テヘラン会談 ~独裁者からの敵視~
成果なく、虚しく引き揚げて来たスコルツェニーらを、ヒトラーは優しく労う。
「本物であれば良かったが、まあ、何にせよ変わらんよ」
総統が視線を誘導した先には、包帯姿のムソリーニが居る。
「これは? 一体いつの間に?」
「おいおい、君たち精鋭が奪取出来なかった男が、ここに居るわけないだろう?
整形してそっくりな男を作ってみたのさ。
どうさ統領なんかは傀儡に過ぎない。
むしろイタリアがまた勝手な戦線拡大しないよう、偽物がしっかり私の命令を聞いてくれた方が良い。
予定通り、イタリア社会共和国を樹立する。
そして君たちも予定通り、統領救出の英雄になる。
ゲッペルスが待っている、英雄らしく振る舞い給え」
唖然としているスコルツェニーにヒトラーは囁く。
「だが、分かっているだろうな?
次も失敗したら許さんからな……」
スコルツェニーは総統の言葉に背筋を冷たくするが、同時に
(あの中国人とはいつか決着をつけてやろう)
と復讐を誓ってもいた。
1943年11月、クレタ島の戦いは4ヶ月を経過していた。
流石の連合国軍司令部も、日本・イタリア連合軍がクレタ島の過半を制圧し、警戒していたギリシャ駐留のロンメル元帥が北イタリアに異動し、ドイツ軍もギリシャ北方に下がったと聞いて、増援を送ってクレタ島占領を確実にしようとし始めた。
そしてホノルル幕府のマフィア調略が効いて、想像以上に捗っているイタリア戦線から兵力を割き、イギリス地中海艦隊もクレタ包囲に回った。
戦艦「陸奥」と「ジャン・バール」は再度補給と整備の為にアレキサンドリアに戻る。
丁度カイロにてウィンストン・チャーチル英首相、フランクリン.D.ルーズベルト米大統領、蒋介石中華民国総統の3人による会談が開かれるところであった。
「朝田代将も、連合国日本の代表として参加し給え」
「は? 連合国日本の総理は伊達順之助殿ですが?」
「あんな危険な男はダメだ! 緘口令を敷いているが、あの男はムソリーニを暗殺した。
ホノルル幕府の調略のお陰で上手くいっているが、一時はイタリアでの市民宣撫が全て失敗するとこまで追い詰められたのだ。
あんな考え無しに、勝手な事をする男ではなく、君が代表として出席すべきなのだ。
会議のテーマは対日本戦なのだからな」
こうして朝田は、チャーチルとともにカイロ郊外、三大ピラミッド近くにあるエジプト駐在アメリカ大使アレクサンダー・カークの邸宅に招かれたのである。
「何故日本人がここに居るのか!」
蒋介石は朝田を見て驚いて喚いていたが、チャーチルから
「彼が件の戦艦『陸奥』の艦長なのだ」
と紹介されると、打って変わって
「そうか! 君がそうなのか。
あの満州から逃げ出し、日本の敵として戦っている『陸奥』の艦長か!
先程は失礼した!」
と手を握って来る。
(「日本の敵」か……)
やってる事は確かにそうなのだが、改めて言われると、後味悪いものを感じる。
カイロ会談は米英中が戦争をもって日本の野心を挫く、懲罰するものである、とした。
そして米英中は戦争の利益を受けず、戦後に領土拡張に加わらないと確認。
その上で日本の無条件降伏まで軍事行動を継続するという「カイロ宣言」を発表した。
朝田は特に発言を求められなかったが、署名は求められた。
(俺の立場は宣言の正当化要員か……)
そこに日本人が居たから、当事者抜きで勝手に決めたんじゃないよ、というアリバイ。
良い面の皮とはこの事だろう。
・日本は第一次世界大戦以来太平洋で奪取した全ての島嶼を没収される
・満州、台湾、澎湖諸島を含む元中国領は全て中華民国に返還される
・朝鮮は適当な時に自由と独立を得る
という事を発表し、カイロ会談は終了した。
「私はこの後、テヘランに向かうが、君はどうするかね?」
チャーチルが朝田に聞く。
「テヘラン? 一体何をしに行くのですか?」
「スターリンめに会う為だよ。
こういう場合、伊達順之助でも居たら良いかもしれないが、君でも良い、一緒に来ないか?」
ソ連はこの時、日ソ不可侵条約を気にして、カイロ会談には参加していなかった。
そこで東欧、トルコ、自由フランス等についても話し合う場を設け、そこでソ連代表団と会談する事になった。
「スターリンがいるなら、私は行かない方が良いでしょう。
なにせ、クロンシュタットを壊滅させた艦の責任者ですからね」
「それもそうだな」
と言いながら
(スターリンの苦虫を食い潰した顔は見られんか)
と心の中で残念がってもいた。
テヘラン会談に移動する面々と別れ、朝田は何と無しにカイロの町をふらついていた。
路地裏にふらっと入ってしまった朝田は、奇妙な声をかけられる。
「お若いの? 何を迷っておられるのかな?」
見ると、不気味な弓と矢を壁にかけ、杖をついた老婆の占い師がいた。
だが、その杖を持っている左手は……右手??に見える。
気味の悪さを覚えたが、それ故に人間離れをしたものを感じた朝田は、つい占いを頼んでみる。
「ケケケケー、それで何が知りたいのじゃ?
