イスラエル国戦艦「ダビデ」
イギリスは第二次世界大戦の戦勝国である。
しかし、その実はボロボロであった。
世界を動かす力はアメリカ合衆国に移っていたが、影響力ではソビエト連邦にも遅れを取ってしまっている。
戦前、既に巨大海軍を維持する財力は無かったが、大戦をチャーチルの妥協無き意志に引っ張られながら戦い抜いた反動で、戦後は更に財力を失っていた。
イギリスの経済を支える植民地は、同じ有色人種である日本の快進撃に刺激され、自分たちもあのように戦えば独立出来るのではないか、と思い始めている。
イギリスにとって日本人の戦い方とは、悪夢そのものだ。
イギリスは第一次世界大戦ではアントワープ、第二次世界大戦ではダンケルクで日系人であるホノルル幕府に助けられている。
その戦い方は「捨て奸」。
味方を逃す為、少数の味方が立ち止まり、死ぬ迄戦い続ける。
ホノルル幕府では「三方ケ原」と呼んでいるが、決して敵に背を向けず、死兵と化して生を求めず、弾薬が尽きても刀で、刀折れても歯と爪で戦い続ける、凄まじい戦い方。
現代に蘇ったスパルタのレオニダス王率いる300人、それが日本人や日系人。
彼等は毎回、テルモピュレイの戦いを敵に強いる。
先年、イギリス海軍は日本の先島諸島を攻撃した。
そこで彼等はカミカゼと言う、壮絶な攻撃を受ける。
装甲空母「イラストリアス」級が、搭載機数を減らしてまで飛行甲板に本格的な防御をしている為、体当たりを受けても被害は少なかった。
だが海軍の兵士たちは、特攻機パイロットと目が合ったりして、生身の人間が死を前提として機体を操っている事に衝撃を受け、少なからぬ数が心を病んでしまった。
アメリカ軍として戦った第442連隊戦闘団という連中も
「Go for broke!(当たって砕けろ!)」
と叫びながら、3,800人の部隊がのべ死傷者数9,486人という被害を出して戦い抜いた。
「のべ」というのは、負傷し入院した後、治して再参戦し、また負傷した者が居た事を示す。
アメリカ史上最も多くの勲章を受けた部隊でもあるが、その最初の一人は味方を救う為に敵の手榴弾の上に覆い被さり、爆発を封じ込めて死亡した男であった。
味方を逃す為に、迫撃砲一門だけ持って捨てがまり、ドイツ軍砲兵中隊と撃ち合い、88mm砲を撃破して死亡したとか、敵の狙撃兵を倒した後にわざと目立つ位置で戦い、敵の注意を侵攻する味方から自分に引き付けて、味方の突撃成功を見て戦死とか、凄まじい男が多過ぎる。
こんな戦い方を植民地の有色人種たちが真似し始めたら……?
日本人か日系人しか出来ないかもしれない、こんな命知らずな行いは。
だが、思い付かなかっただけで、日本人がやった事で「知って」しまったのなら?
