解き放たれる錨(しがらみ)
亜細亜主義とは何か?
古くは勝海舟らが唱えた「日本・清国・朝鮮で共同して西洋に対抗しよう」であろう。
その後、アジアの枠は拡大し、西洋列強の植民地となった地域も含むようになった。
その一方で、清国の横柄、朝鮮の傲慢からアジアに対し愛想を尽かす者も現れる。
しかし、日本がアジアの中に在る事に変わりはない。
そこで「日本が主導し、アジア共同で繁栄しよう」というものに変化する。
この過程で日本は、同じくアジアの盟主を自任する清国、日本にとって実感出来る生の恐怖であるロシア帝国と戦い、勝ち抜いた。
そして自信をつけた日本は、軍事的にも日本が西欧列強に代わってアジアを支配し、アジアに力をつけて独立させようというものになった。
そもそもは平和裏にアジアと共に立つという亜細亜主義からは、どんどん変質していった。
その上で「西洋と日本の違いは何か?」という疑問が生まれ、やがて「西洋は覇道、東洋は王道」という理論にたどり着く。
「覇道」それは武力による統治。
「王道」それは徳による統治。
頭山満の考えは、この「王道」の「亜細亜主義」である。
軍事は否定をしないが、軍事による統治は好まない。
軍事は独立を勝ち取る時に必要なのだ。
故に彼は、日本が「王道楽土」を唱えながら、軍事力で満州国を立てた事も、それを次第に日本が自領的に蚕食している事も気に入らなかった。
溥儀来日に際しても、公式晩餐会への招待を「気が進まない」との理由で断わっていた。
そんな彼を訪れる者がいた。
頭山は、大陸浪人たちの線から、満州国海軍に転属した戦艦「陸奥」の艦長が会いに来る事を既に聞かされている。
しかし、どうにも気が乗らない。
(その男は白人の唱える満州に東方エルサレムを、という企みに乗った者だ。
是非協力を、なんて言われても俺は乗る気は無い)
「頼もう」
早稲田鶴巻町の頭山宅に声が響く。
同志が門越しに問う。
「何者か? 先生は誰にも会わないぞ」
「通りすがりの軍人だ、覚えておけ!」
それは朝田艦長について来た角矢砲術長の返答だった。
「通りすがりの軍人が何をしに来た?」
「道を聞きに来た。
我が艦はどう進むべきかを、だ」
一連のやり取りを聞いていた頭山は、むくりと起き上がり
「通りすがりの者なら入れてやりなさい。
今日居留守の対象は、満州国の使いと称する者なのだからな」
そう言って招き入れる事にした。
「朝田哲郎です」
「角矢司郎だ」
「頭山満である。
道を聞きたいとは一体どういう事かね?」
「最早満州は行き詰っていますが、それと共に我々の戦艦も進路を見失いました。
普通に考えれば、日本に戻り、命令に従うべきでしょう。
しかし、外国を見て来た我々には、どれが正しいのかどうか分かりません」
「で、俺に聞きに来たのかね?」
「伊達順之助って奴が、あんたに聞けと言ったんだ。
何か普通の人では思いもつかん事が有るんだろ?」
生意気な物言いは角矢少佐であった。
頭山は一通り朝田に思っている事を吐き出させた。
朝田はアメリカ留学中に、同じく日本帝国海軍軍人から誘われ、様々な秘密結社の会合に参加をした。
彼に主義主張があった訳ではない。
専ら諜報活動のつもりで参加し、分かったのか分からなかったのか、東洋人独特の茫洋とした表情で居たところ、次第に深入りしていった。
アメリカにもイギリスにもドイツにもロシアにも、ユダヤ人という民族がいる。
彼等は経済的に成功しているが、一つ、どうしても欲しいものがあった。
国である。
この辺は、一度国を追われ、北の果ての斗南に移住させられた会津人の心に響くものがあった。
紀元66年に古代ローマ帝国と戦ったユダヤ戦争敗北以後、彼等は2000年の流浪を続けている。
それが何となくだが、次第に強く、朝田を「東方エルサレム」構想に、「河豚計画」に深入りさせてしまった。
海軍には、ユダヤ人自治区を通じてアメリカとの連携を強めようという一派もあり、アメリカやイギリスの同志とともに計画を進めていった。
しかし、1929年に一気に変わってしまった。
日本もアメリカもイギリスも、エゴを剝き出しにし始めたのだ。
そして様々な思惑の絡まる満州国に来てみたものの、次第にアメリカ・イギリスとの連携は遠のき、日本の独占物となりつつある。
彼等は東南アジア、シャムに居た。
そこで彼等は、白人たちの横暴も見て来た。
シャム王国はフランス領インドシナの拡大を恐れている。
その一方で、自分たち日本人も白人よろしく「教えてやる」というような態度を取ったりしていた。
何が「王道」か何が「覇道」か、区別などあろうか?
その一方で、ただ戦艦が「そこに在る」だけで白人たちは一目置いた。
軍事力は決して否定出来る要素では無い。
この軍事力を日本の為だけに使うのか?
