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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第4章:イギリス海軍編(1936年~1939年)
19/62

北海演習 〜「バウンティ」対「フッド」〜

 現在イギリスに16インチ砲戦艦は存在していない。

 だが、イギリス国民はある巡洋戦艦を誇りにしている。

 巡洋戦艦「フッド」、排水量4万1千トン、速力31ノット、主砲38センチ(15インチ)砲8門。

 サイズからいえば、日本の「長門」級、アメリカの「コロラド」級を上回る世界最大の主力艦である。

 巡洋戦艦は兎角防御力の弱さを指摘されがちだが、「フッド」の水線装甲は305mm、主砲装甲は前盾381mm、司令塔装甲は最大278mmである。

 これは「長門」級建造時の水線装甲305mm、主砲装甲前盾305mm、司令塔装甲330mmに比べて遜色無い。

 もっとも、「長門」は第二次近代改装を終え、水線装甲こそ変わらないが、主砲装甲前盾460mm、司令塔装甲440mmと更なる怪物に進化している。

 「フッド」と、建造時の「長門」級そのままの「バウンティ」の問題点に、水平防御(上から降ってくる砲弾への防御)の弱さというものがあった。

 「バウンティ」の甲板装甲が70mm+75mm、主砲天蓋装甲が115mmなのに対し、「フッド」の水平防御は甲板は38mm+76mm+76mm、主砲天蓋装甲127mmと、より重防御である。

 さらに言えば、冶金技術はイギリスの方が日本より上である。

 「フッド」は16インチ砲戦艦に勝るとも劣らない、イギリス国民が自慢する訳である。

(なお、改装後の「長門」の水平防御は、弾薬庫付近の甲板が合計248mm、主砲天蓋191mmと強化されている)


 「フッド」に対する過信は、「近代改装の必要は無いだろう」という甘い考えに現れた。

 その上で、欧州大戦を経験していない「フッド」が次代の戦争でどう戦うべきか、同格の敵と撃ち合う想定で演習が組まれる。


「その栄えある相手が、我々な訳だ」

 朝田艦長がスタッフに伝える。


「なる程、我々は噛ませ犬ですか」

 森航海長が嘆く。

 如何に「フッド」が主役とはいえ、同じイギリスの戦艦をボコボコにするのは気分良いものでは無い。

 元日本の戦艦なら、気兼ねなく叩きのめせるという訳だ。


「で、艦長はどうお考えですか?

 素直に噛ませ犬になる気ですか?」

 才原副長が問う。

「まあ、噛ませ犬が噛み返すのはよくある話だからねえ」

 ととぼけた口調で言って一同を和ますと、一転して厳しい表情で

「俺にも試してみたい戦法がある。

 角矢少佐、後で艦長室まで来てくれ。

 砲術が重要となる。

 副長はちょっとお使いを頼まれてくれんか」

 と腹案有るところを示した。





 タラの良漁場として知られる北海、ここに世界最強の戦艦と世界最大の巡洋戦艦が浮かんでいる。

 両艦は50kmの距離を隔てていた。

 上空には飛行船が浮かんでいる。

 両艦は飛行船の誘導に従い、遭遇戦の体で一騎討ちを行う。

 これは朝田艦長がかつて台湾南方で高速戦艦「榛名」による追撃を受けた時、最大射程の砲撃はほとんど命中しない、という報告レポートを纏め、イギリスもそれを何となく悟っていた為、3万メートル付近、ほとんど水平線の彼方に居る敵を砲撃する演習を思いついたものだ。

 砲弾は模擬弾、爆薬と信管を抜き、代わりに染料を詰めていた。

 欧州大戦での戦訓から、命中させずとも夾叉、砲弾が戦艦の前後を挟んで水柱を上げれば命中判定とした。

 艦の防御力から考え、先に5回夾叉させた方を勝ちとする決まりである。


 近くには評価をする海軍の士官たちが乗り込んだ巡洋艦が待機し、飛行船にも同様の者が乗り込んでいる。

 いよいよ演習開始。

 2隻の巨艦が高速で接近する。

 だが、空で異変が起きた。

 「フッド」上空に数機の戦闘機が飛来する。

 スコットランドからポールトンポール「デファイアント」戦闘機が飛んで来た。

 これが朝田の策であった。

 「デファイアント」の後部銃座に「バウンティ」の砲術部員を乗せ、着弾観測をするのだ。

 当然、「フッド」は一方的に撃たれ、三回目の修正で夾叉される。


 そして、相撲で言う物言いが付く。

 「フッド」にも航空機の援護という事で、フェアリー「シーフォックス」水上偵察機が着弾観測機としてつけられる。

 そして2回戦、「フッド」上空に「デファイアント」戦闘機が、「バウンティ」上空には「シーフォックス」偵察機が貼りつく。

 しかし、朝田は数機の「デファイアント」の内、1機だけ残して、他は自艦のエアカバーに回した。

 戦闘機として審査中の「デファイアント」は、複葉でフロートを付けた鈍重な偵察機「シーフォックス」を簡単に妨害する。

 逆は無理である。

 2回戦も空からの目の差で、あっさり「バウンティ」が「フッド」を夾叉する。


 再度の物言いで、今度は航空機の着弾観測を禁止とされた。

「あくまでも『フッド』に勝たせたいんですねえ……」

 才原副長が呆れたように言う。

 それは当然だろう、と朝田は思う。

 立場が逆なら、日本だって海軍の顔「長門」を勝たせるべくやり直しをさせるだろう。


 3回戦、肉眼で観測する射撃戦でモノを言ったのは測距儀であった。

 「長門」級2番艦「陸奥」は、「HMS バウンティ」となった今も、1番艦より優秀な8メートル測距儀を搭載していたが、「フッド」のそれは9.15メートル測距儀と、後部測距所を利用したより精度の高いものだった。

