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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第7章:アメリカ合衆国共闘編(1942年~1943年)
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クレタ島解放 ~ミノタウロス作戦~

 「陸奥」と「ジャン・バール」がアレキサンドリアに寄港すると、そこには色々訳アリの日本人が多数来訪していた。

 伊達順之助という飛び切りの訳アリを筆頭に、日本国内の和平運動グループの一員、かつての徳川家の隠密、エチオピア戦争以来の日本人義勇兵らが屯っている。


「これはどういう事ですかな?」

 朝田代将が順之助に質問する。


「チャーチル首相と繋がりのある我々に、戦争を終わらせたい大日本帝国の面々が接触して来たって事だよ。

 我々はなんせ、この大戦が始まる遥か前からイギリスとつるんでたから、和平の仲介役としてもってこいらしい」

「ですが、まだ本国は戦争を止める気は無いのでしょう?

 まだ太平洋では互角に戦っていると聞き及んでますが」

「らしいな。

 だから、遠い道のりになる。

 それでも、誰かが最初の一歩を踏まねば、先に進めまい」

(この人、大分まともになった)

 朝田の感慨はしばらくしたら打ち砕かれる。




 1943年7月10日に始まったハスキー作戦は、予想以上に進捗していた。

 このシチリア島はマフィアの島である。

 ムソリーニ政権は治安維持の為、マフィアを取り締まっていた。

 このシシリアン・マフィアにホノルル幕府が接触する。


 かつて捕鯨や白檀貿易で栄えていたハワイ王国は、資源の枯渇と鯨油から石油に切り替わる時代の流れで、大きく没落してしまった。

 そこに日本から流されて来たとあるヤクザものが、賭博や麻薬取引、マネーロンダリングを行う暗黒街を作り、そこの経済力をもってハワイ王国全体を乗っ取ろうと画策した。

 そのヤクザは道半ばで暗殺されるが、暗黒街はアメリカに進出したシシリアン・マフィアの資金洗浄を行う拠点として、シチリア島と繋がりを持った。

 やがて暗黒街の経済と、表の経済は融合し、表のホノルル幕府と裏の勢力も手を組む。

 ホノルル幕府は闇経済を通じてシチリア島とコネクションを持っていたのだ。


 マフィアにしても、幕府というのは都合の良い相手だったようだ。

 「名家の当主」や「大名の子弟」というのが訪ねて来るのは、ボスにとって面子を施すものである。

 今回のシチリア島攻略作戦でも、ホノルル幕府からの働きかけで、シシリアン・マフィアたちはムソリーニ政権に一斉に背いた。

 さらに取り締まり緩和を条件に、エチオピア戦争で皇帝ハイレ・セラシェを暗殺しようとしたナポリのマフィアたちも、皇帝暗殺に失敗した事から再度弾圧を受けた為、ホノルル幕府による調略に応じた。

 調略はコルシカ島の「ユニオン・コルス」、カラブリアの「ンドランゲタ」にも及び、サルデーニャ島の山賊(バンディット)も加わってイタリア西岸、ティエリア海沿岸や島嶼には闇の勢力同士の繋がりが出来上がる。

