カサブランカの奇跡
ビル・ハケイムで奇跡的な撤退作戦と、ロンメルを失笑させたペテンを演じて見せた日本人及び日系人の部隊であったが、彼等にロンメル軍団との決戦は
来なかった。
イギリス軍の交代した司令官バーナード・モントゴメリー卿は、トブルクを落とすも疲弊したロンメル軍と戦う事をせず、ひたすらに本国やアメリカから兵力と戦車と航空機が補充されるのを待った。
そして
「ペテンをかます余地の無い、可愛げの無い戦い方」
と伊達順之助が言う、敵に勝る兵力で、敵よりも補給を十分に行い、敵よりも大量の弾薬を投入して攻勢に出た。
この時ドイツ軍も、ロンメル将軍は病気により一時戦線離脱、本国で療養をしている。
さらに不運な事がドイツには起きた。
モントゴメリー率いるイギリス第8軍との戦闘中、ロンメルの後任であったシュトゥンメ装甲大将が、10月24日に心臓発作で死亡してしまった。
こうして病み上がりのロンメルは10月25日に戦場に戻される。
しかし、イギリス軍の優勢は揺るがず、ついに第二次エル・アラメインの戦いでロンメル将軍は決定的な敗北を喫してしまった。
1942年11月8日、ドワイト・アイゼンハワー中将率いるアメリカ軍が北アフリカの戦場に姿を現す。
「トーチ作戦」の発動であった。
同日、ヴィシー政府の統治下にあるモロッコのカサブランカに、16インチ砲戦艦が現れる。
「陸奥」ではない。
戦艦「マサチューセッツ」重巡洋艦「ウィチタ」「タスカルーサ」と駆逐艦4隻から成るアメリカ第34.1任務群、重巡洋艦「オーガスタ」と軽巡洋艦「ブルックリン」そして駆逐艦10隻から成るアメリカ第34.9任務群、そして空母「レンジャー」護衛空母「スワニー」軽巡洋艦「クリーブランド」と駆逐艦5隻から成るアメリカ第34.2任務群であった。
目標はカサブランカ停泊中の戦艦「ジャン・バール」軽巡洋艦「プリモゲ」駆逐艦10隻等のヴィシー政府艦隊である。
戦艦「ジャン・バール」は、満載排水量48,950トン、最大速力32ノットという強力な戦艦「リシュリュー」級2番艦だが、この時期まだ完成していない。
主砲は38センチ四連装砲が2基の筈だったが、1番砲は照準器が本来の物ではない簡易版、2番砲は未だ搭載されていなかった。
11月8日、第34.1任務群は砲撃を開始する。
戦艦「マサチューセッツ」は、排水量35,000トン、速力27ノット、16インチ三連装砲3基と攻守速のバランスの良い「サウスダコタ」級戦艦の3番艦である。
電装系が未完成で、主砲も1基しか搭載していない「ジャン・バール」では勝てない。
11月8日の海戦で「ジャン・バール」は被弾・浸水し、主砲が動作しなくなってしまった。
このまま戦闘が続くかと思われた。
偶然な事が起きていた。
ヴィシー政府のジャン・ルイ・グザヴィエ・フランソワ・ダルランが、11月7日にポリオの激しい発作のために入院していた息子を訪ねるためにアルジェへとやって来ていた。
その前の10月23日、アルジェリアの抵抗組織と連合軍のマーク・W・クラーク将軍(アメリカ軍)との間にイギリス首相ウィンストン・チャーチルの手引きで秘密協定が結ばれていた。
トーチ作戦が始まった時、ダルランはヴィシー政府首班のペタン首相に指示を求めたが、ペタンからの回答は「貴殿を全面的に信頼する」という電報であった。
ダルランは連合国との交渉承認であると解釈する。
そして翌9日にペタンに再度電報を送り、休戦条件についての諒解を得る。
これを聞いたチャーチルは、ジブラルタルで補修中かつ待命中の戦艦「陸奥」に
「ある人物が乗艦する。
その後、全速力でカサブランカに急行せよ」
という命令を直々に授ける。
「誰でしょうね?」
と問う才原副長。
「見当もつかんが、この艦にはおかしな縁があるからなあ」
と言う朝田艦長。
「と仰いますと?」
「タイ国王、満州国皇帝、エチオピア皇帝、イギリス前国王と座乗させたのだ。
またどこかの元首って可能性もあるかも」
「どこですか?
