騎士マウリッツ 3α
お兄様が荒い息でドアの外に立っているのは想定内だった。たぶん殿下が想定より早くついたのに驚いて、この部屋に鍵をかけにチャペルから走ってきたと思う。
想定外なのは、お兄様のソウルメイトになるはずだった殿下が思いの外、心が広かったこと。考えてみればもともと優しいサロモン王子殿下は私の尽力でさらに優男になっているから、婚約者をいじり倒す素質があるからといってお兄様の趣味をバカにするという保証はどこにもなかった。あと、いじるのはやっぱり女性限定なのかもしれない。
二人の本能が通い合うことなく、あるのは気まずい沈黙と、秘密を勝手にばらした私の罪だけ。
「アデレード、なぜ・・・」
裏切られたかのように呆然とするお兄様。迫力のある体つきに精悍な顔つきをしているからか、脱力した今の格好は違和感がすごい。
「お兄様、お兄様のためだと思ったの。それで・・・」
ごめん、お兄様。きっと罵倒されて喜んでくれると思ったのに。
いいえ、すみません、私が助かりたかっただけです。どうしよう。
「私、私、この後もお兄様の服を着ていきたい。ずっと。そうしたら、殿下に秘密にし続けるわけにはいかないでしょう。」
とっさに出た言葉に自分でも驚いたけど、これは本当。
お兄様の仕立てた服は驚くくらいフィットして快適。これに慣れてしまうと市井の仕立屋に頼めなくなる。
「アディ・・・」
悲しそうな目で私を見るお兄様。それなりに取り繕った気がしたけど、ダメだったのかな。
それまで気まずそうにしていた殿下が、ごほんと咳払いした。
「アデレード、気持ちはわかる。だが兄上に頼りすぎるのも、周りから見てあまり好ましくないだろう。私としては秘密にしておいても構わないし、王室御用達の仕立屋から選んでくれれば問題は露見しないかもしれないけどね。しかしずっとというわけには・・・」
殿下は「ずっと」の部分が気にかかったみたいで、概ね同意してくれているみたいだった。やっぱり寛大。ひょっとしたらゲームよりも私に対して気弱になっていて、いじるのをためらってくれるかもしれない。
ここで下がってもいいのだけど、ちょっと我儘を言ってみる。
「分かったわ、でも特に部屋着と下着はお兄様のがいいの。いや、えっと、いいのです。」
お兄様と話しているときの癖で、思わず敬語が外れてしまった。あわてて訂正する。
「かしこまらなくていいんだ、アデレード。それに凝ったドレスなどは分からないが、部屋着くらいなら、私が見るのだし、私が・・・」
すこし嬉しそうで、少し恥ずかしそうにする殿下。驚いたことにさっき気にしていた下着は別にいいらしい。最後はしどろもどろになった。
あれ、ひょっとして殿下も服を仕立てるのが趣味だったの?公式設定での趣味は動物と戯れるとか、庭いじりとかそんな感じだったし、実際そういう趣味に付き合ったこともある。だからこそ老若男女、いや動植物すべてをいじるんだと思って、お兄様を献上したのだけど。
でもお兄様の部屋着はフィット感が最高だから、ドレスのおぼつかないアマチュアな殿下には頼めない。殿下は大好きだけど。
「ダメなの、特に部屋着はお兄様のものがいいの。」
「アディー・・・」
「アデレード・・・」
殿下とお兄様が二人でしょんぼりする。殿下の美しい憂い顔は貴重だから目に焼き付けないと。それにしても、なぜお兄様まで落ち込んでいるの。
ひょっとして、今の混乱でお兄様の内に秘めていた性癖が発露しつつあるのかもしれない。今はお兄様をかばったけど、本当は見捨てて蔑んでほしかったとか。ゲームでも、いつも冷静なマウリッツが秘密を知られて慌てふためくところから、だんだん変になってしまう流れだった。
いじったら喜ぶのかしら。殿下にいじってもらうには、まず私が見本を見せないといけないのかも。
私はすこし緊張して、お兄様と向かい合った。