アトリー首相が進める植民地の回収は難しいかもしれない。
イギリスは中東地域において、かつてのツケを払う羽目に陥っている。
アラブ国家独立を認める「フサイン・マクマホン協定」、ユダヤ人国家を認める「バルフォア宣言」、同じ地域に2つの国家を約束した二枚舌外交。
実際にはフランスと領土分割を約束した「サイクス・ピコ協定」もあり三枚舌外交だった。
フランスは最早この地域に関わる力は無い。
イギリスはパレスチナ地域を3分割して対応する。
アラブ人居住地域とユダヤ人居住地域と国際連合管理区域とである。
世界各地からユダヤ人が新国家の地に押し掛けて来る。
一方で3分割は、アラブ人たちを怒らせていた。
土地を分割するのは仕方ないとしても、ユダヤ人の人口ならば、もっと比率は低い筈だ。
エジプト、シリア、イラク、ヨルダン、レバノン等独立したアラブ諸国は手を組んでユダヤ人国家建国に対抗する。
ユダヤ人側も不満を持っている。
イギリスは3分割より先に進まない、居住区を作るだけで、ユダヤ人国家までは作りたがっていないのでは……。
ユダヤ人軍事組織は複数存在するが、その内の一つがイギリス人の宿泊するホテルを襲撃する。
ユダヤ人もアラブ人も、イギリスが嫌がる「日本人的」な命を顧みない兵士に変わって来ているのが目に見えて来た。
イギリスはこれを以て、中東地域での治安活動を停止する。
イギリス海軍は先の大戦で活躍した戦艦の退役を発表する。
戦艦「ウォースパイト」を始め、既に1944年から1945年7月までに旧式艦は練習艦に変更、さらに退役とスクラップ化が決まっていた。
さらに追加で「クィーン・エリザベス」他、大戦で最後まで戦場に居た艦の退役が決まる。
その中に戦艦「陸奥」が含まれていた。
「陸奥」はイギリスの艦籍から外され、スタインズ商会にスクラップとして売却される。
これは既定路線であった。
朝田たち、「陸奥」乗組員は秘密裏に招集される。
艦をパレスチナの地ハイファに輸送せよ、この任務についてと積み荷について、他言無用と。
見ると甲板上に戦車や戦闘機が乗せられている。
帳簿上、それらは全てスクラップだと言う。
更に沖合に、日本の巡洋艦「最上」が居る。
賠償艦としてイギリスに譲渡された後、マラッカ海峡で海没処分と聞いていたが、どうやらこれも買われていたようだ。
「最上」はミッドウェー海戦後、航空巡洋艦に改装されていた。
その便利な後甲板(飛行甲板)には戦車や戦闘機が多数乗せられている。
案内は松尾特務中尉だった。
この幕府隠密だった男は、アメリカでユダヤ社会に深入りし、改宗して彼等の悲願を果たそうと考えていた。
それが山東半島もしくは満州における東方エルサレム構想であり、満州における河豚計画であり、それらが成らなかった後のパレスチナでの新国家構想であった。
新国家はそろそろ生まれる。
しかし、新国家は生まれると同時に周辺諸国から攻められる。
戦力が必要なのだ、黙っていても敵が攻めて来られない戦略的な兵器が。
かつてはそれが戦艦だった。
今は空母に海戦の主役を奪われ、戦略兵器としての迫力には欠けるようになった。
だが、中東地域に対抗可能な戦力は無い。
「陸奥」回航はユダヤ人国家を平和裏に誕生させる切り札となる。
「私は名前をガマル・マツオに改めた。
『陸奥』も名を改める。
戦艦『ダビデ』、これは聖書にもあるペリシテ人からイスラエルを護った偉大な王の名前だ」
松尾特務中尉改めガマル・マツオ氏がそう言って胸を張る。
「新国家は、海軍軍人を募集している。
諸君らも知っている通り、海軍軍人は一朝一夕に育てられるものではない。
歴戦の諸君らが参加してくれるなら、これに勝る喜びは無い。
巡洋艦『最上』改め『シナイ』の乗組員を育てる必要もある。
どうせ日本にはもう戻れぬのだ。
諸君らも参加しないか?」
この言い草に角矢砲術長が腹を立てた。
「財閥の影に隠れてコソコソしてた奴が、戦争が終わった途端、偉そうだな。
参加して欲しいなら、頭を下げて、這いつくばって頼んでみたらどうだ?
ユダヤ人の仲間入りして、日本人の礼儀作法は忘れたか?」
「細かい事はどうでも良い、貴方は常々そう言っていたじゃないですか」
「いーや、細かい事じゃないな。
俺が何処に行くかの話だ。
少なくとも、今ので俺は行く気無くなった。
艦長、退艦許可願います」
「いいよ」
「おい、朝田君、何を勝手な事言ってるのだ!
『陸奥』乗員は我々が金を出していたから、我々に恩を返すべきなのだ。
それこそが日本人の心じゃないのか?」
「松尾中尉……貴方に世話になった、というか持ちつ持たれつだったのは、基本私だけだよ。
他は、ちょっと用事は頼んだかもしれんが、そいつは言ったら精算するよ。
私とこの『陸奥』以外に君たちが取り立てる債権は無い筈だが。
それともやっぱり、金貸したのだから、心臓の肉まで差し出せとでも言うのかね?」
「何を馬鹿な……」
「じゃあ、私と『陸奥』と希望者だけで良いのではないか?
