騎士マウリッツ 1α
王室の馬車から、きらびやかなサロモン殿下が降り立った。青を基調として銀の飾りがついたオーバーに、灰色のスラックス。この美男子には髪の色に合わせて明るい色が似合う。
「ようこそいらっしゃいました。」
殿下の美貌をいつまでも見つめていたかったけど、礼儀を踏まえて深々と礼をする。
これから起こることに緊張しつつ、ワクワクしてしまってにやけるのが止まらない。私がニヤニヤしていると企んでいると思われがちで、今日はまさにそうだけど、こうして頭を下げていればバレないかもしれない。
「そうかしこまらないで。今日は無礼講だからね。アデレードと二人の時間がほしくて、ご両親の指定していただいた時間より早く来てしまったよ。」
逆光でもなお輝いている殿下の笑顔が眩しい。
「もったいないお言葉、ありがとうございます。食前酒の準備ができ次第両親が合流しますが、その前に屋敷の案内などさせていただければと。」
「それもいいね。お願いするよ。」
私に笑いかけると殿下は手を腰に当てて、私に腕をとるように合図した。「手はセーフ」と私が言ってしまったばかりに、殿下はありとあらゆる手のつなぎ方を研究してしまって、これは「冬の朝の散歩」バージョン。
殿下の腕を取りつつ、緊張でゴクリと息を飲む。
これでうちの使用人が「あらまあ、初々しいこと」なんていって私が恥ずかしがったら、サロモン王子の性癖が開花してしまうかもしれない。あくまで礼儀として手をとっていると見えるように、能面に徹しないといけない。幸いうちの使用人は、私は殿下を大好だけどいざ目の前にすると緊張してしまうと思っているから、私が楽しそうにしていなくても気に留めないはず。でもお節介なメイドは何人かいるから、茶化してくるリスクはある。
殿下の美しい顔を見てしまうと能面が保てなくなりそうだから、ひたすらに道案内だけを考えてまっすぐ前をみる。
「アデレードの家じゃないか、そんなに緊張することないんだよ?」
「緊張などしておりませんわ。それよりもお見せしたいお部屋があるのです。」
殿下を連れていきたいのは、お兄様と私の秘密の花園。
兄、マウリッツ・ファン・ノルドファーレンはゲームの攻略対象者の中で一番まともな人だった。さらに、王子とは違ってゲーム開始時点では特定の性癖に覚醒していないので、プレーヤーはどう攻略していいか分からないという難関だった。
ちなみにマウリッツルートの悪役令嬢も私アデレード。二人だけで秘密を共有していて固い結束をほこる兄妹に、乙女ゲーム初心者は跳ね返されてしまう。
「楽しみだが、本当に私が見ていいのかな?マウリッツは私が秘密を知ることについて何か思うところはないだろうか。」
使用人を真剣な顔でいなしながら、目的の部屋に近づいていくと、殿下が少し不安げに私の耳元でつぶやいた。殿下の声はすこしくぐもったテノールだけど、こうして優しくささやく感じで話されるとうっとりする音色に聞こえる。
おそらく私のせいでゲームよりも慎重になってしまった殿下。でも優柔不断なところを直してしまうと思い切って私をいじるようになりそうだから、こうした心配性は残しておく戦略でいく。
「兄はチャペルで祈りをささげていますが、すぐにこちらに来ると思います。表面的には怒るでしょうけど、心のうちでは違うことを考えているでしょう。それに私の秘密でもあるので、私が殿下と共有することについては文句は言えません。」
ゲームでマウリッツの秘密に気づいたプレーヤーは、だいたい対応を間違えて攻略に失敗する。でも殿下なら「正しい」道にたどりつく気がする。
扉をゆっくり開ける。
「いいですか、これからお見せするのは私と兄の秘密の部屋です。私の秘密でもあるので、殿下とのお近づきの印として、共有したいと思った次第です。」
そう、この部屋は共有スペースだから、理論上は私が見せることに問題はない。
「おお、これは・・・」
扉の前に広がる光景に、殿下は絶句した。