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01 些細なことでもいいので信頼して任せるの巻(まずは隗から始めよう

一粒の麦が地に落ちて、死なねば一粒のままである。

死ねば、より多くの実を結ぶだろう。

 ☆


 契約未達だと一年とちょっと後に、可愛い顔した龍の神さまに食い殺されてしまう運命のどうも俺、東野星です。

 俺は自分が転生した地にある山村に拠点を構え、神さまや村人のためにナシかしらの仕事をすることを決めた。

 しかしそれを現実のものにするためには、まず何よりこの村、この世界の情報と、協力者が必要である。


「協力者なら僕たちがいるじゃないか。水臭いことを言わずに何でも力になれることがあったら頼んでくれていいのだよ!」

「そうですよ。私なんかではお役にたてないかもしれないのですけれど……」


 ゼレクとシュアラさんはそう言ってくれている。

 もちろんそれはありがたく享受するとして。

 しかし俺は村人の中からあと一人でもいい、出来れば第一印象で俺を警戒していた村人の中から、仕事上の協力者を得たいと思っていた。

 ゼレクとシュアラさんの協力に不満があるというわけでは全くない。

 ありがたくて彼らの厚意を前に実際少し涙が出たくらいだ。

 ただ、この兄妹が俺に親切なのは、多分に彼ら自身が持つ「性格」によるところが大きい。

 二人とも親切な好人物なので俺に優しくしてくれているが、それは意地の悪い見方をするならば、俺の考える「仕事」や俺の持つ「能力」を評価しているわけでない、無償の好意だ。

