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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第9章:日本編 (1944年~1945年)
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全ての縁を繋げ

 1945年8月、開戦当時から国を指揮しているのはソ連のスターリンと中華民国国民党政権の蒋介石だけになった。

 ドイツのヒトラーは自殺、イタリアの(影武者)ムソリーニは市民に殺される。

 日本の東條英機はマリアナ失陥の責任を取って辞任。

 アメリカのルーズベルトは4月に病死。

 そしてイギリスのチャーチルも7月の選挙で敗北し、アトリーに政権を譲った。

 だが、このチャーチルはアメリカの現大統領ハリー・トルーマンと繋がりがあり、過去にはスターリンとも会談している。

 チャーチルから欧州の伊達順之助経由で朝田の元に

「降伏するなら今しか無い」

 という緊急情報が届けられた。

 8月9日にソ連が対日参戦する。

 スターリンは日本人を統治する気など無い。

 サハリンから北海道、国際海峡である津軽海峡を両岸から支配する為、青森を抑え、そこの防衛の為に岩手・秋田の辺りまでを奪う。

 そこに日本人が住んでいる必要は無い。

 本州の南東北以南に追い出すか、シベリアに強制移住させる。

 支配地には逆にロシア人を入植させる。

 そして箱館を商業拠点、大湊を軍港として整備し、間宮海峡、津軽海峡を手に入れ、太平洋に直接出られる不凍港も確保する。

 そして日本は分断される。


 アメリカの前大統領ルーズベルトの対日構想も問題有りだ。

 彼は日本に近代工業は不要と考えている。

 ニューディーラーの政策をそこで試し、基本的には農業と軽工業の国とし、重要なものはアメリカから買わせる属国化で良い。

 日本の古来からの伝統やしきたりは、民主主義の名の元に消してしまう。


 イギリスは、日英同盟の頃から基本方針に変更は無い。

 ロシアを抑える石として日本を利用する。

 その石は強過ぎても困るが、弱いとロシアの南下を止めるのに役立たない。

 共産主義を脅威と見るトルーマンも大体同じ意見である。

 だがトルーマンは現役の大統領となり、「無条件降伏以外は許さない」という故ルーズベルト大統領の国際的な方針を引き継がねばならない。


 ルーズベルト派の官僚の干渉こそ怖いが、それでもソ連に北海道を抑えられるよりはマシであろう。

 だが、日本はソ連と中立条約を結び、ソ連は日本を攻めないと盲信、そしてソ連に和平の仲介を期待している。

 チャーチルに言わせれば愚かとしか言いようがない。

 具体的に対日参戦の日付も決まった以上、チャーチルとトルーマンはこれを漏洩(リーク)する事にした。

 これでもなお降伏しないなら、もう知らん、と。

 この情報を日本の「降伏でも良いから戦争を終わらせるべき」というヨハンセングループに伝えねばならない。


 障害は余りにも多い。

 まず、対戦国であるイギリスからの情報を信じて貰えるか。

 次いで、対戦中の日本にその情報を伝える事が出来るか?

 既に逮捕され、釈放中の現在も憲兵や特高がマークする吉田茂を動かす事が出来るか?

 その吉田茂を帝に会わせて説得が可能か?

 帝が降伏を呑むか?


 幾重もの障害が有る中、伊達順之助はある男と共に日本近海の「陸奥」にやって来た。

「紹介する。

 元武装親衛隊中佐のオットー・スコルツェニー氏だ」


 朝田以下、驚きを隠せない。

 スコルツェニーと言えば「ヨーロッパで1番危険な男」と呼ばれ、いくつもの破壊工作を実行して来た要注意人物ではないのか?

