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王子サロモン 1α

どんなに引き伸ばしても、終わりは避けられない。


「先週の夜会でも、やはり私とアデレードの不仲説は消えなかったみたいだ。ライカーはまた夜会をセットしたようで、次はもっと恋人らしく振る舞うようにと言っているよ。ただ、名誉を重んじるあなたのことだから、負担になりすぎないとよいのだけどね。」


サロモン王子殿下は優美な動作で紅茶をすすると、その優しい青い目をこちらに向けた。透き通った肌に、柔らかに光るウェーブのかかった金髪。男らしいけどほんの少しやんちゃさを残した顔立ちは、慣れないと卒倒するような造形美だ。乙女ゲームの攻略対象筆頭だから見た目がいいのは当然とは言えるけど、3Dはすごい。こうして隣で見ているだけで幸せ。


だからこそ、婚約者の私アデレード・フォン・ノルドファーレンは避けられそうにないイベントをできるだけ延期してきた。でも無理がでてきている。


「サロモン殿下、私達は節度を保った恋人として、王室と公爵家双方の名誉に恥じない交際を続けてきたはずです。噂を気にして私達の愛のあり方を変えてしまっては、ただの操り人形のような、偽物の愛になってしまいます。」


使い古した言い訳で殿下をなだめようとする。サロモン殿下はカップを皿に置くと、残念そうに首を振った。


「アデレードの気持ちはよくわかっているつもりだ。公の場では毅然と、堂々としていたいのだよね。でも、ぎこちない政略結婚だと思われているせいか、私に言い寄る令嬢が後をたたない。妾になりたいと言い出す者もいる。少し気恥ずかしいのはわかるけど、アデレードは私達の愛を少しでも周りに祝福してもらうことが、そんなに嫌なのかい?」


凛とした姿勢で精悍な顔を保ちながら、子犬のような可愛い目で私をみる殿下。これには抗えない。


でも抗わないと。これは殿下がSっ気に目覚めてしまうイベント。正確には二回もイベントを未然に防いできたのだけど、結局また巡ってきた。


「私達がテニスやチェスに興じているところを、今一度宮廷貴族の方々に見ていただいてはどうでしょう。今度は私も熱中しすぎないように気をつけますから。健全な形で愛情を見せつける機会はまだあるはずです。」


殿下は困ったように苦笑した。この絵も素敵。


「アデレード、前回の乗馬でも分かった通り、私がひしひしと感じているアデレードの愛情やさりげない気遣いは、なぜか第三者には見えないようでね。私は君のキリッとした目つき、なめらかな黒髪、凛として綺麗な顔立ちのすべてを好ましく思っているけど、私と勝負している君を第三者が見ると、私に敵意こそあれ好意があるようには見えないらしい。全くアデレードの落ち度はないのだから、不幸な話だけどね。」


「それは・・・」


そう、私は悪役令嬢顔をしている。少しきつい目つきとちょっと高い鼻以外は私自身満足しているけど、思い切りの笑顔でも何かを企んでいるように見えてしまうことがあるとお兄様が言っていた。悪役令嬢なのだから当然といえば当然なのだけど。


「アデレード、無理をさせるのは忍びないけど、今回ばかりは私の我儘につきあってくれないかな。私としても、私とアデレードの愛が疑われるのは悲しいし、誰かが割り込んでくるのを見ていると辛いんだ。」


私の手を優しく取って、真剣な目で私を覗き込んでくる殿下。美しい。私が一生懸命紳士に育ててきたから、これ以上のボディタッチはしてこない。


「でも・・・」


「お願いだ、アデレード。私も恥ずかしいが、せっかくの君の愛情を誤解されたままでは心が痛いんだ。せめて頬にキスをするくらいならいいだろう?」


こんなに綺麗な顔で懇願されたらノーとは言えない。


「それは・・・」


でもイエスとも言わない。


婚約者がなんで頬にキスされるのを渋っているかといえば、これが乙女ゲームの重大イベントだから。正確には乙女ゲーム開始前の出来事だけど。


サロモン王子はこの夜会でいつも凛としたアデレードが恥じらう姿にハマってしまい、それ以来アデレードに公衆の面前で恥ずかしいちょっかいを出すようになってしまう。R18のゲームではないから、過激なことはされないけど。


ゲームではプライドの高いアデレードはサロモン王子を愛するあまり懸命に耐え忍ぶけれど、主人公が王子ルートを選択した場合、嬉々として王子にいじられる主人公を見て堪忍袋の尾が切れて、主人公排除のために様々な陰謀をめぐらす。主人公がクリアした場合、公の場で王子とイチャイチャしていた上に結局捨てられたアデレードは嫁の貰い手がなく修道院に。クリアしなくとも、もともといじられるのが好きでないのにいじられ合戦を繰り広げて精神的に参ってしまい、いじめのこともあってやっぱり修道院に。主人公が他のルートを選択した場合、ことあるごとに王子にいじられ「ああん、おやめになってえ」と言うコミックリリーフに徹する。


どの場合でも私に幸せな未来はない。まさに悲劇のキャラクター。サロモン王子もアデレードが困っているのに心を傷ませつつ、可愛いアデレードを見たい誘惑に勝てずに手を出してしまう、それこそ悲劇。希望の星は積極的にいじられにくる主人公だけど、アデレードが救済されるわけではない。


