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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第9章:日本編 (1944年~1945年)
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さらば奇行士 ~大戦終結~

 宗谷海峡を渡り、北海道最北部稚内に侵攻しようとしたプロカエフ司令官と太平洋艦隊北太平洋分艦隊のアンドレエフ中将は、悪夢と遭遇する。

 渡海中の部隊が、巨大な水柱と共に消滅した。

 いや、速い海流の中でもがいている。

 千島方面から日章旗を掲げる戦艦がやって来たのだ。


「日本軍に告ぐ!

 貴国は既にポツダム宣言受諾を発表した。

 ここで戦闘行為に及ぶと、再戦となるぞ!」


 それに対する返答は

「こちらは通りすがりの戦艦だ!

 大日本帝国とは違う!

 覚えておけ!」

 というものだった。


「どう違うのか説明せよ!」

「細けえ事ぁ、どうでもいいんだよ!!」

 その後、41センチ砲が陸上の司令部にも降って来る。


 4時間程戦艦は速射砲を撃ち、暴れまくった。

 ソ連軍は陸軍108機、海軍80機の航空戦力を有していて、その一部で「通りすがりの戦艦」を攻撃する。

 だが、航空魚雷も、航空雷撃をする技量も無いソ連航空隊はペトリャコフПе-2爆撃機で水平爆撃を行うしか無い。

 この双発爆撃機は最大速度580キロを出すそこそこ優秀な機体だが、低空で艦船を狙った機動には向いてなく、「陸奥」の両用砲やボーフォース機関砲、ポンポン砲で撃墜される。

 それでも数発の命中弾を出す。

 「陸奥」後甲板第四砲塔付近に……。

 第四砲塔は旋回速度が落ち、キシキシと嫌な音を立てるようになってしまった。


 ダメージらしいダメージはそれくらいで、北海道侵攻を企てたソ連軍は海上と陸上で大いに叩きのめされる。

 ソ連はやはり被害者ぶって、宗谷海峡の国際名から「ラ・ペルーズ海峡の惨劇」と名付け、大いに日本を批難する。


 8月15日、「ジャン・バール」ら独立特別戦隊が、多数の英仏兵士を載せた輸送船と共に到着した。

 千島は連合国日本が武装解除して兵を日本輸送後、英仏の共同管理を経て日本返還となる。

 スターリンはイギリスの新首相クレメント・アトリーに苦情を入れる。

 しかしアトリー伯爵の後ろでは前首相チャーチルが

「ボリシェビキの要求を呑むな」

 としつこいくらいに言い、結局この労働党政権はソ連と対立を選ぶ。

 アトリー伯爵自身も、日本によって奪われた植民地の回収を望んでいて、報復にもなる日本領一時占領は望むところであった。




「おい、満州に行かないか?」

 イギリス輸送船に乗って伊達順之助が稚内までやって来た。

 彼の部下たちも大分減っている。

 戦死したり病死したり、それだけではない。

 15年にも及ぶ海外放浪に嫌気が差し、そのまま脱走した者もいる。

 それでもフィンランドやエチオピアやエジプトは、共に戦った戦士であり、脱走した馬賊を温かく迎えいれた。

 そんなこんなでもう100人程に数が減っている。


「満州ですか。

 行きませんよ。

 日本の領土をソ連に一寸たりとも渡しませんが、満州は日本の領土じゃないでしょう?」

「そうだ、満州は日本の領土じゃない。

 俺の領土だ」


(変わってない!

 この人は一生大陸浪人のままなんだ)

 朝田は呆れると共に、羨ましくも感じた。


 伊達順之助は満州に帰りたい。

 彼の居場所は、かつての大日本帝国でもなければ、これから新たな道を歩む日本でもない。

 大陸の野で好き勝手暴れるのが望みだった。

 だが、暴れるのはもう飽きた。

 15年も暴れたのだ。

 エチオピアで、フィンランドで、エジプトで、クレタ島で、イタリアで、好き勝手やった。

 だから、最後の大暴れの地として、張宗援としての「母国」に戻りたいのだ。


「満州は今、ソ連が侵攻して来て関東軍と戦っていますよ」

「結構! 関東軍もソ連軍も倒せば、満州は晴れて俺の国になる」

「本気で言っているんですか?

