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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第2章:満州国海軍編(1929年~1935年)
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馬鹿が馬で戦艦にやって来る

 朝田艦長は、満州に来ても松尾特務中尉から情報を得続けている。

 彼の正体が、艦から出られぬ艦長の目や耳となる者と周囲も知り、勤務態度についてとやかく目くじらを立てられる事は無くなった。

 相変わらず「素性の分からぬ男」ではあるのだが。


 松尾は北では無く、南の情報を仕入れて来た。

 先日まで「陸奥」が「イサーン」として所属していたシャム王国の事である。

 「イサーン」出航を待っていたかの如く、事態が一気に動き始めた。


 プラヤー・パホンポンパユハセーナー大佐、略してパホン大佐だが、彼は人民党に所属し、兄弟たちと立憲革命を起こした。

 パホン大佐は来日時、風貌の相似から「シャムの西郷さん」と呼ばれたが、会津出身の朝田はそれを思い出して

「日本もシャムも、やはり西郷は謀反人か」

 とだけ漏らした。


 国王ラーマ7世は眼病を患っていた。

 その療養で訪れたアメリカを見て、立憲政治を考えていた。

 しかし、実際に改革しようとすると王族の反対が大きく、出来ずにいた。


 パホン大佐もまた、保守的な王族に手を焼いた一人である。

 必要な軍備の要求を王族に断られた。

 また、世界大恐慌にあたり王室財政の削減を求めたが、それも王族に邪魔された。

 王族に憤りを感じたパホン大佐はフランス留学経験のあるプレーク・ピブーンソンクラーム少将、プリーディー・パノムヨン法案起草局長官らの人民党に加わり、革命を起こす。

 ラーマ7世はその時、眼病療養の為に留守であった。

 この革命は成功したが、彼等は王を廃さず、王の下の立憲政治を選択して憲法を発行する。

 フランス留学時代に共産主義に触れていたパノムヨンは王制の廃止を唱えたが、果たせずにフランスに亡命した。


 ここまで聞いたところで、艦長室のドアがノックされる。

「緊急事態かね?」

「そうだと思います」

「うん? 一体何があったんだい?」

「馬賊が訪ねて来たのです」




 その男は、中山服の上に毛皮を羽織り、ロシア人の帽子をかぶっていた。

 下半身は日本軍の軍服で、長靴を履いている。

 どうにも変わった男だが、顔はよく見れば非常に若い。

 しかし、こんな無頼が警備の厳しい旅順要塞の中にある旅順港、しかも外から見えない場所に停泊して整備を受けている戦艦「陸奥」に現れたのであろうか?


「いつまで待たせるんだ!!

 あ、レモネードもう一杯くれ」

 傍若無人に騒いではいるが、意外に礼儀正しい。

 腰の刀を外し、帽子は脱いで掛けている。


 陸戦隊数人と応接室に朝田が入る。

 副長他、艦長が出る必要は無いと言ったが、朝田は興味を持った。

 そこで警備は万全にするという条件で彼が出張った。

「艦長の朝田だが、まだ貴殿の名を聞いていない」

「おっと、そうだった。

 下郎に名乗る名は無いが、艦長殿なら別だ。

 吾輩は伊達順之助と言う。

 山東独立軍を率いていた」


 伊達順之助の事を朝田は情報として仕入れていた。

 確かに満蒙独立や山東独立という闘争に身を置いた、元大名の子弟。

 陸軍の山縣有朋や軍閥の張作霖を暗殺しようとした危険分子。


「その伊達殿が一体何の御用でしょう」

「この艦、俺にくれ」

「は?????」

 少々の事では動じない朝田も、余りにも突飛な事を言われて意味が分からなかった。

「この艦、『陸奥』って言うんだろ?

 だから、俺にくれないか?」

「そこが分かりません」

「俺の先祖は誰か知っているか?」

「伊予の伊達宗城公ですね」

「もっと前だ」

「常陸入道念西でしたか?」

「…………狙って惚けているなら、あんた凄いね。

 俺もそこまで古い先祖は知らなかった。

 あーー、もう分かってんだろ、伊達政宗だよ」

「はあ、そうですな」

「伊達政宗と言ったら陸奥国の王だ。

 だから伊達政宗の子孫の俺は陸奥を指揮する資格がある。

 故に戦艦『陸奥』は俺のものだ」

「面白い三段論法ですね」

「面白いか!

