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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第8章:イギリス海軍編その2(1943年~1944年)
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ティルピッツ出撃

 アドルフ・ヒトラーは感情の起伏が激しく、精神の病理を疑われる事もある。

 しかし、怒鳴り散らすも、その後一転して冷静になり、戦局を誤らない事も多い。

 彼はノルマンディー上陸作戦で敵が大陸に橋頭堡を築いた後もまだ、冷静であった。

 そんなヒトラーが、壊れ始めた。

 1944年7月20日、自身に対する暗殺未遂事件「ワルキューレ」。

 これ以降、言動に支離滅裂さが目立ち始める。

 名将ロンメル元帥が自死を強いられたのも、この暗殺未遂事件に関してであった。

 ヒトラーは疑心暗鬼に囚われる。


 戦艦「ティルピッツ」に対し、冷静な時期のヒトラーはこう命じていた。

「挑発に乗らず、戦力で有り続けよ。

 『ティルピッツ』が健在であれば、チャーチルもルーズベルトも、北大西洋航行に多大な護衛戦力を割かざるを得ない。

 敵の財政に負担を強いるのも立派な任務である」


 しかし、精神の均衡を欠くようになると、次第にヒステリックで短略的な言動が出るようになる。

「何故『ティルピッツ』は出撃せんのか!

 東洋の劣等人種が造った戦艦に、ああ迄好き放題言わせて、海軍の誇りはどこへ行った?

 それとも海軍も私の命令に従わず、私を背後から撃つつもりなのか?」


 海軍司令官カール・デーニッツは必死にこの独裁者を宥め、その一方で「ティルピッツ」を損なわないよう出撃命令を押し留め続けた。

 しかし、戦争は相手有ってのもの。

 デーニッツの思惑とは別に、イギリス軍は「ティルピッツ」攻撃を既に何度も行っていた。




 ヒトラーやデーニッツが考える、「戦艦はそこに居るだけで脅威となり得る」は、イギリスはとっくに問題視していた。

 1944年4月3日、空母「ヴィクトリアス」「フューリアス」が空襲(タングステン作戦)。

 「ティルピッツ」は多数の命中弾を受けた。

 さらに4月24日、5月15日、5月28日、7月17日と空母「インディファティガブル」「フォーミダブル」「フューリアス」の艦載機が空襲を行う(マスコット作戦)。

 それでも「ティルピッツ」は健在で、航路上の脅威で有り続けた。

 さらに8月22日、8月24日、8月29日にも空襲をしたが、命中弾があっても主砲天蓋で弾かれ、「ティルピッツ」はいまだ健在。

 次なる作戦の為、イギリスは5トン爆弾という、規格外の化け物爆弾を用意している。


 そんな中、「ティルピッツ」が出撃準備を始めたという情報が、ノルウェーに潜ませている諜報員からもたらされる。




 冷静なヒトラーは言う、今のままで「ティルピッツ」は大丈夫なのか? 別な拠点に移すべきでは無いのか?

 感情的なヒトラーは叫ぶ、ドイツの意地を見せるべく「ティルピッツ」は一戦せよ!

 さらに激したヒステリックはヒトラーは怒鳴る、小癪な「陸奥」をはじめとした敵艦隊を蹴散らせ!!


 「ティルピッツ」への空襲は海軍でも問題視していた為、別なフィヨルドの奥に移動させようという意見も出始めていた。

 しかし、そうすべくフィヨルドを出た途端、英米艦隊からの攻撃が予想される為、出撃見合わせに落ち着いていた。

 事態が動いたのは、デーニッツが最新型の過酸化水素ワルター機関搭載型Uボートの視察に出かけていた時だった。

 ついにヒトラーが「ティルピッツ」出撃を命じる総統命令を出してしまった。

 デーニッツは慌てて総統に面会し、出撃後に会敵したら一戦して別のフィヨルドに移動、仮に会敵無き場合もそのまま別フィヨルドに移動、と命令の目的を安全なものとさせた。

 兎にも角にも、出撃命令を出した事で落ち着きを取り戻したヒトラーは冷静さを取り戻し、この修正案を呑んだ。




 連合国軍の海軍司令官バートラム・ラムゼー大将は、総司令官アイゼンハワー大将と相談し、総力をもって「ティルピッツ」撃沈を命じた。

 そして「チャーチルの切札(ジョーカー)」である独立特別戦隊も、アイスランドから出撃させる。


 その旨を聞いた戦艦「ジャン・バール」のエミール・バルテス少将は、朝田に「ジャン・バール」単独での「ティルピッツ」との対決を訴え出る。

「完全体になった我が艦の強さを世界に知らしめるだ!

