表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第9章:日本編 (1944年~1945年)
52/62

日本の一番悲惨な日

 1945年5月、西部戦線のイギリス軍陣営に間借りする形で駐留している連合国日本の連隊本部、ここに一人の男が投降してきた。

「ナチス武装親衛隊中佐オットー・スコルツェニーである。

 貴軍に投降するから、階級相応の扱いを要求する」

 周囲がざわつく。

「おい、化け物。

 なんで俺の陣営なんだ?

 連合国日本は立場も弱いし、貴様を守れるか分からんぞ」

 伊達順之助が出迎えつつ、そう返す。

「分かり切った事だ。

 グライフ作戦の時、アイゼンハワーは隠れた。

 マウントバッテンも逃げた。

 俺に反撃して来たのはお前らだけだ。

 俺は俺より弱い奴等に降伏はしない」

「ふん、ならば良し。

 しばらく寛いでいけ。

 あと霍先生を呼んでおくから、話すなり戦うなりしておけ」

 スコルツェニーは「戦う気は無いぜ」とバツの悪そうな表情になる。

 伊達順之助はイギリス軍陣地に行くと言って姿を消した。




 さて太平洋戦線は、いよいよ日本が追い詰められていた。

 3月にフィリピンが落ちた。

 6月には硫黄島をアメリカ軍が攻めたが、硫黄島守備隊栗林中将の防御は素晴らしく、一月以上も持ち堪えた。

 だが7月には硫黄島も陥落。

 そのままアメリカは沖縄攻略にかかる。


 7月末に上陸したアメリカ軍は、海を艦船で埋め尽くす物量で本島を北上する。

 本土からは沖縄防衛の為に陸海軍機が飛ぶが、アメリカ軍の防空能力に歯が立たない。

 そこで特攻となる。

 この特攻機も、最早空母までたどり着けない。

 その為、特攻機の接近を本隊に知らせる最前線の駆逐艦、レーダーピケット艦へ体当たりするようになる。


 このように沖縄に届かぬ海軍に対し、帝が尋ねる。

「海軍には戦える軍艦は無きや?」

 もう戦える軍艦がないなら降伏しよう、帝の真意はそうであったとされる。

 だが、叱責と受け取った海軍軍令部長は

「『大和』がまだ残っております」

 そう答えてしまう。

 「大和」特攻はこの時点で、帝に対する約束となってしまった。


「何が『大和』がまだ残っております、だ!

 『大和』が有るからどうすると言うのだ?

 出撃させるとして、燃料は?

 『大和』を動かすのに、どれだけの重油が必要か、ご存知か?

 その重油は何処から運んでおるか、ご存知か?

 南方から重油を運ぶタンカーが居なければ、『大和』を動かす重油はこの日本に存在しない。

 そのタンカーを日夜米潜水艦から護っている海防艦、駆潜艇にこそ燃料を渡すべきである。

 開戦前には建造予算を奪い、今また行動の為の燃料をも奪おうと言うのか!」

 激怒したのは井上成美海軍大将、海軍参事官にして前海軍次官であった。

 駆逐艦以上の艦艇など、浮き砲台、否、浮き標的と化そうが動かすべくではなく、全ての燃料は護衛艦艇に回し、海上護衛戦をすべきなのだ。

 だが、

「そうだ、あらゆる予算や資源を費やして造った『大和』だからこそ、戦わずに残す訳にはいかんのだ」

「そう、『大和』が健在なのに、これで戦を終わらせては沖縄の将兵に申し訳が立たん」

「出さねば海軍の立つ瀬が無い」

 等と言われる。

「『大和』を特攻に使う気か?

 一体どれだけの、これから日本を背負う優秀な若者を殺す気なのか?

 立つ瀬が無いな、あんたら老人が特攻せよ!」

 しばらく興奮していたが、ふと気付いた事を口にする。

「『大和』が沈めば、戦争を終わらせられるのか?」

 海軍の一同は顔を見合わせ、

「『大和』が日本の誇りを示せば……」

「はっきり言って貰う。

 『大和』が立派に戦えば、海軍としては戦争終了でよろしいな?」

 なあなあで流された感も有るが、井上成美は戦争終結の言質を取った。




 1945年8月5日、「天一号」作戦が発動された。

 戦艦「大和」を旗艦とする第二艦隊が発進した。

 翌6日午前8時15分、「大和」におぞましい通信が入る。

 母港としていた呉軍港、その近隣の広島にアメリカの新型爆弾が投下され、都市が壊滅したというのである。

 第二艦隊の伊藤整一中将は全乗員に黙祷を命じると

「最早航路を偽装する必要は無い。

 全艦隊、沖縄目指して全速前進!」

 と航路を変えさせた。


 アメリカ軍は、6月になってスプルーアンス大将から、再びウィリアム「雄牛ブル」ハルゼー大将に指揮官が代わり、第3艦隊となっていた。

 ここに戦艦「ジャン・バール」を旗艦とする独立特別戦隊から、

「折角ヨーロッパから来たんだ、我々と戦わせろ!」

 と五月蝿く言って来ている。

「完全体の我が『ジャン・ブァァァァルゥ』にとって『大和(やぁぁまと)』など田舎戦艦に過ぎィィィん!!

