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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第5章:フィンランド海軍編(1939〜1940年)
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クロンシュタット襲撃

 1940年、欧州情勢は複雑である。

 イギリスとフランスはドイツと戦争状態にある。

 フィンランドとソビエト連邦も戦争状態にある。

 ドイツは反共産主義であり、ソ連もまたナチス・ドイツを敵としている。

 しかしドイツとソ連は秘密議定書を交わし、東欧・北欧の分割を密約している。

 イギリスとフランスはフィンランドを助けたい。

 隣国のノルウェーとスウェーデンもフィンランドを助けたい(ソ連を防がないと次は我が身)。

 そのノルウェーにはドイツ向け鉄鉱の積み出し港がある。

 さらにフィンランドはドイツの軍事的支援を受けていた。

 ドイツは友好国であるフィンランドと、不可侵条約を締結したソ連との間で悩み、中立を保っている。

 フィンランド救援の為にイギリスとフランスが大兵力を送ろうにも、敵対するドイツの先を通らなければならない。

 そこでイギリスとフランスは、策を考え付く。

 ドイツに敗北したポーランド軍の残兵を中心にした部隊で、ノルウェーのナルヴィクを攻めようというのだ。

 ドイツへの鉄鉱輸出を停止すると共に、フィンランド救援部隊の輸送先とする案だが、ノルウェーにとってこんな勝手な言い分も無い。

 ノルウェーはスウェーデンと組んで、イギリスとフランスの要求を退ける。

 と、共にフィンランドに対する救援も取り止める。

 フィンランドに対する援軍と補給物資が止まってしまった。


 国際情勢が変化した中、ソ連軍はついに反攻準備を整えた。

 余計な攻勢失敗で無駄な犠牲を出したものの、そう長く遅延は出来ない。

「小国にこれ以上時間をかけるな!」

 と「赤い皇帝(ツァーリ)」スターリン首相が激怒している。

 ティモシェンコ大将はカレリアを防衛するマンネルヘイム線撃破を命じた。

 小細工無しの力押しである。


 この時の為に急遽開発されたのが、KV-2重戦車である。

 1939年12月に要求が出て、1月末に試作車完成、2月には増加試作型2両が完成し、すぐに戦線に投入される。

 機動力皆無、傾いた場所では重すぎる砲身の為に砲塔が動かせない等、多数の欠点を抱えた戦車だが、152mm榴弾砲の威力は大きく、フィンランド軍の築いた陣地を破壊する、その一点に任務を集中させていた。

 海で「陸奥」の装甲の前に攻撃を全て弾き返された鬱憤を晴らすが如く、KV-2はフィンランド軍の37mm対戦車砲弾を48発食らってもびくともしない防御力で敵を絶望させた。

 ソ連戦車兵は親しみを込めて「ドレッドノート」とKV-2を呼ぶ。

 かのイギリス海軍の戦艦と同じニックネーム。

 通りすがりの戦艦に痛めつけられたソ連軍は、「陸上戦艦」をもってその報復をフィンランド軍に叩きつけた。


 カレリア地峡に作られたマンネルヘイム線は、徐々に破壊されていく。

 単に地形を活かし、自然を利用した防衛線に過ぎない。

 かつてのドイツのヒンデンブルク線とか現在フランスのマジノ線という、本格的要塞の連なりとはレベルが違う。

 マンネルヘイム線を要害にしていたのは指揮と、フィンランドスキー部隊の機動力を活かした柔軟な包囲モッティであった。

 対戦車銃では破壊できない重戦車という機械力、1万人殺されるなら2万人注ぎ込めば良いという人命軽視な戦い方、そして退けば粛清の恐怖、それらが一ヶ月をかけてマンネルヘイム線を徐々に破壊していった。