 現実的に考えれば、いきなり村を訪れた俺のような異邦人を、村人は警戒して当たり前なのだ。

 その大多数の村人の一般的な感情があってもなお、俺の考える仕事が村にとって必要であり有益だと理解して、協力してくれるスタッフを探さなければならない。

 一つ、思いついたことを実行するための準備にとりかかろう。


「ゼレクくんや、きみは手や腕はどっち利き、どっちの方が力があるんだい」

「いきなりな質問だね!? 右だけれどそれがどうかしたかい?」

「そうか、ならその手で俺の右手を思いっきり握ってみてくれ」


 そう言って俺は握手の形でゼレクに右手を差し出す。


「思いっきりって……そんなことをしたら痛いだろう?」

「そ、そうですよショウさん。兄は体力と声の大きさだけでは村の誰にも負けないくらいなんですから」

「構わんよ。遠慮なくやってくれ」


 言われて渋々、ゼレクは俺の右手を握る。

 遠慮がちに、普通の力で。


「もっと力入れて良いぞ。って言うか全力出せ。そうじゃないとわからん」

「だ、大丈夫なのかい? あとで泣きを見ても知らないよ!」


 んぎぎ、と声がしそうな表情でゼレクが右手に力を込める。

 お、やっぱり力自慢と言うだけあって結構強いな。

 握力60~70ってところか。

 ただ、ゼレクは村で農作業とか大工仕事とかを基本的にしてないから、腕の力に関して言えばまあこんなものだろうと予想の範囲内ではある。

 歩き回って旅をして買い物して一年の大半を過ごしているゼレクのこと、おそらく脚力、持久力では歯が立たないだろう。

 しかし腕力握力、あと背筋力とかなら俺の方がありそうだ。

 これでも運送配送業者なもので、そのあたりは人一倍以上であるという自信があります、はい。


「だいたいわかった。ありがとさん」


 血管むき出しにして面白い顔をしているゼレクが見れたので、彼の本気が伝わった。

 ここでテストは終了。

 日本人の肉体労働者は、異世界の体力自慢の村人に一方的に負ける水準ではない、と言うことがわかった。


「平気なのか……なんか自信をなくしてしまったよ、僕」


 20トンクラスの荷物が入ったコンテナを毎日のように積み降ろししてた日々もあった俺と比べちゃ、異世界人が可哀想だ。


「さて、村の中に都合よく俺に反感を持っている腕白な若者とかがいてくれるといいんだがな……」


 テストが終わり、俺は計画を本番に移すためにトラック置き場から村の中へ向かった。


 ☆


「やあ村長さん、この前は役にも立たんモーターの荷卸しを手伝ってもらって悪かったな」

「な、なにしに来た……」


 村長宅を訪れてあいさつするなり嫌な顔をされた。

 村長ほか、村人が十人ほど家の前に集まっている。

 って言うか村長さんはあの時手伝ってなかったんだが。


「いや、あの品物がこの村で役に立たないものだという説明をすっ飛ばしたのは、明らかに俺に落ち度があったなと反省してな。落とし前っつうかけじめをつけるために、こうして足を運んだんだよ」

「けじめと言ったところで……お前になにか代償になるものが払えるとでも言うのか?」


 怪訝な顔で質問してくる村長に、俺は嘘八百で答える。


「こういう時、俺の生まれ育った一族の間では、軽い不始末なら3発殴って、へこたれなければそれで水に流すって慣習があってね」

「な、なんじゃその野蛮な習慣は……」


 俺も言いながら、どんな脳筋部族のしきたりだよと自分で思いつつ、そもそもあんたらは突然来た俺を縛って生贄にしようとしてたよね、と言う反論は呑み込んだ。

 見守りというか付き添いでゼレクにも来てもらっているが、俺のやることを邪魔しないでくれと先に伝えてあるので、不安げな顔で遠くから俺を見守っているだけだ。


「弁済を払えない俺としては、村の中で力が余ってるやつに3発殴ってもらって、それでこの件はあとくされなしのチャラにしてくれるとありがたいんだがね」


 むう、とでも言いたげな顔で村長は押し黙っていたがその時。


「へぇ、オモシレーじゃん? そんなに殴って欲しいんだったら俺が殴ってやんよ?」


 近くにいた若いのが俺の前に出てきた。

 見覚えのある顔だな。確か……。 


「あ、モーター降ろす時に引っ張るの手伝ってくれたな、きみ」

「おお、散々俺らが苦労して、あんな重いものを引っ張ってよ、役に立たねーってどういうことだよ! 今もオジキと、あいつボコボコにしちまおうぜって話してたとこなんだよ!」

「お、おいやめんかバニン」


 聞けば、このバニンなる青年は村長の甥っ子らしい。

 ほうほう、これは思ってもみない、いい人材が喰いついてくれたぞ、と言う感想を抱きながら俺はバニンを観察する。

 俺よりも背は低いが、体つきはがっちりしている。


「バニンは木こり仕事や大工仕事の見習いをしてるんだ。水車や家が壊れたときに、森から木を切って来て修繕してくれる職人さんがいるのだけれど、その手伝いをしたりしているのさ。普段は素直ないい子なのだけれどね。そう言えば確か7つになるまでおねしょ癖が治らな」

「ゼレクさん、ちょっと黙っててくれよあんた!」


 小声のつもりなんだろうが小声になっていないボリュームで、ゼレクが俺に教えてくれた。

 真っ赤な顔でバニンがその発言を遮るために大声を出す。

 見た感じ若いが、そうか、木こりと大工の見習いか。腕っぷしはそこそこ強そうだな。


「買って出てくれるんならありがたいぜ。俺は反撃しないから、好きなところを好きなように3発、思いっきり殴ってくれよ。あと念のため軍手やるよ。素手で変に殴ったら手を怪我するからな」

