D-Dayの影で ~フォーティテュード作戦~
戦艦「陸奥」「ジャン・バール」とハワイ・イギリス・自由フランス連合の特別独立戦隊は今、ノルウェー方面に出ている。
艦隊は別命あるまで待機という事で、アイスランドのレイキャビクに停泊している。
アイスランドは、第二次世界大戦とは正義対悪の衝突では無い事を示す島であろう。
中立を宣言していたこの国を、大西洋航路の重要性から先んじて占領したのはイギリス軍である。
1940年5月10日、「フォーク作戦」を発動したイギリス軍は有無を言わさず746名の海兵隊を送り込み、通信網を封鎖し、ドイツ人民間人の逮捕を行った。
その後1941年7月、アイスランドでの責務をアメリカ=アイスランド防衛協定に基づきアメリカに移管する。
アイスランドの占領はアメリカに引き継がれたが、1942年以降のソ連支援作戦において、イギリスの艦艇はアイスランドの港湾を使用していた。
イギリスの侵攻の後に、ドイツはアイスランド逆侵攻作戦「イカロス作戦」を準備したが、おそらく兵站上の理由により実施されなかった。
アイスランドは今も「連合国軍」の占領下にある。
そんな事は知らない「陸奥」の一行は、今まで得られなかった極上の癒しを満喫していた。
温泉である。
アイスランドは火山島で、あちこちで温泉が湧いている。
「陸奥」の日本人一行は、1891年に開かれたシークレットラグーンという温泉に浸かり、戦いの疲れを取っている。
……もっとも、このシークレットラグーンを温泉地と思っているのは日本人だけで、他の国の人間は「プール」だと思っている。
その為、フルチンスタイルで湯に入る日本人を見て、現地人は顔を背け、アメリカやイギリスの兵士は何やらひそひそ話を始めている。
が! そんな事はどうでも良いのだ!!
気持ち良ければ、疲れが取れたら良いのだ!!
風呂とは全裸で入るものなのだ!!
……シークレットラグーンはこの時期は寂れていて、他の国の兵士も温浴の習慣は無い為、田舎者丸出しな行動も「国の恥」にはならずに済んでいた。
温泉地の近くに日本人駐留基地が作られ、連日入浴する兵士が相次いでいる。
クレタ島の戦いはまだ続いているが、交代した連合国日本兵もこの地に来て
「生き返るわ~~~」
と蕩けていた。
イタリアから伊達順之助らの一行もやって来たが、中国人と馬賊はそれ程温泉には親しまず、順之助だけが
「極上極上!」
と湯に浸かっている。
さらに連合国日本には増援があった。
開戦当時、「陛下に銃を向けられない」と自主的に捕虜になった中の半数が、
「将来の日本の為に、我々も戦う」
と意見を変えて連合国日本に参加した。
また、南米に20万人という規模を誇るブラジル日系人社会からの参加者も出た。
こちらの場合、ブラジル軍に入営してイタリアと戦った者も居たのに、1943年になると日系人ブラジル人はサントスなどの全ての大西洋沿岸都市から退去させられ、強制収容所に入れられる等した為、
「それくらいだったら、連合軍として再び戦う」
としてやって来た悲惨な事情もあった。
連隊規模にまで拡大された連合国日本陸軍だが、この部隊もアイスランドで待命中である。
この久々に暇を持て余す日本人たちの中で、朝田代将だけがアイスランドに居ない。
彼と一部のスタッフはイギリス本国で、ある作戦についての会議に参加していた。
その作戦とは、パリ解放を目指すオーヴァーロード作戦。