私は満洲脱出する時も、エチオピアで帰国命令を聞いた時も、日本がイギリスに戦線布告した時も、退艦希望者には許可出して来たよ」
「艦長、森航海長、最後までお供します。
私がいないと、このじゃじゃ馬は扱えないでしょうしね」
「じゃじゃ馬、なのか?」
「エチオピアでイタリアに、南アフリカで伊号に攻撃喰らってから、どうも右の舵にクセが出たよ。
直した筈なんだけど、不思議なものだね」
日本人乗員は3つに分かれた。
朝田艦長と共にイスラエルに渡る者。
才原副長と共に、回航までは付き合うが、そこで終わりにする者。
角矢砲術長と共に、今すぐ退艦する者。
「陸奥」は既に大分前からイギリス海軍やスタインズ商会等から出向していた船員が関わっていた為、こちらのユダヤ系は問題無くイスラエルへの渡航と国籍変更を選んだ。
「角矢少佐、考え直す気は無いか?」
「くどいな、ガマルとやら」
「俺はあんたの行く末を心配しているんだ。
日本には帰れないのだろう?
イギリスだって、黄色人種の生きやすい社会じゃないぞ」
「気にする必要は無えよ。
俺は世界を渡り歩く。
そして気に入った世界に住み着く。
飽きたらそこも出て行く。
それまでだ」
「世界の破壊者になりそうだな……」
「何?」
「いや、別に。
しかし、砲術長が居ないと戦争に支障が……」
「あ?
平和裏な独立の為に必要とか言っておいて、やはり戦争に使う気か、このヤロー!」
「万が一の時はな」
「やめとけ、やめとけ。
もう戦艦の時代じゃねえよ。
お前が最初に言ってた、虚仮威しに使うのが最良の使い方だ。
下手に戦いに使って、ボロを出したら元も子も無えぞ」
結局、角矢少佐と松尾特務中尉は折り合う事なく別れた。
「あ、角矢少佐、ちょっと待って下さい」
声を掛けたのは日野主計長だった。
「給与明細です。
日本の銀行じゃ不安ですから、スイスの記載している銀行の口座に、英ポンドで振り込むよう、日本政府に言っておきました」
「!!??
それは有難いが、俺たちは満州脱出から先は軍籍抹消で海軍も給料払わなくて良くなったんじゃないか?」
「そのシャム王国と満州国勤務時のものです。
現地支給や経費で落としたのもありますが、帰国時に受け取る額も結構有りましたよね。
そこまでは支払い義務があり、あれから14年経ちましたから、利子もついてます」
「よく払うって言ったな」
「そこはそれ、今本国で上級国民とか言われてる、かつての仲間使って圧力かけて貰いました」
「よくやるよ」
「どう致しまして。
こういう金のやり取りでこれから生きていこうと思ってますので」
「あれ?
あんた、回航終了後に出国って言って無かったか?
ユダヤ人の仲間入りするのか?」
「金の扱いが上手いのはユダヤ人だけじゃないですよ。
その口座開設の為にスイスの銀行の代理人と会っている内に、自分の就職先自体も決めました」
「やるな!」
「何かあったら訪ねて来て下さい」
「頼んだ!」
この2人は握手と敬礼を交わして別れた。
「陸奥」の日本人乗員たちはこれにて散り散りとなった。
アラブとユダヤ人との争いが、お互い引かない命の取り合い、日本人的な自爆攻撃有りな様相となり、漁夫の利を得たのがインド。
イギリスは中東で見た嫌な意味での「日本化」が他の植民地でも起きると想定し、それだったら「非暴力」なんて言ってるインドを平和な形で独立させた。
しかし、結局インドもイスラム教とヒンズー教の間で「自爆攻撃」の応酬となる。
フランスとオランダは、回収する植民地に残った旧日本兵が、見よう見まねでは無い、リアルな「命を顧みない攻撃」(要は自爆攻撃というテロよりも、真の軍事目標に対し粘り強く、友軍の為に命を顧みない献身的な姿勢)を味わい、結局独立戦争に負ける形で植民地を放棄することになった。