「何だこれ……手袋? 手にぴったりだ。よくできてんな……」


 バニンに軍手(手のひら部分に滑り止めゴムイボつき)をプレゼントした。

 トラックの中に新品お古合わせて山のようにある。


「ようし、じゃあ行くぜぇ。吠え面かくなよこんにゃろー!」


 勢いをつけて振りかぶり、バニンの拳が俺を襲う。

 冷静に、俺はそのパンチを体を半身ずらして、避けた。


「オイ! なんで逃げんだよコンチクショー!」

「逃げないとも防がないとも言ってないだろ。反撃しないで殴らせてやる、と言っただけで防御や回避をしないとは言ってないぞ」

「き、きたねーぞコノヤロー! 恥ずかしくねーのかよ!」

「お前は抵抗できない人間を嬉々として殴ろうとしている自分が恥ずかしくないのかよ……」

「う、うるせえ! あと2発で絶対に泣き入れさせてやる!」


 青年、大人と言うのは汚いものなのだよ。

 顔面は的が小さいので、確実に当たるであろうボディに狙いを変えたのだろう。

 バニンが2発目のパンチを繰り出す。

 しかし俺は両腕を交差させてその拳をブロックする。


「クッソ、マジ腹立つコイツ……!!」

「はははどうした、吠え面かかせてくれるんじゃなかったのか」


 ぐぬぬという表情で3発目を打つか打たないか、俺の隙らしきものをうかがっているバニン。

 が、唐突に表情を変え、視線を俺から外して言った。


「しゅ、シュアラちゃん!? なんでいきなりそんなとこで服脱いでんだよ!?」

「なんだと!?!?」


 俺もマッハでバニンの視線を追い、シュアラさんの脱衣シーンを確認しようとしたが。


「嘘だよバーカ!」

「げぶらっ」


 よそ見していた隙に、バニンの右ストレートを横っ面に見事に喰らった。

 そうだ、シュアラさんはまた山の神殿に行っていてしばらく帰らないんだった……。


「いってててて……最後のは想定外だったがこれで3発な」

「参ったかコノヤロー! 散々人のことバカにしやがって!」

「いや、別に一発貰ったくらいで参らんし。俺はこの通りぴんぴんしてるから、けじめはつけたということで。ゼレクも他の皆さんも証人になってもらえるかね」


 頬をさすりながら、周りで見ていた村のみんなに確認する。

 いったいどうなるものかと不安げな顔で見ていたギャラリーの面々も、特に大怪我もなく平気そうに話している俺の様子を見て、安堵しているようだった。

 俺のやりたいことが終わったことを確認し、ゼレクがみんなの前に出て、言った。


「変わった風習だとは思うけれどね、ショウは自分にとって何の利益にもならないのに、こうしてみんなの前で責任を取ろうと、わざわざ痛い目を見たんだ!」

「落ち度みたいなもんが俺にあったのは確かだしな」

「僕だったらどんなに自分に非があるとわかっていても、黙って殴られるなんてまっぴらごめんだけれどね! だって痛いじゃないか!」

「お前のそう言う素直なところ、いいなって思えるようになってきたわ」

「ははは、ありがとう。それより村のみんなもショウに対して色々思うところはあるだろうけれど、もう少し歩み寄ってみてもいいのではないかな? なにせ、龍神さまもショウがこの山で暮らすことをお認めになっておられるのだし、我々村の者がショウをないがしろにするというのも筋が通らないと思うのだけれどね?」