その中の「ネプチューン作戦」こそ、有名なノルマンディー上陸作戦である。
1943年11月28日テヘラン会談において、ルーズベルト、チャーチル、スターリンは1944年の5月にはヨーロッパ第二戦線(第一戦線はソ連との戦争)を開くことが正式に合意される。
それに則って、パリ奪還作戦が立案され、その前に欧州に再上陸する作戦が立てられた。
場所はノルマンディー。
しかし、それと知れてはドイツ軍に警戒され、大損害を出してしまう。
その為、多くの欺瞞作戦を用意し、ドイツ軍の注意をノルマンディーから背けようとした。
そういう欺瞞作戦として「フォーティテュード作戦」が考えられた。
「フォーティテュード作戦」は「フォーティテュード・ノース」と「フォーティテュード・サウス」の2つから成る。
「フォーティテュード・サウス」はドイツ軍に、連合国軍のフランス上陸地点は、イギリスから最短の地であるパ・ド・カレーと錯覚させるものであった。
もう一方の「フォーティテュード・ノース」は、スカンジナビアに対する架空の侵攻作戦である。
この架空の侵攻作戦の為、スコットランドに第四軍という偽の部隊を置いた。
「陸奥」ら特別独立戦隊の役割は、この欺瞞作戦に更に真実味を持たせる事である。
「陸奥」は戦艦「グナイゼナウ」と「シャルンホルスト」の撃沈に関わり、ヒトラーから目の仇にされている。
その名を聞いただけで、総統は食いつくかもしれない。
しかし、冷静な参謀が見れば、「陸奥」を囮にしてドイツ軍をどこかに釣り上げるというのはバレバレであろう。
そこで「陸奥」が今までやって来た「通りすがりの戦艦」を、もっと効果的に利用しようという事になった。
朝田はアイスランドに戻り、作戦を話す。
今回は戦艦「陸奥」と「ジャン・バール」は別々に行動する事となった。
「フォーティテュード・ノース」は、まず情報戦から始まる。
スコットランド北部は、ドイツの偵察機の行動範囲外であり、上空から様子を伺えない。
そこでイギリスに潜り込ませている諜報員による活動となったが、イギリス情報部MI5はその全員を捕縛する。
そして一部を二重諜報員として雇い、ドイツに偽情報を流させ続けた。
続いて外交戦である。
イギリスの外交官が中立国スウェーデンに入る。
そこで、関係の深いノルウェーに侵攻するが、その際のスウェーデン政府の行動について様々な要求をする。
スウェーデン政府は中立を理由に断る。
だが、イギリス外交官は何度も何度もスウェーデンに軍事行動の自由を申し出る。
イギリスのこの行動は、ドイツをいよいよノルウェー侵攻近しと錯覚させた。
第三の手が囮作戦である。
戦艦「陸奥」と若干の駆逐艦、水雷艇、駆潜艇がレイキャビクを出撃する。
フェロー諸島の北方を通り、東進してトロンヘイムを目指す。
そこのドイツ軍基地に激しい砲撃を加えた後、
「出て来い、『ティルピッツ』!
戦艦対戦艦の一騎打ちを申し出る。
貴艦も戦士の誇りがあるなら、男らしくフィヨルドから出て来い。
こちらは通りすがりの戦艦だ、覚えておけ!」
と通信を送る。
流石にヒトラーも、激怒はしてもこの程度の事に引っ掛からない。
その後「陸奥」は北上し、ノルウェー沿岸のドイツ軍基地を砲撃しては
「出て来い『ティルピッツ』!
我々は通りすがりの戦艦である!」
と挑発を続ける。
「陸奥」が北上し、「ティルピッツ」の居るナルヴィクを目指しているのは分かった。
だが、この示威行動の裏には何があるのか?
