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騎士マウリッツ 4μ

必死で俺の服を着たいと訴える、純真無垢なアディーを前に、俺は罪悪感ではちきれそうだった。


「こんな無垢なアディーを、俺は、俺は・・・」


自分をいくら責めても責めきれない。


顔をあげると、いままで見たことのない真摯な顔つきで、アデレードは私を見ていた。


「お兄様、実は私、私、お兄様の本当の秘密、知っているの。服を作る以外の、あの秘密を。」


一言一言、噛みしめるように話すアデレード。


そうだったのか。


「アディー・・・」


知っていたのか。すべて分かっていたのか、アデレードは。


それでいて、俺を我慢してきてくれたのか。


アデレード自身が分かっていることを、俺にさとられないように気を遣いながら生きてきたに違いない。


俺の醜い本質を。




俺が妹の採寸が大好きな変態だということを。




はじめは絵だった。5歳でも6歳でも可愛い妹だったが、5歳の姿が永遠に失われてしまうのが悲しく感じて、頻繁にアディーの絵をかくようになった。


だがそのうち実物ほど美しくない俺の絵に絶望し始め、誤差を直すべく妹の体のサイズを測り始めた。妹はじっとしているのがあまり得意でないから、説得するのは大変だった。俺の正確な絵は多くの展覧会で入賞したが、妹は俺の絵にあまり興味がなく、次第にモデルになってくれなくなってしまった。


妹にじっとしてもらう交換条件として、着せかえ人形遊びに付き合っていた俺はふと思いついたのだ。二人がウィンウィンになれる関係を。


妹の可愛さを二次元で再現することにはもともと無理があった。俺はこまめに採寸し、寸分たがわない等身大のアディーを石膏で作り上げる。その型をもとにアディーにぴったりなドレスを作ってあげるのだ。独自のファッションに夢中なアディーと違って俺はドレスに全く興味はなかったが、アディー像を作る大義名分が必要だった。


そうして作り上げた型の数が30を超え、俺の部屋に取り外しできる頭部の保管場所がなくなりつつあった頃だった。妹の体が女性的な丸みを帯び始めたとき、俺は自らの闇に気づいてしまったのだ。いつしか採寸自体が楽しみで仕方なくなっていたことに。そして妹の成長記録を正確無比に再現することに、喜びを感じてしまっていることに。


気がつけば俺は膝をついて、ぼうっとアディーを見つめていた。


「お兄様の服は大好きで、服を作っているお兄様はかっこいいと思う。でも本当の秘密はちょっとだけ・・・気持ち悪いとおもったよ。」


恐る恐る俺に心のうちを打ち明けるアディー。


アディーは苦しんでいたのだ。俺にいろいろな場所を図られる度に、俺に詳細な数字を覚え込まれる度に、俺に何百という等身大の石膏像を作られる度に、アディーは不快感に耐えていたのだ。それでも、俺の気持ちを思って、俺にはずっと黙ったまま、笑顔で。


俺はあまりにも鈍感で、妹の気持ちに気づかなかった。採寸のときアディーは「兄妹だから全然気にならないよ。」などと言いつつ気兼ねなく下着姿になったし、手が滑ったときも「もう、お兄様のエッチ!」などと笑いながら言ってきて、俺は思わず昇天しそうになったのだ。もちろん採寸は型に必要で、型は大好きなドレスに必要、という思いでじっとしているのだろうと勘違いしていた。しかし、実際は俺にとってドレスは型の大義名分で、型は採寸の大義名分であること、すべてアディーは見通していたのだ。それでいてなお俺の茶番に付き合ってくれていたのだ。


俺が成長するアディーの体を計測することを、何よりの楽しみにしてしまったこと、それはすべて妹本人に筒抜けだったのだ。アディーは抗えない気持ち悪さを私にぶつけることなく、ずっと押し殺してきたのだ。


死んで詫びるしか無い。


「アディー・・・・ああ、俺は最低だ。知っていて黙っていてくれたとは、なんて心優しいんだ。それなのに俺は・・・こんな俺を責めてくれ、どうかこてんぱんにしてくれ!そうでないと、俺の気が済まない!」


いつまでも続かないのは分かっていた。いずれ天罰がくだるとは思っていた。でも音楽が止まるまで踊り続けたいような、そんな誘惑に負けて、いままで間違った道を進んできてしまった。


どんな罰でも受けたい。アディーの気が少しでも晴れるなら。アディーを貶めた俺の悪行を償えるというのなら。


最低な俺に、ふさわしい罰則はなにか。


「アディー、もっと言ってくれ!頼む!」


とにかく、俺を罵倒してほしい。俺を罵ってほしい。


最愛の人からの蔑みの目線、それが俺のような鬼には分相応だ。


だがアデレードは悲しそうに首を振った。


「私は、いいの。実は前から全部分かっていたの。私はお兄様のすべてを受け入れるから。大丈夫。二度と悪く言ったりしない。今ので、もう気持ち悪いって気持ちもなくなったの・・・」


もう気持ち悪くない・・・だと・・・


アディー・・・


その天使のような広い心で、兄の邪な趣味さえ受け入れてくれるというのか。


世界が、急に明るくなった。


「アディー・・・アディー!!!」


思わずアディーを抱きしめる。


「アディー!なんて心がきれいなんだ!なんて心が広いんだ!ああ、アディーがうまれてきたことに感謝する!俺は、アディーの生まれた世界に生きていて幸せだ!!アディーのいる世界は幸福な場所だ!!!」


アディーの体の寸法はよく分かっているが、こうやって思い切り抱きしめるのは久しぶりだった。驚いたアディーも嫌がる素振りは見せない。幸せな気分がひろがる。


採寸趣味の兄をこうして受け入れてくれるなど、なんと心の広い妹だろうか。


そんな妹を持った俺は、なんて幸運なのだろうか。


ごほんという咳払いが聞こえた。


「状況はよく飲み込めないけど、マウリッツに対しては、ほんの少し気持ち悪い、と思わざるを得ないかな。」


すっかり存在を忘れていた殿下が文句を言っているようだが、もはやどうでもいい。俺とアディーだけで世界は完結する。


殿下の知り得ない数字をすべて俺は知っている、ただそれだけでも少し優越感を感じる。そして晴れてアディー公認になったのだ!


「サロモン殿下の印象など知ったことか。俺はアディーさえいれば、アディーさえいればいい!ああ、アディー!」


幸せだ。素晴らしい日だ。そうだ、この日のアディーのサイズを測って、二人の記念に銅像を作ろう。


アディー、俺の可愛い妹。


おとなしく俺に抱きしめられるアディーを愛おしくなでながら、俺は幸福感に浸った。


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