フィリピン海戦(後編) ~サマール島沖海戦とエンガノ岬沖海戦~
ハルゼー大将率いる第3艦隊上空に、日本の艦載機部隊が飛来する。
迎撃戦闘機を上げ、未熟な日本機を血祭りに上げる。
そして味方偵察機が、敵機動部隊を発見。
その陣容は大型空母1、中型空母2、小型空母3。
おそらく日本最後の機動部隊だろう。
「カーニー君、やはり居たな」
「ええ、敵の本命でしょう。
この艦隊を潰せば、日本ももう戦意が挫けるでしょう」
日本の囮作戦を見破ったと思うハルゼーとカーニー参謀長は、淡々と攻撃隊を発進させ、艦隊を北に向ける。
第一次攻撃隊が敵機動部隊上空に差し掛かる頃、急報が届く。
オルデンドルフ艦隊がスリガオ海峡を突破されたというのだ。
「一体何をやっているんだ!
カーニー君、どうしたら良いか、案を示し給え」
「旧式戦艦では対抗出来なかったのでしょう。
だとしたら、リー中将に戦艦を抽出した部隊を編成して派遣、指揮して貰いましょう」
「空母打撃群はどうする?」
「このまま、敵機動部隊を攻撃しましょう」
ハルゼーはカーニーの肩を叩き、同意を示す。
リー中将は戦艦「ワシントン」に座乗している。
彼のいる第38.4任務部隊の僚艦「アラバマ」と、第38.3任務部隊の戦艦「サウスダコタ」「マサチューセッツ」の4隻で急行しようとし始めた。
急報が続く。
「こちら第77任務部隊第4集団タフィ1、サマール島沖にて日本艦隊と接触。
敵は戦艦を含む強力な部隊だ。
大至急救援を乞う!」
ここでアメリカ軍は錯誤する。
スプレイグ少将率いるタフィ1を攻撃しているのは、スリガオ海峡を突破した艦隊だと勘違いしたのだ。
更にハルゼーをイラつかせる通信が入る。
現在位置を連絡していないハルゼーも悪いのだが、担当海域に居ない艦隊に対し、以下の電文が発せられた。
「第3艦隊は何処に居るか?
World Wonder」
アメリカ海軍では、通信の末尾にちょっとした言葉遊びを入れる風習がある。
それは同じアルファベットから始まる語句で、例えば「British Bear(英国の熊)」や「Carbon Copy(丸写し)」、「Gorgom's Guilt(ゴルゴムの仕業)」と言った具合である。
(IIやOOは11や00と間違われやすい為、使用されない)
しかし、よりにもよって「World Wonder(世界の謎)」は選ぶべきではなかった。
有名な邦訳では
『ハルゼー艦隊は何処に在りや?
世界は知らんと欲す』
となる。
実際そのように解釈したハルゼーは激怒し、敵戦艦部隊の情報精査もそこそこに、直ちにリー中将へ進発を命じる。
彼自身は小沢艦隊撃滅に全力を出す為、余計な情報は排除し、第7艦隊からの通信は無視する。
そしてアメリカ軍は、栗田艦隊、西村艦隊の位置情報で錯覚を繰り返す。
彼等はハルゼーが「北方のA集団は撃破した」という報告を信じていたからだ。
1艦隊しかいない戦艦部隊、しかし実際にはそれはまた2つ在り、行動していた。
■フィリピン ルソン島エンガノ岬沖:
「やっとハルゼーが釣れましたね」
敵の大編隊を見て、小沢艦隊の参謀はホッとした。
本来はゾッとする光景なのだが、囮部隊としてハルゼー機動部隊を北方に釣り上げる役割なので、これで良い。
「全艦対空戦闘。
『紫電改』『紫電』も全部上げろ。
可能な限り粘るのだ!」
さらに連合艦隊司令部に
「猛牛は此方に来たり」
と通信を送る。
アメリカの攻撃隊は、日本艦隊の必死の抵抗を受ける。
「瑞鳳」「千歳」「千代田」という軽空母は30機程度しか艦載機を搭載出来ず、しかも艦載機不足でその定数すら満足に積んでいない。
しかし、出来るだけの耐久を図る為、それぞれ18機の零式艦上戦闘機を搭載し、艦隊直掩に専念する事とした。
半年前のマリアナ沖海戦を反省し、零戦を爆装する事もせず、空戦に専念させる。
アメリカのF6F戦闘機にとって、零戦は最早敵では無い。
