが思考を止めてしまっていることにも気が付いていた彼は、どうしても頷かせたいことがある時にはそうなるように仕向けてからお願いをした。
もちろん本気で彼女の嫌がりそうなことや不利益になるようなことは決してしない。
オルヴィンスだって彼女の困った顔は見たいが彼女を追い込みたいわけではないのだから、彼女の許容範囲内で淑女の鑑というイメージから逸脱しない範囲でお願いしている。
そうして事あるごとにちゃくちゃくと彼女との結婚の足場を固めるオルヴィンスによって知らず囲い込まれているエスメヒルダをオルヴィンスの兄たちは可哀そうにと憐れんでいた。
手段は違えど同じように婚約者を篭絡してきた兄たちにそう言われる筋合いはないと言いたいが、囲い込んでいる自覚はあるのでオルヴィンスも笑うに留めることにしたのは今から一年前に婚姻の日取りを決めた日ことだった。
恍惚の表情を浮かべたままなかなか頷かないエスメヒルダの、片側に流されて曝け出された無防備な首筋にわざと音をたてて口づければその細い肩がびくりと震える。
もう一度覗き込んだ瞳は羞恥で涙目になっていた。
それでも決してその視線はオルヴィンスからそれることはなく、一瞬でも見逃すまいとでも言うように食い入るように見つめらている。
そんな彼女の脳内は断るべきだと判断する理性と心の赴くまま頷きたい衝動の狭間で葛藤しているのだろう。
その心の乱れが自分の言動に寄るものだということが堪らなく、そうして葛藤するほどには彼女も自分を欲してくれているのだという事実が嬉しくて彼はエスメヒルダを今もなお魅了する微笑みを浮かべた。
「楽しみにしているよ」
その笑ったオルヴィンスの少年時から凄みを増した艶やかさに、エスメヒルダにはやはり断ることは叶わず言葉もなく頷くしか無いのであった。
その後卒業し結婚したオルヴィンスとエスメヒルダは領地問題の解決策として画家を支援する組合をつくったりアカデミーを作ったりします。
いわばそこを芸術の都に仕立て上げようということです。
そしてチェルシーはエスメヒルダの傍にいれることもありオルヴィンスの要望通り優秀な人材として彼の部下となり、彼らの領地で支援を受ける画家の彼と結ばれるのではないでしょうか。
最後までお読みくださりありがとうございました。