 ダメ押しにゼレクが演説してくれた。

 ケッ、と吐き捨てたバニンも、そこまで不愉快そうな表情をしていなかった。


 ☆


 その夜、まだ村に寝床を確保できていない俺は、引き続きトラックで就寝準備なのだが。


「あー痛ぇ……歯ぁグラグラするな……」


 バニンのパンチが良い角度で入ったせいかな。

 下の歯、犬歯の隣の小さい奥歯の付け根が、なにやら頼りない。

 昔、虫歯やって治療の穴埋めだらけの歯だったから、弱くなってたのかもしれんが。

 しかしおそらくこの村っつうかこの世界に、まともに歯を治療してくれるところなんてなさそうだ。

 このままだとマズイかなと思いつつも、大人しくするしか思い浮かばん……。

 などと揺れる歯の痛みにうなされながら考えていると、誰かが歩いて来る音がした。

 トラックの窓を開けていたから外の音が聞こえやすかったのだ。


「お、まだ生きてんじゃん」

「なんの用だよ。やっぱり納得できなくてトドメ刺しに来たのか」


 バニンだった。ヒマなのかなこいつ。


「俺が殴った時、結構手ごたえあったからさ。骨でも折ってやしねーかと思って。いいもの持って来てやったぜ」

「別にどこも折れちゃいねえよ。でもいいものってのはなんだ」

「とりあえず今あるのは薬と飲み物と食い物くらいだけどな」

「マジか。それは本当にいいものだな。しかし当然ながら俺は金なんて持ってない。タダでくれるなんてよくできた青年だ、将来出世するだろう」


 とりあえずほんと、歯というか歯ぐきというかその辺がとても痛いので早く薬をください!


「バッカ、タダってわけにいくかよ。オメーのいる、その、なんだ、家なのか? よくわかんねー箱の中に、まだまだ珍しいものがたくさんあるんだろ。そん中のめぼしいものと交換してやるぜ」


 おう、俺の命綱とも言えるトラックの中の資材と物々交換を要求してきやがる。

 バニン側にしちゃ、当然の権利から来る要求だがな。

 俺にタダで施しをしたところで、村の利益になるかどうかなんて未知数なわけだし。


「さっき軍手やっただろ。他にもまだなんか欲しいのかよ」

「ああ、あの手袋はいいな。木とか岩とか持っても手が傷つかねーし、イボイボしてるやつのおかげで力も入りやすいぜ。こう言う便利なものをまだ持ってるんだろ?」


 目ざといガキだが、俺は嬉しくなった。

 こいつは気分で俺に取引を持ちかけて来てるわけでもなく、ちゃんと経済を分かってて取引しようとしてるんだからな。


「そうだなあ。バニンくん、木こりとか大工の見習いやってるって言ってたよな。じゃあこれなんかどうだ」


 俺はトラックの中から、荷物同士がガタガタ揺れないように縛るためのゴムチューブ(自転車タイヤの内部ゴムを切って紐状にしたもの。丈夫でよく伸びる)を何本かくれてやることにした。

 これも車の中にたくさんあるので、数本程度ならまだそこまで痛い出費ではない。


「何だこれ、柔らかいのにちぎれねえ……」

「細くて長い木や枝をいくつもまとめて運ぶ時に、こいつでギュッと縛ってまとめておくと安定していいと思うぞ。大工仕事の最中でも、部材同士の仮止めなんかに活躍する」

「確かに色々使い道はありそうだな……もらっとくわ」


 伸縮性のない紐やロープで曲面、凹凸面のあるもの同士を結ぶと、どうしても隙間ができたりして上手く荷物がまとまらないからな。

 バニンは受け取ったゴムひをも引っ張って伸ばしたり、その辺に落ちている石や木の枝に撒いてみたり、夢中でいろいろ試していた。


「喜んでくれたようでお兄さんは嬉しいよ。ところで貰えるものがあるなら早く欲しいんだが」

「おお忘れてた。ほれ、キケの葉の粉末と水と、ブリ団子」


 なんか突っ込みどころがある薬と食い物、そして皮袋にたっぷり入った飲み水を貰った。


「キケの葉とやらは飲み過ぎるとヤバいことになると聞いたんだが大丈夫なんかこれ」


 前にゼレクが言っていた、麻薬成分のある類の植物じゃないか。確かに痛み止めになるという話だったが。


「飲み過ぎねえ限りは大丈夫だっての。酒の方がよっぽどたち悪いと思うぜ。本当は沸かして煮出した方が美味いけど、水に混ぜてそのまま飲むだけで多少は効くから、どっか痛いなら飲んどけや」