ついにドイツ情報部は、アイスランドに居る連合国日本の1個師団と、自由フランス軍の3個師団という部隊が、トロンヘイムより遥か南のベルゲンを狙っている事を突き止める。
ベルゲンはドイツ向け鉄鉱石の積み出し港である。
「陸奥」はヒトラーに憎まれている事を利用し、ドイツ軍を北に釣り上げようとしている、情報部はそう判断した。
ヒトラーも同意見で
「私もナメられたものだ。
ああも見え透いたの囮作戦に誰が引っかかるものか。
大体、いつもお供に連れていたフランス戦艦が居ないではないかね」
と分析してみせた。
そしてドイツは、ベルゲンやオスロを守るべく40万人の兵をノルウェーに貼り付け続ける。
「ティルピッツ」にはフィヨルドの奥で守りを固めるよう厳命し、「陸奥」はUボートが狙う事となった。
「いつまでも潜水艦にしてやられる『陸奥』だと思うなよ」
才原艦長代理は自信満々に、潜望鏡発見の報を聞く。
イギリスが開発し、小艦艇にも搭載している新型対潜兵器「ヘッジホッグ」。
それらを隙間に大量に設置し、対潜戦闘のレクチャーも受けた。
この兵器は、爆雷のように後ろにしか落とせない、深度調整の必要がある、敵潜水艦の行動を予想して左右の回頭方向や沈降時間を計算するような手間暇を必要としない。
潜水艦の居るであろう位置に向かって発射すれば、勝手に沈んでいき、どれか一発が潜水艦に接触すれば全段誘爆して潜水艦を葬る。
扱いやすい兵器で「陸奥」もUボート狩りを始めた。
無論、護衛の駆逐艦や駆潜艇なくば、単艦では難しい事であったが。
「フォーティテュード・ノース」は「フォーティテュード・サウス」とも連動する。
「フォーティテュード・サウス」は、連合国軍のフランス上陸はカレーからだと思わせるものだ。
その為の欺瞞工作として、イギリスはカレーの対岸の海水浴場で、奇妙な兵器の実験を始めた。
「なんだ? あの輪は?」
「ロケットがついて、自走で海を走る?」
「ああ、ひっくり返った、酷いなあ」
「あれは何に使うんだ?」
「敵のコンクリートで固められた防御陣地を、海上から破壊するそうだよ」
「あの巨大な車輪が?」
「御偉方は何を考えているんだろう?」
海水浴客は、公開実験を繰り返す車輪爆弾を見て、噂をし合った。
この話がドイツ軍にも漏れ、いよいよカレー方面の防御が固められると共に、ノルマンディー方面は手薄になる。
「よし、我々も出撃する」
戦艦「ジャン・バール」のバルテス艦長が号令をかける。
Uボートの偵察により、「ジャン・バール」及び護衛駆逐艦、輸送船が出港した事を確認する。
彼等はフェロー諸島の南を通った。
やはり目的地はベルゲン!
さらにスコットランドからも船団が出発した。
おそらく英第四軍、ノルウェー占領部隊である。
「あれは何だろう?」
Uボート艦長は、「ジャン・バール」の主砲が無い後甲板に、巨大な輪が何個も載せられているのを潜望鏡越しに確認する。
「あれはイギリス軍が沿岸要塞を破壊する為に作った新兵器です。
どうやら投入するつもりなようですね」
「本国に連絡。
フランス艦が沿岸防御陣破壊用の新兵器を持って東進中。
後方には兵員輸送船多数」
Uボートからは気づかない事がある。
兵員輸送船には誰も乗っていないという事と、囮用の旧式船であった事だ。
ベルゲン沖合に展開した「ジャン・バール」の部隊は、新兵器を走らせた。
結果は、やはり思った方には進まない、陸地でひっくり返る、岸壁に当たってあらぬ方向に暴走する、と散々であった。
ドイツ守備兵たちは、途中から大爆笑していた。
「あれが新兵器か? イギリス人も頭おかしいんじゃないのか?」
「あの戦艦も、あんな訳分からん兵器の使用を命じられて、気の毒な事だ」
「あーあー、またこっちに来ないで逸れていくよ」
「おい、あいつら引き返していくぞ」
「残念だったな! もっとまともな兵器を持って出直して来な!!」
「ジャン・バール」のパンジャンドラム攻撃を馬鹿にしていたドイツ兵たちは、直後に衝撃を受ける事になる。
「ジャン・バール」が攻撃を仕掛けて来た1944年6月6日、連合国軍は最終的に200万人近くをノルマンディーの海岸から上陸させた。
道化の舞を笑っている間に、ついに大陸に決定的な進出を許してしまったのである。




