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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第5章:フィンランド海軍編(1939〜1940年)
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ラドガ湖の「悪魔たちの祝宴(サバト)」

 張宗援こと伊達順之助はヘルシンキに居た。

(あの地には俺以上の奴が居るからつまらん)

 と、程国瑞に馬賊部隊を預け、指揮権もユーティライネン中尉に委ねて、首都に戻ったのだ。

(つーか、あの地は何だ? 人外の巣窟か?)

 シモ・ヘイヘという男は会ってくれなかったが、その恐ろしさはユーティライネン中尉から教えて貰えた。

 ユーティライネン中尉はフランス外人部隊に居た為、会話が出来る。

 現在までに狙撃(スナイプ)した人数は既に200人を超えているそうだが、それはスロ・コルッカという同僚の狙撃者(スナイパー)狙撃人数(スコア)を聞いてから数え始めた為、12月頃の人数はカウントされていないという。


(寒いのがダメな俺は居ない方がいい)


 満州はマイナス40度を下回る気温になる時もある。

 彼等が連れて来た馬も、馬賊も、行動こそしないが耐えられる。

 白系ロシア人たちも、震えながらだが頑張っている。

 フィンランド軍はその気温で戦う。

 ソ連兵ですら凍死している。

(カフカスとか温暖な地域からの兵な為、極寒には耐えられなかった)

 順之助は足を引っ張らないよう、コッラー河を去った。




 首都ヘルシンキは、砕氷艦が活発に活動し、港湾機能を復活させていた。

 「陸奥」がソ連海軍の主力艦を撃沈した上に、「陸奥」を狙った潜水艦を上空支援のフィンランド空軍機に襲われ撃沈されると、バルト海の制海権はフィンランドに落ち、ソ連海軍はクロンシュタット軍港に逼塞しているようになった。

 そこに、アメリカやカナダに移住したフィンランド人が戻って来て、義勇兵として戦おうとしている。

 今まではノルウェーやスウェーデンからの密入国という形になっていたが、制海権がフィンランドのものになった為、堂々とヘルシンキに入港するようになった。

 そんな中、順之助は一人のスラッとした美男子に目が留まった。


「伯爵?」

「?? 誰の事ですか? 私ですか?」

「いや、違うのなら失礼した。

 何か、君には気品を感じた。

 何と言うか、暗黒の(フォース)を秘めた、黒いマントが似合う、敵なんか一人で葬り去るような力を」

「馬鹿にしているのなら、これで失礼する!