 たった百人ばかりの、しかも馬も失い、農耕馬買って来てるような状態なのに」

「はは、狂気の沙汰程面白いではないか」

「ついて行けませんね」

「ついて来なくて結構!

 これは俺の人生の終末への旅なのだから」

「!?」

「だからさー、せめて送ってくれてもいいんじゃねーか、この『陸奥』で」

「…………しばし考えさせてくれ」

「やっぱ朝田ちゃんはいい人だ!」

(五十歳を超えた爺さんが、同じく五十を超えた爺さんに「ちゃん」付けかい)

 朝田は思わず笑った。




「実を言うと、私は君たちを止めに来たのだ。

 もういい加減に戦争を終わらせろ、とな」

 「ジャン・バール」艦長兼独立戦隊副司令官のエミール・バルテス少将が朝田に告げる。

 千島と北海道北部の防衛は良いが、サハリンや満州には手を出すな、それが米大統領トルーマン、英首相アトリー、仏代表ルクレールの一致した意見である。

「もしも逆らうというなら、この完全体となった『ジャン・バール』を以て止める事になる。

 私は貴官とは戦いたくはないのだがね」

 朝田もそれは分かる。

 バルテス提督が胸を張る程に「ジャン・バール」は世界最強という訳ではないが、それでももう、長年戦い続け、主砲弾は残り少なく、第四砲塔に異常を抱えてしまった「陸奥」で勝ち切れる相手ではない。

 さらに今、「リシュリュー」「カイオ・ドゥイリオ」「アンドレア・ドーリア」と3隻が相手となる。

 もうこれ以上の交戦は良いだろう。


 4隻の戦艦が揃って「陸奥」を囲んだ事で、ソ連は手も口も出せなくなった。

 太平洋艦隊には現在巡洋艦が2隻しかなく、それも朝鮮北部方面に出撃中である。

 モニター艦、掃海艇、潜水艦しか無い太平洋艦隊は、迂闊に日本や「陸奥」を攻撃してしまえば、「陸奥」の戦友たちを敵に回す可能性があった。

 彼等がこれ以上の「陸奥」の跳梁跋扈を許さないのであれば、それで良し。

 そういう態度となっている。


 朝田は考えた末に、バルテス提督に提案をする。

「『陸奥』はもう戦わない。

 貴官の持って来た指示に従う。

 だが、男爵(バロン)伊達たちは日本に帰還しないのだから、然るべき地に送り届けたい」

「男爵は日本人だろう?」

「彼はとっくに中華民国に帰化している。

 戦時中の混乱で勝手に所属を変えていたが、平時なら中国人だよ」

「そうなのか。

 だが、満州に等行かせないぞ」

「そんな場所には行かない」

「ではどこだ?」

「この稚内から西に行った先にある、沿海州アムグ」

「ソ連領内か。

 で、どういう名目でだ?」

「漂流民の送還」

「なるほどね。

 というか、それでしか収まりがつかないんだろ」

「そういう事です。

 彼は日本に置いておけない。

 本人が居る気が無いのだから。

 そして、人生の終末をあの草原に決めているようだ」

「ふむ……。

 では、我々からソ連にそう通信しておく。

 我々の名であれば、ソ連も無碍には出来んだろう」

「ありがとう」

「これで、大戦中に君から借りたものは全部精算したからな!」

「それで結構」


 両艦長は握手し、「ジャン・バール」「陸奥」に乗り込んだ。


 ソ連は漂流民送還等拒否した。

 だが、無視して戦艦5隻とその護衛艦が日本海を進む。

 アムグでは警備隊が出て、漂流民の引き渡しに対処する。

 対処とは、引き渡されると同時に逮捕し、場合によっては「そんな人、帰って来ませんでした」とする事である。




「世話になった!」

 張宗援こと伊達順之助は、短艇(カッター)に乗り込みながら、「陸奥」の一同に挨拶する。

「まあ、大変でしたけど、楽しかったです」

 とは森航海長。


「また組んで、世界で暴れたいものだな」

 偉そうに、対等に話す角矢砲術長。


「これからどうするんだ?