この世の王となる方法か?
嫌いな奴を張っ倒して、便器を舐めさせる方法かえ?」
「……いや、俺はそんな人間じゃないので」
「おかしいのぉ?
お主にはそういった類の人間の縁を感じるのじゃが」
(順之助さんか……。
確かにあの人ならこの世の王とかになりたいだろうなあ……)
そう思いつつ、そうではないと言うと
「つまらんつまらん!!」
と返された。
「じゃが、ここで会ったのも縁じゃ。
お主の傍にいる邪悪な奴に免じて、わしが占ってやろう」
朝田は、日本というのはこの先どうなるのか?
日本という国の運命を変える事は出来ないのか?
ハワイ王国のように亡国を免れる事は出来るのか?
それを質問した。
「きゃきゃケケ──ッ」
老婆は奇声を挙げて嗤う。
「日本がどこにあるかは知らんが、どうも運命は変えられんようだ。
お主にも纏わりついているものを見ると、そうとしか言えん」
「どういう事ですか?」
「どうもその国は一度、大変な負け戦を経験するようだ。
じゃが亡びず、その先は、ケッ、豊かな国になるとよ。
そしてその豊かな時代に生きる少なからぬ者が、自分なりの大敗からの免れ方について頭を巡らす。
しかーーーし、その考えが曲者なのじゃぁぁぁ!!!
何とかして救いたいと思うって事は、必ず救わねばならぬ状態を作ってしまうのじゃ。
己れの策を使おうと思えば思うほど、それが多ければ多い程、その念が鎖となり人でも国でも運命を縛り付けてしまうのじゃ」
「つまり、日本は昨年ミッドウェーという場所での海戦に敗れましたが、それに勝ちたい、そう思う者が多い程、前提として必ずミッドウェー海戦は起きてしまう、そういう事ですか?」
老婆は直接は答えず、
「わしのこの水晶の中には、多くの世の中が見える。
異世界というものが見えておるようじゃ、ケケケ。
未来の事は明かしてはならぬのじゃが、別な世界の事なら良いじゃろ。
さっきも言ったが、お前の国は多くの世界で敗戦後に奇跡的な復興を遂げておる。
む、ここの世界にはわしの新たな主を倒しに来る男がいるの……あー、気にすんな。
豊かな世界に住みながら、一度はその敗戦を覆したいと願う。
その願いは力となる。
精神の力は偉大なのじゃ。
その力があらゆる世界で、敗戦を覆したいと願うが為に、必ず戦争を呼んでしまっておる。
これだけの念の力、振り切る事は困難ッ!」
なんとも絶望的な答えであった。
そして、仮に強力な力によって歴史を捻じ曲げた世界が構築されるとしても、前提として戦争は必ず起きる、というか起きないと思ったように歴史が変わらない。
「どうにかなりませんか?」
「下らん事を聞くなーー!
どうにもな・ら・ぬ・の・じゃぁぁぁ!
じゃが、多少なら足掻く事も出来るやもしれぬ」
「と言いますと?」
「これだけの念の力、余程偉大なお方でなければ、一人で振り払って歴史を変える等不可能!
じゃが凡人でも、多くの者を説得すれば、念の力に打ち勝って、別な歴史に変わる。
先程異世界の中には、そういう違う歴史も幾らかは有ったわ。
今のお主たちじゃが、実に少ない。
念の力に引き寄せられる歴史を大きく変える事は無理じゃ!
