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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第9章:日本編 (1944年~1945年)
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戦争は終わらず ~占守島沖海戦~

 満州侵攻と同時の、日本によるポツダム宣言受諾に、ソ連のスターリンは驚いた。

 どこからか情報が漏れたに違いない。

 余りにも日本にしては早い対応であったのだ。

 そして9日正午、所謂「玉音放送」が日本全土に流れる。

 この玉音放送を奪う、帝を退位させて皇太子を立て、戦争を継続しようという陸軍の一部の動きは、一人のドイツ人が影で防いだのだが、それは知られていない。


 だが、玉音放送を聴いても戦争を止めようとしない部隊がいる。

 満州に展開している関東軍である。

 彼等は虎頭要塞に籠り、襲撃機を出してソ連軍を襲った。


 スターリンとモロトフは手を打って喜んだ。

 戦争を続ける大義名分が出来た!

 ソ連軍は引き続き雪崩を打って満州に侵攻する。

 止まる事無く……。


 満州の混乱はあったが、日本本土、台湾、南方、中国、東南アジアの各部隊は涙を流しながらも、武器を引き渡して投降する。

 沖縄では、洞窟ガマに避難していた住民たちが泣きながら投降した。

 生命は助かったが、彼等が住む家を失った事に変わりはない。

 喜屋武や国吉(糸満)等を守備していた日本軍も武器を捨てて投降する。

 周辺島嶼でも兵士たちは投降していくが、司令官たちは自決して捕虜とはならなかった。


 ハルゼー提督は

「ポツダム宣言受諾が何だ!」

 と、第3艦隊に呉空襲を命じようとしていた。

 しかし攻撃隊発進直前、サンディエゴのニミッツ司令官、ワシントンD.C.のアーネスト・キング合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長から

「大統領による停戦命令後の攻撃は認められない。

 やった場合即座に更迭し、軍法会議も行う」

 と言われ、地団駄を踏みながら結局諦めた。

 呉の生き残り艦艇は、賠償艦として各国に渡される事になる。

 武装解除は進行していた。

 故にトルーマン大統領はテニアン島に「新型爆弾の使用機会は無くなった」と伝え、回収の巡洋艦を差し向ける。

 アメリカで実験に使われた1発目、「リトルボーイ」として広島に投下されたウラン型の2発目、そして小倉に投下される予定だったプルトニウム型の3発目。

 今のアメリカに即応出来る4発目は無い。

(対ソ連を考えれば、1発使って脅威を示し、もう1発は残したのが正解だったかもしれない)

 トルーマンは広島の惨状も知らず、戦略だけでそう考える。


 伊豆半島沖で「スルクフ」と会合した「陸奥」は、森航海長を乗せると

「進路北、千島列島幌筵泊地!」

 朝田が命令を出した。


「司令官、連合国軍司令部からの許可は出ているのですか?」

 才原艦長代理が聞くと

「待っている時間的余裕は無いと思う。

 動いた後で事後承認でいこう。

 君は連合国軍司令部に連絡を入れてくれ」

 と返した。

「一体、幌筵に何が有るのでしょう?」

「ソ連は攻めて来る。

 奴らは諦めない。

 そして、日本海軍はもう戦えない。

 ……戦ってはいけないのだ。

 だから、我々が戦うのだ」

「そういう事ですか。

 納得しました」

 ここまで着いて来た日本人は敬礼し、朝田に従う。

 日本にはまだ戦艦「長門」が東京に、戦艦「榛名」「伊勢」「日向」が呉に残っている。

 だが、海軍は無条件降伏し、もう勝手に艦を動かせない。

 仮に防衛出動出来たとしても、燃料が無い。

 日本は小型の海防艦や駆潜艇を動かすのが精一杯だったのに、無理に重油をかき集めて「大和」特攻をした為、駆逐艦以上の艦種を千島まで動かす燃料は無かった。


 「陸奥」しか日本の戦力は無いのだ。


 その事実に高揚する日本人乗員の中で、松尾特務中尉だけが醒めている。

「艦長……、戦争は終わり、日本は負けたのだ。

 もうこの艦は日本に必要無い。

 イギリスにも必要無い。

 無傷に近い状態で『彼等』に引き渡すのだ。

 そうすれば、日本の復興に『彼等』も力を貸してくれる」

 朝田に強い口調で訴える。

 だが朝田は首を横に振る。

「君は財界人の中に居て、あの戦場を知らない。

 資本主義社会の中に居て、スターリンという男を知らない。

 北海道を失った日本が、そのまま復興出来ると思うかい?」

「いいじゃないか、蝦夷地くらい!

