実験艦「バウンティ」としての日々
ロンドンでひと騒動起こした男爵令息(?)伊達順之助がスカ・パフローに戻って来た。
「対空装備を増やせ!」
「藪から棒に一体何ですか?」
報告書書きに忙しい朝田艦長に代わり、才原副長が相手をする。
伊達順之助は観艦式を観にロンドンに行った訳ではない。
「なんで、俺たちをスペイン内乱に参加させなかった?」
とイギリス政府に文句を言いに行ったのだ。
そこで内陸のスペインでは戦艦を派遣しても無意味とか言われたが、エチオピア高原で戦って(?)いた馬賊の頭目には説得力を持たない。
一番納得がいったのは
「ドイツが新型爆撃機を開発した。
急降下爆撃機というもので、命中精度が段違いだ。
エチオピアで水平爆撃にすら対抗出来なかったのだろう?
まずは急降下爆撃機対策、対空防御を充実させるべきである。
男爵も負ける戦は嫌だろう?」
という軍事的見地からの見合わせ論である。
だから彼は「陸奥」こと「バウンティ」に
「対空装備を増やせ」
と言い出したのだ。
イギリス海軍にとって、主力艦が改装中で使えない年は過ぎ去る。
その年に主力艦の一角として睨みを効かせる役目を「バウンティ」に担わせていたイギリス海軍だったが、工事が終わって主力艦が戻って来ている今、「バウンティ」の役割は違うものとなる。
新造戦艦「ネルソン」級と「キングジョージ5世」級の完成に向けて、砲のテスト艦が欲しかった。
自国で建造した訳ではない、転がり込んで来た戦艦だけに、イギリスは「バウンティ」を思い切って実験艦とした。
新開発の14インチ砲だが、四連装砲塔、三連装砲塔、連装砲塔が作られて、技術士官が乗り込む度に「バウンティ」の主砲は取り換えられ、砲撃試験をしている。
角矢砲術長は喜んで新型砲の試験に参加している。
3万トンと重量がある「長門」級は、砲撃プラットフォームとして安定している為、今度は16インチ砲が三連装砲、連装砲で砲塔を作っている。
「四連装砲塔は故障が多いし、連装砲塔は攻撃力が低い。
14インチ砲は射程距離が長く射撃速度も早いが、威力がやはり低い。
16インチ砲は威力は高いが、どうも重くて砲塔の旋回速度や射撃速度が遅い。
間を取って、15インチ砲の三連装砲塔搭載艦として、『ネルソン』級2隻と『キングジョージ5世』級5隻と『ライオン』級4隻を統一して11隻造った方が良いんじゃないの?
大体、他の艦は15インチ砲が主砲なんだから、それに合わせたら砲弾の使い回しが効くだろ?
同じサイズに合わせたら良いじゃないか。
新型艦だからって、わざわざ14インチ砲と16インチ砲にするのは効率悪くないか?
15インチ砲が威力不足なら、16インチ砲にすべきで、14インチ砲戦艦を造る意味は何?」
角矢砲術長は彼なりの疑問をイギリス海軍の艦政当局にぶつけてみたが、彼等も困った顔をしただけで
「何ででしょうね?
今となっては自分にも分かりません」
という返事であった。
それどころか、「バウンティ」の41センチ砲塔を取り外して行った「前甲板主砲集中装備」か「前甲板と後甲板にそれぞれ主砲装備」かの試験で、
「前甲板集中式は、確かに装甲はコンパクトにまとめられるが、重心が前に偏り、操艦がピーキーになる。
前後分散式の方が多少重くなるが、トータルとして優れている」
という結論が出たにも関わらず、結局「ネルソン」級は前甲板に、16インチ三連装砲塔を3基配置という設計で決まった。
「あの実験は何だったんだ?」
と、主砲を外されるとか、戦艦にとっては恥辱とも言える扱いをされた「バウンティ」乗員は激昂したが、イギリス海軍も「どうしてでしょうね?」と、相手にならない。
「昔、フィッシャー提督という方が居ましてね……」
と古株のイギリス海軍軍人が語る。
戦艦「ドレッドノート」や「インビンシブル」級巡洋戦艦といった革新的軍艦を開発させた人物であるが、同時にハッシュハッシュクルーザーという珍兵器も建造させている。
45センチ砲という、欧州大戦同時は驚くべき巨砲を一門だけ搭載した軽巡洋艦を開発した。
「それをもってバルト海に突入させるつもりでしたが、そんな機会は有りませんでした。
結局、使い道の無い45センチ砲は撤去され、今はあんな形になってます」
士官の指差した先には、航空母艦「フューリアス」が居た。
フィッシャーが好んだ、軽量軽装甲高速の艦に巨大な砲を載せる艦は、戦場ではやはり欠点も出てしまう代物であり、フィッシャーが欧州大戦中にガリポリ作戦で失脚して、フィッシャー好みの製作は止まった。
「どうも我が国は、誰かの影響力が強かったりして、傍目には使えない兵器でも、そのまま突っ走って作ってしまい、作った後で『おい、使えないぞ』という癖があるようです」
合理主義な国だから実験を繰り返してデータを取るが、肝心な時にそのデータを無視して暴走する非合理さも持っているようなのだ。
……もっとも、世界中大体似たようなもので、合理性よりも発注者や設計士の個性が強く、互換性という面で問題があったのは事実である。
生産効率から規格の統一、同じ部品を使い回せる、軍事部門にも経営工学を持ち込むのは、仮想敵国ドイツで、アルベルト・シュペーアという男が頭角を現すまで待たねばならない。
「『バウンティ』の対空装備のテストという事で持って来た新型戦闘機ですが、あれを見てどう思いますか?」
才原や角矢の見る先には、ポールトンポール「デファイアント」という戦闘機が止まっていた。
全金属製で低翼単葉、液冷エンジンの機体。
複葉機やパラソル型単葉機しか知らない日本人には、イギリスが開発した未来の航空機に見える。
「あれは、見た目の印象ですが、随分と高速そうに見えます。
こんな美しい形の戦闘機、流石はイギリスですね」
「……そう見えますか……」
落胆した士官に角矢が
「……? なあ、武装はこの後ろ向きの四連装機銃だけか?」
と質問する。
「そう!
