「陸奥」抹殺計画
伊達順之助はソ連の沿海州に仲間の馬賊たちと上陸し、田舎官憲を蹴散らして逃走した。
逃げ延びられたのは僅か三十数人。
伊達順之助こと張宗援はここで一団を解散する。
手にした財宝、持ち出せたのは僅かだが、全てを分け与えて馬賊たちを満州の野に返した。
その後彼は、身ひとつで再開した国共内戦に加わる。
しかし、十年以上中華の大陸に居なかった彼は、既に過去の存在だった。
仲間と思った者に、共産党軍に売られる。
ここから消息不明となる。
ある者は、そのまま中国共産党によって殺されたと言う。
ある者は、寧ろ共産党より伊達を恨む国民党に身柄が引き渡され、処刑されたと言う。
またある者は、国民党に引き渡されが、そこで密命を受けて日本に潜伏したと言う。
別のある者は、国民党に渡した者こそ偽者で、本人は共産党の工作員として何処かへ潜伏したと言う。
「で、どれが本当なんだ?」
「全部嘘だ」
「何だと?」
「勝ち目が無い俺は、売られる形で国民党軍に捕まった。
そこで死んでやろうと思ったのだが、生かされた。
そして処刑される形で、共産党軍を背後から脅かす回族地域に潜んだ」
「回族とは、イスラム教徒の事か」
「そうだ。
そうしたら、この新疆の事は良いから、パレスチナを守ってくれと言われてね」
(厄介払いされたんだな……)
「そんな、頼まれたら嫌とは言えないだろ!?」
(いい加減嫌と言え! いい年した爺さんになったんじゃないのか?)
「ところがだ!
来てみたら、もう戦争しているじゃないか。
急いでイスラム国家社会主義人民革命首長団を作り、俺は党書記長大総統元帥となったのだ」
(何だろう、この尋常小学校卒業して、高等小学校に上がったくらいの男児が、将来は大元帥だ、大将軍だ、超大統領だ!と言ってるような乗りを、今でも持ち合わせいる、この感覚は……)
後世、これを中二病と呼ぶ。
「『陸奥』の事は本来関係無かったが、朝田さんの事が有ったんでな」
本題に入る。
「朝田さんが居ない『陸奥』に未練は無い。
あれは俺の艦だ。
俺の艦を俺がどうしようが勝手だ。
『陸奥』の事は俺に任せて欲しい。
が、あんたに教えて欲しい事がある。
その交換条件として、俺の組織はあんたを朝田さんの仇討ちに協力する。
どうだ?」
「やはり艦長は殺されたのか?」
「そうだ」
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その日、朝田艦長はガマル・マツオの訪問を受ける。
訪問の目的は、改宗し、イスラエルに対し忠誠を誓ってくれというものだった。
「忠誠を誓うって事は、『陸奥』をもって敵を撃滅せよと言う事だよな?」
「他にあるのかね?」
「だったらお断りだ。
せめて俺が艦長を勤めている内は、この艦を弱い者虐めには使わせん」
「何が弱い者虐めには使わせんだ!
この艦は自分より弱体のイタリア軍やソ連軍、ドイツ軍を嬲って来たではないか!」
「……松尾中尉、言ってて虚しくならなかったか?
確かに海軍は弱いが、どいつも一歩間違うとトンでもない事になる強国だぞ」
「君は広島を見たか?」
「見ていない」
「あれこそが、力が有る者がその力を全力で振るった証だ。
弱い者に過ぎたる力は、もはや残酷だ」
「どうでも良いだろ?
もう君はここで世話になっているのだから」
「俺ももう年だ。
俺の目が黒い内は、家を失った難民に41センチ砲を向けるような真似はさせんでくれ。
俺が『陸奥』を使って『広島』をこの地に再現させたくはないのだ」
(最早、どう説得してもダメだな)
ガマル・マツオは冷徹な隠密の頭に切り替える。
「艦長、賭けをしませんか?」
「賭け?」
「私が勝ったら、貴方は私の方針に従う。
貴方が勝ったら、貴方が生きている内は好きにして良い。
どうだ?」
「良いだろう。
知ってるかね?
俺は強いぞ」
2人は賭けを行った。
ポーカーである。
朝田は黒のエースと8のツーペアで勝利する。
「嫌な手だった」
「何が?」
「こいつはね、『死者の手』と呼ばれる手なんだよ」
「じゃあ、正解でしたね」
「????」
朝田は手から力が抜けるのを感じる。
何が?