 私はただのアメリカからの義勇兵だ!」

 後にこの男は映画俳優となり、怪奇映画や宇宙での戦争を描いた映画で、黒いマントを羽織り、時に赤い光の剣を振るって暗黒の(フォース)を振るう存在を演じる事になる。




 順之助はもう一つの顔「男爵(バロン)ダテ」の名で、リスト・ヘイッキ・リュティ首相に面会する。

 用事を済ますと、悪びれずに食事を馳走になる。

 リュティ首相も、日本の旧大名の子息という事で、敬意を持って接してくれた。

 しばし雑談。


「すると、男爵の先祖は借金を踏み倒されたのですか?」

「いやいや、人聞きが悪い。

 あの世まで取り立てに来いと言ったまでです」


 伊達順之助の祖先伊達政宗は、奥州王を自称し、非常に派手に金を使った。

 仙台伊達家は多くの借金を商人からしていた。

 その政宗が死亡する。

 商人たちは伊達家に押し寄せ、証文を突き付けて返済を迫る。

 乱世を生き抜いた上に、何をするか分からないと噂の政宗には面と向かって「金を返して欲しい」とは言えなかった。

 代替わりした今ならと、嫡男の伊達忠宗に返済を求めたのである。

 証文を読んだ忠宗は笑いながら「当家に借金等無い」と言い放つ。

 唖然とする商人に、忠宗は証文を見せて

「これは父上の名しか書いておらぬ。

 当家の借金という事はどこにも書いておらぬ。

 その方ら、父上に上手く騙されたな。

 父上個人の借金だから、父上に直接取り立てに行かれよ」

 真っ青な顔の商人に説明し、また大笑いした。


 この逸話をリュティ首相は流さずに、頭の片隅に置く。




 万を超える義勇軍が続々とフィンランドに駆け付ける。

 この時期、ソビエト連邦は孤立していた。

 フィンランドの見事な戦いぶりに、世界各国は賞賛をし、逆にソ連を非難した。

 既に国際連盟からも追放されている。

 制海権を失った為、各国から義勇軍がフィンランドに味方すべく船をチャーターしてやって来た。

 ソ連としても、何か手を打つ必要がある。


 戦況を逆転させるべく、新戦車を急遽開発した。

 フィンランド軍の防御陣を再現し、戦術を試してみる。

 最近、「タタールの盗賊」と兵士たちが呼んでいる騎馬部隊が、「モロトフのカクテル」等と呼んでいる火炎瓶を戦車に叩きつけて去っていく為、戦車を護る歩兵との連携についても急遽訓練を行っていた。

 その他の手もまた……。


 総司令官マンネルヘイム元帥の元に、多くの義勇兵が届けられる。

 必要な部署に兵たちを振り分ける他に、司令部が持つ兵力も必要なのだ。

 この「総予備」という兵士の中に、大量に増えて身元確認や登録手続きが簡略化された義勇兵の中に、そいつらは潜んでいた。

 ソ連内務人民委員部(NKVD)の刺客。

 将来の話になるが、彼等はこの1940年にメキシコでレフ・トリツキーを、パリでトリツキーの息子を暗殺する。

 NKVDの長ラヴレンチー・ベリヤは、艦隊壊滅の報に激怒した同志スターリンの横で、

(そうなると、堂々と入国する義勇兵希望者の中に刺客を混ぜて送る事が出来る)