 元々松前藩が治めていた化外の地じゃないか!」

「その言い方も問題あるが、やはり君はスターリンを知らない。

 北海道だけじゃ済まんぞ。

 チャーチルは下北半島の辺りまでと見ていたが、一度下北に上陸したソ連軍は南下を続け、どこかでアメリカが止めるまで占領し続けるだろう。

 下手をしたら、東京の半分しかアメリカは守れない。

 アメリカの陸軍が早く本州に入らないと、一度本州にソ連軍が入ったらおしまいだ」

「では北海道で留めたら良い。

 青森までは入れさせない」

「どうやって?

 やはり津軽海峡で防衛するしか無いじゃないか」

「…………」

「我々は北海道も見捨てない。

 千島も見捨てない。

 それが…………国を裏切った形になる、我々の贖罪かな」




 「陸奥」が北に向かったという報告は、すぐにハルゼー提督の耳に入った。

 すぐに

「勝手な行動を取る日本艦ジャップを沈めろ。

 所詮、日本人ジャップ日本人ジャップだ。

 Kill JAP!」

 と、航空隊に出撃を命じるが、大統領命令で止められる。


日本艦ジャップ共産主義者コミーの戦いに合衆国は干渉してはならない」


 ハルゼーは命令文を読むと、通信兵に突き返し、後はムッツリと黙り込んだ。

 彼の最後の戦いの機会は失われた。

 来月、彼はスプルーアンス提督と交代する。




 松尾特務中尉は大いに不満だったが、ある情報を得てアメリカとイギリスのユダヤ人たちは朝田を支持し始める。

 千島列島を守る第91師団の属する第五方面軍を指揮するのは樋口季一郎中将であった。


 かつてのナチスによるユダヤ人迫害。

 アメリカに逃げようとしたヨーロッパのユダヤ人を救ったのがリトアニア総領事だった杉原千畝氏であった。

 彼が外務省に逆らって発給した査証を持ったユダヤ人たちは、満州や上海に逃げ延びる。

 ドイツ総統ヒトラーは、日本にユダヤ人制止と引き渡しを求める。

 この時

「同盟はしたが、主義まで同調していない!

 人道的に見捨てられない。

 我が国の方針は五族協和である!」

 とユダヤ人を守ったのが樋口将軍であり、後ろ盾の東條英機であった。

 特にアメリカに渡ったユダヤ人が

樋口将軍ジェネラルヒグチを助けろ」

 と声を挙げた。

 「陸奥」が幌筵泊地に到着した翌日、8月12日の話である。




 幌筵に到着した「陸奥」は、連合国日本の名で当地の武装解除、という名目の戦力再編を行う。

「裏切者が……」

 「陸奥」乗員を見る海軍兵士の視線は殺気を帯びている。

 だが、その感情も吹き飛ぶ。

 千島列島最北端占守島、その対岸はカムチャツカ半島である。

 そのカムチャツカ半島ロパトカ岬の砲台から占守島が砲撃される。

 さらに上陸用舟艇が向かって来ているという。


「諸君らは、我が『陸奥』やこの朝田に対し、思うとこがあるだろう。

 だが、今日本で正当な交戦権を持つのは、この『陸奥』、いや連合国日本である。

 千島は連合国日本が武装解除した後、大日本帝国に引き渡す。

 決してソビエト連邦に取られてはならない。

 諸君は、連合国日本軍として、ソ連の侵攻に立ち向かって欲しい。

 恥や裏切り者との唾棄を承知でここに来たのは、ソ連から日本を守る為である。

 俺に対する感情は後回しにして、まずは俺の指揮でソ連と戦ってくれ」


 幌筵に居る第91師団師団長の堤不夾貴中将にしても、ソ連との戦いに不満は無い。

「よかろう、貴様に従う。

 占守島にいる歩兵第73旅団と戦車第11連隊には戦闘命令を出す。

 本当だな?

 この戦いは本当に、やっても問題無いのだな?」

「問題無い!

