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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第1章:シャム王国海軍編(1923年~1929年)
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バンコク湾の巨大戦艦

 シャム王国(現タイ王国)に「日本が戦艦を売りたがっている」という報告が外交筋からもたらされた時、国王ラーマ6世は既にその話が来る事を承知していた。

 ラーマ6世は、フランスにチャオプラヤ川より東部の領土を奪われたラーマ5世の子である。

 王位を継ぐと、父のチャクリー改革と呼ばれる近代化政策をさらに推し進め、シャム王国を近代国家に生まれ変わらせていた。

 そのラーマ6世は、義弟のチュムポーンケートウドムサック提督親王の海軍設立を後押ししていた。

 弟はこの1923年5月に亡くなったが、その悲願を国王は受け継ぐ覚悟である。


 そんなラーマ6世を、あるアメリカ人実業家が訪ねて来た。

「大日本帝国が、戦艦を1隻どうしても手離さねばならなくなり、その移譲先にこの国を考えております」

 そう、驚くべき事を伝えて来たのだった。


「その戦艦は、我がアメリカ合衆国の『メリーランド』と並ぶ世界最強の艦です。

 それだけに、同型艦『ナガト』と並べて使わせるわけにはいきません。

 加えて、先頃日本では、首都東京を巨大な地震が襲いました。

 その艦『ムツ』をこれ以上保有している余裕は無くなったようです」


 ラーマ6世は黙ってその男の言う事を聞いていた。

 やがて

「貴殿は、一体どうして日本のそのような事情を知っているのですか?」

 と当然の疑問をぶつける。

 その男は真面目な顔になり、

「私は今、アメリカ合衆国の国籍を持っていますが、その実、母国を持っておりません。

 私の同志は世界各地に居ます。

 直接の同志は日本にはおりませんが、我々の資金力を頼りに、我々と情報を交換する日本の高官もいるのです」

「それは我が王国の中にも居るようだね?」

「ええ、居ますよ。

 誰かと申し上げる訳にはいきませんがね」

 男はシレっと言ってのけた。


 ラーマ6世は

「同じアジアの海軍大国日本の戦艦だ、遠慮なく貰いたい。

 だが、後腐れは無いだろうか?」

 そう心配する。

 シャム王国は国際連盟に加盟している。

 第一次世界大戦にも連合国側で参戦した。

 とにかく国際社会から睨まれたら、東西を強敵に挟まれている以上、亡国の危機を迎える。


「御安心下さい。

 少々揉めますが、落ち着く所に落ち着きます。

 そこも計算の内です」


 ラーマ6世はその男の妙な自信が気に入らなかったが、それでも戦艦は魅力的である。

「よろしい、問題が起きた際の協力を依頼しよう。

 その上で、戦艦を迎え入れよう」

 かくして方針が、駐日大使からの連絡前に決められていたのだった。




 チョンブリー県サッタヒープ、ここは「海軍の父」チュムポーンケートウドムサック提督親王が海軍基地を設置し、軍事都市として発展した場所である。

 1924年、書類上だけでは極めて高額な売買契約が成立し、日本海軍の戦艦「陸奥」はこの地に回航された。

 「陸奥」は日本のおける東北地方の旧名である。

 シャム王国においても、その由来が継承された。

 シャム東北部の地名が艦名につけられ、改めてタイ海軍戦艦「イサーン」が、この基地に配備された。


 インドシナ半島とマレー半島、この2つの半島に挟まれてバンコク湾がある。

 バンコク湾の最奥にはチャオプラヤ川河口があり、かつてフランス海軍はここから首都バンコクを攻めた。

 このバンコクへの入り口に横撃をかけるかのように、チョンブリー県は半島のように突き出ている。

 ここに鎮座した戦艦「イサーン」は、バンコクを守る正に守護神のようにシャム王国国民の目に映った。


「なんという巨大な艦だ……」

 ラーマ6世は、艦内を見学し、そう呟いた。

 全長216メートル、全幅29メートルの巨艦は、王のイメージを遥かに超えた威容だった。

 かつて「海軍の父」チュムポーンケートウドムサック提督親王がイギリスから買って来た駆逐艦「プラ・ルアン」は全長83.6メートル、全幅8.32メートルに過ぎない。

 乗員は113人である。

 これに比べ、1333人乗りの「イサーン」は大量の海軍軍人を必要とする。

 現シャム王国海軍は、人員はともかく、近代軍艦を操る人材は不足している為、この艦を返還する前に乗艦させて訓練して貰えれば、シャムの海軍兵士たちはこの地域ではずば抜けた精鋭部隊となるだろう。