 気を使う朝田も居らんし、この最強の『リシュリュゥゥ』級の力を世界に示すのだ!」

 ハルゼーは

「『黙れ(シャラップ)』と返信しとけ」

 と苛つきながら言った。

 ハルゼーはフィリピン海海戦での大暴走(ブルズ・ラン)の後も、コブラ台風に突入して駆逐艦3隻沈没、6月5日の台風で36隻の艦艇に損害を出すと、功績と失態を繰り返していた。

 それもあるし、彼の空母戦術信奉からも、アメリカ海軍が立てた「ヤマト級には空襲」という決定を覆す気は無かった。

 自軍からも

「『アイオワ』級、『サウスダコタ』級で『ヤマト』を沈め、戦艦でも我がアメリカが世界最強と示しましょう」

 とか

「これまで戦艦は空母の護衛、上陸支援しかしていません。

 これ以降、戦艦同士の砲撃戦等無くなるでしょう。

 是非とも最後の機会に戦艦部隊を使いましょう」

 とか言ってくる。

(ガダルカナル海戦(日本側呼称第三次ソロモン海戦)、スリガオ海峡海戦、サン・ベルナルディノ海戦と3回も戦艦同士の砲撃戦はやっただろう。

 ジャップなんか大嫌いだが、だからこそ我が兵士をジャップの戦艦の至近距離で戦わせて、命を失わせる訳にはいかん)


 マーク・ミッチャー中将は先日、体重45キロになるまで心神耗弱し、一人で艦橋に上がる事も出来なくなった為、ジョン・マケイン中将に第38任務部隊の指揮を引き継いでいた。

 そのマケイン中将にハルゼーから「大和」撃沈命令が届く。

「これまで、作戦行動中に航空攻撃で沈められたのは、『イタリア』だけだ。

 大型爆撃機から投下された誘導爆弾による。

 だが、空母が沈めた行動中の戦艦は1隻も無い。

 タラントも屈辱のサンディエゴも停泊中を狙われただけだ。

 『ムサシ』は沈め切れず、潜水艦サブマリンに功績を奪われた。

 諸君! 空母機動部隊の未来はこの海戦に掛かっている。

 空母機動部隊は戦艦を沈められると証明し、我々の未来を切り開こうではないか!!」


 マケインにはもう一つ、「大和」撃沈の自信の根拠があった。

 魚雷の性能が劇的に上がったのである。

 アメリカの魚雷は不発が多かった。

 とある日本の輸送船に、11発の魚雷が命中したのに全て不発、船体に突き刺さった魚雷をして「花魁の(かんざし)」と笑われていた。

 しかし信管を改良する事で、確実に標的を撃沈出来るようになった。

 その証明として、「大和」級3番艦「信濃」を僅か6発の命中魚雷で仕留めている。

 アメリカは「大和」「武蔵」と「信濃」が同型艦とは気付いていなかったが、それでも巨大空母を沈められる魚雷の性能向上に自信を持っていた。

 「武蔵」を沈める際の、航空魚雷28発、潜水艦魚雷16発、計44発命中というのは異常である。

 不発が7〜8割と考えれば魚雷9〜13発命中で撃沈、十分化け物だが、常識の範囲内である。

 これを片舷に集中させれば、確実に仕留められるだろう。

 マケインは「大和」迎撃に自信を持って向かう。




 この日、九州南方は雲が少なく、見通しの良い空であった。

 第一次攻撃隊は、遠目に巨大戦艦を見る。

 その巨大戦艦が、攻撃隊に向けて主砲を撃つ。

「大丈夫だ、ただのコケ脅しだ」

 アメリカ軍は既に三式弾の対空での威力について見切っていた。

 近接信管も無く、時限信管で散弾をばら撒く三式弾は、散開して飛行する攻撃隊にまず当たらない。

 だが、その次は恐るべき高角砲からの砲撃が来る。

 見通しの良い空だけに、遠距離で精度良く撃って来る。

 撃墜はされないまでも、編隊が乱れる。

 高角砲の攻撃範囲を抜けると、噴進砲とポンポン砲の弾幕の出迎えを受ける。

「恐れるな!