 そこを分かるあんたも中々だ。

 じゃあ、貰うぞ」

「ダメですな」

「何故だ?

 さっきあんたは理解したじゃないか」

「この艦にはやるべき事があるからです」

「どうせあの小さい癖に大つけてる日本帝国海軍の仕事だろ!

 小さい小さい。

 俺に献上し、世界征服しようじゃないか」


 外で聞いていた連中は

(世界征服??

 あの馬鹿、頭が戦国時代に戻ってしまったのか?)

 と呆れていた。


「世界征服ですか」

「そうだ」

「矮小ですな」

「なんだと、こら!」

「この艦は今、世界戦略の一環で動いているのです。

 貴方の個人的な世界征服に付き合っている暇はありません」


(艦長、そういう問題じゃないでしょ!!)

(話合わせてどうするんですか!?)


「ほほお、中々面白そうな事を言うな。

 教えろ、世界戦略とは何だ!?」


(ほら、馬鹿が食いついた!)


 朝田は細かい事までは言わなかったが、世界から溢れ出ているパーツ「ユダヤ人」問題を、日本・アメリカ・イギリスで解決しようとし、その過程でソビエト連邦と対峙しなければならないと話す。

 伊達順之助はしばし黙って聞いていた。

 そして

「面白いじゃねえか」

 と呟く。


(ええええ???? 説得出来ちゃったの????)

 応接室の外の士官、兵たちは、ノリについていけなくなった。


「うん、気に入った。

 そういう事情なら、俺の世界征服の為に使うのはしばらく待つ」

「御理解いただけたようで」

「代わりにだ、俺も混ぜろ!」


(混ぜろって、子供の遊びですか!?)

(艦長、断って! 断って!!)


「お仲間になるのなら願ってもない」


(ええええ???? 艦長、何言ってんの?)


「おお、そうか」

「仲間に入るのなら、貴方の秘密も教えていただかねばならない」

「何だよ、俺に秘密など無いぞ」

「では、質問に答えてくれますね?」

「ああ、何でも聞け」


「貴方は数年前、山東独立闘争で朝鮮人の居留区を襲い、関東軍と戦闘を起こしました。

 ここ旅順は、その関東軍の拠点です。

 和睦をしたとは聞いていませんが、何故自由に出入りしているのですか?

 言い方を変えれば、誰が背後にいるのですか?」

「ああ、関東軍に喧嘩売った癖に、関東軍の本拠地に居るのが不思議だって事か。

 顔が効くんでね。

 愛新覚羅顯㺭って女を通じてね」

「愛新覚羅?

 では、執政溥儀の一族ですか?」

「そうだ。

 川島浪速って満蒙独立の時に知り合った奴の義兄弟が愛新覚羅善耆、粛親王という。

 その粛親王の娘が愛新覚羅顯㺭、日本名を川島芳子って言うんだ」

 つまり、清朝皇族との繋がりをこの男は持っている事になる。


 だが、それは伊達家ってだけでは出来る事じゃない、朝田はそう考える。

 誰かがこの暴れ者の貴公子と、川島浪速という大陸浪人と、清朝皇族を結びつけたのだろう。

 それを知る必要がある。


「貴方と粛親王の御息女が知り合った時、近くに白人はいませんでしたか?

 そう、アメリカ人、もしくはイギリス人。

 白系ロシア人ではない、もっと金持ちそうな」

「よく分かったな。

 そいつが川島芳子に俺を引き合わせてくれた。

 それだけでなく、銃や爆弾を買う金をくれたり、武器商人を斡旋してくれたりする」


 なるほど、合点がいった。

 秘密など何も無いと、知ってる事を話してくれる伊達順之助の言葉に、嘘は無いだろう。

 彼の背後には、自分たちを動かしているのと同じ連中がいる。

 だが伊達順之助は「河豚計画」等には全く関与していない。

 保護計画とか、まるで知らなかった。

 そっち方面では期待されていないのかもしれない。


 だが……

(結べる縁は結んでおいた方が良いやも知れぬ)

 朝田はそう思い、


「では、これからよろしくお願いします。

 気が向いたら、どうぞ気楽に来艦して下さい。

 伊達殿の名は伝えておきますので、顔と名前だけで入れるようになりますよ」

「おおお!!

 あんた、いい奴だな。

 流石は将来の俺の旗艦の艦長、いや司令官だ」


(なに言ってやがるんだ!)