 確か「敵の軍服を着て軍事行動を行った、国際法違反」で収監された筈である。


「ああ、あれは俺を処罰する口実に過ぎん。

 アメリカ軍だってイギリス情報部だって、軍服偽装するなんて事以上をやってるからな。

 そして事実として俺はここにいる」


 スコルツェニーに着いて来た松尾特務中尉とスタインズ商会の者がフォローする。

「確かに元ナチスの危険人物ですが、彼はユダヤ人迫害をしていない。

 だから我々の資金で、彼を買った」

「この任務が終わった後は、我々の国の情報部、破壊活動について師事して貰う」

 要は腕を買われ、ドイツが敵視していたユダヤ人の為にその腕を振るう事になるのだ。

 その前に、憲兵・特高に監視されている吉田茂を動かす事だが、

「グラン・サッソやアルデンヌでの工作に比べ、庭を歩くようなものだ」

 とスコルツェニーは豪語する。

「なんせ、邪魔して来た奴が、今回は味方なんだからな」


 潜水艦「スルクフ」に、森航海長も移乗し、東京湾への侵入を図る。

 そして水上偵察機搭載能力がある「スルクフ」が適当な地点で浮上し、水上機を飛ばす。

 これは鹵獲した日本の零式小型水上機で、日本軍も自軍機と錯覚するだろう。


「では時間が無い。

 今は広島、沖縄、『大和』が相次いで悲劇に見舞われた事で放心状態にある。

 7日の今日から8日の明日にかけてしか日が残されていない。

 直ちにお願いしたい」

「承った!」

 スコルツェニーは水先案内をしてくれた森航海の頼みを聞くと、そのまま飛び立った。

 「スルクフ」は浮上したままだと危険であり、直ちに潜航し、結果を待つ。




 スコルツェニーは吉田茂を直接訪ねるという不用心な事はしない。

 潜入に成功すると、ドイツのパスポートを堂々と使い、阿南惟幾陸軍大臣を訪ねた。

 面会には「在日ドイツ人」の肩書を使ったが、面会した阿南は正体を知り驚く。

 阿南は吉田と親しい。

 阿南に大体の話を、ドイツ駐留連合国軍司令部から仕入れた情報として伝え、

「ソ連が仲介など甘い夢を見ているに過ぎない。

 チャンスは1回しか無い。

 帝を説得出来るかどうか、吉田に機会を与えてやれないか?」

 と頼んだ。

 阿南はソ連が明日にも対日参戦するという情報に驚くも、相手がスコルツェニーだけに

(何か工作を受け持っているのではなかろうか?)

 と疑ってもいる。

 だが、事実ならばこんな危険な事は無い。

「偽りだった時は、吉田共々首を貰う」

 と釘を刺した上で、陸相権限で憲兵の監視を解除させ、吉田の居場所を教えた。


 吉田茂は、1945年2月に近衛文麿を介して戦争を終わらせるべきと説く、所謂「近衛上奏文」を出させた事から憲兵隊によって逮捕され、代々木の陸軍刑務所に収監された。

 現在は釈放されているが、目立たぬよう逼塞している。

 そこをいきなり訪れたドイツ人を、吉田は警戒する。

(お前なんか信用出来るか!!!!!!!!)

 物凄くそう思う。

(お前らが始めた戦争に日本が巻き込まれてしまった!)

 という感情もある。

 だが、スコルツェニーはどこ吹く風、にこやかな表情で阿南にも見せていない手紙を渡す。

 それはチャーチルの署名のあるものであった。

 そこにはソ連の対日参戦までに降伏すれば、トルーマン共々、日本をソ連の分割から阻止するという内容が記されていた。

(チャーチル卿?? あの人とて信用出来るかぁぁぁ!!!!)

 信用出来ない人間の二段重ねである。

「とても信じられないな。

 彼の御仁は舌を何枚もお持ちだ。

 我々をソ連の為の犠牲の山羊(スケープゴート)にする為の策謀かもしれない」

「そうですか。

 では俺の任務もここまで。

 『ムツ』艦上から日本(ヤパン)の亡びる様を見るとしよう」

「待て、『陸奥』だと?

 あのイギリス海軍と共に戦っている戦艦『陸奥』が日本近海に居るのか?」

「そうだ。

 俺が一体どこから飛んで来たと思っているのだね」

「本当なんだな!」

「本当だ。

 付け加えるなら、チャーチルの舌は3枚有るが、手は普通の人間と同じで2本しか無い。

 だから奴の発言と違い、その手で署名した書簡に嘘は無い」

「分かった。

 騙されてみよう。

 すぐに参内し、帝を直接説く。

 その準備があるから、しばらく待っていて欲しい」


 吉田茂は米内光政、松平恆雄に電話をかける。

 余りの事で、説明に時間がかかってしまった。

 電話など、とっくに特高によって盗聴されていた。

 出発は夕方になったのだが、スコルツェニーが止める。

「特高っていうのは、特別高等警察だったか」

「そうだ」

「憲兵はどうにかしたが、奴らは想定外だった。

 この家は見張られている。

 今出て行ったら、捕まって終わりだ」

「大丈夫だよ」

「大丈夫な訳あるか!

 俺が出て、奴ら如き素人は始末する」

「おい! ここは日本だ! 物騒な事をするな!!」

「だが、他に手は有るのか?」

「もう少しだけ待とうか」


 吉田茂が電話をかけた米内光政から、井上成美に連絡が行った。

 この時期、米内と井上は喧嘩別れしていたのだが、この際は協力をする。

 井上が動かせる海軍兵士を動かし、吉田の隠れ家と特高の本部に掛け合った。

 井上は

「先日、もし軍艦『大和』号が失われる時は、海軍として講和に動くという言質を取った。

 講和が成るか成らぬかは、その者の力量次第。

 邪魔をして国体を損ねる事勿れ!

 もし我等がせいで国を損ねる事有らば、我が首を差し出さん。

 さあ、道を開けよ!

 陛下が彼の者を御召であるのだ!」

 そう恫喝した。


 吉田茂は、スコルツェニーと海軍兵士に護られ、皇居東京城に辿り着く。

 皇居にて近衛兵たちが道を閉ざす。

 この日の帝の面会予定には入っていない。

 帝の御前に得体の知れない者を通す訳にはいかない。


 そこに

「通すように。

 兄には私から話を通してある。

 それとも、私では命令系統が違うからダメなのか?