こいつの武装はこの回転四連装機銃だけです。
これが重くて……。
昨年採用されたホーカー『ハリケーン』に比べ、50km/hも遅いのです」
それでも487km/hは、航空機分野で遅れている日本からしたら驚くべき数値である。
(長く日本本土を離れている彼らは情報が遅く、1936年採用の九六式艦上戦闘機の試験機、九試単座戦闘機1号機が450km/hを出した事を知らない)
しかし「デファイアント」は上昇性能と旋回性能において「ハリケーン」には遠く及ばない。
今はまだ評価試験中であるが、競合機が遅れている上に「デファイアント」より性能が低いようだ。
「何故、後部に銃座を置いてるのですか?」
「欧州大戦の折、戦闘機も偵察機もまあ似たようだった時期に、この形式の機体が結構活躍しました。
その機体である『ブリティッシュ・ファイター』の後継機を考えての事ですが、どうも期待した性能が出ないようで。
そもそも高速を出すマーリンエンジンと、重量がある動力銃座の組み合わせが間違ってるような……」
その士官の愚痴に、技術的知見で同意も反論も出来る日本人はいなかった。
ただ、ど素人の伊達順之助が
「だったらエンジン強化するか、2基積んで、前にも撃てる機関銃も積めばいいんじゃないか?」
と言ったが、それを実現するのはイギリスではなく、アメリカであった。
後に動力銃座を遠隔操作で使用する、2000馬力エンジンを4基積んだ爆撃機が、日本の戦闘機相手に戦う事になる。
試験は「戦艦から航空機を迎撃する」ものと、「航空機が洋上艦と戦う」の2パターン行われた。
「デファイアント」はまだ正式採用前の試験中であり、何に使えるか、この際だから試験している。
「デファイアント」は標的曳航機として、真に優秀だった。
「バウンティ」は曳航された標的機に、これも実験的に何種類も装備された2ポンドポンポン砲を撃ち込む。
実戦と同じ方式、回避運動しながらや、全力航行しながらの試験である。
そして「故障が多過ぎる!」と角矢砲術長をキレさせてしまった。
さらに10.2cm(50口径)MkXVI連装高角砲だが
「ポンポン砲より使い勝手が悪い!」
と低威力、短射程、低発射速度っぷりに角矢砲術長は酷評しまくった。
「どうせ一時的にしか使わない他国の艦だから」と、ここぞとばかりに自国の艦にはさせないような実験を命じるイギリス海軍と、そんな扱いに腹立ちを隠さない「バウンティ」のスタッフは、試験結果について毒舌を応酬しまくっている。
現場はかなりギスギスしたものとなっている。
「バウンティ」側の試験結果評価を纏める朝田艦長は、持ち前の「柳に風」な姿勢で受け流してるから良いものの、「真面目な人なら部下が上げて来る罵倒にも近い評価を、プライドの高いイギリス人が読めるようにするなんて、胃の一個か二個は摘出が必要になる」仕事をしている。
これが時間が掛かるものの為、自由気ままな伊達順之助の相手は、ここの所はずっと才原副長が務めていた。
こんな朝田艦長の努力のおかげで、イギリス海軍は有意義な情報をいくつも手に入れられた。
特に「ネルソン」級に搭載予定の16インチ砲は、どうも従来の15インチ砲と大差無いという評価を受け入れたイギリス海軍は、取り寄せたアメリカ海軍の16インチ砲の性能表よりも、どうやら「バウンティ」こと「陸奥」が持ち込んだ41センチ砲が上と判断。
リバースエンジニアリングをして、コピーに成功。
その世界最優秀の41センチ砲を、「ネルソン」級に搭載した。
と、同時に「バウンティ」は同じ規格の主砲弾の補給が得られるようになった。
もう一つ、2ポンドポンポン砲は、高初速、低初速、連装、四連装、八連装等様々な型式があったが、使えないものは淘汰されていった。
対空兵器は不足があると分かり、新型対空兵器や機関銃の購入等で穴埋めしていく事となった。
このように、厳しい審査結果を受けて艦載装備が一新され、より実戦用に強力になったイギリス海軍だが、変わらない部分もまだあった。
「バウンティ」のスタッフから「偵察機としては優秀なんじゃないの?」と皮肉を言われたポールトンポール「デファイアント」複座戦闘機だが、イギリス空軍は採用する方針だと言う。
才原副長は、そういう謎の採用を聞いて、夜間海に向かって吠えていた。
「細部にはこだわる癖に、
根本的な設計ミスは直さない。
この国のやり方、どっか間違ってねえか!!??」
後世の人は語る、「それが英国面だよ」。
また別の者語る、「日本も英国の弟子だからな」。
この2年前、第3砲塔を前向きに設置した結果、
艦橋の基部が抉れた「耐震構造を考えずに違法増築したような」仏塔式艦橋の戦艦「扶桑」が第二次改装から戻って来てます。
なんというか、この時代、データ的に危険と分かっても、傍目から危険と見えても
「こうするしか無いんだよ!!」
と駄目な初志貫徹をする国が多いように思います。