もちろん、私が恥じらわなければ大部分は解決したはず。でも過激ではないとはいえ、それなりに恥ずかしいことをされてくるのだ。心の準備をしていても、15年間令嬢として育てられた私は反射的に恥じらってしまう。乙女ゲームの選択肢を選ぶのは簡単だけど、実際に人間のリアクションをコントロールするのは難しい。


「殿下、恥ずかしさのあまり私が壊れてしまったらどうしますか。ふれあいは二人だけのときでいいではありませんか。レディに恥をかかせたりしないでしょう?殿下、お願い・・・」


ではなぜ私がなぜ婚約破棄をせず、必死にお願いしているかというと、このサロモン殿下、ゲームでもSっ気以外は最高の恋人なのだ。ゲームでは人前でのSっぽい言動とプライベートでの甘さで中毒を引き起こす魔性の男だったけど、後まだ覚醒していない現状はまさに最高。あと見た目が思い切りタイプ。


だから私は頑張った。殿下がふとした拍子に恥じらうレディにぐっときたりしないよう、夜会では私と殿下のまわりには妙齢の女性を置かないようにして、殿下のメイドはすべて10歳以上の子供がいる既婚女性にしてもらった。


一方で私はプライドが高く人前で恥をかくのは嫌いなことを事あるごとに伝え、殿下にはレディに恥を欠かせるのは最低の所業だと8歳のころから教え込んできた。ボディタッチも手を繋ぐ以上は厳禁で、キスも手の甲だけ。そのせいか若干性格がゲームと変わってしまったけど、それは’致し方ない。


「大丈夫だよ、アデレード。二人なら乗り越えられる。これは二人のためだから。何かあっても私が守るから、私だけを見ていればいい。私にまとわる女性たちを説得するにはこれしかないんだ。」


少し疲れたように顔を赤らめるサロモン殿下。そう、私の教育の副作用として、王子は乙女ゲームよりもかなりうぶになってしまい、私の目をすり抜けて王子にコンタクトを取ろうとする妙齢な女性にたじろいでしまっている。報告によると女性に腕をだかれただけで真っ赤になるらしい。


ただそういった強引な女性はあんまり人前で恥じらったりしないので、いまのところ王子は覚醒していない。むしろ王子がいじられているから逆パターンといえる。


ちなみに王子にいじられて恥ずかしがるのがポイントらしく、ゲームでは王子をただのSだと思って攻略しようとすると失敗する。さらに王子をギャップでおとすために日頃は堂々と暮らさないといけないので、王子ルートは難易度が高い。要は「いじられても心を病まないアデレード」を主人公が演じられるかがクリアの鍵になる。


私はそれにはなれない。


「殿下・・・」


幸せだったな。でもゲームのアデレードも殿下を愛するあまり壊れてしまったし、私に同じルートをたどる元気はない。身代わりの主人公が登場するまで1年耐え忍んでも、別れがつらくなるだけ。


身代わり・・・


「恥というと、殿下、うちの兄の少し恥ずかしい秘密をしっていますか。」


私の兄マウリッツは筋肉質で男らしい騎士で、当然のようにゲームの攻略対象。一見乙女ゲームによくいる脳筋担当だけど、実は頭は悪くなくて繊細なところがある。意外な秘密をしらないと、いくら一緒に訓練しても武勇を褒めても攻略できないキャラクター。


「それは面白・・・いや、気にかかるけどあまり人の秘密を詮索するのはよくないね。」


殿下の青い目が一瞬好奇心でキラキラに輝いたけど、もとの紳士としての表情に戻った。


そう、最近になって殿下の本能が目覚めかける瞬間がいくつかあって、私が必死で火消しをしているのだけど、そろそろ無理かなと感じ始めていた。


「恥ずかしい思いをすると人はどうなってしまうのか、か弱い私のまえに、屈強な男である兄でまず試すのが良いのではないでしょうか。」


まったく論理的でないけど、殿下の本能をくすぐる台詞。


「それもい・・・・いや、しかしマウリッツの気を害するのは・・・」


案の定、殿下は理性と本能の間で迷い始めた。悩む顔も綺麗。


正直に言うと男のお兄様を恥ずかしがらせたところで殿下が喜ぶかわからないし、殿下が覚醒したら私にも飛び火するかもしれない。でもこのまま私がターゲット筆頭になるよりも、お兄様で「いじりたい衝動」を発散してもらえば多少ましになる可能性もある。その可能性に賭けたい。


ごめんね、お兄様、後でいちごムース作ってあげるからね。


「いや、やめよう。これは私達二人の問題だから。」


残念なことに殿下は誘惑に打ち勝ってしまったようだった。この自制心、将来私をいじらないことに使ってくれればいいのだけど、性癖が覚醒してしまったらどうなるかは未知数だから、なんとも言えない。


「そうですか。では、私が公爵令嬢としての威厳を失う前に、せめて私の屋敷を訪れて殿下の口から説明していただけませんか。」


殿下は安心したように一度目を閉じて、最高の笑顔で私を見た。


「それなら構わないよ。公爵も事情はわかっているが、私から直接説明しよう。」


「ありがとうございます、殿下!」


私が手を取ると殿下は頬を赤くし、おずおずと私の頭に手を伸ばしてそっとなぞるようになで始めた。


こんな純情な殿下を騙すのは忍びないけど、もちろん本題は両親の説得ではない。


ごめんね、お兄様、今度くまのぬいぐるみあげるからね。それにきっとお兄様も喜んでくれるはず。


私は殿下の訪問が楽しみになった。


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