蹴散らしに掛かるが、ここに「瑞鶴」から発進した「紫電改」8機と「紫電」3機が迎え撃つ。
アメリカ第一次攻撃隊は思った以上に苦戦する。
「攻撃不十分、敵艦隊健在」
という報告を受けたハルゼーは、やはり敵機動部隊こそ強敵であり、手が離せない相手と考える。
ミッチャー中将に命じ、矢継ぎ早に攻撃隊を出させる。
度重なる攻撃に、日本の新型戦闘機も、軽空母の零戦部隊も消耗し、甲板に穴を開けられた空母への着艦も出来ず、燃料を使い果たして着水するか、弾薬を使い切ってフィリピン陸上の飛行場に退避するかした。
「秋月」級防空駆逐艦の活躍、「瑞鶴」「雲龍」「天城」の対空噴進砲等で持ち堪えていたが、もう限界だろう。
「全艦反転。
日本に引き返す。
引き続きハルゼーが追って来るだろう。
全艦、可能な限り戦い続け、味方からハルゼーを引き離すのだ」
以降、小沢艦隊は一艦、また一艦と沈められ続けながら、翌々日までハルゼーを引き摺り回す事に成功した。
■サマール島沖:
「どうしてこんな事に……」
スプレイグ少将は焦っていた。
護衛空母8隻と護衛駆逐艦8隻からなる小部隊に、戦艦3隻、巡洋艦8隻、駆逐艦11隻という大艦隊が襲って来た。
しかも高速艦で構成されているようで、足が速い。
重油を不完全燃焼させて出る黒煙を吐いて、煙幕を張り、逃げようとする。
だが、最も射程距離の長い戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」、日本名で「上総」に改められた、が放った36センチ砲が、護衛空母1隻を貫いて爆発、轟沈させた。
続いて「金剛」「榛名」も砲撃開始。
どうも護衛空母には46センチ砲や41センチ砲どころか、36センチ砲でもオーバーキルで、装甲を簡単に貫いて海中に抜けてしまう事が相次いだ。
それでも爆発する砲弾もちゃんと有り、「金剛」が空母1隻と駆逐艦1隻、「榛名」が空母3隻、「上総」が空母2隻を仕留めた。
無駄に大きい砲よりも丁度良かったのかもしれない。
タフィ1も、緊急発艦させた艦載機が重巡洋艦「筑摩」と「鈴谷」を撃沈、護衛駆逐艦が雷撃で重巡洋艦「熊野」に大損害を与える、と健闘した。
しかし、空母6、駆逐艦5を沈められ、残存艦は逃走する。
最早レイテ危うし。
しかし、タフィ1は最後に不思議な光景を目撃する。
残存部隊が艦載機を飛ばし、栗田艦隊の動向を偵察していた。
その上空の艦載機が、艦隊を再編するとともに、北方に転舵する様子を確認する。
「敵が引き返していく」
「何故だ?
敵の目的はレイテ島の上陸部隊では無かったのか?」
疑問が投げ掛けられる。
遠くアメリカ本土サンディエゴでこの報を聞いたニミッツ太平洋艦隊司令官は
「サボ島沖海戦(日本では第一次ソロモン海戦)でも彼等は輸送船団を攻撃せずに帰った。
彼等は目的を果たすより、艦隊を維持する方が大事なのだろう」
そう分析した。
第3艦隊では
「やはり戦艦部隊は囮だ。
引き続き北の機動部隊を叩いて叩いて叩き潰す必要がある」
とされた。
ハルゼーは戻らない……。
実態は、栗田中将の司令部が急遽座乗した戦艦「上総」は、しつこいようだが元イギリス戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」で、そのイギリス製の装備を、艦に配属された乗員は兎も角、栗田艦隊司令部が使いこなせなかったのだ。
通信機が前日の空襲で故障し、送信は出来るが受信出来ない状態な事に長い事気づかず、小沢艦隊がハルゼー艦隊を釣り上げた事も、西村・志摩艦隊がスリガオ海峡を突破した事も知らなかったのだ。
作戦は失敗したと思った栗田中将は、反対意見を押し切って反転、撤退を命じた。
レイテ島の上陸部隊は一息つく。
しかし、地獄とは安心した直後に叩き落とされる方が酷いものだった。
■レイテ島アメリカ軍上陸地点:
「敵襲!!
輸送船団に居る兵士たちは、急ぎ海に飛び込んで陸に上がれ!
順番待っていたら危険だ!
