騎士マウリッツ 1σ
馬車から降り立つと、甲斐甲斐しくアデレードが門の前まで迎えに来ていた。すこし毛を立たせたヴァイオレットのドレスに、華やかな顔立ちがよく映えている。
「ようこそいらっしゃいました。」
深々と礼をするアデレードだが、なにやら嬉しそうな笑いを噛み殺している。可愛い。
相変わらず少し慇懃でも、こうして出迎えをしてもらうというのはいいものだ。なんだか彼女の世界に迎え入れられているような気持ちになれて、とても心地よい。だが結婚すれば執務も生活も王宮になるから、こうして迎えられるということはないのだろう。それは少し悲しい。執務用の離宮でもつくらせようか。
「そうかしこまらないで。今日は無礼講だからね。アデレードと二人の時間がほしくて、ご両親の指定していただいた時間より早く来てしまったよ。」
早く顔を見せてほしくて、思わず色男の言いそうな台詞をいってしまった。アデレードが警戒しないかどうか少し不安になる。
「もったいないお言葉、ありがとうございます。食前酒の準備ができ次第両親が合流しますが、その前に屋敷の案内などさせていただければと。」
これは逆にいけない。せっかくアデレードの自宅まできたのに、この調子では通常運転に戻ってしまう。
アデレードに素のままでいてもらうにはどうしたらいいだろうか。私の周りには信頼できるものしかいないし、あえてつついたりして鉄仮面を崩してあげようか。荒療治だが、そうしないと今回のように、私と二人だけのときでさえ仮面をかぶるようになってしまうかもしれない。
「それもいいね。お願いするよ。」
笑いかけながら手を腰に当てて、腕をとるようアデレードに合図する。手をつなぐのは許可されているので、いろいろなバリエーションを試しているが、これは接地面積が少ない割にはアデレードがいつもと違う顔を見せるという貴重な組み合わせだ。
緊張でゴクリと息を飲む音がかすかに聞こえた。手をつないでの散歩も人払いしてからと要求していたアデレードのことだ、自宅の使用人に見られるのも恥ずかしいのだろうか。
それでもノルドファーレン公爵家の使用人が「おやまあ、青春ね」などと言ってくれれば、今後の夜会の予行演習になるのではないだろうか。しかしちらと横を見ると儀礼のように手をとって、いつもに増して無表情に歩くアデレードがいる。すこし肩透かしを食らった気分だ。
残念ながら彼女の家の使用人は、私のことなど珍しくもなくなってしまったのか、うやうやしく礼をすると噂話をせずに立ち去ってしまう。世話好きなメイドくらい数人はいるだろうから、冷やかしてくれればよかったのだが。
無表情で淡々と道案内をこなすアデレードに拗ねてみたくなって、思わず声をかける。
「アデレードの家じゃないか、そんなに緊張することないんだよ?」
「緊張などしておりませんわ。それよりもお見せしたいお部屋があるのです。」
なんだろうか。「お見せしたい部屋」というくらいだから彼女の寝室ではないのだろう。むしろ彼女の寝室ならどんなに平凡なインテリアでも舞い上がってしまいそうだが。
先程話していたマウリッツの秘密が関わっていると察する。
「楽しみだが、本当に私が見ていいのかな?マウリッツは私が秘密を知ることについて何か思うところはないだろうか。」
わざとアデレードの耳元、触れるくらいの位置でささやくと、彼女はぴくりと体を動かせて、ほのかに頬を赤くした。こちらまで赤くなりそうだ。手に触れてはいけないとは言われているが、数多くの制限の中で私は恋人らしい交流を開発してきたのだ。
それにしても、マウリッツの秘密は知りたいが、私を見るたびにアデレードもマウリッツも兄妹喧嘩を連想するようになってしまうと困る。だがアデレードの決意は動かないようだった。
「兄はチャペルで祈りをささげていますが、すぐにこちらに来ると思います。表面的には怒るでしょうけど、心のうちでは違うことを考えているでしょう。それに私の秘密でもあるので、私が殿下と共有することについては文句は言えません。」
問答無用で扉を開け始めるアデレード。
「いいですか、これからお見せするのは私と兄の秘密の部屋です。私の秘密でもあるので、殿下とのお近づきの印として、共有したいと思った次第です。」
アデレードの言葉に胸をうたれた。
前回の夜会の帰りに、いつもより上機嫌なアデレードをやや不機嫌な私が馬車で送っていった折、私は思わず「君の本当の姿を私は見ているだろうか」と言ってしまった。思わず訂正したが、アデレードは「私がこうありたいと思う姿は、はたして偽物の私でしょうか。」と質問で返してきて、そのまま終わってしまった。
でもその後、アデレードなりに考えたのだろう。私と誠実に向き合う方法を。そして私に秘密を見せることにしたのだ。なんて可憐な心をしているのだろうか。
それなのに私は兄妹喧嘩の腹いせだろうとおもってしまった。情けない。私はアデレードにふさわしい人間でありたいと思っているのに。
せめてこれから見るアデレードとマウリッツの秘密については、堂々とした立派な対応をしたいところだ。
扉が開く。
「おお、これは・・・」
少しずつみえてきた部屋の中の景色に、私は言葉を失った。