(改装された「長門」は10メートル測距儀を搭載した)

 朝田は今回は回避に専念する。

 速度は31ノットを出す「フッド」に分がある。

 最初は最大射程ギリギリを逃げる操艦をしていたが、次第に「フッド」の艦影が大きくなるのが分かった。

 追い付かれかけた時、朝田は「面舵いっぱい」を命じる。

 一転し全速力で「フッド」に急接近して相手を混乱させる考えだった。

 そして距離を詰めて測距儀の不利を埋めるつもりだった。

 結果、戸惑った「フッド」より先に「バウンティ」が夾叉をさせるも、2万4千メートル付近から測距儀と射撃速度、軽い15インチ砲は毎分2発を撃てるが、41センチ砲は2分で3発、40秒で1発という差によって「フッド」の夾叉が増え始める。

 結局「バウンティ」は3回夾叉をさせるが、「フッド」が先に5回目の夾叉をさせて勝ち判定となった。


 その晩の反省会。

 この日はカレーライスだった。

 長粒米を使った、牛乳の代わりにスパイスを使ったチキンシチューなのだが、朝田たちが日本で食べていたものと変わらぬ味である。

「それにしても、勝手に『デファイアント』使うのはアンフェアだよ」

 朝田が文句を言われる。

「『フッド』の勝ちゲームって決まっていたからね。

 上手く負けてやるのが将棋チェスの名人だが、自分は名人じゃないから、足掻いてみたんですよ」

 悪びれずに反論したのが気に入られたようだ。

 弾着観測機の重要さはイギリスも気付いている。

 彼等はそれを空母艦載機にさせようとしていた。

 だから、

「『デファイアント』に目をつけたのは何故だい?」

 と質問する。

「複座式で、敵の迎撃機と戦う事が出来るし、その際銃座で戦うから、通常の戦闘機のように激しい運動をして弾着観測どころではない、とならないからね」

 それが朝田の見解である。

「空軍が面白い審査が出来たって喜んでたよ」

「そいつは光栄です」


 イギリス海軍は艦載偵察機兼弾着観測機に複葉飛行艇スーパーマリン「ウォーラス」を使っていたが、より高速な複座戦闘機を使うというアイディアも面白い、そう報告される。

 しかしそれは上手くいかなった。

 空軍が「ハリケーン」戦闘機及び1936年に初飛行したスーパーマリン「スピットファイア」戦闘機に使うロールスロイス・マーリンエンジンを海軍にも分ける事に難を示したのだ。

 結局、ブラックバーン社の既存の爆撃機を改造し、四連装機銃座とフロートをつけた「ロック」戦闘機が生まれた。

 「ハリケーン」より遅いとは言え480km/hの速度を出した「デファイアント」を劣化させた、311km/hという低性能であった。

 しかし、「デファイアント」の790kmより長い1309kmという航続距離に、朝田は

「是非とも搭載したい」

 と申し出た。

 この「ロック」戦闘機は海軍が期待していた戦闘機であった為、スカ・パフロー基地配備や空母「アークロイヤル」に搭載と、中々「バウンティ」には回って来なかったが、肝心な時期に間に合い朝田を喜ばせる。


 「ロック」水上戦闘偵察機搭載には格納庫とカタパルト、回収用のクレーンが必要となる。

 いよいよ1922年以来無改造で使われ続けた「陸奥」こと「バウンティ」にも改装の番が回って来た。

 「バウンティ」はいまだに石炭と石油の混合燃焼式である。

 相変わらず何かの思惑有り気なスタインズ商会が改装費を出し、2年の工期で機関を換装する事となった。

 主砲も最大仰角を大きくし、射程距離を伸ばす。

 魚雷発射管は水上のも水中のも撤去される。

 エチオピアで問題となった対空装備の弱さも改善される。

 八糎高角砲が撤退され、代わりに2ポンド四連装ポンポン砲が搭載され、また別にヴィッカース12.7mm機関銃の銃座も設置される。

 高角砲の配置については、重量配分の為に外さざるを得ない14センチ副砲の性能が余りに良く、外す数と設置する高角砲のバランスで議論が為されている。


「スタインズ商会の思惑はともかく、『バウンティ』がテストシップとして果たした功績は大きい。

 しっかり改装するさ」

 とチャットフィールド第一海軍卿は伝えて来た。

(え? 主砲塔外してまで試験して「操艦がピーキーになる」と分かった癖に「ネルソン」級の主砲前方集中配置を直さなかったり、「故障が多い」と報告したのに「キングジョージ5世」はその四連装主砲を採用し、トップヘビーが酷くなったから二番砲だけ連装砲にするとか、我々の実験結果はほとんど反映されていないように見えるのだが)

 朝田は「功績」なんて言われて逆に不審に思ってしまった。


 それでも、皮肉屋のイギリスは、改装工事開始とともに毒舌を吐きかけて来た。

「しかし、随分と切断しやすい柔らかい鋼を使用してますね。

 工事が捗りますよ。

 ところで、日本は素晴らしいサムライソードの国として有名ですが、どうして戦艦の装甲や船体にはその技術を使わないのですか?

 深い考えが有るのですよね?」


 朝田は思う、

(イギリス人からは皮肉を言われてないと落ち着かん。

 最近評価されっぱなしだったから、どうにも具合が悪かったが、やはりこうでなくてはな)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 皮肉を言われた方が安心するとか面白いです。
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