毒??
マツオが淹れた茶を飲んだ、それが原因かもしれない。
だが、朝田も博打打ちで、危機回避の本能がある。
淹れたお茶を、マツオがよそ見している内に取り換えた。
さらに一口飲んだ後で、再度取り換えた。
マツオは毒茶ならば両方飲んでいる筈。
だが、彼は何ともないではないか。
「強運の持ち主を騙すのも骨が折れる。
いや、内臓が傷つく。
あんたが察していたように、俺は茶に仕掛けをした。
両方の茶にな。
毒見の後、あんたは安心した。
両方に毒が入っているなら、最初から毒消しを飲んでおけば良い。
俺も無事では済まんが、あんた程ではない。
あんたは死ぬのだからな!」
「汚いな。
そんな卑怯な手は無効だし、大体賭けは俺の勝ちだ」
「ええ、あんたの勝ちだ。
だから最初に言っただろ、『貴方が生きている内は好きにして良い』と。
あと何分かは、あんたの自由さ」
こうして元隠密の自ら傷つく事も厭わない暗殺術で、朝田は殺害された。
「形見で貰っておくよ」
ガマル・マツオは、朝田が身につけていた先祖伝来の脇差を持って、迎えの工作員に連れられて帰っていった。
一連の暗殺について、イギリスが放っていた二重諜報員が報告を送っていて、伊達はその縁で情報を得ていた。
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「なんて奴だ!」
角矢は憤慨する。
せめて穏便に退役させてやれば良かったのだ。
だが、それをすると、朝田に着いて来た乗員も一斉に退役しかねない。
彼等を引き留める為にも、朝田は自殺し、死後も乗員はイスラエルに従えという遺言を残す必要があったのだ。
「それに、スターリンがまたぞろ吠えているようだ」
「スターリンって、あのソ連の髭野郎がか?」
「そうだ」
中東戦争で、アメリカはイスラエルの味方をしている。
一方のソ連はアラブ側の味方をする。
中東地域は米ソ代理戦争の様相を見せ始めていた。
そんな中で、またしても戦艦「陸奥」の影が見える。
スターリンは
「いい加減、あの艦の名前も聞き飽きた。
あの『人民の敵』を葬らねば、安心してあの世にも行けん」
と言い、そのまま日本に対し圧力をかける。
「戦艦『陸奥』という、大日本帝国が残っている内は、ソ連は日本との平和条約の交渉に応じる気はない」
そしてソ連シンパの日本人も「戦前の遺物を潰せ!」と騒ぐ。
このソ連がバックについた労働団体や学生に対し、連合国軍総司令部も、占領地日本政府も頭を痛めている。
先年、吉田茂が総理大臣に返り咲いた。
彼は占領を終わらせるべく平和条約を結ぼうと奔走する。
平和条約が締結されたら、占領軍は日本を出て行かねばならない。
しかし、中華人民共和国成立や朝鮮半島の情勢、そして日本国内へのソ連シンパの浸透から、アメリカは軍を退きたく無い。
そこで占領軍の一部駐留と、それを補完する日本再武装論が出て来た。
アメリカは日本に35万人の軍隊保有と、自国で余った空母、強襲揚陸艦を買うよう要求する。
吉田と側近の池田勇人蔵相は、兵力19万人、攻撃的戦力を持たない警察予備隊に収める。
だがアメリカではこんな意見も出た
「今、イスラエルで問題になっている戦艦『ダビデ』、旧名『陸奥』を日本で買い戻さんか?
そうすれば日本の海軍力も強化されるし、我々にも都合が良い」
吉田は「陸奥」を買い戻す気等無い。
経済通の池田蔵相も
「買い戻す際に莫大な金をイスラエルに払わせるのがアメリカの目的でしょう」
と言う。
「陸奥」を買う金で、一体どれだけの事業が出来るだろうか。
更に日本に多くいるソ連シンパ、その意見を代表する議員たちは「ソ連や中国との同時講和」を訴える。
「陸奥」を買い戻した日にはソ連は態度を硬化させる。
今、同時講和が不可能でも、それなりに議員たちを納得させる必要も有るのだ。
「いっそ、『陸奥』が存在しなければ……」
その願いを吉田茂は、戦争を終わらせたヨハンセングループの時と逆のルートで、チャーチルに届ける。
「それで今回の『陸奥』抹殺計画が出来た」
伊達順之助はそう教えた。
「大ごとになっているな」
「全くだ。
だが、日本の事情は俺には関係無い。
俺は、俺の戦艦を俺の見ている中で葬り去りたいだけだ。
あれは俺のものだ。
勝手に使わせてなるものか」
「本当に、相変わらずなんだな」
「人間、齢五十を過ぎて変わる訳ないだろう。
で、どうだ?
