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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
最終章:戦後編(1945年~)
61/62

「陸奥」よ永遠に

「遅いお帰りだな、松尾特務中尉」

「その声は角矢少佐か」

 そう言うとガマル・マツオはドアを一気に開け、拳銃を暗闇に向けて容赦無く撃ちまくる。

「当たったか?」

 彼は角矢少佐が朝田艦長の敵討ちに来たと見て、返り討ちにしたのだ。

 それには問答は不要。

 声が聞こえた方に先制攻撃をかけた


 筈だった。


 ドアから身を覗かせた彼の腹に熱い感覚が走る。

 それは朝田艦長が持っていた脇差だった。

「居ない間に家探しした。

 お前が艦長の刀を持っていた。

 伊達順之助は色々と法螺吹きだから信じ難い話もあった。

 だが、これが有った以上、もう有罪確定だ……」

 角矢少佐はドアの真っ正面に等居なく、ドア脇の闇に潜んでいた。

 気配を残すように、軍服だけをドア正面の椅子に掛けていた。

 元隠密相手の騙し合いだったが、角矢はイギリス情報部の現役からレクチャーを受けていた為、どうやら勝てたようだ。


 まだ息のあるガマル・マツオに対し、角矢少佐は拳銃でトドメを差した。

 銃声に警察が駆け付けて来る。

 角矢少佐は素直に逮捕される。

 彼は「陸奥」の弱点を教え、ガマル・マツオの情報を教えて貰っただけで、具体的な計画は知らない、敢えて聞いていない。

 だから、あとはかつての連合国軍の英雄である角矢少佐に対し、英仏から外交的に解放要請が来るのを待てば良かった。




 伊達順之助は、他にも旧知の人間に連絡を入れていた。

 今は情報部の武芸師範となっている霍慶南とオットー・スコルツェニーにである。

 死んだと思っていたかつての仲間から連絡を受け、2人は驚き、相談する。

「俺はダテの依頼に応じようと思う」

「何故か?」

「戦艦『ムツ』撃沈は、亡き総統(フューラー)の宿願でもあったからだ。

 今更だが、それに応えたい」

「ユダヤ人の国に居ながら、かつて彼等を滅亡させようとしたドイツの総統の怨念を晴らそうというのか。

 中々大胆な事だな」

「なあに、ユダヤ人の国イスラエルと言えど、やってる事は第三帝国と大して変わらん」

「ほお?」

「元々ここに住んでいた連中を、隔離地域(ゲットー)に追い込んでいる。

 人間、やる事は変わらんといういい証拠だ」

「それと、張宗援の依頼に応じる事に、どう繋がりが有るのか?」

「俺は強い奴を甚振るのは好きだが、弱い奴を圧倒的な力で嬲る事を好まん。

 グランサッソで、ハンガリーで、アルデンヌで俺が戦ったのは、相応の相手だ。

 武器も持たん相手ではない。

 あの艦、『ムツ』も似たところが有るな。

 あの艦も、強敵の中の弱点を突く事はあっても、そもそも弱い相手を叩くのは潔しとしないだろ。

 そんな役をさせる前に、沈めてしまうのも良いかもな。

 この強いイスラエルにおいて、弱いアラブ人が必死に最強の武器を破壊に来る。

 全くもって美しい。

 むしろ協力してやりたいくらいだよ。

 だが、依頼は黙認しろという事だ。

 ダテは俺の恩人だし、依頼に従って借りは返すとしよう。

 で、あんたはどうするんだ?」

 聞かれた霍慶南もまた、ユダヤ人や世界の常識とは違う答えを返す。

「我と張宗援は義によって縁を結んだ。

 義によって頼まれたのであれば、否とは言えぬ。

 我の仕事は格闘術の仕込みだ。

 なれば、義侠からは張に従うし、仕事から言えば関わりの無い事だ」 

 恐るべき抑止力の2人は、こうして「陸奥」を守る戦いに加わらなかった。




 そして、アラブ工作員の行動は速かった。

 日本人が行方不明となったのが明らかになったら、即座に警戒強化される。

 その前に決死隊が「ダビデ」艦内に水中から潜入していた。

 目的地は第四砲塔真下。




--------------------------------------


「『陸奥』の第四砲塔は、エリトリア沖、クロンシュタット、南アフリカ沖、ノルウェー沖で被弾している。

 爆弾か魚雷かの違いは有るが、装甲で弾き返してこそいても、爆発の衝撃で歪みが生じている。

 そこにタイでの火災だ。

 歪みと熱で弱くなったとこに、最後の占守沖での爆撃で、ヒビが入っている。

 見ても分からない。

 俺がたまたま、外壁を叩いていたら、音が違う場所があった。

 朝田艦長、才原副長には報告していたが、2人とも戦争も終わったし、直す予算も付かないのではないか?と言っていた。