 だが、ティモシェンコの攻勢を一週間ばかり遅延させたラドガ湖両岸の戦いは、その一週間が貴重な時間であった事を知る。

 バルト海、フィンランド湾の解氷である。

 砕氷艦を伴い、自由には動けなかったフィンランド海軍が動き始めた。

 補給と整備を終えた海防戦艦「イルマリネン」「ヴァイナモイネン」が、再度フィンランド第二の都市ヴィープリの沖合に浮かび、洋上砲台として防空、陸上支援を始めた。

 フィンランド湾の制海権がフィンランド側に有ったから可能な行動である。

 そして厳冬期が終わり、雪解け水でぬかる泥濘や、氷結が弱くなり冷たい水の中に大軍を落とすトラップとなった数知れぬ湖、沼、池がソ連軍の補給を滞らせる。


 それでも状況は依然としてソ連有利。

 この戦いで、あの「白い死神」シモ・ヘイヘすら敵弾を下顎部に受けて負傷、後送されている。

 イギリスの外交ミスからスウェーデンとノルウェーが補給をしなくなった為、フィンランド軍の物資は無くなり、元々人口も少ない為、戦力は枯渇していく。

 3月末には、もう戦える余力は無くなっていた。

 そんな中、カレリア最北部のヴィープリ、ソルタヴァラの線を気力で維持し続けるフィンランド軍。

 ここはラドガの北東湖畔にあたり、ここを突破されると湖により二分されているソ連軍は合流が可能になる。

 マンネルヘイム元帥は、ついに手持ち最後の兵力を出す。

 ソ連に恨みを持つ白系ロシア人部隊をソルタヴァラに出した。

 死兵となる事を伝えた上で。

 彼等に最前線に出て貰うと共に、彼等の仲間に手紙も書いて貰った。

 これが第一の手である。


 マンネルヘイムの禁じ手、それは戦艦「陸奥」と日本人義勇軍によるクロンシュタット軍港襲撃であった。

 レニングラードの沖にあるコトリン島、そこにソビエト連邦バルト海艦隊の根拠地クロンシュタットがある。

 ここを攻撃され、背後に兵士を上陸されたなら、ソ連軍とて慌てる。

 そこに一撃加えて、後は勝ち負け問わず停戦交渉というのが、戦争の一切を任されたマンネルヘイムの策であった。


 本来はレニングラード襲撃を考えるところである。

 フィンランド第二の都市ヴィープリの復讐はソ連第二の都市レニングラードへ。

 しかし、マンネルヘイムは考える。

 これをやれば、いよいよ戦争は終わらない。

 レニングラードの報復とばかり、ソ連はフィンランド全土を蹂躙するまで止まらないだろう。

 また、レニングラードを危機に陥れれば、ソ連の言う「カレリアはレニングラード防衛上必要」という主張を裏づけてしまう。

 メリットとデメリットを考え、最後の賭けとしてレニングラードではなく、その目と鼻の先のクロンシュタット襲撃を考えついた。


 しかし、実行は難しいだろう。

 敵の本拠地であり、護りは堅固。

 そして絶えずソ連機から空襲を受け、フィンランド空軍は航続距離の関係からエアカバーが出来ない。

 「陸奥」をも死地に追い込む作戦。

 マンネルヘイムは断られても仕方ないと思っていた。

 だが、朝田はいつも通りボーッとした表情で

「引き受けました」

 と回答した。

 マンネルヘイムは武運を祈った。




「大丈夫ですかねえ?

