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騎士マウリッツ 4σ

マウリッツの弱々しい姿をみて、私は混乱を極めていた。なぜだ。アデレードはマウリッツへの愛を叫んでいて、私もできる限り最大限の譲歩をしているのに、まだ足りないのか。


「こんな無垢なアディーを、俺は、俺は・・・」


私が聞いているのを知ってか知らずしてか、マウリッツはぼそりと呟いた。


そうか、妹をたぶらかしてしまったことを、保守的なマウリッツは後悔しているのか。そういえば信心深いと聞いていた。チャペルで懺悔していると。やはり妹が尋常でないブラコンに育ってしまったことに、忸怩たるおもいがあったに違いない。


「お兄様、実は私、私、お兄様の本当の秘密、知っているの。服を作る以外の、あの秘密を。」


急にアデレードがマウリッツに話しかけ始めた。なんのことなのか。


「アディー・・・」


マウリッツは痛々しくその場に崩れた。アデレードはいつになく真剣な顔をしている。


「お兄様の服は大好きで、服を作っているお兄様はかっこいいと思う。でも本当の秘密はちょっとだけ・・・気持ち悪いとおもったよ。」


最後は小声で、しかし強い決心を秘めた目で、アデレードは兄を見据えた。


気持ち悪い・・・秘密?


そうか、マウリッツは妹アデレードを一人の女として見ていたのだ。きっとそうに違いない。


今、私が見ているのは兄離れの瞬間なのだろうか。秘密というのはおそらくマウリッツの持つ兄妹としては許されない感情のことで、そしてそれを気持ち悪いとあえていってしまうことで、兄の気持ちに終止符を打たせようとしているのだ。


傍観者ながら、アデレードの決意におもわず涙ぐんでしまう。


「アディー・・・・ああ、俺は最低だ。知っていて黙っていてくれたとは、なんて心優しいんだ。それなのに俺は・・・こんな俺を責めてくれ、どうかこてんぱんにしてくれ!そうでないと、俺の気が済まない!」


許されぬ愛。許しを請う兄。別れを告げる妹。マウリッツもつらかったのだろう。今は痛々しいが、アデレードはマウリッツを報われない苦しい思いから開放することに決めたのだ。


そんな重大な場所に私を呼んでくれているとは。アデレードの私への愛情と全幅の信頼に、心が熱くなる。


「アディー、もっと言ってくれ!頼む!」


つらかったのだろう。マウリッツは涙ぐみ、自ら罰を求めている。信心深いこの漢のことだ、妹に許されざる思いをいだくのは、さざつらかっただろう。


罰を求めるマウリッツは、なぜか美しくかつ悲壮だった。アデレードがたじろがなければいいが。ふとみると、彼女は少し動揺してしまっていた。まずい。


「私は、いいの。実は前から全部分かっていたの。私はお兄様のすべてを受け入れるから。大丈夫。二度と悪く言ったりしない。今ので、もう気持ち悪いって気持ちもなくなったの・・・」


なんだと。


アデレードがまたマウリッツに気圧されて、譲歩してしまった!いつもは勢いのあるアデレードが、兄を前にしてさっきから撤退ばかりだ。


どうする。そのままで受け入れるというのはどういう意味だ。兄を哀れに思ったアデレードは、私は捨てて兄をとるというのか。


それはダメだ。防がねばなるまい、絶対に。


「アディー・・・アディー!!!」


涙が止まらないまま、アデレードに突進するマウリッツ。おもわず突き返そうとしたが、悔しいことに反射神経は奴の方が一段上だ。


「アディー!なんて心がきれいなんだ!なんて心が広いんだ!ああ、アディーがうまれてきたことに感謝する!俺は、アディーの生まれた世界に生きていて幸せだ!!アディーのいる世界は幸福な場所だ!!!」


マウリッツはアデレードの情けにどこまで甘える気でいるのか!何たる悪漢だ。


私がなんとかしなければ。この大男をアデレードから引き剥がしたいが、力勝負にはできない。理性で勝つしかない。


場を鎮めるため、少し咳払いをする。


「状況はよく飲み込めないけど、マウリッツに対しては、ほんの少し気持ち悪い、と思わざるを得ないかな。」


怒鳴りたいのを必死で抑える。ここで怒鳴り合いをすればマウリッツの人質となっているアデレードが辛い重いをするだけだ。


「サロモン殿下の印象など知ったことか。俺はアディーさえいれば、アディーさえいればいい!ああ、アディー!」


普段はもう少し話の通じる男だが、あふれる感情でいっぱいになっているのだろう。落ち着いてから理を説くしか無い。


だが少し羨ましい。私の前のアデレードは、やはり仮面をつけていたのだ。純真無垢な本物のアデレードは、こうして信頼できる兄の前だけ現れ、豊かな喜怒哀楽を顕にしつつ、必要とあらば「気持ち悪い」などと耳に痛いことを言う。私には耳に優しい賛美しか言ってくれないのに。どうしたらこの関係に近づくことができるのだろう。どうしたらこの不毛な兄妹愛に、私が終止符を打つことができるだろう。


大男に締め付けられて苦しくはないか、アデレードの様子をちらと確認すると、いかにも困惑したような虚ろな目をしていた。


情に流されて思わず兄の手を振り払えなかったアデレード。それに止めを差す辛い役目は、やはり婚約者である私の役目ではないだろうか。


懇願されると断れないアデレードを、なんとかして助けようという新しい決意とともに、私は前を向いた。


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