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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第2章:満州国海軍編(1929年~1935年)
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満州脱走 ~戦艦「陸奥」対戦艦「榛名」~

 旅順に着く頃には、自分たちの境遇を聞かされた上層部、そして艦長が持って来た新しい世界の話について、一同は決意を固めていた。

 満州国を出て行く。

 それについて朝田は、皇帝溥儀に一言入れるという重要な事をせねばならなかった。


「そうか、満州を出て、エチオピアで戦いたいと申すか」

 座乗艦として「陸奥」に乗艦していた溥儀は、帰路にそんな話を聞かされたにも関わらず、冷静であった。

 むしろ周囲が

「勝手な事を言うな!」

「この艦は貴殿の私物では無い!」

「陛下の為に働け!」

 と騒ぐ。


 だが、溥儀はそれを制した。

「朕は、朝田が艦を日本に持ち帰ると申したら文句も言ったであろう。

 だが、朝田はエチオピアの為に戦うと申す。

 それは日本の意志でもなければ、何事か企んでいたアメリカ、イギリスの意志でも無かろう。

 だから、許そう」

「陛下!」

「朕はこれまで、籠の中の鳥であった。

 今もそうであろう。

 日本に飼われておる。

 だが、その籠から逃げ出したいという鳥がおるなら、羨ましい事だ。

 認めてやろうではないか。

 残念な事に、朕は籠の中でしか暮らせぬ、野生に生きられぬ鳥ゆえ、朝田に夢を託すしか無いがな」

 これで満州国の方はあっさり決まった。


 ……のだが、おまけで面倒な連中が着いて来る事になった。




 皇帝の前を辞した朝田の前に、武官が立ちはだかった。

「何か御用ですか?」

「この艦はアフリカに向かうのか?」

「そうです」

「そこで己が意志で戦うのか?」

「はい」

「うむ……」

「では、通らせていただきます」

「待て、わしの弟子を連れていけ、さもなければここは遠さん」

 その男の名は霍殿閣、溥儀の身辺警護を勤める、八極拳という拳法の使い手であった。

「警護隊長の弟子を?」

「わしや、わしが集めた者たちは陛下の護衛を勤める。

 敵はソビエトや蒋介石だけではない。

 ”日本人”の貴殿には分かるだろう?」

「分かりますねえ」

「だが、李書文先生に拳を学んだこの霍殿閣、その弟子が世界に打って出ずに終わりたくもない」

「は?」

「後で何人か送る。

 絶対に置いて行かずに連れて行けよ!」

 そう言って壮士は立ち去った。


 旅順港に着くと、伊達順之助が早速乗り込んで来た。

「話は聞いた。

 俺も連れて行け」

「はああ???」

「おかしな表情をするな。

 行きたいって言ってる奴らは結構いる。

 大陸浪人と人は呼ぶ。

 大陸は亜細亜大陸や欧羅巴大陸だけではあるまい」

「アフリカで大陸浪人をする気なのですか?」

「アフリカに限らんな。

 この艦が行くとこ、全てで暴れてみたい」


 待っていたのはこういう跳ね返りばかりだけではない。

 海軍省から人が来ていた。


「溥儀陛下の輸送、ご苦労だった」

「はっ」

「戦艦『陸奥』は満州国海軍より大日本帝国海軍第一艦隊第一戦隊に転属とする。

 朝田大佐は艦を数日以内に出港させ、柱島の泊地に回航するように」

「はっ」

「その任務終了をもって、朝田哲郎大佐を海軍省内勤とする」

「はっ」

 抜け抜けと「はっ」とか答えているが、朝田の心は既に海軍を離反していた。


 時間が無いようだったから、朝田は全乗組員を集めて、今後の事を話した。

 命令に違反出来ない、裏切者になりたくない、非国民は嫌だ、国には親がいる、様々な事情から乗組員の半数以上が下艦する。

 だが、馬鹿は少なからず居た。

「艦長、自分は日本復帰希望です」

「そうか、では下艦手続きを……」

「待って下さい、エチオピアでは戦わせて下さい」

「?? 貴官は一体何を言っている?」

「いずれ日本に戻り、処罰も受けるつもりですが、エチオピアの戦いには参加させて下さい」

