真白に抓まれた二人
「確か、ここですよね。先輩」
初々しいスーツ姿の若い女性が青年に声を掛けた。まだ幼さが残る黒髪のその女性は20代そこそこであろう。
先輩と呼ばれた男性がやれやれという表情で言葉を返す。中肉中背で髪は刈り込んであり清潔感がある青年だった。
「そうだよ。だから言ったろ?ここはおかしいんだって。どうやったらこんな手違いが生まれるのかさっぱりだ。毎年確かめに来るこっちの身にもなって欲しいよ、まったく」
若い新人女性は納得いかない様子で言う。
「大体、この土地の所有者がわからないとかおかしいじゃないですか。帳簿では存在しない住所とかありえませんよ。この古ぼけた建物とか意味わかんない」
二人は建物をまじまじと見つめていた。窓にはレースとベルベットのカーテンが引いてあり、中がどうなっているかわからない。古い建物だが手入れは行き届いている。何と言うか『貫禄』とか『由緒ある』と言う言葉が浮かぶ気がする。
「さて、事実確認は確かに行ったし、もう戻ろう。二宮」
二宮と呼ばれた若い女性はまだ納得がいかないようでブツブツ言っている。
「都庁の人間が直に来ればいいじゃないですかね。何でうちら区役所の人間に毎回行かせておいて、そんで報告は信じないとか意味がわかりませんよ。工藤先輩ももっと言えばいいんですよ」
工藤と呼ばれた男性は苦笑いをしている。
「ああ、もうわかったから。帰るぞ二宮、帰りがてらコーヒーでも奢ってやるから、そう怒るなよ。社会人になると理不尽な事って多いもんさ」
『……しかし存在しないはずの住所と土地があるってどういう事だ……建物まであって詳細が全くないとは。いつ来ても無人。だが手入れは確実にされている……』
先輩風を吹かしてみたが納得がいかないのは工藤も同じだった。彼は今年で二回目の調査だったが今回も結果は同じだ。全く調べれば調べるほど理解出来ない状況に苛まれる。
二人は渋々、踵を返し社用車へ向かった。
若く騒がしい女性とそれを宥める男性の背中を見送る女性が少し笑った。
「ふふ。毎度すまんの……じゃなかった。毎回ごめんね」
最初からずっと彼らの目の前に立っていた真白が言う。
「狐に化かされたんだ。悪く思わないでね」
何処からか飛び降りて来た八岐が続いて言う。
「よっと!……ま。その結果として、かなり人間達は助かっているからな」
「どこから飛んで来たの、八岐さん」
真白は特に驚いた様子はない。
「屋根。ちょっと今、痛かった」
左手で上を指差しながら答えた。右手は膝を摩っている。
「雨漏り修理?」
「そうさ。器用だろう?」
真白が切れ長の目を細めて微笑む。
「そうね」
風にふわりと舞った彼女の長い髪がキラキラと夕日に光る。白いカーティガンを着ているからなのか彼女自身が光っている様にも見える。
「この世のモノとは思えんな」
「何の話?」
「美しい物には棘がある。何とも上手い事言ったもんだ」
「それよりマスター、そろそろお店開けないと」
「ああ、そうだな」
二人は揃って入口へ向かい、八岐が重厚な黒いドアに手を掛けた。突然、真白がピタリと立ち止まり、少しだけ辺りを見回した。
「う~ん、今夜は何か……」
真白は口籠る。
「ん?何かあるのか?」
「……多分、気のせい。何でもない」
八岐は笑いながら言う。
「絶対、何かあるじゃん」