 戦艦「陸奥」の艦長にして、シャム王国海軍戦艦「イサーン」艦長は朝田哲郎大佐である。

 福島県会津若松市出身で、海軍兵学校28期生である。

 賊軍出身で、「あまり出世の芽はない」と言われていたが、差別の中で艦長に昇進した。

 同期の中で抜きんでた出世ではないが、遅れてもいない。

 ただ、「シャムなんざに左遷され、現地海軍の教官なんかさせられるから、出世もここで打ち止め、帰国後に少将昇進と共に予備役編入だろう」と陰口を叩かれている。

 

 このように、「イサーン」の首脳陣は、任務終了後に「予備役編入だろう」と呼ばれる者ばかりだった。

 副長の才原理人中佐は、海軍軍人にはよくいる博打好きだが、度が過ぎると上司受けが悪かった。

 航海長の森光男少佐は叩き上げの老軍人で、そろそろ予備役でなく退役だろうと言われている。

 砲術長の角矢司郎少佐は、生意気な物言いで上に嫌われている。

 機関長の林芙二夫少佐も叩き上げの軍人である。

 主計長の日野英司少佐は、能力は普通だが、普段はパンツ一丁でふらつくような奇人変人であった。

 

(これって、懲罰部隊じゃないのか?)

 と海軍内では疑問視されたが、「陸奥」時代の「破棄前提の艦だが、少しの希望あり」状態で艦を遊ばせない為の人事で、奇しくもこのようになってしまった。


 上層部はともかく、シャム王国海軍に転属して教育を受け持つ士官たちは、早く日本に帰って出世の本道を歩みたいという野心と、一方で「同じ亜細亜の民だから、厳しく鍛えて戦えるようにしてやらないと」という妙な使命感を持ち、イギリス海軍譲りの傲慢さと、親身になって世話をする深情けとで、シャム王国海軍士官・下士官・水兵たちをしごき上げる事になる。




「『イサーン』の40センチ砲がバンコク湾を睨んでいればフランスは攻めてこない」

 いつしかシャム国民の間で、このような言葉が囁かれるようになった。

 ラーマ6世の戴冠記念日である11月11日に放たれた礼砲(主砲の空砲)の迫力に、シャム国民は驚き、かつ歓喜した。

 そして「『イサーン』がいつか、失われたヴィエンチャンを奪い返してくれるだろう」と噂されるようになる。


 しかし、ラーマ6世に戦争をする気は無い。

 王の目は逆に内側を向いていた。


(「イサーン」はいずれ日本に返さなければならぬ艦。

 預かっている内に最大限に利用しようではないか)


 これまでシャム王国は、移住先の国籍を取得した中国系住民「華人」を優遇していた。

 華人は商人として優秀で、経済力を握っていたからである。

 ラーマ6世は、この華人優遇政策を改める。

 論文「東洋のユダヤ人」を著し、華人を批判する。

 華人たちは反発しようとしたが、ラーマ6世はチャオプラヤ川沖合に戦艦「イサーン」を動かし、砲撃演習をさせた。

 「イサーン」の威圧によって、華人たちはラーマ6世の政策に従うようになる。

 これに味を占めたラーマ6世は、自らの政策に反対する官僚を威圧する時にも、戦艦「イサーン」の名を使うようになる。

 ラーマ6世は英邁な君主だが、致命的な欠点も持っていた。

 浪費家なのである。

 この財源を考えないとこが、戦艦「陸奥」受け容れを即断させたとも言える。

 既に1912年にクーデター未遂事件を起こされているが、今や王は無敵の後ろ盾を得た。

 軍部すら「イサーン」には恐れを為している。

 ラーマ6世は、何憚る事無く改革と浪費とを行い始めた。

 これが今後の禍根となる。


 このように戦艦「イサーン」は、バンコク湾に鎮座するだけで、シャム王国の政治に影響を及す。

 そして、王に外征の意思は無かったのだが、「そこに居るだけで周囲を威圧する」超ド級戦艦は、シャムの仮想敵国であるフランスインドシナ植民地を、知らず知らずに揺さぶり始める。




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 内陸部の現在のカンボジアやラオスの地域は、「フランスに奪われたシャム領」であり、特にカンボジアの穀倉地帯はシャムが失地回復を狙っている地域である。

 シャム王国は攻撃的な国である。

 アユタヤ王朝の時代にクメール王国(現在のカンボジア一帯)を倒し併合した。

 アユタヤ朝が倒れ、トンブリー王朝となるとラオスに手を伸ばす。

 ラオスにあったラーンサーン王国が滅亡し、ヴィエンチャン王国・ルアンパバーン王国・チャンパーサック王国の3国に分裂した時、トンブリー朝シャム王国はヴィエンチャン王国を支持した。