自由フランスの暫定首脳ですかね?」
「分からんよ」
朝田の予感は半分くらいは当たっていた。
ロンドンから輸送機に乗って来たのは、日本人に見えた。
「失礼ながら、どちら様でしょうか?」
そう聞く「陸奥」の水兵に、煌びやかな和服を着たその男の、隣の男が答えた。
「控えおろう!
このお方をどなたと心得る!
恐れ多くもホノルル幕府征夷大将軍徳川義恭様にあらせられるぞ!
一同、頭が高い!!」
「陸奥」一同、ポカーンとしていた……。
11月9日、カサブランカ沖海戦はまだ続いている。
出港に成功したフランス潜水艦5隻が、アメリカ艦隊を狙っていたが、魚雷が命中しない。
戦艦「ジャン・バール」は応急修理を終え、主砲を再度撃てるようになっていた。
「ジャン・バール」の艦長エミール・バルテス大佐は
「チクショー! 完全体、完全体になれさえすればあんな艦……」
と悔しがっているが、どうしようも無い。
アメリカは空母艦載機による攻撃を続けている。
夜になり、両軍の戦闘も下火になって来た。
そこに米仏両軍とも不審艦の侵入を探知する。
「あれは、イギリス海軍に亡命したジャップの戦艦『陸奥』ではないか!」
「あれは我が国の潜水艦『スルクフ』ではないか!」
両陣営に馴染みのある艦が、ホノルル幕府海軍の巡洋艦4隻とともにやって来た。
『警告する。
当海域は現在戦闘状態にある。
当方の指示に従って停船せよ。
しからざれば、敵対勢力と見て撃沈も有り得る』
アメリカ艦隊から警告が発せられる。
それに対する返答は
『戦闘状態なのは大体分かった!
こちらは通りすがりの戦艦だ、覚えておけ!
停戦の為の使者を載せている。
そちらこそ一時停戦に応じよ』
アメリカ艦隊を率いるヒューイット少将は首を傾げる。
そんな事は聞いていない。
聞いていない以上、命令を遵守するのみ。
『誰を乗せ、誰の停戦命令かは知らないが、
我々を制止出来るのはアメリカ合衆国大統領ただ一人である。
繰り返し警告する。
停船するか、さもなくば立ち去れ。
どちらにも従わぬなら撃沈する』
『ある人が言った、俺たちは正義の為に戦うんじゃない、俺たちは人間の自由の為に戦うんだ、ってな』
『何が言いたい?』
『細けえ事ぁどうでもいいんだよ!
アルジェリアでダルラン提督が北アフリカ全域のフランス軍に停戦命令を出した。
それでも戦おうってのは、行き過ぎた正義って奴なんだよ!
おめえらは、そんな形式張った正義の為に戦ってんのか?