じゃが、その数と力に見合った改変は出来ようぞ」
「それでは!」
「クケケケケケケケケケケ!
それが良い方に変わるか、悪い方に変わるかは、わしは知らんぞ!
時を己の好きなように支配するなど、わしは出来る者をいまだかつて知らぬ!
じゃからお主らは自分の思う通りにやるのじゃーー!!
さもなければ、成り行きに身を任せて、目を瞑っておれば良いだけじゃ。
さあ、占いはここまで。
見料は……その腰の短刀を寄越せ」
朝田は懐の個人所有の脇差を渡そうとした。
だが占い師は首を振り、
「その刀はいずれお主の為使う事になる故、取れぬ!
そっちの小さい方のを寄越すのじゃ」
と海軍軍人用の短刀を要求した。
しばし揉めたが、結局朝田は海軍の軍刀を手離す。
■イラン帝国テヘラン:
今ここに、ルーズベルト米大統領、チャーチル英首相と、ソビエト連邦のスターリン首相が一堂に会している。
他の出席者はハリー・ホプキンズ米大統領顧問、アンソニー・イーデン英外相、ソ連外相ヴャチェスラフ・モロトフである。
蒋介石はこの場には居ない。
朝田も着いて行かなかった。
この2人は、我がままを通してでも着いて行くべきだったかもしれない。
3者の間で、ドイツ降伏後のソ連の対日参戦が話し合われたのだ。
また、機能停止状態の国際連盟から、新設の組織への移行についても話し合われた。
戦後が話し合われた場所に、日中は不在であった。
この会談で、ルーズベルトはチャーチルを無視し、必死にスターリンにすり寄っていた。
チャーチルは
(スターリンとは対ドイツで協調しているだけで、思想的に同志な訳ではない)
とその強権政治を警戒していた。
(チョビ髭伍長を倒した後に来るのが、鼻髭野郎なんじゃ戦争の意味は無い)
と思うのだが、ルーズベルトには届かない。
(ルーズベルトの側近の多くは共産主義者のようだ)
チャーチルは次第に、事実上政権を運営している副大統領のハリー・トルーマンと親密になり出す。
そんなイギリスを無視して話を進めているソ連の方から、チャーチルに声がかかる。
「ところで、先の冬戦争においては世話になりましたな」
「何の事ですかね?」
「戦艦を派遣しておいて、白々しいですぞ」
「ほお?
あの時バルト海に、我がホワイトエンサインの軍艦旗が掲げられていたと?」
「いや…………、あれは謎の9つの円だったか。
イギリス軍艦旗ではない……」
「ならば、言いがかりは止めて貰おうか」
「では、あの艦はイギリスとは無関係である、と?」
「今でもあの艦は、連合国日本の軍艦旗を掲げて戦っている。
イギリスと無関係だ」
冬戦争が始まる前、チャーチルは朝田に「HMS バウンティ」の名称とホワイトエンサイン旗の返上を求めた。
イギリスは冬戦争には表向き、兵等送ってはいないのだ。
「よろしい。
ではこの戦争が終わった後、あの艦を引き渡して貰いたい」
「はて?
我が国の所属で無いのに、引き渡せとか、何を言われれいるのやら」
「あの艦は砲撃試験にでも使い、沈めてやらねば気が済まぬのだ!!」
チャーチルはソ連首脳陣の「陸奥」に対する深い憎悪を感じた。
だが、サラッと流してこう返す。
「砲撃試験?
そんな悠長な事を言わずに、ご自身の海軍で攻撃されたら如何かな。
引き渡しを待っていても、先にボヘミアの伍長に沈められてしまったら何の意味も無いだろ。
ボヘミアの伍長も『陸奥』には恨みを持っているからな」
ソ連に「陸奥」を沈める海軍力が無いのを知って嘲笑った。
だがスターリンは
「むしろヒトラーに共感を覚える……。
そうか、あの男も『陸奥』を狙っていたか……」
と呟いていた。
(独裁者たちからよくもここまで嫌われたものよ。
だが、そうであれば儂は「陸奥」に味方しようか。
お前らの思う通りに世界は動かないという事を、思い知らせてやろう)
チャーチルはそのように思うのであった。
唐突な某婆の暴走すみません。
オカルト的な解釈が必要だったものでして。
地縛霊ならぬ念縛の歴史って解釈を取り込みたかったのです。
「あの戦争は……」という声が多ければ多い程、そこを通ってしまうという話で。