 さすれば、世界各地のフランス領は我々自由フランスの強さを知り、ヴィシー政府から離脱する!」


 「ジャン・バール」の主砲は、イギリスで応急処置をした時の一番砲塔=四連装、二番砲塔=連装という暫定的なものから、正規の四連装2基になっていた。

 同型艦「リシュリュー」の完成をさせたアメリカが、同じ仕様で砲塔を作成し、突貫工事で完全体になったのだ。

 機関も調整を重ね、今では設計通りの30ノットを常時出せるようになった。


「か……完全体に…………、

 ……完全体になれさえすれば…………!!!!」

 とかねがね未完成のままカサブランカ沖海戦や北岬海戦を戦って来て、砲撃力不足をぼやいていただけに、念願の完全体になった自由フランス海軍の面々は嬉しそうにしていた。


 そんな「ジャン・バール」だけに、宿敵ドイツの「ティルピッツ」と一騎打ちをして勝ちたい、そう意気が上がっている。

 朝田は(少々気負い過ぎではないか?)と感じつつも、一つ思い当たる事があり、ラムゼー司令官に相談してみた。

 朝田の恐れは、「陸奥」はヒトラーの怒りを買い過ぎていて、むしろ囮の役を果たせなくなって来ている事、「陸奥」に「ティルピッツ」を当てるより、さっさと逃げてしまう可能性の事、「陸奥」にはUボートや航空攻撃をかけて来るであろうことであった。


 相談を終えると、バルテス少将を呼ぶ。

「補佐として巡洋艦が到着する。

 それ付きで『ジャン・バール』の一騎打ちを認める」

「メルシー!

 で、護衛の巡洋艦とは?」

「自由フランス海軍の重巡洋艦『シュフラン』、軽巡洋艦『グロワール』『モンカルム』だ」

「おおー! 実に粋なはからいだ!

 見ていてくれ、世界が完全体となった『リシュリュー』級の強さを知る時が来たのだ!!」

「…………(浮かれまくっとるなあ)」

「ところで、アサダと『陸奥』はどうするのか?」

 やっと冷静になったバルテス少将が尋ねる。

 朝田は首をすくめ

「今回、殊勲は君に譲るよ。

 いや、フランスに譲る。

 我々は裏方に回り、君たちの一騎打ちをしやすい環境を作るよ」




 偵察機が「ティルピッツ」出撃を知らせると、最も近い位置に居た独立特別戦隊がフィヨルドの出口まで急行する。

 そして、「ジャン・バール」から距離を置いて航行していた「陸奥」が、いつもの如く挑発的な通信を発する。


「さあ、お前の罪を数えろ!

 『ティルピッツ』、タイマン張らせて貰うぞ!!」


 その通信に対し、殺到したのはJu-87急降下爆撃機(スツーカ)、Do217爆撃機、He-177重爆撃機(グライフ)の集団だった。

 そしてこの空爆に対し、「陸奥」は恐怖を味わう。


 予めこうやって「敵航空攻撃を引き付ける」役となった「陸奥」は、己の防空能力にのみ頼る事をせず、つけて貰ったアメリカ駆逐艦の防空力及び、後方のアメリカ空母からのエアカバーで自らを護っていた。

