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戦艦放浪記  作者: ほうこうおんち
第1章:シャム王国海軍編(1923年~1929年)
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戦艦、売ります

「戦艦『陸奥』を買いませんか?」


 1923年10月のある日、財部彪海軍大臣に呼ばれた駐日シャム王国(現タイ王国)大使は、意外な発言に茶を気管支に入れてむせる程驚いた。

 戦艦『陸奥』とは、先日の海軍軍縮条約で廃棄が決まった戦艦である。

 このまま就役していれば、世界最強の戦艦として知られたであろう。

 排水量3万3千トン、速力は公式には22ノットとされるが、先日起きた関東大震災において同型艦「長門」が26ノットという高速を出して救援物資を東京に運んだところを、イギリス巡洋艦に見られている。

 主砲は41cm砲で、それを連装4基8門搭載している。


 そんな戦艦を買え、と?


 財部は嘆息混じりに伝える。

「海軍軍縮条約により、『陸奥』は廃棄が決まった。

 だが、条約締結時点で『陸奥』の艤装は終わっていたのだ。

 試験を終えたら就役というところまで出来ていた艦を、むざむざ解体したり、他の艦種に改造したり、自沈させるのも忍び難い。

 今まで、主砲を減らして練習艦にするとか、海軍では無く宮内省所属の御召艦として陛下の所有にしようと手を打ったが、上手くいかなかった。

 そこに先日の大地震だ。

 残念ながら、条約を締結した故・加藤友三郎総理の唱えた、海軍予算の削減をさらに進めないと財政的にもたない状態になった。

 そこで、貴国に貰っていただきたいと思い、本日はご足労願ったわけですな」


 シャム国大使は、本国に比べ涼しい日本で、嫌な汗をダラダラ流していた。

「何故、我が国でしょうか?」

「亜細亜において、君主を戴き、いまだ列強の植民地とならず独立を保っているのは我が国と貴国です。

 貴国を欧米より守る意味でも、海軍の増強は必要かと思います」


 確かにシャム王国は、英仏の植民地政策によって被害に遭っている。


 1893年、パークナム事件でシャム王国は、フランスに属領のルアンパバーン王国・チャンパーサック王国・シエンクワーン王国、そしてシャム領となった旧ヴィエンチャン王国領域を奪われた。

