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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第6章:ホノルル幕府共闘編(1941年~1942年)
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ケルベロスVSのらくろ ~ドーバー海峡突破作戦~

 ドイツ海軍は、そもそもイギリス海軍と戦って勝てると思っていない。

 ドイツ海軍の当初の目的はフランス海軍だった。

 だが、状況はあっという間に変わり、フランスは降伏してドイツ海軍は格上のイギリス海軍と対峙する事になる。

 そこでドイツ海軍は、艦隊決戦等はせず、イギリスの生命線である海上輸送を破壊しようとした。

 洋上艦による通商破壊作戦である。

 これは当初は上手くいった。

 しかし、画期的だったポケット戦艦「アドミラル・グラフ・シュペー」をラプラタ沖海戦で失い、切り札とも言えた最新鋭戦艦「ビスマルク」をブレスト沖海戦で喪失すると、ヒトラーは洋上艦に対し期待をしなくなった。

 本来、ライン演習から戻った「ビスマルク」「プリンツ・オイゲン」とベルリン作戦以降ブレストに入港している「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」が揃って、大西洋での通商破壊を行う予定であった。


 巡洋戦艦「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は、一般的な巡洋戦艦と異なる。

 フィッシャー提督が提唱した巡洋戦艦は、巡洋艦の軽装甲・高速機関な艦体に戦艦の巨砲を載せるというものである。

 「シャルンホルスト」級は戦艦並の装甲と巡洋艦並の高速に、戦艦と巡洋艦の中間サイズの砲を載せている、巨砲巡洋艦(バトルクルーザー)というより中型砲戦艦(ミドルサイズ・バトルシップ)と言った方が良い。

 イギリスが「Battlecruiser」に分類しただけで、ドイツでは戦艦(Schlachtschiffen)に分類している。

 この異質な艦は、水線装甲350mmと「長門」級の305mmより分厚い装甲を纏う。

 一方で甲板防御は95mmと、改装前の「長門」級70+75mmにも及ばない。

 そして世界が15インチ(38センチ)から16インチ(40センチ)、さらには18インチ(46センチ)という巨砲を造っている中、再軍備によって列強を刺激しないよう11インチ(28センチ)主砲を搭載した。

 ドイツは第一次世界大戦後、主力艦の建造を制限されていた為、世界の潮流とは違う独自路線を歩いてしまった。

 その為、超高性能な第一次世界大戦型戦艦を造っているのが現実だ。

 だが戦っている当事者同士は、お互いそのような事情は知らない。

 「シャルンホルスト」はかつてイギリスの旧式戦艦「ラミリーズ」や「マラーヤ」を確認した瞬間、攻撃を放棄して退散している。

 戦艦の砲撃力に勝てないと見ている。

 故に、イギリスの戦艦に勝てる砲力を持った15インチ(38センチ)砲搭載の「ビスマルク」級に大きな期待をかけていたのだ。

 「ビスマルク」が敵戦艦を叩き、高速の「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」が敵船団もしくは護衛艦隊を叩き、重巡洋艦「プリンツ・オイゲン」は専ら輸送船団を叩く。

 この構想は、「ビスマルク」がイギリス戦艦「キング・ジョージ5世」「ロドネー」、重巡洋艦「ノーフォーク」「ドーセットシャー」によって嬲り殺しにされたブレスト沖海戦で潰える。

 「キング・ジョージ5世」の主砲は(かつて「陸奥」が実験戦艦「バウンティ」として試し、警告したように)故障が頻発して、海戦中に全門使用不能となったりした為、「ビスマルク」を浮かぶスクラップと化したのは、専ら「ロドネー」の16インチ砲であった。

 しかし、接近し過ぎての16インチ砲は「ビスマルク」の分厚い水線装甲を破れず、「ビスマルク」はついに砲撃だけでは沈まなかった。


 最新鋭戦艦「ビスマルク」喪失を受け、ヒトラーは洋上艦による通商破壊作戦に見切りをつける。

 1940年はバトル・オブ・ブリテンと呼ばれた航空戦で、イギリス本土を空襲していたが、最近では逆にイギリスの爆撃機にフランスの占領地が空襲を受ける。

 ブレスト港の「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」も度々空襲を受け、修理しては損傷、修理しては損傷と無意味な停泊を続けていた。

