騎士マウリッツ 2α
絶句する殿下にリアクションを促してみる。
「どうですか、殿下。」
あっけにとられていた殿下は笑顔に戻ると、部屋を見回しながら、静かにつぶやいた。
「なんというか、絢爛だが威圧感がない、不思議な空間だね。」
殿下は社交辞令のつもりだったかもしれないけど、それなりに的を射た表現かもしれない。
部屋にはあるとあらゆるサイズの、様々な色の女性もののドレスが並んでいる。それも倉庫みたいではなくて、ちゃんとディスプレーのように、ドアを開けたら綺麗に見えるように配置されている。もともと小さな中庭だったところを改築して、自然光を取り込みつつも外からは何の部屋か見えないようになっている。
兄、マウリッツ・フォン・ノルドファーレンの秘密の趣味は着せかえ人形、そして妹である私アデレードを実物大の着せかえ人形にすること。生地を調達して、裁断から装飾まで全部お兄様がしている。染色や漂白まですることもあるけど、手が荒れるからあんまり頻繁ではないみたい。私は採寸されるときの型みたいなものだけど、じっとしているだけでオーダーメイドのドレスを作ってくれるわけだから文句はない。採寸ごとに石膏で石像みたいな型を作って、それをもとに何着か仕立ててくれる。あと、ゲームのお姫様の格好はコルセットを筆頭に窮屈なものが多いから、私のアイデアをもとに快適な部屋着も作ってもらっていて、まさにウィンウィンの関係を築いている。
ちなみにお兄様に女装癖はない。マウリッツは基本的にはまっとうなキャラクターで、問題の多い攻略対象の中ではほぼ唯一21世紀で生きていけそうな人。セクハラ予備軍の殿下を筆頭に懲戒免職されそうな人たちが揃っている中、マウリッツはそのまま現代に転生してもモテると思うし、絶対に出世する。
ただ面白いのは、騎士の鏡マウリッツ自身はこの女の子らしい趣味を恥だと思っていること。プレイヤーはだいたい「素敵な趣味ね!」「はずかしがることないわ!」「私にも教えて!」なんていう選択肢を選ぶ。いい友達にはなれるけど、それ以上は進展しない。
「しかし、確かに意外だな・・・」
殿下は正しい回答を導き出せるんじゃないか、と期待していたけど、顔を覗くと少し神妙な表情をみせていた。
「兄について印象が変わりましたか。」
恐る恐る尋ねてみると、殿下は珍しく咳払いをして、かしこまって答えた。
「まあ、最初はマウリッツも一緒に女装をするのかと思って驚いたが、そうではないようだな。これくらいなら悪いことではないだろう。浪費癖はすこし気になるが。」
がっかりする台詞がきた。私の計画は失敗。
マウリッツルートはとても難しい。趣味を褒めても、言ってしまえば共犯アデレードの二番煎じになってしまって、マウリッツはほっとするだけ。正しい攻略法は、ひたすらからかうこと。真面目なマウリッツが隠している趣味を無理やり暴いて、そんなにひどい趣味じゃないのにそれを馬鹿にしないといけない。つまり社会的に最低な主人公でないと、この社会的にまっとうな騎士を攻略できない。
趣味をバカにされるとなぜかマウリッツは感動する。さらには「変態!」と叫ぶと攻略に近づく。極端に言えば罵倒されると喜んでしまう変態なのだ。私と暮らしていた今までそんな片鱗は一切みせなかったけど、その他はゲーム通りに成長しているし、ゲーム開始後に初めてその性癖に目覚めるから、まず間違いないと思う。
だからこそ王子がこれから持つはずの性癖にぴったりというか、需要と供給がマッチするはずだったのだけど・・・
「それで、マウリッツはどこまで関わっているんだい。」
殿下はもう少し詳細を知りたいようだった。この様子だと、私の代わりにお兄様と上下関係を結んでもらう方向には行かなさそう。
「私はアイデアだけで、細かいところはすべて兄が決めます。」
こんなに理解があるとは思わなかったけど、これから兄と衣装トークになるかもしれないし、印象操作をしても仕方がない。殿下の質問に正直に答えることにする。
「・・・下着も、かな?」
王子が言いにくそうな小声で言った。
確かに「妹の下着を作る兄」は恥ずかしいけど、それ以上に私が恥ずかしい。下着をお兄様に縫ってもらっているなんて。でもコルセットの苦痛とくらべたらそれくらいは我慢できてしまう私。殿下に知られるのはやっぱり燃えそうなくらい恥ずかしいけど。
でもここで恥ずかしがったらダメだ。王子の性癖が私に対して開花してしまったらまさに本末転倒。
窓を凝視しながら、必死で真面目な顔をつくる。
「ええ、でも私が細かく指定しますから、兄の裁量はあまりありません。兄妹の間には家族愛以上の感情があるわけでもありませんし、なんら問題はないのです。」
他の兄妹に比べれば確実にブラコン、シスコンが進行している自信はあるけど、お兄様の趣味とおしゃれをしたい私の願望が合致した最強コンビ、世間体なんかで壊されてはいけない。
ちなみに、ゲームでマウリッツのシスコンに理解を示すと、やっぱり仲のいい友達で終わる。これも罵倒してあげないといけない。そう、マウリッツはM気味なことを除けばまっとうでプレーヤーの間でも人気が高いのに、クリア後に少し申し訳ない気持ちが残るルートとして知られていた。シスコンを罵倒されて恍惚の表情を浮かべるマウリッツをどう解釈するかによって罪悪感は変わってくる。
殿下はそのまま物思いにふけるように黙ってしまい、きらびやかな部屋には不似合いな沈黙が立ち込めた。シスコンを罵倒されてお兄様が喜ぶ、という可能性はまだ残っているにしても、私は選択を間違えたような後悔に襲われていた。
後ろで誰かが駆け寄る物音がして、殿下と一緒に振り返る。
「アデレード、なぜサロモン・・・殿下がここに・・・」
扉の前には、呆然と立ち尽くすお兄様の姿があった。