 と考えた。

 軍事のマンネルヘイムと政治のリュティ、この2人を暗殺すればフィンランドは軸を失い、瓦解する可能性が高い。

 悪評は既についているのだから、今更躊躇する必要も無いだろう。


 だが彼等は任務を達成し得なかった。

 伊達順之助がヘルシンキにやって来た理由、それはベリヤの思考を読んだ順之助が八極拳士たちを大統領と総司令官の護衛につける事を提案する為であった。

「俺がソ連の重鎮でもそう考える。

 外道の考える事はよく分かる。

 俺自身を基準に考えれば良いのだからな。

 山縣や張作霖を殺そうとした経験が生きるとは皮肉な事だな」

 とリュティを引かせる自白を笑いながらしていたのだ。


 夜間、ヘルシンキとカレリアのフィンランド軍総司令部周辺で、暗闘が繰り広げられる。

 昼間に銃で戦えば八極拳士たちはソ連兵に勝てないだろう。

 しかし、暗殺を狙ってナイフや小型拳銃だけで武装する暗殺者は、身辺護衛に特化した八極拳士に逆に狩られる。

 中には武器に頼らず、己の肉体で戦う暗殺者も居たが、それこそ八極拳士たちの好餌でしかなかった。

 ベリヤは暗殺技術だけでなく、格闘技がエージェントにも必要と思い知る。

 ソ連にはサンボという新格闘技が出来たとこだった。

 創始者の一人、ワシリー・オシェプコフは嘉納治五郎に習った柔道を元に新たな格闘技を編み出したが、1937年に「日本のスパイ」という容疑で粛清された。

 もう一人の創始者、ビクトル・スピリドノフはボクシングと柔術を元に格闘技を開発する。

 スピリドノフの弟子のアナトリー・アルカディエビッチ・ハルランピエフが「ソ連式フリースタイルレスリング」として、後のサンボを完成させた。

 ソ連のエージェントたちは、「武器を持たない格闘技」を習得する必要から、この「ソ連式フリースタイルレスリング」を学ぶ。

 だが、この「ソ連式フリースタイルレスリング」をマスターしたエージェントと八極拳士との対戦は起こらず、八極拳の勝ち逃げとなった。




 そんな中、ソ連軍に噂が飛び交う。

 フィンランド軍総司令官マンネルヘイム元帥が謎の負傷をし、後方に下がったというのだ。

 リュティ大統領は無事なようだが、身辺警護がやけに厳重になったという。

 何かがあった。

 ソ連軍は一度威力偵察を行ってみたが、全体としてフィンランド軍の動きが鈍い。

「NKVDの暗殺者が、マンネルヘイムを殺害もしくは重傷を負わせた」

 と高官たちは考えた。


 ここでソ連の秘密主義が欠点として作用する。

 「NKVDが暗殺者を送った」という事を知る者、「それが全く成功していない」という事を知る者との間にギャップがあった。

 士気高揚の為に「中央は手を打った」と知らせつつ、士気阻喪を防ぐ為に失敗は教えない。

 結果、マンネルヘイムに何か有ったと考えた前線が攻勢を行う。

 カレリア方面、ラドガ湖の北東と南西の部隊が侵攻する。


 ラドガ湖北東の軍では、多数の狙撃兵が呼び出された。

「君たちには、シモ・ヘイヘなる敵の狙撃兵を始末して貰いたい」

 ソ連において口ごたえはイコール粛清である。

 狙撃兵たちは命令を受領し、その晩、家族に宛てて遺書を認めた。


 攻勢開始。

 ラドガ湖北東軍は中央が突出するが、左右は滞る。

 いや、あえて中央だけ脆くしているような感じだった。

 しかし、大粛清で弱体化している上に、マンネルヘイムに異変があったと信じる彼等は気づかない。


 フィンランド軍の戦法は「モッティ戦術」という。

 敵軍の先頭と後方を叩き、戸惑った中央部隊を、地形とスキーを使った機動力を活かし、包囲(モッティ)をして撃滅していく。

 ラドガ湖北東軍に対するのは、その「モッティ戦術」を編み出したマッティ・アルマス・アールニオ少佐であった。

 彼は総司令部からの情報を得て、モッティ戦術を大規模にやっている。

 気付いた時には中央突出部は、後方までフィンランド軍に浸透され、包囲されていた。

 大なる中央部隊包囲は、その中で小部隊毎包囲をされている。

 最後方は、包囲はされていないが、ここが一番の地獄であった。

 一人で戦う事が得意なスロ・コルッカ、沈黙の狙撃者シモ・ヘイヘ、その他猟師から兵士になった狙撃兵たちが潜んでいる。

 彼等は「ケワタガモを狩る方が難しい」と言いながら、逃げて来るソ連兵を一人一人狩っていった。

 戦線が崩れると、「タタールの盗賊」たちが襲い掛かる。

 「盗賊」たちは決して戦わない。

 物資を奪い、弱い者を殺し、強い者を避けて去っていく。

 ラドガ湖北東軍は崩れ、元の戦線に押し戻された。


 一方ラドガ湖南西軍は、各地でフィンランド軍を破って快進撃を進めていた。

 北東軍との連携は取れていない。

 しかし快進撃の中、最終目標であるフィンランド第二の都市ヴィープリに辿り着こうとしている。

 それが罠だと分かったのは、港湾都市ヴィープリの沖合に、戦艦「陸奥」海防戦艦「イルマリネン」「ヴァイナモイネン」の姿を確認した瞬間であった。

 供与された「ハリケーン」「バッファロー」等の戦闘機をつぎ込んで、ヴィープリ上空は偵察機を寄せ付けていなかった。

 ヴィープリ市内から既に9割の市民はフィンランドに避難している。

 がら空きの市内に突入したソ連兵は、「バルト海の白鯨」の射程内に入った事を知らず、そのまま謎の艦を撃とうとした。

 だが、結果は悲惨なものである。

 野砲や歩兵砲程度で戦艦は倒せない。

 「陸奥」の41センチ砲、14センチ砲、海防戦艦の25センチ砲が都市に殺到した軍に降り注ぐ。

 殺戮の宴は、軍司令官が撤退を命じてからもしばらく続く。

 射程距離約38kmというのは、かなりのものなのだ。

 制空権を握られ、観測機を飛ばされ、大軍の密集した部分は巨砲に粉砕される。

 「陸奥」の射程外に逃れたソ連兵は、今度は「白い死神」たちによってケワタガモより軽く狩られていった。

 そしてソ連兵の去ったヴィープリ市の廃墟に、元祖「白い悪魔」マンネルヘイム元帥が立って、勝利宣言を行う。

 完全に掌の上で踊らされたソ連軍は打ちひしがれ、命令無視に近い突出をした部隊の指揮官たちは更迭が確実となった。


 新司令官セミョーン・コンスタンチーノヴィチ・ティモシェンコが準備を整え終わる前に、釣り出されるように突出した部隊が壊滅した為、ティモシェンコ新司令官は2月11日からの攻勢を更に先延ばしせざるを得なかった。


 世界はソ連の敗北をここぞとばかりに報道する。

 だが、この事がスターリンの怒りを爆発させ、更なる大軍を投入される事となった。

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