 我が第一次攻撃隊はあの対空砲を潰すのが目的だ。

 我々が潰さねば、後続の攻撃隊が苦労する。

 行くぞ!」

 そう発破を掛けた爆撃隊長は直後に撃墜され、戦死する。

 しかし、急降下爆撃機ヘルダイバー隊は500キロ爆弾を抱え高度六千メートルから飛び込み、戦闘機ヘルキャット隊は被弾も覚悟で「大和」に肉薄し、ロケット弾を放つ、500キロ爆弾を投下する、去り際に12.7mm機銃を浴びせる。

 第一次攻撃隊は、駆逐艦3隻を落伍させた他に、「大和」の対空砲を破壊していった。

 第二次攻撃隊も急降下爆撃機ヘルダイバー戦闘機コルセアの編隊で、「大和」の対空攻撃力を削ぐ事に専念する。

 第三次及び第四次攻撃までに、軽巡「矢矧」、駆逐艦4隻が炎上している。

 しかし、「大和」はまだ対空砲火を吐き続けている。


 マケインは

(焦りは禁物だ)

 と雷撃機アヴェンジャー投入を押し留める。

 化け物なのはシブヤン海で十分知っている。

 上部構造を鉄屑スクラップにするまで安心出来ない。

 引き続き爆撃機と戦闘機の連合で叩く。

 第六次攻撃隊の報告で、大分弱ったと聞き、ついに雷撃隊を出撃させる。

「左舷を狙え、片方に攻撃を集中せよ」

 攻撃指示を出しながら

(ここからがまた大変だろう)

 と思っていた。


 そしてマケインの予想は当たる。

 「武蔵」は艦橋に命中弾が有り、指揮官が死亡していたのだが、「大和」は負傷しながらも有賀艦長、伊藤司令長官ともに生きていた。

 そして主砲と機関が生きている。

 27ノットの高速と、6万トンという数字の割にコンパクトな艦体は、回避運動をしまくり、魚雷をかわし続ける。

 対空砲火がほとんど無い為、アメリカ雷撃機は安心して接近して魚雷を放つも、操艦の妙に翻弄され、「片舷に攻撃を集中」等理屈の上のものでしか無かった。

 足を止める為には、右舷だろうが左舷だろうが、魚雷を当て続ける他無い。


 「大和」と「武蔵」は水密部分、装甲板の溶接を時間をかけてしっかり行っていた。

 「信濃」の急ピッチで完成させ、呉への回航時はまだ内部工事中、そこを狙われて沈められたのとは違う。

 既に「信濃」の6発の魚雷命中に達したが、弱る気配は無い。

 「大和」はどんどん南下し、艦隊に接近している。

 このままのペースだと日付が変わる頃には艦隊に接触する。


「戦艦部隊に手柄を奪われるな!」


 同刻、「大和」には残念な知らせが、アメリカ軍は意気が上がる報告が入る。

 那覇の首里を守っていた牛島満中将の第32軍が敗北した。

 第32軍もまた、対策として立案した防御陣地戦で戦果を挙げていたのに、戦況を理解しない大本営によって飛行場奪還等の積極攻撃を指示され、そして苦戦し続けてついに首里から退いた。

 以降は残敵掃討戦となるだろう。


 陸軍の戦いが影響してか、アメリカの攻撃隊はより一層果敢に攻めて来るようになった。

 魚雷命中数は22発に達していた。


(やはり本物の化け物だ。

 不発が無くなったのに、これだけ魚雷を当てられ、まだ浮いているとは……)


 マケインも航空隊も唖然としている。

 「武蔵」と違い、左舷に16発、右舷に6発となり、左舷に傾いていた。

 注排水装置により、右舷に注水して傾きを止めているが、速力は16ノットにまで低下した。

 しかし、まだ前進を続けている。

 そして、次の攻撃隊は帰還が夜になり、危険だ。

「全艦、探照灯を点けて出迎えるから、最後の攻撃隊を出すぞ!

 『大和』を沈めて来い!!」


 全機が雷撃機という異常な編成で、この日最後の攻撃隊が夕焼けの中発艦する。

 この攻撃隊が追加で、左舷に8発、右舷に1発の魚雷を当てる。

 そして大きく傾き、転覆した巨艦は、広島のものとは違うキノコ雲を上げる大爆発を起こした。


(沈んだ!

 沈められた!)


 航空隊はマケイン中将、そしてハルゼー大将に「大和沈没」の報を送る。


 第二艦隊はもう駆逐艦3隻だけになっていた。

 「大和」轟沈を見届けた彼等は撤退して行った。

 途中、艦隊から落伍し、空襲で前半分を失うも、後進しながら日本を目指している味方駆逐艦を発見。

 この4隻が第二艦隊の生き残りとなった。




 日本は広島に原子爆弾を投下され、海軍最後の希望「大和」を失い、沖縄では那覇を完全に奪われる大敗をした、最も悲惨な日となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ついに大和も沈んでしまった。 飛散な戦況。 そんな中で連合国日本とジャン・バールの若本ボイスは癒やし
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