騎士マウリッツ 2σ
私が反応に困っていると、少し興味津々といった感じのアデレードが促してきた。
「どうですか、殿下。」
これはまたグッと来る。また事あるごとに「どうですか、殿下」と見上げて言ってほしい。アデレードは自分の選択に自信をもっているから、こうしてワクワクしながら私に意見を求めるということが少ない。あえて私の買い物を一任して、「これはどうですか、殿下」と私を見上げていってもらえないだろうか。ほっこりした幸せに包まれる。
部屋を見回し、思ったことをそのまま言ってみる。
「なんというか、絢爛だが威圧感がない、不思議な空間だね。」
その部屋には様々な寸法のきらびやかな洋服が並んでいた。よく見ると女性ものばかりで、最初は思わずマウリッツが女装をするのかと思って身構えたが、奴が収まるサイズはみあたらない。すべてアデレードのサイズか、それより小さいものはアデレードの小さい頃のものだろうか。
生地も一流品だが、遠目でも仕立てがすばらしいことに気づいた。これは一流の仕立屋に頼んでいるに違いない。この数、この質、このバリエーション、相当な出費だっただろう。一部の生地は日光が反射して宝石のように光り、ちょっとした展覧会のようだ。
どうやら二人の秘密というのは浪費癖のようだ。マウリッツはいつも質素な格好をしているが、妹の洋服に金をつぎこんでいたのか。
妹の服を一緒に選ぶというのは普通の兄妹ならやや違和感があるが、この兄にしてこの妹あり、全く意外ではない。秘密というから女装癖かなにかだと思っていたが、また肩透かしを食らった気分だ。
「しかし、確かに意外だな・・・」
あえて面白いことがあるとすれば、豪快なマウリッツのセンスがとても女性的で繊細なことだろう。だが一着としてセンスが悪いというものはない。
それにしても、いつもよく似合う、いい服を着ているとアデレードの身なりを褒めてきたが、間接的にマウリッツを褒めていたとは悔しいものだ。
「兄について印象が変わりましたか。」
すこしおろおろしながらアデレードは尋ねてきた。いじらしくて可愛い。こんなことを世界の七不思議でもあるかのように、重大な決意でもって私につたえてくれたのだ。兄思いなアデレードの素晴らしい人柄がにじみ出ている。
誠実に答えないとな。
「まあ、最初はマウリッツも一緒に女装をするのかと思って驚いたが、そうではないようだな。これくらいなら悪いことではないだろう。浪費癖はすこし気になるが。」
マウリッツはアデレードに対して過保護だ。きっと肌の露出の少ないものを選ばせているのだろう。私としてはもう少し露出があってもいいと思うが、どの服もセンスや仕立てはとても良いので注文をつけづらい。これだけ美しい妹がいれば金を注ぎ込みたくもなるだろう。
しかし、奴の保守的な教育方針のせいでアデレードのガードが固くなり、私も苦労させられている。この騎士にしては前衛的な趣味に嫌味の一つでも言ってやりたいが、後腐れのないようにするにはどうしたら良いだろうか。
それはそれとして、この花畑のような衣装の中で、どれがマウリッツの好みでどれがアデレードの選んだものなのかは少し気にかかる。
「それで、マウリッツはどこまで関わっているんだい。」
ふと尋ねると、アデレードの表情が少し暗くなっているのに気づいた。なぜだろう、まだマウリッツに対して悪いコメントはしていないはずだが。
「私はアイデアだけで、細かいところはすべて兄が決めます。」
なるほど。
アデレードとしても兄に依存していることは恥ずかしいことなのだ。兄の秘密を教える、という体で、実はそれを私に打ち明けるため、今日アデレードは私を招待してくれたのだろう。このマウリッツ監修のコレクションは、アデレード自身の兄への依存を示すメタファーみたいなものなのだろう。
マウリッツから少しずつ、私に頼ってくれるようにしていくには、どうしたらよいだろうか。ゆっくりと、だが確実に、アデレードの決意に応えなければ。私がより頼りがいのある男になる必要もある。
ただ、これを見ただけでは、やはりどこまで兄が買っているのか、気になってしまう。
「・・・下着も、かな?」
まさかとは思うが、一応聞いておく。若干聞きづらいが。
アデレードは表情を変えないまま、赤くなったり青くなったりしている。冷や汗をかいているようだ。
なんだか面白いが、同時に変なことを聞いてしまい申し訳ない気持ちになる。だがこの反応は当ててしまったのだろう。
ようやく無表情に戻ったアデレードは、はっきりと口を開いた。
「ええ、でも私が細かく指定しますから、兄の裁量はあまりありません。兄妹の間には家族愛以上の感情があるわけでもありませんし、なんら問題はないのです。」
開き直ってしまったようだ。すこしだけ頬を膨らまして、なんだかモモンガのように可愛い。
アデレードの趣味のものを選んでいるようだが、それでもマウリッツが裁可しているようだ。これはよくない。だがさっきから赤くなったり青くなったりしていたのをみると、まずいという自覚はあるのだろう。
とはいえ保守的なマウリッツのことだ、アデレードの好みのうち過激なものを却下しているだけだろう。そもそも下着などもともとバリエーションが少ないのだから、マウリッツが関わる部分はもともと限られている。
まあ、いいか。マウリッツに下着選びを任せられるということは、いずれ私のターンがやってくる可能性は高い。もちろんマウリッツ同様、アデレードの好みは尊重しようと思うが。
こんな妄想を隣でしているとし知ったら、潔癖なアデレードは私を嫌うだろうか。婚約して7年間、妄想で我慢してきた私をむしろ褒めてほしい気持ちもどこかにある。
何者かの足音が廊下から聞こえ、頭の中の悩ましいアデレードを振り切る。
「アデレード、なぜサロモン・・・殿下がここに・・・」
扉の前で唖然としているのは、騎士マウリッツ・フォン・ノルドファーレンその人だった。