それとも自由の為に戦ってんのか?』
『通りすがり戦艦よ、言ってる意味は分かるが、命令は命令だ。
それはそれとして、ダルランが停戦というのは事実なのか?』
『それこそ大統領にでも問い合わせろ!』
通信後、角矢少佐は
「なんで君は味方に対しても、そう無礼で喧嘩売るような言い回しをするかなあ!!」
と説教されていた……。
ダルラン提督が停戦した事を、クラーク陸軍少将が保証し、それをホワイトハウス経由で受け取ったヒューイット海軍少将は渋々「通りすがりの戦艦」の停戦交渉を見守る事にした。
「あれは一体何なんだね?」
アメリカ海軍の将兵は呆れていた。
「陸奥」から降ろされた短艇の上には、衣冠束帯姿の徳川義恭に、烏帽子狩衣姿の従者が何人も従い、銃も持たず長弓と太刀だけで武装していた。
上陸すると、金扇の馬印を立て、三つ葉葵の旗を靡かせながらしずしずと進んでいく。
双眼鏡で様子を見ていた敵味方に「陸奥」「スルクフ」の乗組員も、どこか戦場に異空間が出来てような錯覚に陥っていた。
最早、戦場全体が呆気に取られてしまい、銃声一つしない。
そんな空気のせいか、ヴィシー政府軍のレイモン・ゲルベ・ド・ラフォンド海軍少将が直々に出迎えた。
室内に案内しようとするド・ラフォンド提督。
それに対し、ここで良いとばかりに、持って来た床几を差し出し、机を出す徳川義恭。
(どうやら、衆人環視の元で戦いを終わらす気なのだ)
一同はそう思った。
徳川義恭は黒の衣冠束帯姿だが、後ろに赤の衣冠束帯姿の者がいる。
その者が書類を提督に差し出す。
提督がそれに目を通す。
何やら言い合っているようだが、双眼鏡越しでは何も分からない。
だが、決裂するような雰囲気は無い。
やがて将軍は矢立の中の墨をつけ、紙に何やら書き始めた。
出来た紙を提督に渡す。
そして将軍と提督は一礼し合い、片方は司令部へ、片方は短艇へと引き返していった。
「陸奥」の乗員も、今さっき何が起きたのか、全く分からない状態で征夷大将軍を出迎えた。
朝田が呪縛から逃れたようで、恭しく質問する。
「上様は、彼の提督に対し、何の書を認めあそばしたのでございましょう?」
元々は美術や文学を好んでいた将軍は、微笑みながら
「和歌である。
日本語とフランス語で書いた。
彼の者の気持ちを汲み、心を讃えた。
きっと余の思い、通じるであろう」
と言う。
(そんな上手くいくかな?)
朝田も才原も角矢も森も、芸術のような調停について疑問視していた。
だが、奇跡は起こった。
その晩の内に残存フランス艦隊は降伏と、自由フランス軍参加を表明したのである。
「どういう事でしょう?」
朝田は珍しく動揺している。
彼は最近まで、事態を諦観していた。
如何に戦艦「陸奥」がその存在感を発揮しようと、エチオピア帝国は戦争に負け、フィンランドは国土の7.5%をソ連に奪われた。
自分たちが何かしようが、事態に何の影響も出ないのではないか?
生じかけていた無力感に、一石が投じられたのだ。
徳川義恭は上品な笑みを浮かべながら語る。
「和歌は心を最後に労ったものじゃ。
彼の提督は、ダルラン大将の停戦命令が出た以上、従うしか無かった。
だが、ここで彼の提督や将兵の誇りを奪えば、彼等は死を覚悟で抗う。
武士とは左様なものじゃ。
余は英首相と話し、あの未完成の戦艦を完成させようと決めた。
そしてこう言うた。
『戦いたいなら、完成した艦で戦わぬか?
だが、相手は我々ではない。
本当に戦いたい相手はどこか、そなたたちは分かっておるのではないか?』とな。
揺れる心に歌を詠んだのよ」
そして朝田の心を見透かしたように、
「力の裏付けの無い外交は無力である。
されど軍事力だけの外交は、一時荒れ狂う嵐のようなもの、大きくは物を動かせぬ。
政治と人の心と大義と、あらゆるものが備わってこそ、物事は動くのよ。
『陸奥』であったな。
この艦1隻だけで何事かの一端は出来るが、小さい小さい。
物を動かしたいなら、同時に人を動かすべし」
「人を動かす……」
「上様の仰る通りじゃ。
かつてハワイ王国は滅亡の危機に瀕した。
その時多くの人が共に立ち上がった。
我等幕臣だけではきっと無理であったろう。
ハワイの民、味方する白人、新たな日系人。
イギリスにもフランスにも大いに世話になった。
さらにはアメリカ国内の者とも語り合った。
そこまでせねば運命は変えられぬ。
それ故、我等はこうして縁もゆかりも無き地まで出向いて来ておるのよ。
かつて結んだ人の繋がり、あだや疎かにすべからず」
後にヴィシー・フランスの艦隊を心意気だけで降伏させたこの事件は「カサブランカの奇跡」と呼ばれるようになる。
この征夷大将軍との邂逅は、「陸奥」の今後に影響を及ぼす事となる。




