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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第4章:イギリス海軍編(1936年~1939年)
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欧州大戦再び

 戦艦「陸奥」こと「HMS バウンティ」という、イギリス海軍のイレギュラー艦を近代改装する理由の一つに、ヨーロッパの不穏な情勢があった。

 1938年、ついにドイツはオーストリアを併合した。

 ドイツ帝国のヒトラー総統は、続いてドイツ人が多く居住するズデーデン地方の割譲をチェコスロヴァキアに対し求め始めた。

 いくら欧州大戦で大量の死傷者を出し、戦争を忌避するようになったイギリスとフランスでも、ヒトラーを危険視して戦争に訴える事は可能である。

 しかし両国とも、ヒトラーに対し利用価値を見出していた為、潰さずに上手く扱おうと考えていた。

 アドルフ・ヒトラーは強固な反共産主義を唱え、反ソビエト連邦であった。

 ヨーロッパの保守派にとって、共産主義の拡大はナチス党の反ユダヤ主義や極端な人種差別より重大な脅威と言えた。

 そう考えるイギリスの政治家ネヴィル・チェンバレンはウィーン会議で、ズデーデン地方を得た後、

「これ以上の領土的要求を行わない」

 というヒトラーの言質を取った。


 帰国したチェンバレンは喝采でもって迎えられ、国王ジョージ6世と

「これで世界は戦争から遠のいた」

 と喜び合った。


 しかし、ヒトラーはチェンバレンの期待通りには動かない。


 1939年、ドイツの外相リッペントロップとソビエト連邦外相モロトフは、独ソ不可侵条約を締結する。

 欧州の保守派にとって衝撃であった。


 そしてドイツはポーランドに侵攻する。

 ここに至り、イギリスとフランスは同盟国ポーランド救援の為、対独戦線布告をする。

 これより第二次世界大戦が始まる。

 と共に、1914年より1918年まで戦われた大戦は、欧州大戦から第一次世界大戦と呼び方が改められる事になる。


 ポーランドは英仏参戦で救われなかった。

 イギリスもフランスも西部戦線で宣伝合戦をするだけで一向に戦う気配が無い。

 世界史はこれを「いかさま(ファニー)戦争ウォー」と呼ぶようになる。

 さらに東からソ連が侵攻して来た。

 ポーランドは悪夢の「分割」をされてしまう。


 ソ連の侵攻はポーランドに留まらない。

 リトアニア、ラトビア、エストニアのバルト三国を再併合した。

 そして、要地レニングラードを守るという理由から、カレリア地峡割譲をフィンランドに対し求め始めた。




「騎兵でもって戦車に突っ込んだって聞くぜ。

 ポーランドの野郎ども、カッコいいじゃねえか!

 俺に参戦させろ!」

 伊達順之助バカがまた騒ぎ始めた。


「頭目、ポーランドの騎兵は全滅したんですぜ!」

「それがどうした?

 俺たち馬賊は馬と共に死ぬものだろ?

 だから、あんな良い死に方は無えぞ」

「頭目は死にたいのですか?」

「馬鹿野郎、死に方がカッコいいと言ってんだ。

 やりたいのは仇討ちだな。

 俺なら勝てる!」

(どうして、こう根拠のない自信を持ってるんだろう?)