 そこでヒトラーは、ノルウェー方面に戦力を充てる為、ブレスト港の大型艦3隻に引き上げ命令を下す。

 戦艦部隊司令官オットー・チリアクス中将は「言うは易し」と思ったかどうか定かではない。

 しかし、イギリス海空軍の監視下に巨艦が脱出する困難を考え、奇策に出た。

 白昼堂々と英仏海峡、特に幅の狭いドーバー海峡を突破しようというのだ。


 この作戦は、巨艦3隻を「三頭蛇尾の地獄の番犬」ケルベロスになぞらえ、「ツェルベルス作戦」と名付けられた。




 戦艦「陸奥」が日本人や日系人部隊を乗せる輸送船団を護衛する為にポーツマス港を出港したのと、「地獄番犬(ツェルベルス)作戦」開始が重なったのは、単なる偶然である。

 10日22時45分に悪天候を待ってブレスト港を出港したドイツ艦隊を、イギリス空軍は早々に発見するも、無線封止の命令を遵守して基地に帰投するまで連絡をしなかった。

 11日6時30分、「陸奥」は予定通りにポーツマスを出港する。

 その時に「ドイツ艦隊が出撃したという報あり、注意せよ」という指示を受けている。

 11日10時42分、偵察に出ていた「スピットファイア」戦闘機が、カレー市南方のル・テュケ沖合にドイツ艦隊を確認し、無線封止命令を破って緊急連絡を行う。

 イギリス海軍はやっと、ドイツ艦隊が意表をついて白昼堂々とドーバー海峡を突破しようとしている事に気付いた。

 この時出撃させられる艦等無い。

 沿岸警備の駆逐艦や魚雷艇、航空隊で戦う他は無い。


 が、一人の士官がイレギュラーな艦を見つけた。


「この戦艦『ムツ』の行動予定は何だ?」

「テムズ川に進入し、陸軍兵士の輸送船団と合流する予定だが」

「よし、この『ムツ』に独艦隊(クラウツ)攻撃を命じよう」

「とは言え、大分後方だぞ。

 追いつけるか?」

「知るか!

 だが、白昼堂々とドーバーを突破等、許してなるものか!

 1隻も追撃に出さなければ、英国海軍の恥だ!」


 かくして「陸奥」にドイツ艦隊攻撃の命令が下る。




「白昼堂々とドーバー海峡突破とは、ドイツさんもやりますな」

「全くだ。

 軍記物語に聞く、上杉謙信が小田原城に単騎乗り込み、矢玉の降る中酒を飲んで帰ったかのような大胆さだ」

「その上杉謙信攻撃の役が我々に来たぞ」

「面白い! 機関長、出力全開! 全速力でドイツ艦隊を追うぞ!

 よろしいですな、艦長」

「副長に一任する。

 敵に接触するまでは頼む。

 通信士、海軍本部に復命の報を入れると共に、合流予定だったハワイ艦隊の出撃も頼んでくれ」


 言われるまでも無く、イギリス海軍本部は輸送船団護衛のハワイ海軍巡洋艦2隻にも出撃命令を出していた。

 ハワイ海軍では巡洋艦に分類しているが、その実態は1000トン級スループであり、速力16.5ノット、主砲12センチ単装砲2門、対空装備で7.6センチ高角砲1門という弱小の艦である。

 イギリスの「グリムスビー」級スループをハワイ海軍用に建造したものだが、ハワイ海軍からの要望で魚雷発射管を積んでいるのが同級と違うところだ。

 現在「ラハイナ」「プリンスビル」の2隻がイギリスに来ている。

 この雷撃能力を使いたいところだ。




 「シャルンホルスト」級は最大31.65ノット、「プリンツ・オイゲン」は最大33.5ノット、駆逐艦Z級は最大速力36ノット。

 海峡突破(チャンネルダッシュ)の為、各艦は可能な限り高速を出している。

 装甲強化で重くなった「陸奥」は28.5ノットから元の26.4ノットに速度が低下している。

 遅い艦が後方から追撃をかけても追いつけない


 筈だった。


 ここでドイツ艦隊に不運が襲う。

 14時31分、ドーバー海峡を通過したところで、「シャルンホルスト」がイギリスの撒いた機雷に接触、損傷する。

 速度を落とし、30分で応急修理を済ませる。

 この30分の間に「陸奥」は距離を縮めた。

 しかし、まだ届かない。

 19時55分、今度は「グナイゼナウ」がイギリス機雷に触雷した。


 かつて才原副長は朝田艦長を「自分は及ばない強運の持ち主」と評した。

 朝田の指揮する「陸奥」は、敵本拠地付近で、全く触雷せず、機雷をかわし続けた。

 それと比較してチリアクス中将の運は平凡か、やや悪かった。

 20時20分、ついに「陸奥」はドイツ艦隊の背中を捕らえた。


「砲撃用ー意」

「まだ早い!」

 角矢砲術長の攻撃命令を朝田は制した。

「どうしてですか?」

「もう暗い。

 長距離では当たらんだろう。

 接近戦に持ち込む」

 それと同時に「陸奥」は新型艦載機OS2U「キングフィッシャー」に照明弾を積んで発艦待機を命じる。

 OS2Uはアメリカ製で、イギリスにはレンドリースされている。

 朝田がより高性能な弾着観測機を要求した事から、日米開戦前には先行して朝田の元に届けられていた。


「以前台湾南方で、満州を脱出した我々を戦艦『榛名』が追撃した事は覚えているな」

「はい」

「高速で逃げにかかった高速艦は、遠距離から撃って当てられるものではない。

 敵がこちらに気付かぬ内に出来るだけ距離を詰め、相打ち覚悟で撃ち合わなければ、当たらない」

「そういう事であれば」

 角矢砲術長は納得し、砲を長距離射撃から中・近距離射撃に切り替えた。


「距離8千メートル!