もしもずっと日本に居て、外を知らずに居たならば、このような疑問は持たなかった。
しかし、一度日本から切り離され、単独で東南アジアに君臨する唯一の戦艦で居た時に、別な風景が見えた。
だが、これは気の迷いなのか、どうか。
腕を組んで、黙って聞いていた頭山は、聞き終わると大声で笑い出した。
「あんたはエライ。
そこに気付くだけ、気付かん馬鹿より、もっと大馬鹿だ」
「大馬鹿ですか」
「そうよ。
利巧な者はな、気付いても忘れてしまって、官に奉じるのだ。
気付いて悩む奴は見込みがある。
だが、そのあんたにしても、まだ狭い。
見ている世界が狭いぞ」
「世界が狭い」
「ちょっと待っていなさい」
頭山は地球儀を持ち出した。
「亜細亜における独立国は我が日本と、蒋介石君の志那と、シャム王国だ。
世界をもっと広げてみると、ここにまだ白人の支配が及ばぬ国がある」
「ここは?」
「エチオピア? エチオピア帝国ですな」
「そうだ、エチオピアだ。
その独立が昨今脅かされておる」
エチオピア帝国は、伝説によればソロモン王とシヴァの女王まで遡る事が出来る。
日本の皇室と並び、伝説上は最古の王朝と言えた。
エチオピアのソロモン朝は16世紀に一度衰え、日本の戦国時代のように諸侯が武装割拠する時代に突入した。
それを再統一したのがテオドロス2世で、そのテオドロス2世の捕虜となるも、殺される事無く可愛がられ、やがてソロモン朝の皇帝と復活即位するのがメネリク2世である。
メネリク2世の治世、エチオピア帝国はヨーロッパの1国、イタリア王国の侵略を受けた。
第一次エチオピア戦争である。
1896年3月1日のアドワ会戦で、メネリク2世率いる10万のエチオピア軍は、1万5千のイタリア軍・エリトリア民兵を撃破する。
この勝利でエチオピア帝国は、植民地でない独立国として国際社会に認められた。
1922年にイタリアで政権の座に着いたムソリーニは、再度エチオピア帝国を支配すべく動き出している。
現皇帝ハイレ・セラエ1世(メネリク2世の従兄弟の子)は、折角エチオピアを国際連盟に加盟させたというのに、イタリアの脅威に共に立ち向かってくれる国が無く、困っているという。
「どうだね、世界が狭いと言った理由は分かっただろう。
ユダヤ人はそう、アメリカやイギリス、さらに日本と救いの手がある。
だが、エチオピアにはそれが無い。
国際連盟は、文明国同士の戦争は止めるが、文明国が蛮国で成敗する事については、一切仲裁を行わぬようだ。
もしも君が何をかせんと欲するならば、満州ではなく、アフリカではないのか」
「大体分かった」
角矢少佐の方が先に結論を出したようだ。
「ユダヤ人だけが虐げられた民ではない。
満州族や日本やアメリカ・イギリスの駆け引きが全てじゃない。
世界には弱き者がまだ複数いる。
味方のいない者が存在する。
そういう者たちの為に戦えば良いのだな」
頭山はそれには反応を見せず、朝田の方をジッと見てた。
視線に気づいた朝田は、何等かの返事をせねばなるまい。
「お考え、有り難く頂戴しました。
ただ、これでも多数の部下を持つ身。
部下の事も考えた上で動こうと思います」
「おう、それがええ、それがええ。
ここであんたが部下の事も考えずに突っ走るようなら、一発殴っておったわ!
その上であんたに一個、言っておきたい事がある」
「何でしょう?」
「もっと馬鹿になりなさい。
あんたも分かってはいるようだが、まだ足りない。
時々利巧なとこが見えるから、人はあんたを利用しようと近づいて来る。
世界で暴れたいなら、馬鹿であれ。
他人の思惑など、知った事か!
ただ一つ、世界の為にあれ」
「分かったような、分からんような。
ですが、お言葉ありがとうございます」
「そこの生意気な若造も、もっと艦長を補佐してあげ給え」
「分かった。
艦長、新しい旅を始めましょうぜ」
かくして朝田と角矢は頭山の元を辞した。
一方、副長の才原は、艦長の密偵である松尾特務中尉を捕まえて、頼み事をしていた。
それは海軍省に忍び込んで、今後の自分たちがどうなるかを調べて欲しいというものだった。
「調べるまでも無い。
元々、機関長や主計長など、分隊長以上は成功したら優遇、失敗したら使い捨てにされる。
シャムから日本に寄った時に、異動が無かった二十数名はそうだ」
あっさりと残酷な事を語る。
「何故知っているのだ?
君の素性に関わる事からか?」
「素性……何を言ってるのか分かりませんが、既に艦長に言われて調査済なんですよ、これは。
任務を拝命した時から、はみ出し者ばかりの上層部だったんで、言われているように懲罰人事なのかどうか、調べるよう言われてました。
優秀だが癖がある、組織としては余り必要が無い者たち。
成功したらそこで頑張って貰うから、そこで出世すれば良い。
失敗したらそこで終了。
海軍に居場所はもう無いですよ」
「やはりそうか……」
才原は度が過ぎる博打打ち、時に仕事よりも博打を優先するダメ人間だが、それだけに勘は異常なまでに鋭い。
東京埠頭に停泊していると言うのに、訪れる同僚も無く、海軍省に呼ばれもしない、主力戦艦の乗組員たち。
その時点で「おかしい」と思っている。
その晩、艦長の帰還と共に、「陸奥」上層部での密談が行われた。
そこでは最終的な判断は旅順帰還後に持ち越す事となった。
旅順ではあの男が待っていた。