 敵の本拠地への襲撃」

「なんだ、森航海長、臆したのかね?」

「臆病にもなりますよ。

 敵機、敵要塞、敵陸上砲、敵魚雷艇、敵機雷。

 『陸奥』単独で任務を果たせましょうか?」

「俺は長い事、この艦の副長をしている。

 そんな中、一度も艦長に勝てないものがある」

「何ですか?」

「博打だ。

 今回の作戦は運に頼るところが大きい。

 博打のようなものだ。

 艦長の博打打ちとしての運に任せてみようや」

 何とも不安な回答である。


 だが、運の良さは確かにあった。

 バルト海上空に雲が低く垂れ込め、靄も発生し、ソ連軍は戦艦が近づくのに気づかなかった。

 練度の問題もある。

 大粛清で士官が多く処罰された為、絶えず警戒しているという最も重要な基地の仕事が出来なくなっていた。

 彼等は外では無く、内、後方を気にしていて、失敗を恐れ、事なかれ主義に陥っていた。

 曇天に偵察機を飛ばし、遭難させたり、警備艇を転覆させたら失脚する。

 大体、ここはソ連の本拠地の一つ、フィンランド軍如きが襲撃出来る訳がない。

 援軍の巨大戦艦とて、他国の為にそこまでする馬鹿なものか。


 だが、馬鹿は来る。


 灯台が謎の巨艦を発見し、報告がクロンシュタットに届いた時は、既に「陸奥」はマヤク・トルブヒン灯台を過ぎ、クロンシュタットを完全に射程距離の内側に納めていた。

「主砲、撃てッ!」

 角矢砲術長の号令で、軍港施設に41センチ砲弾を降らせる。

 その轟音はレニングラード市内にも聞こえていた。

 まさかフィンランドという弱小国との戦争で、この地が危機に陥ると思いもしなかった市民たちは、パニックに陥った。


 今更ながら魚雷艇や駆逐艦が「陸奥」を襲うが、先制攻撃をかけられた為か、攻撃は散発的で、効率に欠けていた。

 指揮系統が混乱しているのだろう。

 制空権が取れていないのを覚悟で、「ロック」水上戦闘機を飛ばす。

 彼等は撃墜されるまで、着弾観測をし続けて、クロンシュタット破壊に貢献する。


 やがてレニングラード方面から爆撃機が襲来。

 「陸奥」は「ロック」戦闘機隊には着弾観測を継続させ、イギリスで搭載した対空装備で本格的な対空戦闘に入る。


 ソ連空軍の不幸は、対艦戦闘を十分にしていなかった事であったろう。

 ヴィープリを護る「イルマリネン」級にも、この「陸奥」にも有効な攻撃を出来ず、水平爆撃で爆弾をばら撒くだけであった。

 魚雷を使った雷撃等は出来ない。

 もっとも、その能力を持っているのは世界に日本海軍航空隊、イギリス海軍航空隊、アメリカ海軍航空隊くらいなものであったが。

 逆に「陸奥」のポンポン砲がソ連機を撃墜する。


 沿岸砲を破壊、港湾施設もボロボロにしたが、クロンシュタットは降伏しない。

 おそらく、上陸して来たなら陸戦で勝つつもりだろう。

 朝田はクロンシュタットへの砲撃を中止させる。


「弾はあと何発残っている?」

「二十斉射分くらいですね」

「うむ……」

 ほんの少し考えると、思わぬ命を下した。


「砲をレニングラード市内に向けよ」

「艦長!

 それはマンネルヘイム総司令官の意思に反します」

「分かっている。

 だから撃ってはならんぞ」

「はあ?」

「角矢砲術長」

「はいっ」

「いつもの口調でレニングラード市、及びソ連政府に警告を発せよ。

 レニングラードを人質に取った、とな」

「了解!」


 喜色を浮かべ、角矢少佐が通信室に向かう。

 そして全周波数で警告通信を放った。


『ソビエト社会主義共和国連邦政府並びに赤軍に告ぐ。

 直ちにフィンランドに対する侵略戦争を停止しろ!

 そして速やかに外交交渉に移れ。

 そこでの勝敗はこちらの関与すべきところでは無い。

 速やかに停戦せざる場合は、レニングラード市内に無慈悲な16インチ砲弾が降り注ぐであろう。

 我々は通りすがりの戦艦だ!

 覚えておけ!!』


 ソ連・フィンランド戦争は新たな局面に突入した。

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[一言] 通信がw ブルースアッシュビーかな
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