 ところが、戦いを欲したのは伊達順之助だけではなかった。

 満州からついて来た白系ロシア人が、対ソ参戦を求めて来たのだ。

「今度こそ、ボリシェビキのクソ野郎を叩きのめせ!」

「ドイツがやらないなら、俺たちが戦うしか無い!」

 彼等は伊達順之助を焚き付けて、ポーランドに行かせろとイギリス政府に訴え始めた。




おかじゃ順之助さんが騒いでるそうです」

 才原副長が溜息混じりで朝田艦長に話す。

 改装された「バウンティ」は現在試験航海中であった。

 機関が強化され、速力は28.5ノットに増えた。

 装甲は大きくは変わっていないが、新型の傾斜装甲に貼り替えられ、若干防御力が上がった。

 主砲は仰角が大きくなり、射程距離が延びた。

 その照準に必要な測距儀も、新型となった。

 さらに射撃管制レーダー、対水上レーダー、対空レーダーが搭載され、肉眼以外の索敵装置が増えた。

 2ポンドポンポン砲は、最初は四連装であったが、新型の八連装とされた。

 日本製三年式14糎単装砲は、重量21トンと軽い上に速射性能も威力もある優秀な砲である。

 イギリスの対空砲は、これより口径は小さいが重い。

 性能不足を承知で、優秀な14センチ副砲を撤去し、代わりに11.4センチ両用砲を載せた。

 これでなければ、85度という急角度で突入して来る急降下爆撃機スツーカに対抗出来ないからだった。

 11.4センチ両用砲1基と引き換えに2門の14センチ副砲がケースメートから外される。

 かくして対空砲4門、八連装ポンポン砲4基、12.7mm四連装機関銃4基という対空装備となった「バウンティ」は、これらの装備を使いこなすべく訓練航海を行なっている。


 スカ・パフロー基地配属となったブラックバーン「ロック」戦闘機だが、やはり性能の低さから予定数調達の前にキャンセルとなる。

 朝田は頼み込んで、「バウンティ」航空隊として水上機仕様のものを3機調達した。

 低速な上に、飛行に安定性が無くなっていた為、不評ではあったが、着弾観測の他、対潜で爆雷攻撃が出来る事と、設置した場所で対空機関銃として銃座を使用出来る為、苦労しながらも使用し続けた。

 1935年に専用機として開発された日本の新型機(後の零式水上観測機)以外、世界中にまともな戦艦用の着弾観測機は無かった。

 日本以外では、アメリカがチャンスヴォートOS2U「キングフィッシャー」という水上観測機を開発し、そろそろ正式採用される見通しだが、日本のそれよりも低性能である。

 イギリスは後に、その「キングフィッシャー」をレンドリースで受け取る事になる。


 「バウンティ」及び航空隊がスカ・パフロー帰投後、海軍省から呼び出しを受ける。

 朝田と才原がロンドンに赴いた。

 海軍大臣は第一次世界大戦以来のウィンストン・チャーチルが復帰していた。

 第一海軍卿はダドリー・パウンド卿に代わっている。

 椅子に座るよう促された朝田と才原は、妙な地図を見た。

 デンマークより東、ヨーロッパ大陸とスカンジナビア半島に挟まれた内海バルト海。


「見たかね」

 とチャーチルが言う。

 見はしたが、意図までは分からない。

「まず、『HMS バウンティ』の名を返して貰う。

 『ムツ』でも何でも好きな名を使うが良い」

「イギリス海軍の統制から切り離すって事ですな」

 ボソっと朝田が呟き、チャーチルとパウンドはこのいつも眠たそうな東洋人の方を見る。

 普段はボーっとしているから、評価はそれ程高くは無かった。

 統率力は高い、真面目なだけの軍人と見ていた。

 が、案外キレ者かもしれない。


「諸君の任務は、空母『HMS フューリアス』を護衛してフィンランドに向かい、そのまま当地に留まって、フィンランド軍と共に戦って欲しい」

 パウンド卿が説明する。

「空母の積み荷は?」

「『ロック』戦闘機33機だ」

「『フューリアス』も残して欲しい」

「その予定だったが、先日空母『カレイジャス』がドイツ戦艦に沈められてしまい、その穴埋めの為に本国艦隊編入となった」

 才原とパウンド卿が質問回答をしている間、朝田とチャーチルは黙って見ていた。

 ドイツと戦争をしているイギリスは、ソ連まで敵に回したくない。

 そこで自分たちと本来無関係だった「陸奥」に代理で戦わせようという事だった。

 あくまでも義勇軍という形で、フィンランドを助けつつ、ソ連にも口実を与えない。


「よろしいですか?」

 朝田が口を開く。

「何だね?」

「伊達順之助の連隊を連れて行って良いですか?

 あの部隊のロシア人が戦いたがってます」

「ふむ……、如何ですか? チャーチル卿」

「構わんよ、連れて行き給え。

 陸軍大臣には私から言っておく」

「本当によろしいのですね?