「自分もです!」

「エチオピアへの義勇兵として、参加させて下さい」

「艦長、お願いです」

 こんな「エチオピア義勇兵」希望が300人近く出た。

 中には「帰る田舎は無い、親に見せる顔も無い」とか「実家には帰りたくない」という者も混ざっている。

 こういう連中が居たせいで

「何とか航海は出来ます。

 もっと減ったら、臨時で民間の船員を雇わねばならないとこでした」

 林機関長が安堵の声を漏らす。


 そして「陸奥」はすぐに出港の準備にかかった。

 まだ気づかれない内に、真っ先に燃料を補給する。


 燃料給油直後で良かった。

 埠頭に海軍陸戦隊が集まって来た。

 退艦した兵が、海軍に対し「陸奥」の命令違反を訴え出たのだ。

 兵士として当然の事で、それまでに補給が済んでいたのが幸いと言える。


「抜錨、いつでも出港出来るようにしておけ。

 あと奴らを艦に入れるな、舷梯(タラップ)を上げよ」

 才原副長が命じ、

「右舷1番副砲、砲砲撃用意」

 そう角矢砲術長が命じた時点で、埠頭の陸戦隊員は密告が事実な上、もう出港態勢に入った事を悟った。

 拡声器を使い

「朝田大佐、考え直して欲しい。

 今なら不問にする。

 命令違反を犯すならば、実力行使に及ぶ。

 そうなってしまえば、貴官の海軍兵学校以来の経歴は全て抹消され、逆賊となる」

「才原中佐、角矢少佐、森少佐たちに告ぐ。

 艦長に従う事なく、退艦し給え。

 艦長の命令であったとして、罪は問わない」


 朝田以下、艦の幹部は一切無視しようとしていた。

 しかし、この男が事態をかき回した。

”よーく聞け、日本海軍のへなちょこども!

 この艦は、山東自治軍司令官伊達順之助様がいただいた!

 この艦は最早、日本海軍の指揮下にはない!

 俺様の艦だ!

 エチオピアまでちょいと行って来るから、黙って行かせろ!

 止めたいんなら、矢でも鉄砲でも持って来い! ぐはっ”

 最後のは、拡声器で調子こいていた伊達を、八極拳拳士である霍慶南(霍殿閣の子と称するが、実態不明)が水月(みぞおち)に当て身を入れた時の声である。


「艦長、馬鹿は気を失いました」

「じゃあ、拡声器を貰うね。

 『あー、艦長である。

 埠頭に海軍陸戦隊が来ているのは見ての通りだ。

 今から最後の退艦許可を出すから、希望者は申し出るように』」

 しかし、退艦者は出なかった。


「それでは出港!」

 巨大戦艦は旅順港を出港した。

 反逆者の船出である。




 この時期、日本海軍の戦艦は大規模な改装に突入していた。

 「長門」「金剛」が既に工事に入っている。

 「陸奥」を日本に戻そうとしたのは、この近代改装をする必要があった為でもある。

 「霧島」はこの1935年に第二次改装を行う予定で、現在は第一次改装後の重量増加状態で、25ノットの速度しか出ない。

 「山城」「扶桑」は改装を終えていたが、速力は24.6ノットに過ぎない。

 「伊勢」「日向」は改装工事前で、速力は24ノットである。

 「比叡」は練習戦艦として四番主砲、機関の一部、装甲を外され、18ノットしか出せない。

 残った艦、それが既に第二次改装を終えた高速戦艦「榛名」であった。


 佐世保の「榛名」艦長岩下保太郎大佐に命令が下る。

「『陸奥』が反乱を起こしただと?

 連れ戻せって、『榛名』で『陸奥』を止めろと?

 電話を海軍省に繋げ。

 撃沈して良いという事でないと、『陸奥』は止められない。

 中途半端な命令は部下を殺す」


 岩下は海軍省に電話を入れ、撃沈しても良いという許可を得る。

「よろしい、では緊急出撃だ!

 事態は急を要する。

 『陸奥』がフィリピン海に居る内、南シナ海に入る前に止めるぞ!」

 「榛名」と、改装に備えて待機中の航空母艦「赤城」が緊急出動する。

 前年に発生した友鶴事件で、日本の駆逐艦はトップヘビーが心配され、設計見直し中である。

 出撃はこの2隻だけとし、護衛は途中合流の第一遣志艦隊に任せる事としたのだ。

 もっとも、三段甲板の第二甲板に20センチ連装砲を2基、後方に20センチ単装砲を6基持つ元巡洋戦艦の「赤城」の方が、護衛する第一遣志艦隊の旧式装甲巡洋艦や軽巡洋艦よりも砲力では上なのだが。