 そしてビルマ王国と組んだルアンパバーン王国を攻撃し、併呑する。

 そのまま同盟国であったヴィエンチャン王国に侵攻し、なし崩し的に属領とする。

 ヴィエンチャンとルアンパバーンを支配下に置いた後、チャンパーサック王国をも攻撃して支配する。


 トンブリー王朝が倒れ、現チャクリー王朝になると穏やかになる。

 トンブリーからクルンテープ(バンコク)に遷都したシャム王国は、ラオス3王国に対しても大幅な自治を認めた。

 しかし、それを良い事にヴィエンチャン王国が独立を図り、バンコク攻撃を企図すると、逆襲して王都を徹底的に破壊し、王国を滅亡させてシャム領ヴィエンチャンとした。

 ルアンパバーン王国はシャム王国に従っていたが、ある時「黒地に北斗七星」の旗を掲げた軍の襲撃を受ける。

 太平天国の乱に参加していた客家の劉永福率いる「黒旗軍」である。

 この軍は、同じく北斗七星である「破軍星旗」を掲げた日本人の軍隊と同様、各地で猛威を振るう。

 保勝の戦いで清朝を破り、トンキン戦争では阮朝ベトナムに味方してフランス軍を撃破し、アンリ・リビエール司令官を殺害、引き続き清仏戦争でフランス軍を撃破した。

 その勢いのままルアンパバーン王国を攻撃して来たが、この時にルアンパバーン国王を救出したのはフランス軍であった。

 シャム王国の初動が遅れた事で、ルアンパバーン王国はフランスに傾倒し、やがてラオスの植民地化が始まる。

 チャンパーサック王国は、超能力者オン・サー僧侶に一時首都を奪われる。

 チャンパーサック王はバンコクに避難するが、その後国を回復すると、シャム王国に王位継承を巡って介入を受け続ける。

 これを嫌ったチャンパーサック王国は、シャムとフランスの戦争において、フランスの味方についた。

 このようにインドシナ半島において「暴れん坊」シャム王国の猛威は轟いていて、それを抑えつけているフランスが「インドシナを植民地にしている」にも関わらず一定の支持を受けていた。

 だが、そのフランスの優位を崩しかねない存在がバンコク湾に浮かぶ。

 シャムの恐ろしさを知る者、反発する者、逆に従う者、動揺が走る。


 インドシナ近辺の軍事バランスが崩れた事に、フランス本国政府は苦慮していた。

 全ては日本が売った戦艦が悪いのではないか!

 だが文句を言おうにも、日本とは海軍力の力関係が、19世紀とは違って逆転してしまっている。

 大型艦よりも高速の小型艦多数で足りるという「青年学派(ジューヌ・エコール)」の思想を採用していたフランスは、大型艦開発においてイギリスはともかく、ドイツや日本にも遅れを取った。

 その為、本国の最新鋭艦「プロヴァンス」級ですら、

 排水量2万7千トン、速力20ノット、主砲34サンチ連装砲×5基 で「イサーン(長門級)」にはどれも及ばない。


 フランスが仲間に引き込みたい隣国ビルマ及びインド帝国方面のイギリス東洋艦隊にも戦艦は配備されていない。

 さすがに本国や地中海には3万トン、22ノット、38センチ(15インチ)砲8門艦が多数いて、巡洋艦・駆逐艦と組んでの艦隊戦なら「イサーン」であっても勝てないだろう。

 だが、今そこには居ないのだ。

(イギリスもシャム王国から領土を奪った為、反発を買っているが、マレー半島及びビルマ側の領土であり、戦艦「イサーン」と言えど狭いマラッカ海峡を通過しないと攻撃出来ない為、奇襲は受けないという安心感があった)


 東南アジアの海軍軍事バランスは崩れている。


 ほとんどフランスの泣き言のような要請で、追加の軍縮会議が開かれる事になる。

 前回の軍縮会議と同様、主題な戦艦「陸奥」こと戦艦「イサーン」である。

 そしてシャム王国は、大海軍の会議に初めて招待される事となった。


 だが、その会議は開催されずに終わる。

前作「ホノルル幕府」との絡みです。

「破軍星旗」(逆さ北斗七星)を掲げた庄内藩酒井家の軍は、ハワイにおいてアメリカ併合派の白人の軍や、侵攻して来たアメリカ陸軍「ラフ・ライダーズ」連隊、さらに欧州大戦西部戦線とチロル戦線において猛威を振るってます。

「ホノルル幕府」第145話「カウアイ島戦線 ~鬼玄蕃の采配~」で、フランス人記者が北斗七星の由来を話していますが、これは清仏戦争でフランス軍が既に「北斗七星の旗」たる黒旗軍に遭遇していたから知っていた、という事になります。

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[良い点] 阿佐田哲也と西原理恵子は分かったけど、あとが分からない……主計長は日野日出志?
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