 だが、不思議な攻撃が「陸奥」を襲う。

 He-177重爆撃機(グライフ)から投下された翼のついた爆弾は、回避する「陸奥」の位置を予測しているかのように、至近に曲がって落ちて着弾した。

 最初のは何とかかわした「陸奥」だったが、2発目の有翼爆弾が降って来て、これも回避行動等無意味とばかり追尾して来る。

 ドイツの新兵器「フリッツX」で、1943年9月9日に実戦投入され、降伏したイタリア海軍の戦艦「ローマ」を一撃で撃沈していた。

 この「フリッツX」を回避し切れず、ついに命中する。


 才原艦長代理は「朝田艦長と博打をしたら、あの運の良さには勝てない」と常々言っている。

 この時も運の良さが出た。

 着弾は四番砲塔の天蓋であった。

 爆発が起き、砲は一部使用不能となったが、艦としての被害は軽微である。

 少しずれた位置から弾薬庫なりに甲板貫通・命中したなら、「陸奥」も撃沈か大破は免れなかっただろう。


 3発目が接近して来た。

 だが、上空で「フリッツX」を誘導しているHe-177重爆撃機(グライフ)を、アメリカの新型F6F艦上戦闘機(ヘルキャット)が撃墜する。

 爆弾は途中で追尾して来なくなり、「陸奥」後方70メートルに着弾し、爆発した。


「恐ろしい兵器ですね。

 ドイツ、やはり侮れませんな」

「まったくだ。

 あの調子に乗っているフランス人も大丈夫かね?」

 才原と朝田の不安を他所に、バルテス少将は意気軒昂であった。




 ついに「ティルピッツ」を発見した「ジャン・バール」は、最大戦速で接近する。

『出撃して、一戦して、別なフィヨルドに帰港』

 という命であり、一戦は望むところである。

 まして敵艦も戦艦は1隻のみ。

 一騎打ちなら望むところ。


「総統の憎む『陸奥』ではないが、まあ相手してやろう。

 喜ぶのだな、フランス戦艦如きが、世界最強の装甲艦に相手して貰えるのだからな」

 「ティルピッツ」のヴォルフ・ユンゲ大佐は余裕綽々である。


「幸運な艦だ、このペルフェクトなパワーを最初に味わえるなんて」

 バルテス少将も意気揚々としている。


 両艦、ともに38センチ砲8門、30ノットというスペックである。

 30センチ砲の有効射程距離に、お互い踏み込む。


「「撃て!!」」


 両艦ほぼ同時に発砲。

 ここにフィヨルド外海戦が始まった。


 「ティルピッツ」の38センチ砲は、最大射程36,520メートル、重量800kgの砲弾を初速820m/秒で打ち出す優秀な砲である。

 一方の「ジャン・バール」の38センチ砲は、最大射程41,700メートル、重量884kgの砲弾を初速785m/秒で発射する、攻撃力に関してはさらに上の砲である。

 「ティルピッツ」の舷側装甲は320mm、甲板装甲は110mm、主砲前盾装甲は360mmという防御力である。

 「ジャン・バール」の舷側装甲は330mm、甲板装甲は210mm、主砲前盾装甲は430mmと更に強力な防御力を誇る。

 撃ち合ってしばらくし、打撃力、防御力とも上の「ジャン・バール」が優勢になって来た。


「やっと究極のパワーを試す相手に巡り合えた」

 バルテス少将は喜びに震えている。

 次第に「ティルピッツ」は不利を悟り、転舵して逃げに入る。


「どうも強くなり過ぎてしまったようだなぁぁぁ。

 だぁぁぁがぁぉ! 逃げられるとでも思ったのか、この『ジャン・ブァァァァルぅ』から」

 速度も僅かだが「ジャン・バール」が上である。

 特に最近整備もしてなく、艦底の汚れている「ティルピッツ」は全速力が出ない。


「ちくしょう……、この『ティルピッツ』が……、ドイツ最強の軍艦が、あんなクソッタレ野郎に……」

 ユンゲ大佐は逃げに入ったものの、逃げ切れず、追撃弾を浴び続ける状態を屈辱に思った。


「反転! あの仏野郎(フロッグ)を叩きのめす!

 俺たちは世界最強の戦闘民族ゲルマン人なのだ!」

「それでいい。

 逃げようとしても全く無駄な努力だと分かっているだけ、おまえは頭がいい」

 最早勝負有り。


 「ジャン・バール」も傷ついていくが、それ以上に「ティルピッツ」は深刻なダメージを受けていく。

 「ジャン・バール」は損傷しても直せば良い。

 「ティルピッツ」は遙かドイツ本国まで戻らねばダメージは蓄積するだけだ。

 やがて「ティルピッツ」は傾斜し始めた。

 もう沈むまで幾ばくも無い。

 バルデス少将は勝利を確信した。

「これが完全体か……。

 これが全てにおいてペルフェクトな戦艦……。

 素晴らしい、ついに手に入れた」


「少将、我々にも栄光を分けて下さい」

 自由フランス海軍の巡洋艦隊からの要望が入る。

「好きにするが良い」

 3隻の巡洋艦はトドメを差すべく、攻撃力を失った「ティルピッツ」に急速接近する。

 2隻の軽巡洋艦は4発の魚雷を至近距離から放つ。


 かつてイギリスを震撼させた「ビスマルク」と同級の戦艦「ティルピッツ」は、フランス戦艦との一騎打ちの果てに沈んだ。

 沈みゆく仇敵を眺めながら、興奮の冷めたバルテス少将は哀悼の意を表し

「私はもっともっと、貴様との戦いを楽しみたかったんだ……。

 最早世界に、我が『ジャン・バール』と戦う資格のある戦艦も居るまい。

 いや、日本ジャポンには優れた戦艦が残っていると聞く。

 戦うのが、楽しみだ……」

 そう呟いていた。

おまけ:戦闘前の独仏艦長の檄。

「我がドイツのぉぉぉ!

 装甲艦はァァァァ!

 世界一ィィィッ!

 敗れる事など有ろう筈が無いィィィ!」

「ビブ・ラ・フルゥアァァァァンスッ!

 このジャン・ブァァァァルこそ最強ぉぉぉ!

 成敗ッ!!!」


こってりと濃い目……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 若本ボイスで脳内再生されて楽しく読めましたw
[一言] 艦長がCV若本すぎる、完全体になれて良かったね しかしジャンバールごときで大和の相手を…? それはセルがブウに挑むような無謀すぎるチャレンジですがなw
[一言] しゃべり方がどうしても「オールハイルブリタニア」の感じで脳内再生されてしまう。
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