 自分が保証する」


 既にソ連軍先遣隊の海軍歩兵大隊が竹田浜から上陸している。

 ソ連軍は武器の過重積載のため接岸出来ず、泳いでの上陸であった。

 この先遣隊と日本陸軍独立歩兵第282大隊が交戦。

 そして15時30分、ペトロパブロフスク海軍基地を出たソ連太平洋艦隊分隊の警備艦2隻、機雷敷設艦1隻、掃海艇4隻、輸送艦14隻、上陸用舟艇16隻が到着。

 艦砲射撃を行う。

 ドミトリー・ポノマリョフ海軍大佐は上陸用舟艇が占守島に向かっているのを見た。

 そして、地獄を見る。


 突如巨大な艦影と、巨大な砲撃による水柱が立ち、上陸用舟艇が宙に舞い、兵士たちが吹き飛ばされる。


 占守島の歩兵第73旅団長杉野巌少将とポノマリョフ大佐双方から

「何者か?」

 と誰何の叫びが通信で飛ぶ。


「通りすがりの戦艦だ!

 覚えておきな!!」

 角矢砲術長の名調子が轟く。

 そして41センチ砲が轟音を北の海に響かせる。


「あんな小艦艇に勿体ない。

 もう補充も余り利かないのだから、13センチ両方砲で良い」

「いやあ、景気づけに8発程欲しかったものでね」

 景気づけで天国、もしくは地獄に肉片として舞ったソ連兵も哀れであろう。


 勢いづく日本軍。

 占守島に上陸した孤軍のソ連軍先遣隊は、一時避難していた日本軍に殺到され、どんどん嬲り殺されていく。

 その様子は見ないまま、「陸奥」は対岸のロパトカ岬を向く。

 130mm海岸砲4門が「陸奥」を狙うが

「無駄無駄無駄無駄、無駄ァァーーーー!!」

 と、補充が利かないと言っている主砲で粉砕しながら、角矢少佐が吠える。

 幌筵を飛び立った九七式艦上攻撃機も、ソ連軍艦艇を狙う。

 敷設艦「オホーツク」が2機の艦攻に狙われ、損害を受ける。

 しかし帰るべきカムチャツカ半島には「陸奥」が攻め寄せている。

 「陸奥」はロパトカ岬を炎上させ、血祭りと火祭りの双方を行うと、そのまま東海岸を北上し始めた。


「ペトロパブロフスク・カムチャツキーを狙う気だ!!」


 分かったところで、太平洋艦隊では手も足も出ない。

 基地に連絡を入れ、赤色空軍を出動させる。

 だが、彼等が「陸奥」上空に現れた時、日本陸軍飛行第54戦隊の一式戦闘機「隼」4機が攻撃を開始した。

 悪天候の為、少数しか飛んでいない赤色空軍は、各個撃破の餌食となる。

 「隼」は最後の狩りを思う存分楽しみ、弾薬を使い切るまで空を舞って、幌筵に帰還した。

 「陸奥」のイギリスによって超強化された対空砲も火を噴く。

 戦い慣れている「陸奥」の前に、最近まで戦闘経験が無かった極東ソ連の空軍は為す術も無かった。

 そしてついにペトロパブロフスク海軍基地を砲撃。

 主砲弾を30発分残して「打ち方止め!」。

 ソ連太平洋艦隊の分隊基地は使い物にならなくなった。

 帰り際、通りすがりの戦艦は通り魔のように、沿岸のソ連兵や偶然出くわした逃走中のソ連艦艇を砲撃していく。


 ソ連軍の大敗。

 ソ連は先に手を出した事には口を噤んで

「カムチャツカの惨劇」

 とこの敗戦を呼び、日本軍が

「ポツダム宣言受諾にも関わらず抵抗した!」

 と訴えた。


 だが「陸奥」からの返答は

「こちらは連合国日本所属の戦艦『陸奥』。

 以前、ムルマンスクに生活・軍需物資を届けてやった、れっきとした連合国軍だ!

 我々が何者なのか、モスクワの髭に聞け?

 そして伝えろ、『また手入れしてやろうか?』と!」

 と角矢少佐らしい、挑発的なものだった。


 伝え聞いたスターリンは激怒したが、どうにも出来なかった。

「だから、戦艦『ソビエッツキー・ソユーズ』を完成させろと言ったのだ!」

「お言葉ですが同志、ドイツに攻め込まれながら5万トンの巨艦など、建造不可能です。

 それに残る『ガングート』級も、ルーデルとか言う男に沈められました。

 それでいて我々は、あの『人民の敵』をどうにも出来なかったではありませんか」

 第一、建造中止を指示したのはスターリンである。

「今度こそ沈めてやる。

 全軍に伝えよ、戦艦『陸奥』は『人民の敵』であると!

 沈めた者は、一兵卒でも将軍にしてやろう!」


 第二次世界大戦はまだ終わらない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ポツダム宣言受諾後に連合国日本、通りすがりの戦艦陸奥が生きてきました。活躍に期待です。
[一言] ブルースアッシュビーみたいな感じ
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