 インドシナ半島のディエンビエンフーに拠点を置いたフランス領インドシナ軍は、当時はシャム領であった現在のラオスに兵を進める。

 ここで国境紛争が起こり、フランス人将校が戦死した。

 これを「平和交渉時に将校を殺した」として「国際常識を無視したシャム王国へ武力行使を」という世論が高まる。

 そして通報艦「インコンスタン」と砲艦「コメート」がチャオプラヤー川を遡上した。

 2隻の軍艦は、オランダ人が守る要塞や、デンマーク人の指揮するタイ海軍を撃破し、シャム政府に「メコン川東岸のフランスへの割譲」を求めた。


 このフランスの侵攻を食い止めたのはイギリスであったが、それは親切心からではない。

 これ以上のフランスの東南アジアでの勢力拡大を防ぎたかっただけだ。

 シャム国王ラーマ5世は、イギリスから借金してフランスに賠償金を支払い、領土割譲を防ごうとしたが、イギリスはこれを拒否。

 フランスとイギリスが話し合い、シャム王国はイギリス・フランス両国の緩衝地帯として「滅亡させない」事が決められた。

 そしてフランスの勢力拡大範囲をチャオプラヤー川の西岸までと決めた。


 この事件をきっかけに、シャムは英仏重視外交を改め、ロシアや日本等との外交も重視するようになる。

 そして「王宮水軍」を発展させた海軍ではなく、近代海軍への脱皮を図っていた。

 この1923年5月23日に亡くなったクロムルアン・チュムポーンケートウドムサック提督親王(ラーマ5世の庶子)が、近代海軍を整備した。

 それでもシャム王国の戦力は駆逐艦やフリゲートを主体とする小規模なものに過ぎない。

 そこに3万3千トンの戦艦を「買わないか?」と来た。


「残念ながら閣下、我が国では『陸奥』は手に余ります。

 支払う財力もありません」

 そんな返事は日本側には予測済みであった。

「なあに、帳簿上買ったという事にして、我が国が買い戻すまでの間、預かってくれれば良いのですよ」


 つまりは、日本海軍はあれだけ予算食いを非難されたにも関わらず、戦艦「陸奥」保有を諦めていないのだ。

 姉妹艦とセットで行動させるのが日本海軍の基本方針な為、「長門」は「陸奥」と共に戦隊を組まねばならない。

 そうして考えついたのが、シャム王国に「陸奥」を預かって貰う事だった。


「維持費も日本が出しましょう。

 士官も派遣します。

 シャム側は、海軍軍人を増強して下さい。

 『陸奥』は乗員1333人となっております。

 水兵千人を、最新型の軍艦で訓練出来るわけです。

 貴国にとっても悪い話ではないでしょう?」


 日本の都合で、条約逃れの戦艦を預かれと言うのだ。

 勝手な話である。

 それでつい

「では、我々は『陸奥』を宝石箱の中に入れて、お返しするその日まで、傷一つつけずに保管しておけばよろしいか?」

 と皮肉が口をついて出た。

 財部は笑いながら

「御国は戦争に使用するなら、どうぞ使って下さい。

 例えば、失地を回復するフランスとの戦争等にね。

 『陸奥』はそんな簡単に沈む艦ではありませんからな」

 と返した。


「我がシャム王国が戦争に使っても良い、と?」

「左様」

「間違って、沈めてしまうかもしれませんよ」

「それは有り得ませんな」

「自信満々ですね」

「それはそうです。

 『陸奥』は世界最強です。

 フランスやイギリスの植民地艦隊など、鎧袖一触!

 間違っても沈められる事などありませんな」

「では、アメリカやイギリス本国と戦ったなら?」

「そのような予定がおありなのですか?」

「……いいえ」

「では、有り得ない仮定の話はやめにしましょう。

 我が国は貴国に『陸奥』を預かって欲しい。

 その為の支援を惜しまない。

 我が国がまだ必要としない時期に、貴国が戦争を起こした時は、どうぞ『陸奥』を使って下さい。

 貴国に勝利をもたらすでしょう。

 メナム川(チャオプラヤ川を昔はこう呼んだ)を軍艦が遡上し、首都を衝かれる等の屈辱を味わう事はありませんぞ」


 やや傲慢に聞こえる日本の提案であったが、シャム王国にとっても悪い話ではない。

 持ち帰って相談すると言い、シャム国大使は海軍省を辞した。




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1922年6月、戦艦「陸奥」を破棄する軍縮条約に調印した加藤友三郎海軍大臣が、そのまま組閣して内閣総理大臣となった。

海軍内部には、軍縮条約に反対する勢力が多い。

加藤寛治海軍中将もその1人だった。

そんな加藤寛治が、一人の陸軍将校を連れて「『陸奥』を守る会合」に現れた。


「こちらは某右派団体より紹介を受けた石原莞爾君だ。

 陸軍大尉をしている。

 まあ、それはどうでもいいが、彼が面白い事を言っていてね」

「海軍の諸君は、戦艦『陸奥』を維持したいと聞いております」

 いきなり挨拶も無く本題に入った陸軍士官に、海軍の面々は一気にムッとした表情となった。

 しかし、その意見は確かに面白いものだった。


「日本国内において、主力艦をこれ以上増やすと国家財政の危機に繋がる。

 しかし、この石原個人としても『陸奥』破棄は反対である。

 ここは、日本に存在しない日本海軍所属艦艇とすれば良い。

 つまり、第三国に返還予定で預ければ良い」


「具体的にはシャム王国が良かろう。

 日本との関係も良好な上、西のビルマはイギリス、東のインドシナはフランスが植民地としており、自国防衛の為に主力艦等は望むところであろう。

 『陸奥』維持の本命は、それを動かす士官を確保しておきたい事だろう。

 シャム王国海軍への出向という事で、人数の維持は可能である。

 同時にシャム王国も海軍軍人を実地訓練で増強出来る為、願ったりかなったりだろう」


「つまりは、牛若丸を奥州藤原氏に預け、平家討伐の時まで育てて貰うのだ」


 海軍士官たちは、なるほどとも思い、そう上手くいくものかと訝りもする。

 可能ならば手元に置いておきたい。

 だが、軍縮反対の最強硬派の加藤寛治が連れて来た男の意見は、確かに興味深かった。


「それで……」

 第一艦隊司令長官任命が内定している竹下勇中将が聞く。

 余談だが、この竹下提督の邸宅があった事に由来し、原宿竹下通りという通りが出来る事になる。


「君は一体何を望む?