 実際、『陸奥』はイギリス海軍には残れず、スクラップとして売られた。

 だから直していない筈だ。

 朝田艦長がイスラエル国防軍に報告したとしても、イスラエルに戦艦の砲塔を直す技術も資材もドックも無い。

 警備員さえ排除出来れば、外部からの爆破で弾薬庫に火が入る」

 角矢少佐は絵を描いて説明する。

 重い主砲を支えている上部の方に扇型に広がるように、反響音が違う部分がある。

 主砲弾薬庫に入り、中からも聞いてみたが、そこの音はやはり違っていた。

 ヒビは深刻だろう。

 まだイギリス海軍に在籍していた1945年、朝田艦長は主砲の故障を理由に、第四砲塔下の弾薬庫に主砲弾を置かなかった。

 主砲が理由ではなく、弾薬庫が理由だったのだ。

 イスラエルが第四砲塔にも主砲弾を置いているなら、彼等は気づいていない。


 しかし、この破壊工作を行う者は、生きて帰れないだろう。

 艦内は迷路のように入り組んでいる上に、水密扉を閉じられたら逃げ道を失う。

 爆破したら艦と共に死ぬ事になる。


「我々も日本人には負けない。

 貴方たちが行った崇高な犠牲死(カミカゼ)に倣う。

 アラブの同胞の為、我々は自爆(バンザイ)する。

 情報提供感謝する」


 工作員たちはそう言った。


--------------------------------------




 工作員たちは「陸奥」の案内図を見ながら、艦尾に近い第四砲塔弾薬庫を目指していた。

 日野主計長も味方についた事が彼等を助けている。

 主計長が持っていた「陸奥」の内部構造図から、案内図を書き起こす事が出来たのだ。

 可能なら直接弾薬庫内部で自爆する。

 もしかしたらヒビの程度が思ったより問題無く、爆破しても弾薬庫に火が入らないかもしれないからだ。

 だが、やはり艦橋、主砲、副砲、機関室、機械室、弾薬庫の警備は厳重だ。

 工作員たちはやがて発見され、警報が鳴らされる。

 警備課員が追って来る。

 工作員たちは弾薬庫を諦め、教えられた弾薬庫左舷側外壁に目標を変える。


 イスラエル側は、そんな場所が目的地であるとは思わない。

 仮に目的地と知っていても、分厚い鉄の壁を手持ちの爆薬で壊す事等不可能だ。


 工作員は目的地に辿り着く。

 そして鉄の壁を叩く。

 バシッと分厚過ぎて反響すら来ない、叩いたハンマーの音すら籠った音となる部分の中、ある場所から他とは違う音がするゾーンがある。

 ある場所はガラスが擦れるような音がする。

 ここだ。

 鞄から爆薬を取り出して、貼り付ける。


 足音がして、イスラエルの警備課員がやって来る。

 弾薬庫の中に居た当直が、外から叩かれる音、本来なら外を叩いても中に聞こえない筈なのに、不吉なガチャという嫌な音がした。

 彼等も気づいたようだ。

 外壁から破られる!

 急ぎ艦橋に事態を知らせた結果、警務隊がやって来たのだ。

 爆薬担当以外は、短機関銃を持って、敵接近を足止めする。


「アブドッラ!

 慌てず、急いで、正確にな!」

 仲間たちはそう言いながら、身を盾に爆薬担当を守って戦う。

「出来たぞ!」

 そう言うのと、味方が全滅するのは同時だった。

「隊長、ありがとう」

 アブドッラはそう言い、イスラエルの警務隊に

「遅かったな!」

 と叫ぶと、爆破スイッチを押した。


 工作員たちの犠牲は報われた。

 弾薬庫の外壁は完全に壊れた訳ではないが、あちこちが崩れて、火が入る。

 生き残った当直は急いで消火器で対応するが、すぐに火薬に火が入った。

 そして砲の炸薬に誘爆し、第四砲塔が吹き飛ぶ。

 それと同時に、散々打撃を受けていた後甲板、右舷側装甲が吹き飛ぶ。

 割れて第四砲塔より後方が脱落する。

 致命傷だ。

 続いて機関部が火を噴く。

 重油燃焼機関は動いていなかったが、高熱が重油に火をつけたようで、もう手の施しようが無くなった。

 二代目艦長は、任じられたばかりで非常時の判断が遅れている。

 総員退艦が命じられる前に、戦艦「ダビデ」は大爆発を起こし、多くの乗員を道連れに沈没した。

 救いは、和平後の平時であった為、乗員の半数は基地居住、或いは自宅通勤で無事だった事だ。




 かくして戦艦「陸奥」の旅路は終わった。

 この後、アメリカ資本によって一度は引き揚げられる。

 四番砲塔より後ろ、舵機やスクリューは失われた。

 前方4分の3の部分も火災で損傷していたが、艦橋より前になるとほぼ無傷であった。

 金はかかるが、直して直せない事は無い。

 就任したばかりのアメリカのアイゼンハワー大統領は、政権末期に差し掛かっていた日本の吉田茂総理大臣に「陸奥」引き揚げと修理、その後の記念艦化、イスラエル軍のままの維持、或いは返還かを尋ねる。