 わざわざ満州の野に戻らなくても、連合国軍としての戦功がある以上、日本も処罰とか出来ませんよ。

 帰って、伊達男爵家を正式に相続すれば良いでしょうに」

 とは才原副長。


「そうもいかんだろうし、本人がそれを望んでいないんだ。

 まあ、日本で退屈して進駐軍司令官暗殺を謀られるより、

 自由に満州の草原を駆ける方が向いてますよ」

 と朝田艦長。


「君がビル・ハケイムで同胞たちに食糧と水を届けた事を忘れない。

 今回で借りは返したが、それでも言おう。

 ありがとう(メルシー・ボク)」

 とバルテス少将。


 それらの挨拶を受け、やや涙ぐみながら

「じゃあな!」

 と言って、短艇は「陸奥」ら艦隊を離れていった。


「角矢砲術長、両用砲を沿岸に向けろ」

「艦長! 一体何を?」

「ソ連の連中、砲撃する気だ。

 せめて上陸するまでは支援してやろう」

「そういう事なら了解しました。

 一個、挨拶かましてもよろしいですかね」

「許可する」


 そうして戦艦「陸奥」がイギリス改装時に搭載した13センチ両用砲が沿岸に向けられる。

「こちらは通りすがりの戦艦だ!

 そいつら上陸するまで手出しは無用。

 撃って来たならこちらも撃つ!

 撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけだ、分かったか!!」


(またこんな場面で何を言ってるんだか)


 脅しが利いたのか、ソ連兵たちは短艇が着くまで沈黙している。

 そして上陸寸前、馬賊たちは発砲。

 ソ連兵たちも撃ち返し、波打ち際は血に染まる。


「戦艦どもよ! さらばだ!

 俺の華々しい門出だ!!」

 モーゼル拳銃をぶっ放しながら伊達順之助が走り去っていく。

 洋上から彼が脱出出来たのか、戦死したのか、それは見えなかった。




「最後の最後まで物騒な人でしたね」

「全くだ。

 だが、ついに居なくなってしまったな」

「だけど、伊達さんの立場は我々の立場でもありますよ。

 俺たち、ちゃんと日本に帰れるんですかね?」

「そうだなぁ。

 いくら日本の為とは言え、命令違反に敵対行為をした。

 どんなに良く言っても『売国奴』なんだろうし」


 伊達順之助の配下だけでなく、シャム王国や満州国、さらにエチオピア戦争を共に戦った海軍士官、下士官、水兵たちは合計で200人を切っている。

 既にユダヤ系イギリス人や義勇エチオピア人が艦の乗員として「陸奥」で共に戦って来た。

 彼等は帰国と共に栄光を手にするであろう。

 だが、日本人たちはどうなるのか……。


 聞いていた朝田が話す。

「実はチャーチル前首相と話をつけてある。

 もしも日本に戻れないと言う者があれば、亡命を認めると。

 それだけでなく、大戦においてイギリスと協力した者として(サー)の位を授けるそうだ」

 一瞬静まり返る艦内。

 朝田が続ける。

「バルテス提督からも、戦後のフランス共和国が希望者を受け容れると言っていた。

 称号だけだが『騎士(ナイト)』の位も与える」

 さらに

「ハワイ王からも誘いが来ている。

 希望者には王国国民として受け入れ、海軍の士官として指導して欲しいそうだ。

 その際は現在の階級より2階級上げて登用すると」

「伝言だが、フィンランドのマンネルヘイム大統領からも、希望する者を海軍士官として採用したいとの事だ」

 道が多数示され、嬉しさと共に複雑な表情になる乗員たち。


「まあ、君たちは引く手あまただ。

 色々な道が有る。

 その前に、一度戻ろうじゃないか。

 生まれ育った故郷に」


 「陸奥」は千島からの兵員輸送船を護衛しながら南下し、津軽海峡を通過して東北地方の沿岸沿いに東京湾を目指した。

 そこでは明後日、日本の降伏文書調印式が行われる。

これにて第二次世界大戦終了。

次章が最終章になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 伊達さんとついにお別れ。感慨深いものがあります。
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