 イタリア軍が気づいた時には、地の利は連合国軍のものとなり、マフィアやそれに脅されて協力する住民に案内された米軍は、驚くべき速度でシチリア島を制圧していった。


 そしてイタリア南部上陸作戦は前倒しされる。

 カラブレアは既にホノルル幕府によって調略された犯罪組織「ンドランゲタ」によって、連合国軍受け入れのお膳立てが整っていた。

 このイタリア南部上陸作戦「ベイタウン作戦」準備中の7月25日、衝撃的な報がイタリア王国からもたらされた。

 統領(ドゥーチェ)ベニト・ムソリーニがクーデターによって失脚したというのだった。




 その前日、ファシスト党の党大会でムソリーニは、シチリア島の戦況が最悪である事を報告する。

 それでも戦争継続を訴えるムソリーニに対し、デ・ボノ元帥らは無理と反論。

 サヴォイア王家に執政権を返上する決議案が可決され、ムソリーニは独裁権を剥奪された。

 翌日、国王ヴィットリオ・エマヌエーレ3世に面会し、独裁権を返上した後、ムソリーニは逮捕されて軟禁される。

 こうしてムソリーニはイタリア本土作戦の前に失脚し、後任のピエトロ・バドリオ元帥が停戦を呼び掛けて来たのであった。


 この報はクレタ島にも影響する。

 クレタ島の東三分の一を占領するイタリア軍は、イギリスに対し保護を求めて来た。

 チャーチルは困った。

 クレタ島侵攻作戦は現在立案されていない。

 その予定も無かった。

 だが、「ミンスミート作戦」で囮艦隊をクレタ島付近に展開して事で、イタリア軍は付近までイギリス軍が来ているものと思っている。


「囮艦隊は今どこにいる?」

「アレキサンドリアです」

「では、彼等に出動を命じよう。

 義理で良い。

 無理をせず、必要ならイタリア軍を収容して帰還するように言っておけ」


 チャーチルがクレタ島進軍を命じた事で、事態はまた変化する。




 アレキサンドリアで指示を聞いた朝田代将は、チャーチルの意図を正確に理解していた。

 準備が整っていない以上、勝ち目は無い。

 しかし期待を持たせておいて見殺しにも出来ない。

 義理で出撃し、艦砲射撃でもドイツ軍に食らわせたら、あとは降伏した兵を拾ってくれば良い。


 この行動を作戦行動に引き上げたのは、伊達順之助であった。

「イタリア軍は弱いが、それは指揮官の質に因る。

 実際北アフリカで名将ロンメル将軍に率いられたイタリア軍は大したものであった」

 順之助はそう語る。

「だから、俺が行って指揮を執ればクレタ島は奪還可能だ!」

「……その論法が分からん」

 周囲の日本人は頭を抱える。

 この順之助の暴走に、ユダヤ人武装組織パルマッハが協力を申し出る。


 パルマッハは、エル・アラメインの戦いでイギリスが勝利し、シリアやパレスチナへのドイツの脅威が去った事から、「そろそろ解散したら」と存在意義を問われていた。

 いずれ国軍に進化したい彼等は、存在意義を確立する戦いを求めていた。

 そこで伊達順之助によるクレタ島解放作戦に乗る事にしたのだった。


「俺の領地の宇和島には、牛鬼って妖怪が居てなあ。

 クレタ島にも頭が牛の妖怪が居たんだろ?」

「ミノタウロスの事ですか?」

「それ! 今回の作戦は、宇和島の牛鬼がミノタウロスどもを指揮する事にある。

 よって作戦名を『ミノタウロス』とする」


 順之助はノリノリであった。

 朝田はチャーチルに連絡を入れ、一応作戦の妥当性を判断して貰い、チャーチルの命令で「ミノタウロス作戦」とやらを止めて貰おうとした。

 伊達順之助立案の「ミノタウロス作戦」は、一見まともである。

 兵力も物資も現地にある物を利用する、海軍が支援し、パルマッハや連合国日本の部隊を増援とする、それらは既にエジプトに居る為、改めて動員する必要は無い。

 戦術案もきちんと示され、一見まともなのだ。

「補給計画を一切無視している以外はな!」


 チャーチルは順之助の作戦が成功しても、クレタ島を維持し続ける補給が出来ないと見ていた。

 それどころか、ギリシャにいるロンメル元帥の侵攻の呼び水ともなり兼ねない。

 だが……

「そうなればそうなったで面白いか。

 ロンメルをクレタに縛り付けるのは有りだな。

 後は海軍で封鎖すれば、あの恐るべき男を封印出来る」


 どうせ部隊は連合国日本軍、ユダヤ人部隊、馬賊、それに自由フランス軍だ。

 イギリスの懐は痛まない。


「許可する。

 男爵(バロン)ダテに任せてみよう。

 ただし当分補給計画に入っていない地域である為、補給が尽きた場合撤退せよ」


 条件付きで「ミノタウロス作戦」は可決された。




 ドイツ軍は運が悪いとしか言いようがない。

 連合国軍に降伏する意向のイタリア軍から武器を没収しようと、東部のイタリア軍占領地に攻め込んだ時、丁度「陸奥」「ジャン・バール」が沖合に現れたのだ。

 絶好のタイミングで艦砲射撃を食らう。

 ドイツ兵も戦車でもって応戦するが、戦艦対戦車では勝敗は明らかだった。

 ドイツ軍撤退で意気の上がるイタリア軍。

 そこに変な男が上陸して来た。

 謎の東洋人、男爵(バロン)ダテ。

 彼は作戦能力は高くない。

 もっぱら副頭目の程国瑞が戦闘時は指揮をしている。

 だが伊達順之助にも強力な能力がある。

 人を狂奔させる能力であった。

 士気の低いイタリア人、地方ごとに文化が違い一体感の無いイタリア人をも狂奔させ、一丸となってドイツ軍との戦いに向かわせた。


(そういう能力だけはヒトラーやムソリーニと同レベルか……)