 アイゼンハワーには、共に戦った「ムツ」に対する戦友のような感情があった。

 しかし吉田総理からの答えは

「スクラップにしてくれ。

 我々はもう戦前に戻る気は無いのだ。

 それが我々の決意だ」

 というものであった。

 多数の上級国民からの抗議が有ったものの、吉田は頑固に拒んだ。


 イスラエル軍も、運用出来る軍人の枯渇、戦艦という艦種の寿命が尽きた事、既に戦艦「ダビデ」無しでもアラブ軍を圧倒できる軍事力を持てた事、そして図体が大きく港湾の主要部を占有してしまう事から、撤去を要請する。

 かくして、いくつかの砲をイスラエル沿岸要塞に設置し、艦体は元々の予定通りにスクラップにされ、やがてエルサレムやテルアビブの建築の鉄骨として再利用される。

 特に無事だった前方2基の主砲は、陸上設置されても存在感を発揮し、要塞としての価値を高めるものであった。

 だが、その砲は守る時のみ火を噴き、最早攻めに行くことは無い。

 「陸奥」はこうして、一部の砲のみを残してこの世から消え去った。




 外交圧力で釈放された角矢少佐の旅路は終わらない。

 伊達順之助から、このままアラブの武装組織に残らないかと誘われたが、断ってまでしたい事がある。

「外国から日本に干渉し、仇為す日本人の排除だな」

 日野主計長が聞く。

「そうだな。

 『陸奥』が通りすがりの戦艦になったのは楽しかったが、元を辿れば外国と結託した日本人が、余計な事を画策したからだ。

 とりあえず、そういう連中をぶっ倒す旅をするさ」

「協力させて貰うよ。

 君の戦いには金が必要だろ?

 資金面で助けさせて貰うよ」


 やがて、人知れず世界的な秘密結社から「日本を」守る孤独なヒーローの物語が多数作られるようになる。

 時には「裏切者」の名を受けながら、己を罵る人間を守るヒーロー。

 時には「日本人抹殺」を掲げる者たちを、インドの超能力で撃退するヒーロー。

 時には体を改造されながらも、僅かな協力者と共に戦うヒーロー。

 時には故郷から遠く離れた地で、限られた時間の中で正体を知られずに戦うヒーロー。

 そのモデルが、故郷を石もて追われ、裏切り者と罵られながらも、己の信じる事に従って一人で戦い続けた元「通りすがりの戦艦」の乗組員である事は、知る人ぞ知る話なのであった。















 ところで、とある都市伝説がある。

 破壊された古代エルサレム神殿、その地下深く……

 鉄屑となった筈のそいつは、吹き飛ばされた後甲板や機関を換装して眠っているという。

「ベースとなった艦体をコーティングし、真空でも空気漏れは起きません。

 主砲は実体弾以外を発射可能にしています。

 まあ主砲は、知的生命体相手ではなく、軌道上の障害物除去程度のものですが」

「後甲板には暫定的に大気圏外用ノズルと、大気圏内でも使える補助エンジン用ノズルを搭載」

「男子500人、女子500人、そして動植物の『胚』を乗せて、最大70年生活可能な『方舟計画(プロジェクトノア)』、

 仮に人類が隕石衝突や致死性疾病爆発流行(パンデミック)、破局的火山噴火等で地球から避難しなければならぬ時、この巨艦は役に立つ」

「あとはエンジンだけですな」

「ああ、それがネックだよ。

 何とか画期的なエンジンが発明されれば、この地球再播種艦『陸奥の方舟(テバー・シェル・ムツ)』は完成する。

 我々イスラエルでは粒子加速器を使って新型エンジンを開発している」

「『陸奥』建造国の日本では対消滅エンジンに必要な反粒子のグラム単位での作成に成功したとか」

「あの国もアメリカも核融合エンジンに向けて研究しているな。

 我々も負けてはいられない」

「完成する日が近からん事を!」

「使用する日が遠からん事を!」


 「ムツ」という播種船に乗り込む名簿が密かに作られているという。

 人類の危機の際は、「ムツ」という方舟が地球を脱出するという。

 それは人類の希望だという。


 あくまでも都市伝説である。

 復活する必要がなく、眠り続けるなら、それはそれで良いのだ。

 それが非常時に活躍する艦の宿命なのだ。


   ー 完 ー

ラストのラスト部分は、「夢」です。

軍艦なんて役に立った後は沈んで歴史から消える道具であって良いのです。

が、仮にも主役を張った艦を、気に食わない使われ方をされるくらいなら、って事で沈めただけでは寂しい。

もう時代に沿わないから、日本からもイスラエルからも「要らない」と言われるのは、リアルではあっても寂しい。

なので、都市伝説ですよ~って形にして、最後の改装後の「陸奥」を残してみました。

(あとリアルなイスラエルで物語を終わらすより、旧約聖書の世界のイスラエルっぽい方が後味悪くなく収まりました)

宇宙船が水上艦の形である必要は無いだろ?

ええ、都市伝説ですから、と逃げてみます。

書いたように、使う機会が無いのが幸せ、本当だったんだと確信する日が来たら不幸なので、あとは安らかに眠っていて下さい。

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