 エチオピアで彼がやった事、ご存知ですね?

 イギリスの不名誉になるかもしれませんが、本当によろしいのですね?」

「艦長、その心配は無用だよ。

 連れて行って構わない」

 朝田とチャーチルはしばしお互いの目を覗き合い、そして別れた。


 2人が海軍大臣の部屋を出たのを確認し、パウンド卿はチャーチルに「エチオピアでの事」を質問する。

「ああ、エリトリアの村落を焼き討ち、略奪、女を拐い、捕虜も虐殺した事だな。

 捕虜の首を切って、沿道に並べたとも聞いた」

「な……。

 朝田艦長が言ったように、そのような部隊を援軍に出したとあらば、我が国の不名誉になりましょう」

「だから、英国軍艦籍(HMS)を奪い、英国海軍旗ホワイトエンサインの使用を禁じた。

 何をやろうと、それは母国日本の不名誉となろうよ」

「なるほど、大臣もお人が悪い。

 彼等はそれも知らずに、ならず者を連れて行くわけですな」

「いや、あの朝田という艦長は、分かった上で動いているぞ。

 さっきの腹芸で、朝田という男が食えん奴なのは分かった。

 英国の不利にはしないだろうが、生き残りの為の手は打つだろう。

 それを調べて……」

「潰すのですか?」

「馬鹿者!

 分かった上で迎え入れてやれ。

 知りたいのは、彼等の望む物だ」

「分かりました。

 孤軍に対し、軍事的な支援は出来ませんが、物資の支援はしてよろしいですな?」

「第一海軍卿、支援するのはあくまでもフィンランドだ。

 戦艦一隻の為に動くのではないぞ」


 帰路にある朝田、才原の会話も、チャーチルとパウンド卿の話題と全く同じであった。

「それで、艦長はどのように見捨てられない為の手を打つのですか?」

「副長、俺の密偵で松尾特務中尉って居たのを覚えてるか?」

「はい、覚えております」

「彼を使う。

 今はこれ以上は言えん」

「はあ……。

 伺ってもよろしいですか?」

「松尾の正体かい?」

「そうです」

「元江戸幕府の隠密だよ。

 と言っても、いわゆる忍者とかとは違う。

 もっと堂々とした者、というか本物の情報員だ。

 幕末の時に、十四代家茂公の護衛で上洛したのだが、十五代将軍となる慶喜公に見出され、朝廷や公家、俺の親父の会津藩との密かな連絡係を務めたんだ。

 その後、戊辰戦争になったんだが、会津と共に戦ってくれてね」

「それが松尾中尉?」

「……の父親だな。

 彼は大正になり、服部の苗字から有名な俳諧師の苗字に変えて松尾を名乗っている」

「服部?

 伊賀の上忍じゃないですか!」

「……って目立つから変えたんだ。

 服部の苗字は先祖が貰ったもので、血筋じゃないそうだ。

 全く、立川文庫も忍者を有名にするとか、罪な事をしてくれたものだ」

「その松尾中尉は一体何をするんですか?」

「彼は人脈作りの名人でね。

 日本にもアメリカにもイギリスにも人脈がある。

 まあ、そう言う事さ」

 朝田はそれ以上は語らなかった。

 特にそんな人物が、一介の藩士の伜である自分と組んでいる理由について、疑問を悟らせなかった。




 スカ・パフローに戻ると、既に血の気の多い連中は身支度を済ませて、出撃を待っていた。

「大体分かった。

 俺たちはフィンランドを救うんだな」

 角矢少佐が相変わらず、ザックリと物を語る。

 朝田は一同の意志を確認し、下艦者が無いと分かると出動を命じた。


「順之助さん、また旗貸してくれますか?」

「勿論だ!!

 良いでは無いか!

 北欧、白夜の空に『竹に雀』の伊達の旗!

 『九曜紋』藤原北家の海軍旗!

 いざ行かん、極光オーロラの国へ」

(明調子だが、白夜と極光オーロラは同時には見られんからな)

 とツッコミを入れつつ、才原は出港の指示を出す。


 戦艦「陸奥」は次なる地へ向かい旅立った。

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