 伊達順之助へのツッコミである。


 応接室の外では、艦長の行動が分からず、士官・下士官のツッコミも渋滞しまくっている。

『副長、終わったらどうにか艦長を説得して下さい』

『いや、俺にあの人は説得出来んよ。

 何を意図してのものかは聞いてみるけど』

『お願いします!』




 伊達順之助が退艦し、「陸奥」の幹部は艦長の元に詰め寄せた。

「なんであんな男をおだてて、あまつさえ勝手な乗艦許可を与えたんですか?」

「んーー?

 あの人、宇和島伊達家の御曹司だよ。

 そして清朝皇族と繋がりを持っている。

 満州の執政が、その清朝最後の皇帝な以上、皇族と繋がりのある人を無碍には出来ないじゃない」

「いや、だとしても、あの男はおかしい」

「脳みそが20世紀に生きてませんよ」

「あんなのと近づいたら、艦長の立場が危うくなるのではないですか?」

「ふむ……、俺は既に立場ってのは危ういと思ってるんだがね」

「艦長、皆はそこが分かりません。

 艦長が何を知っていて、何を考えているのか、披露していただけませんか?」

 副長がそう言った為、周囲は静まり、艦長が口を開くのを待った。


「以前聞いていた計画では、満州は五族協和を謳っていた。

 日本人、朝鮮人、中国人、満州人、蒙古人の五族だ。

 それにユダヤ人や白系ロシア人、さらにはアングロ・サクソンやゲルマンも加えた『東洋のアメリカ合衆国』を目指す、というものだった。

 だけど、この旅順に入港して、情報を仕入れてみたらどうも違う」

「どう違うのですか?」

「確かに首謀者の石原中佐はそのつもりで決起した。

 彼に協力する勢力もそうだ。

 だが、出来た満州国はアングロ・サクソン、つまりアメリカやイギリスを追い出しにかかっている。

 石原中佐が起こした戦争について、アメリカもイギリスも結果を認める方で動いていた。

 何故なら、彼等のシナリオ通りに進んでいたのだからね。

 でも、満州国はもう乗っ取られかけている」

「誰にですか?」

「大日本帝国陸軍の主流派、にだよ。

 陸軍は基本的に日本国内の経済人と繋がっている。

 それに下士官、兵士は多くが農村の出身だ。

 先年来、日本の農村は生糸と米価が暴落した事と、逆に凶作になった事で疲弊している。

 娘を置屋に売る家庭も出ているそうだ。

 日本の財界と近い陸軍上部、農村の疲弊を憂うる下士官・兵士たち。

 彼等は折角出来た満州国を日本のものにする事で、経済の活性化や、農作物や生糸の輸出先に利用しようとしている。

 純粋に帝国の為を考えての行動で、悪い事ではないが、思惑は大きく食い違う」


 聞いていた者たちは静まり返った。

 成る程、シャム王国から満州国と外国暮らしをしていたせいで、日本国内がどうなっているのか、彼等は実感が無かった。

 満州国を国際戦略の為に作った勢力と、満州国を日本の繁栄の為に利用しようとする勢力。

 不況下の現在、後者の方が支持されている。

 そしてアメリカ、イギリスのバックアップが失われていく。


「事情は分かりました。

 国際戦略派の艦長や自分の立場が危ういのも分かりました。

 分からないのは、あの伊達家のボンボンを手懐けている事です。

 清朝との繋がりは分かりました。

 他には如何なる理由があるのですか?」


 朝田は才原副長の方を見て、また惚けた顔になる。

「『奇貨居くべし』ってねえ。

 『史記』にあるんですよ。

 呂不韋って商人が大事にした秦の貴公子、その子が始皇帝となって天下統一したんですよ。

 世の中何があるか分からないし、縁は大事にした方がいいですよ」


 何となく煙に巻かれて、一同は解散した。

 副長は朝田の向かって

「艦長、先程皆の前では言いませんでしたが、呂不韋はその『奇貨』たる始皇帝によって死を与えられるんですよね」

 そう呟いた。

 朝田は空を見たまま返事をする。

「そうなったら、その時だよ。

 先の事が、本当に分からなくなった。

 だけど、どこか一つの繋がりだけを大事にしていて、上手く立ち回れなくなる方が怖いよ。

 俺の故郷はそうして酷い目に遭ったからねえ」

タイトルは映画「馬鹿が戦車でやって来る」を捩りました。

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