上陸した部隊は密林に退避せよ!」
輸送船団でごった返すレイテ島に、巨大戦艦を先頭に、日本艦隊が突入して来た。
そして巨砲が火を噴く。
陸上の兵士や戦車が空に舞う。
巡洋艦や駆逐艦の砲が輸送船団を破壊し、次第にレイテ沖の海水が赤く染まり始まる。
アメリカ陸軍は、開戦以来最大の犠牲者を出す。
出し続けている。
思う存分血祭りを堪能した西村少将、志摩中将は撤退を下命する。
この戦い、撤退こそ至難の業である。
怒り狂ったハルゼーが引き返して来て、猛烈な空襲をかけて来るだろう。
空を警戒しながら、1万人弱の米軍戦死者と、その数倍の負傷者の呻き声を背に、艦隊はスリガオ海峡を目指して南下し始めた。
アメリカの上陸部隊は全軍で10万人強であり、艦砲射撃による犠牲は一部に過ぎないが、食糧も武器も医薬品も失った米軍に、艦隊の勝利を見て士気揚がった山下将軍麾下の日本陸軍が襲い掛かる。
レイテ島の戦いはこれからが本番である。
■サン・ベルナディノ海峡
帰途の栗田艦隊は、新たな敵を見る。
「敵戦艦4隻、急速接近」
それは第3艦隊から分離進発したリー中将の任務部隊であった。
戦艦「ワシントン」「アラバマ」「サウスダコタ」「マサチューセッツ」と重巡洋艦「ニューオリンズ」、軽巡洋艦「ビロクシー」、そして駆逐艦8隻という戦力である。
栗田艦隊は戦艦「上総」「金剛」「榛名」、重巡洋艦「利根」「鳥海」「妙高」「羽黒」、軽巡洋艦「能代」「矢矧」、駆逐艦8隻である。
栗田艦隊は数こそいるが、損傷艦がほとんどで、弾薬も消耗し、肝心の戦艦の主砲は36センチ砲でアメリカ戦艦の16インチ砲に劣る。
「どうやら、ここが死に場所のようですね」
参謀の言葉に、栗田中将も覚悟を決めたようだ。
艦隊を単縦陣に再編すると、リー艦隊との対決に向かう。
栗田艦隊には、たった一つ希望があった。
必殺の酸素魚雷を15発搭載した重雷装駆逐艦「島風」が、魚雷発射の機会を得られず、まだ全弾残していたのだ。
最後の博打、航跡が見えず長射程の酸素魚雷がリー艦隊に向けて放たれた。
最後の博打は良い目を出す。
戦艦「アラバマ」が2発被雷、大破して戦列を離れる。
駆逐艦2隻に1発ずつ当たり、轟沈させる。
「島風」「雪風」「野分」から放たれた31本中4本が命中という上出来の戦果であった。
そして栗田艦隊、戦艦3、重巡洋艦4、軽巡洋艦2、駆逐艦8と、リー艦隊、戦艦3、重巡洋艦1、軽巡洋艦1、駆逐艦6は砲戦に入る。
リー中将の旗艦「ワシントン」は集中攻撃を受けて大破する。
重巡洋艦「ニューオリンズ」も撃沈される。
しかし栗田艦隊は戦艦「上総」「金剛」、重巡洋艦「鳥海」「利根」、軽巡洋艦「能代」を失い、戦艦「榛名」他残存艦は這々の態で撤退して行った。
そして栗田艦隊を唯一の戦艦部隊と思っていたアメリカ海軍は、西村・志摩艦隊の逃走を許してしまう。
沈んだ艦艇の数は日本が多いが、第3艦隊を完全に釣られた事、第7艦隊を半壊させられた事、レイテ島の上陸部隊に一撃を加えられた事、そして「大和」他が脱出に成功した事から、この海戦は日本の勝利と認定された。
ハルゼー以外の誰もが、日本が勝ったと思っている。
日本は作戦目的を果たしたのであった。
■アメリカ合衆国ワシントンD.C.:
日本の空母6隻、戦艦5隻を沈めるも、自軍も戦艦5隻喪失、2隻大破、護衛空母6隻を失い、上陸部隊にも多大な損害を出したという報に、ルーズベルト大統領は顔色を悪くしていた。
議会で追及される事は必至であろう。
「それで、ダグラスはどうなった?」
ルーズベルトは太平洋方面の連合国軍総司令官の消息を気にした。
総司令官まで失ったとあれば、大失態と言えよう。
「それが……大統領、実は……」
マッカーサーはスリガオ海峡海戦を観戦しようと、巡洋艦「ナッシュビル」で出かけて、日本の猛威の前に逃げ出し、海戦が終わるまで逃げ回って行方不明になっていた為、無事であった。
味方の死闘を前に逃げ回るとか、失態と言えば失態だが、戦死されるより余程マシだ。
ルーズベルトは溜息を吐いて
「ダグラスに伝えろ。
陸では勝って、今回の借りを返せ、とな」
太平洋戦争はまだ終わらない。
レイテ沖海戦の評でこんなのを見ました。
「日本もアメリカもお互いミスしまくった。
日本がより多くミスをして負けという結果になった」
この辺踏まえて考えました。
次はこっちの戦史で栗田ターンがあった12時にアップします。