 第二次改装後の「榛名」は

 全長222メートル、排水量32,156トン、速力30.5ノット、主砲35.6cm連装砲4基、水線装甲203ミリである。

 一方の「陸奥」は

 全長216メートル、排水量33,800トン、速力26.5ノット、主砲41cm連装砲4基、水線装甲305ミリである。

 「榛名」が「陸奥」と真っ向から撃ち合っても勝てない。

 だが、優速を活かして、アウトレンジから「陸奥」の上部構造を破壊し尽くせば勝機がある。

 「陸奥」の41センチ砲の最大射程は30,300メートル、改装後の「榛名」は仰角43度での最大射程35,450メートルで、5km程「榛名」の方が遠くから撃てる。

 その上、どうも長期の外国勤務で機関が疲労している「陸奥」は、速度が思ったよりも低下している。

 優速の「榛名」が射程に入られる事は無い。

 撃沈は難しいが、艦長以下艦橋要員を殺戮し、拿捕する。

「要は非情に徹しないと、こっちがやられるから、覚悟を問いたかったのだ」

 と岩下は副長に語った。


 会敵は思った以上に早かった。

 台湾南部に先回りした「榛名」は、改装をしていない「陸奥」には無い新装備・カタパルトより九四式水上偵察機を発進させた。

 さらに航空母艦「赤城」から一〇式艦上偵察機や一三式艦上攻撃機が発艦する。

 巡航速度は「榛名」「赤城」の18ノットに対し、「陸奥」は10ノットである為、先回りが可能だった。

 そして何度目かの索敵の後、台湾海峡を進む大型艦の航跡(ウェーキ)が確認される。


「戦闘用意!」

「戦闘用意」

 命令が飛び交う。


「偵察機より、『陸奥』接近の報。

 『赤城』は砲戦範囲から離脱します」

「砲撃用意、撃てッ!」

 最大射程で「榛名」の主砲が火を噴く。

 しかし、「陸奥」には当たらず、周辺の海に着弾し、高く水柱を上げる。


「艦長、こっちも撃ち返そう!」

 伊達順之助が怒鳴るが、朝田は攻撃命令を出そうとしない。

「最大戦速! 燃料はこの際、惜しむ事無く使え!」

『こちら機関室。

 乗員の手が足りません。

 細かい指示には対応出来ません』

「構わない、ガンガン蒸気圧を上げれば良い。

 あ、ボイラーを爆発はさせないように。

 これから細かい指示は無い。

 ただ最高速度で逃げるだけだ」

『こちら機関室、それならば何とかします』


「艦長、どうしてだ?

 こちらの方が強いんだろ?」

「乗員が完全ならばそれで良いでしょう。

 しかし現在、艦を動かす最低限の人数しかいない。

 更に戦闘に入って減らす訳にもいかない。

 当たらない事を祈って、突っ切るしかない」

「祈ってとか、弱腰な!」

「この距離だと、当てる方が難しい。

 百発撃って一発当たれば良い方だ。

 向こうも当たれと祈る、こちらは外れろと祈る。

 どっちもどっちだ」

「海軍ってそんなとこなのかよ?」

「安心しなさい、この距離での14インチ砲なら、『陸奥』の装甲なら弾き返せます」


 朝田の言う通り、じわじわとだが速度を上げ、23ノットに達した「陸奥」に、中々砲弾は当たらない、というか至近弾、夾叉すらしない。

 「榛名」は常に「陸奥」の射程に入らないよう機動を続けていた為、砲撃も難航する。

 それでも逃げる「陸奥」を高速を活かして「榛名」は追撃していたが、


「……ここまで当たらないとはなあ……」

 実戦に近い形で砲戦をやって、理屈通りにはいかない事を岩下艦長は実感した。


 やがて夜になり、

「追撃中止!」

 砲戦は終わった。

 「榛名」の砲撃は、最大射程ではまぐれ当たりを期待する程度の精度にしかならなかった。


「申し訳ありません。

 訓練を課して、もう二度とこのような事が無いよう奮闘します」

 頭を下げる砲術長に、岩下艦長は首を振った。

「砲撃の方法を考え直そう。

 砲戦中、偵察機が相変わらず『陸奥』に張り付いていたが、弾着観測の熟練者が乗っていなかったから、修正も出来なかった。

 望遠鏡でも視認困難な距離だ。

 専用の弾着観測機が必要と、報告を上げる事にするよ」


 日本の弾着観測専用の水上機は、この1935年に最初の発注がされる。

 また、長距離射撃の難しさについて、詳細な報告を受けた海軍の一部では、偵察にのみ使用した航空母艦の艦載機を、洋上での攻撃に使用する為の研究を始める。

 「行動中の戦艦を、航空機が沈めるなんて不可能だ」という声を他所に、日本海軍は空母の運用について研究を深めていくことになる。

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