 それなら直ちに上官に確認し給え」

 と、弟宮と岳父に当たる松平恆雄前宮内大臣が現れた。

 指揮紊乱の恐れがあった為、近衛兵たちは陸軍少将と言えど弟宮の言にそのままは従わず、上官への確認を行った。

 こういう手間があり、吉田が帝の御前に出られたのは、8月8日22時半となってしまった。


「では、頑張って来なさい。

 国が亡ぶも救われるも、君の説得力一つにかかっている」

 松平恆雄が吉田茂を送り出す。

 この頃には吉田の岳父・幣原喜重郎も駆けつけて来た。

「万が一、婿殿に失態あれば、私も責任を負いましょう」

 そう言って、弟宮、松平恆雄、スコルツェニーと並んで座る。


「こんな場でおかしいが、貴公の正体を伺いたい」

 弟宮がスコルツェニーに話しかける。

 スコルツェニーは本名と、伊達順之助を介した取引によって収監先から出て来られた事と、チャーチルの依頼でソ連参戦を知らせる任務で日本に来た事を話す。

「伊達順之助……、覚えがあるぞ。

 ああ、ジョージ6世の戴冠式で倫敦(ロンドン)に行った時に会った。

 そうか、彼の者が貴公を遣わしたのか。

 礼を伝えてくれ」

「スコルツェニー中佐、私の甥はハワイ王国ホノルル幕府の領主をしている。

 ホノルル幕府はどうだったかね?

 欧州ではまともに戦ったのかね?」

「ああ……、忌々しいくらいに厄介な相手だったよ。

 イタリアやフランスのマフィアや犯罪組織(シンジケート)は根こそぎ彼等に調略された。

 東欧は奴らが犯罪組織に武器や資金をばら撒き、不法地帯に変えやがった。

 軍事的には、ギリシャに居た我が軍も倒された。

 日系人の恐ろしさは、もう一個の第442連隊戦闘団も加えて、ヨーロッパに轟いているよ」

「そうですか。

 仮に国が失われても、日本人の誇りは彼等が守ってくれた。

 宮様、我々は陛下一人をお守りし、もし連合国軍に処罰を命じられようと、潔く受けましょうぞ」

「うむ」




 日付が替わる。

 吉田はまだ出て来ない。

 逆に阿南、米内という陸海軍の重鎮が呼ばれ、中に入っていった。

 鈴木貫太郎総理大臣、木戸幸一内大臣は予め中で待っていたようだ。

 さらに東郷重徳外相、梅津美治郎陸軍参謀総長も呼ばれる。


 帝は決断しようとしている。

 聞けば、陸軍の今年4月5日の中立条約延長拒否の通達を受けて、ソ連の侵攻近しと判断していたと言う。

 では何故「ソ連を介しての交渉中」等と報告して来たのか?

 どうやら一切の伝手が無く、「藁にも縋る思い」であったようだ。

 その藁が一転攻撃を仕掛けて来る。


 だが、本当だろうか?

 本当に今日、8月9日なのか?


 モスクワ時間8月8日午後5時(日本時間:午後11時)、ソ連のモロトフ外務大臣は日本の佐藤尚武駐ソ連大使に対し、宣戦布告を通達していた。

 それを知らせる佐藤大使の緊急伝を、モスクワ中央電信局は受理したにも関わらず、日本電信局に送信しなかった。

 そして満州国境で午前0時をもってソ連軍の攻撃が始まった。


 事前にソ連が9日に参戦する可能性を伝えられていた阿南は、陸相権限で満州に展開する関東軍に対し、緊急時は東京に打電するよう厳命していた。

 0時には少々遅れるも、満州から急報が届く。

 これで決まった。

 ソ連に攻められ、最早停戦の糸口は無くなった。

 今さっきソ連に欺かれたばかりだが、ここはチャーチルの口車に乗ろう。

 加えて米内が断言する。

「先日『大和』が失われた事で、最早海軍は戦闘能力を失いました」




 1945年8月9日午前3時、東京よりワシントン、ロンドン、モスクワへ向けて「ポツダム宣言を受諾する、本日正午よりその旨を国民に伝えるラジオ放送を行う」という連絡が入った。

 そしてワシントンからマリアナ諸島テニアン島に指令が入る。


”本日小倉を攻撃予定であったB-29『ボックス・カー』の出撃を停止する。

 日本の対応次第では再攻撃の可能性がある為、新型爆弾は厳重に保管せよ。

 繰り返す、本日の出撃は停止せよ”


 この日、雲が多かった小倉はともかく、快晴であった第二目標長崎の運命が変わった。

敗北を受け入れさせる為に、前回8月6日の悲惨な1日が必要でした。

チャーチルが日本を救うなんてアクロバットの為には、欧州で髭と戦う日本人と、その日本人が戦時中の帝都にサラッと侵入してのける魔物に認められる事と、それが天皇にまで辿り着く人の輪が必要でした。

まあ、ここまで奇跡を繋げても、終戦繰り上げがいっぱいいっぱいでしたかね。

我々は、6日早い終戦で何がどう変わったか知ってますが、彼等はそんな事分かる筈無いので、まだしばらく話は続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最期の数行に込められた奇跡。 数日繰り上がった終戦。 この奇跡的な意味を作中登場人物が知ってほしくなります。
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