朝田艦長の仇をあんたが討つ、あんたは『陸奥』の問題点を俺に教える。
この交換条件は?」
角矢は聞いていて、考える。
(俺たちが”『陸奥』を世界の破壊者にするな”って思ってる事は、言わば自己満足の類だ。
だが、現実は、いや日本は今、『陸奥』が存在すると不利になる状況になっている。
自己満足よりもそちらを優先して考えるべきかな、いまだ日本人の俺としては)
伊達順之助が面白そうに角矢を見つめていた。
「悪いが交換条件じゃダメだ。
もっと順之助さんがやらなければならない事は多いですよ」
「聞こう。
あ、俺はまた名前変えたから。
オサマ・ジューン・ダテだ」
「オサマ?」
「殿様、殿様、トノサマと日本語で呼ばれてたら、なんかそう呼ばれるようになった。
イスラム教にも改宗したしな」
「……話を戻すぞ。
まず森航海長、林機関長の無事が条件だ。
誘拐してでも、『陸奥』に乗せるな」
「分かった。
他は?」
「逆に聞くが、君は『陸奥』を沈める気だな?」
「それがアラブの大義だ」
「はいはい、沈めるって事は分かった。
だが、普通に攻撃して戦艦を沈めるなんて不可能だ。
アラブに急降下爆撃機は有るか?
戦艦は有るか?
新型爆弾は有るか?
無いだろう?
ならば内部から沈めるしか無い」
「うむ」
「方法は2つ。
一つは艦底の全てのキングストン弁を開く事だ。
だがこれは時間が掛かるし、警備員に見つかって閉鎖される可能性がある。
もう一つは弾薬庫に火を入れ、自爆させる。
機関暴走でも良い。
要は爆沈させる。
しかし、イスラエルも馬鹿では無い。
弾薬庫だの機関室は警備が固い。
だが、『陸奥』内部には弱点がある」
「よし、それを教えろ」
「その弱点を弱点にするには、講和が必要なのだ」
「分からん。
どういう事だ?」
「講和が成らないと、『陸奥』は主砲弾をイギリスから買えない。
今、『陸奥』はスクラップとして売られた時のまま、主砲に弾は無い。
砲術長だった俺はよく知ってる」
アラブ人たちが騒ぎ始める。
恐れる必要は無かったのだと、今知ったのだ。
「では、主砲弾を弾薬庫に入れさせるのが条件なのだな」
「そうだ」
1949年1月に、イスラエル・アラブ両陣営は不満が有りながらも停戦。
以降イスラエルはイギリスから41センチ砲弾をはじめ、多数の兵器を購入している。
アラブの工作部隊はそれらが満たされるのを待っていた。
41センチ砲弾等は、発注してから製造し、運搬されて補充されるまでに、意外に時間がかかるものなのだから。
「オシズカニ」
森航海長は不自然な日本語を話す現地人に囲まれる。
「『ムツ』イカナイ、『ダテ』マッテル」
不審に思った森だったが、朝田が死んだ事で明らかにイスラエルを信頼出来なくなった事と、ダテ=伊達順之助の名前を出された事を不思議に思い、あえて誘拐される事にした。
当時のイスラエルは、ヨルダン川西岸がまだ領有出来ていない。
林機関長も同様に誘拐されて来る。
役付きではなく、連絡が付いた日本人は全て連れて来られていた。
戦艦「ダビデ」の航海科、機関科の日本人が現れない事は直ちに情報部に伝えられた。
朝田艦長死亡後、目に見えて士気が低下してサボタージュの姿勢も見える為、居なくなるならそれも仕方ない。
癖があるという舵や機関も、時間を掛ければ解決出来るだろう。
だが、国内で何かされているなら、それは掴まねばなるまい。
ガマル・マツオにも連絡が入る。
彼は帰宅した時に、自宅内に気配を感じた。
拳銃を手に部屋の前に立つ。
「遅いお帰りだな、松尾特務中尉」
「その声は角矢少佐か」
両者は暗い部屋の内と外で相対した。
1時間後、すぐに最終話をアップします。
(本来はこの回で終わらす予定が、構成力の無さから……)