 朝田は呆れるやら感心するやら。

 だがともかく、僅か数千の援軍が入っただけだが、指揮官の立場に強力な煽動者が入ったせいか、イタリア軍は武装解除されるどころか反撃するようになる。

 さらにクレタ島山岳部に逃げている連合国軍残党と反独武装勢力、これも共産党系と非共産党系がいるが、利害を超えて共闘態勢に入る。


「ええーっと、遠目には、日の丸と鍵十字(ハーケンクロイツ)が戦ってるように見えますね」

「赤白緑の三色旗(トリコロール)もな。

 正直、枢軸陣営(アクシズ)の内輪もめにしか見えないねえ」

 クレタ島の戦いは、ドイツ軍対雑多な軍の戦いとなり、混沌(カオス)極まりなくなった。


 そんな中でもイギリスはこれを利用しようとする。

 情報部は再び電文を駆使し、

『太陽は牛を食した後にムサカを食す』

『アルゴー船はアテナの元に向かう』

 という、「陸奥」と「ギリシャ」を連想させるものを、わざとドイツ軍に傍受させる。


 「陸奥」がクレタ島に居るのは各種情報から明白である。

 では、以前すっかり騙された欺瞞作戦(ミンスミート作戦の事)は、嘘ではなく本当の情報も含まれていたのか?

 やはり連合国軍はギリシャにも侵攻するのか?

 ドイツ軍情報部は混乱し始めた。


 さらに「陸奥」を目の仇とするヒトラーは

「何が何でも『陸奥』を撃沈せよ!」

 とギリシャ方面軍を怒鳴りつけていた。


(いくら何でもわざとらし過ぎる)

 ロンメル元帥とその司令部は、近い現場に居るだけにそう見ていた。

 大規模な船団の集結があるなら、確かにギリシャ侵攻も考えられる。

 だが居るのは日本と自由フランスの寄せ集めの戦艦と、僅かな陸上部隊である。

 あんな兵力ではギリシャ侵攻など出来る筈が無い。


 では、自ら出動してクレタ島を奪還し、航空攻撃で戦艦どもを撃破しようか?

 そうして島に渡った後、本命のイギリス艦隊がギリシャとクレタ島との間に割って入ったら、ロンメルは袋のネズミと化す。


 ロンメルはヒトラーが激すれば激する程に

(「陸奥」という戦艦は総統(ヒューラー)の気を引く囮だ)

 と確信していく。

 では、クレタ島にドイツ軍を引き付けておく意味は?

 囮がこちらだとして、本命は?

 いや、考えるまでも無い。


「総統に連絡だ!

 『陸奥』等に構っている暇は無い。

 シチリアの次は南イタリアだ。

 南イタリアはもう落ちるものとして、北イタリアに防衛線を張る必要がある。

 クレタ島に目を奪われていると、気付いた時には北イタリアまで落とされ、

 我々の戦線はアルプスにまで北上するぞ!

 急げ!!」


 「ミンスミート作戦」の残り香に再度騙されかけていたドイツ情報部は、やっと正気に戻る。

 奴らは偽書類をでっち上げ、自身のものでない要らない戦艦を囮として散々利用していたのだ。

 こういう情報を一切無視して、敵の動きだけに神経を尖らせておけば、見える。

 次の目標はカラブレア、南イタリア最先端部だ。


 こうしてロンメル元帥はギリシャを離れ、北イタリア防衛軍司令官の座に就いた。

 クレタ島のドイツ軍は司令部に見捨てられる。

 この後も激しい抵抗を続けるものの、地元民の協力を得た連合国軍に次第に追い詰められていく事になる。


 そんな戦闘の真っ最中、伊達順之助が「陸奥」に戻って来た。

「ローマに行く。

 陰謀の匂いがする」

 それだけ言って来た。

 この男の謎の直感は、この後現実のものとなる。

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