 門外漢の陸軍大尉如きがこの会に口を出す以上、本音を聞かせ給え」


 石原は呵々と笑った。

「小官はとある団体から諸君への紹介状を書いて貰った。

 知っているかもしれないが、そこは『八紘一宇』の思想を唱えておる。

 『天の下では民族などに関係なく全ての人は平等である』という思想に基づく。

 だが、実際のところ亜細亜で気を吐いておるのは我が帝国人だけではないか。

 小官はもっと多くの亜細亜人に白人と戦う力を身に着けて欲しい。

 白人の支配を脱した後の、民族平等の為に、小官はあの艦が必要な駒と考えている」


「軍人が思想にかぶれて何とする?」

「思想も持たぬ軍人に何程の事が出来ようや」

「何だと、もう一辺言ってみろ!」


「止め給え!」

 竹下が一喝する。


「石原君、君の本音は理解した。

 確かに亜細亜人の自立も必要だろう。

 だが、君の意見は今回は伺っておくだけにする。

 可能ならば我々は、やはり『陸奥』を手元に置きたいのでな。

 君の言は、言わば一つの道に拘っていた我々の蒙を啓くものであったな。

 何かあった時は君の考えが生きて来るかもしれない。

 どうせ君も、一回で説得なんか出来ないと知って来たのだろう?」


「そうですな。

 小官は来月にはドイツに赴任する事が決まっております。

 その前に言うべき事を言っておきたい、そう思ってしゃしゃり出たのであります。

 確かに一回で説得等、出来よう筈もない。

 聞き入れて下さるかどうか、遠くドイツの空から眺めておきましょう」


 そうして石原は退出した。

 退出後、竹下に対し一部が猛烈な不満をぶつける。

 何故、あのような奇天烈な考えの者を褒め称えたのか?

 竹下は言った。


「儂は知っての通り、アメリカに知人が多い。

 その内の一人が、いや……あれは確かにアメリカ国籍を有するが、アメリカ人と言えようか?

 それが言ったのよ、やり方ひとつで『ムツ』は生き延びられる。

 自分の夢の為に、協力してやっても良い、と。

 儂は、あらゆる意見を聞く事にしている。

 本音を聞きつつな。

 亜細亜の為の戦艦『陸奥』は、確かに面白い考えであると思った」


「それで竹下中将、そのアメリカ人の夢とは何ですかな?」

 加藤寛治の質問に竹下は

「国を持つ事だそうだ。

 聡明な君なら、その男が何の民族か分かったのではないか?

 その民族が先のロシアとの戦争で協力してくれた事。

 またこれからの戦争で協力してくれれば、随分と助かる事もな」


「ふむ……」

 

「まあ、意見の一つよ。

 言った通り、出来るだけ手元に置きたいものだからな、牛若丸とやらは。

 我等、鎌倉ならぬ横須賀の思惑を超えてしまっては困るからな」


 会合は笑いに包まれ、そして散会した。




 それから1年後、日本は未曽有の天災に見舞われ、国民も金食い虫の戦艦よりも、災害復興を望み始めた。

 病死した内閣総理大臣・兼任海軍大臣加藤友三郎の後を継いだ財部彪は、連合艦隊司令長官竹下大将と、軍令部次長加藤寛治中将より一計を授けられ、かくして「陸奥」は新天地で生き残る道に歩み始めたのであった。

本作品は、前作「いや国作るぞ!~ホノルル幕府物語~」の世界を踏襲しています。

ハワイ王国がアメリカ併合を免れてまだ存在している。

ワシントン海軍軍縮会議ではなく、ワイキキ海軍軍縮会議が開かれた。

その会議で戦艦「陸奥」及びアメリカの戦艦「コロラド」「ウェスト・ヴァージニア」の破棄が決まった。

そういう世界です。

なお、ハワイ王国やホノルル幕府は話にまず出て来ません。

前作と違って、乗りと勢い重視でいきたいと思っています。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 確か陸奥って呉辺りの港で謎の爆発事故起こして自沈?したとか聞いたことがあるんだけど これ結構有名な話らしくて艦これの二次創作ネタでよく見る感じなんだけど。 ほんとのところどうなんでしょ…
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