 敵艦増速!」

「どうやら気付いたようだな。

 電探(レーダー)最大出力で照射!

 観測機発艦!

 砲術長、攻撃命令は君に一任する。

 最適な時に打ちなさい」

「主砲1番、2番発射用意!

 まだ撃つなよ」

「敵艦発砲!」

「まだ撃つな、敵弾はどうせ当たらん」

 確かに「グナイゼナウ」の28センチ砲は、「陸奥」から縦軸も横軸も大幅に外れた水面を爆発させる。

「観測機、敵艦直上!

 敵艦、対空戦闘開始」

「よし、主砲斉射!」

 41センチ砲が火を噴く。

 この砲も当たらない。

 お互い最高速度を出しながら、主砲を撃ち合う。

 「グナイゼナウ」の砲撃も、「陸奥」の砲火を視認した為に、次第に正確になって来る。

 先に命中させたのは「グナイゼナウ」であった。

 だが、防御力を大幅に強化させた「陸奥」にはどうって事はない。


 追撃2時間になろうとする時、第二の不運がドイツ艦隊を襲った。

 21時34分、「シャルンホルスト」が再度触雷した。

 速度の落ちるドイツ艦隊。

 1万メートル以上に開いた砲戦距離が、再度縮まり始める。


「敵艦1、反転して来ます」

 見ると「グナイゼナウ」が反転し、攻撃に転じた。

 ドイツの光学機械は世界最高峰である。

 この暗闇でも、「グナイゼナウ」の砲はよく当たった。

 しかし「グナイゼナウ」の不幸は、追撃して来た艦の正体を知らなかった事だ。

 「陸奥」は一見すれば、旧式のイギリス戦艦に見える。

 日本海軍の仏塔(パゴタ)式違法建築艦橋ではない。

 かと言って、「ネルソン」級や「キングジョージ5世」級のビルディング型艦橋でも無い。

 追いついて来る高速と、遠目の艦形から巡洋戦艦「レナウン」と勘違いしたのだ。

 先に述べた通り、イギリスの巡洋戦艦は「防御力の弱い高速巡洋艦に戦艦の主砲を載せた」艦であり、それならば非力な「グナイゼナウ」でも戦える。

 「グナイゼナウ」は司令官の座乗する「シャルンホルスト」と「プリンツ・オイゲン」に先に脱出するよう打電し、殿を引き受けたのだった。


 そして、ここからの勝負は一方的となる。

 「グナイゼナウ」が何発当てても、「陸奥」は弱らない。

 逆に「陸奥」の命中弾は、1発で「グナイゼナウ」の主砲を沈黙させ、次の1発で艦橋を破壊し司令塔にすら大穴を開けた。

 一度命中弾が出ると、次第に「陸奥」の射撃が正確性を増していく。

 夜が明けるまで「グナイゼナウ」が持ちこたえられたのは、ブレスト沖海戦と同様、接近戦に持ち込んだ為に41センチ砲と言えど、「グナイゼナウ」の水線装甲を貫けなかったからであった。


 だが「グナイゼナウ」の命運も尽きる時が来た。

 ハワイ海軍の「ラハイナ」「プリンスビル」が戦場に到着した。

 既に反撃の為の砲を全て破壊された「グナイゼナウ」に、2隻から4発の魚雷が発射され、2発が命中した。

 「グナイゼナウ」はしばらく浮いて、陸地を目指して微速で進んでいたが、12日5時17分、大きく傾斜を始めると、それから2時間後に海中に没した。




「よくやった!

 ケルベロスの頭の1つを潰してやれた!

 ドーバー海峡を白昼堂々突破されたのは屈辱だが、ただでは済まさなかった!」

 帰投した「陸奥」とハワイ海軍巡洋艦は、出迎えの士官たちから歓迎される。


「ケルベロス??」

「ああ、情報部の報告で、今回の作戦を奴らは『ケルベロス』作戦と呼んでいたそうだ」

「ケルベロスって、あのギリシャ神話に出て来る、3つの頭と蛇の尾を持つ、地獄の番犬??」

「ああ、そうだ。

 大型艦3隻を3つの犬の頭に例えていたそうだ」


 ある士官がそれを聞いて、ボソッと呟く。

「3つの頭を持つ犬に、よく我々、一頭の(のらくろ)だけで勝ったものだ……」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 本国から見捨てられ、方々を放浪して、それでも誇りを捨てずに戦う『陸奥』を 『のらくろ』とは、言いえて妙!。
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