「ありがとさん。じゃあこっちのブリ団子ってのは?」


 なにやら団子やまんじゅう、餅やパンと言った「なにかを練って焼いた料理の一種」であることは間違いなさそうだが。

 若干どす黒いというか茶色みがかった、土団子のような見た目が食欲を喚起させない。


龍岳りゅうがくイモと、鳴きゴキブリをすりつぶして練って焼いた団子だよ」


 ゴキブリ料理であった。

 異世界の恐ろしさ、その片鱗を味わうことになるのか……。


「そ、そうか、この山に住んでるゴキブリは、鳴くんだな……」

「ああ、鳴くぜ。キチキチキチキチって耳障りな声でな」


 ゴキブリ入りの芋団子は、ねっとりとした食感が特徴で、意外と美味かった。香ばしくて高タンパクな感じがする。

 このイモは多分、山芋に似た植物なんだろうな。スタミナがつきそうでいい。

 典型的日本人味覚である俺としては、もっと塩っ気が欲しいと思ったが。

 ところでこの山は熱帯性の気候と言うほどには暑くないが、ゴキブリが普通にその辺にいるのかね。

 今が多少涼しいだけで、もっと暑い季節があるのかもしれない。

 もしくは、この世界のゴキブリは多少の寒さ涼しさでも順応して繁殖している、とか……。


「またなんか必要なものがあればお前の持ち物と交換してやるから、言うだけ言ってみろよ。じゃあな」


 取引が終わり、ひとまず俺に興味を失ったのかバニンは去って行こうとする、が。


「ちょっと待ってくれバニンくんや。俺もボチボチこの村でちゃんと働かないといけないんだがな。そのための準備に力を貸してほしいんだ」

「はぁ? なんで俺が。ゼレクさんにでも頼めよ。仲いいみたいじゃねーか」


 そう言われるよね当然。想定の範囲内なので慌てない。


「もちろんゼレクにも協力してもらうつもりなんだが、もう一人どうしても、村の中に常にいる人の力を借りたいんだよな。バニンくんがちょうど理想的なんだがなあ」

「……なんで俺が向いてるって思うんだよ」


 村長の甥っ子であり、村の中において、ある程度確かな立場にいること。

 そして大工仕事や木こり仕事に関しては、まだ見習い段階で「バニンがいなければ村の設備修繕業務に支障が出る」というほどの存在ではないこと。要するに他のことをするためにプラプラしていても問題ないこと。

 という、打算的ともいえるこれらの要素を口に出さず、俺が彼に頼みごとをしたいと思ったまず一番の理由を正直に告げる。


「バニンくん、若いのに聡いっつうかな。損得勘定や物の道理が結構ちゃんとわかってるっぽいからな」

「なんだよ上から目線だなこんにゃろー偉そうに」

「でも実際、こうして俺に薬を届けてくれたりしてるじゃないか。ただ短気で冷たいだけの奴なら頼みごとなんかせんよ」


 おそらくバニンは、俺のトラックの中にある荷物に興味があるのだろう。

 しかし俺があっさりここで死んでしまうと、荷物の用途や価値がわからないままになる。

 そんなバニンだからこそ、俺は安心して、こう提案できるのだ。


「トラック……このデカい箱の中にある荷物はな、正直なところ、俺が持っててもそれほど価値のあるものじゃないんだ。ただ、村長の甥っ子として村を守る立場のバニンくんが使えば、村のためになるものがこの中にはいくつもあると思う」

「へえ。おめーの仕事に使う道具じゃないのかよ、それ」

「俺の本職は運び屋なんだ。だからここにある荷物の本当の持ち主、使い手は本来は俺じゃないんだよ。ここにある道具はそうだな……大工や鍛冶師が使う品物が多い。俺はそれを客先に届けようとしていた途中で、この世界に飛ばされたんだ」


 うむ、嘘は言っていないぞ俺。


「おめーの仕事に使うものじゃないってんなら、確かに俺たちが村のために使った方がいいな」

「そうだろ? だから最終的には、俺じゃなくてバニンくんがここにあるものを管理した方がいいんじゃねえかって思ってな。俺が自分の仕事の準備や段取りをしている間の数日間、この荷物が荒らされないか、盗まれたり壊されたりしないか、バニンくんにちょっくら見ててほしいんだよな……」


 ふーむ、と考える素振りのバニン。

 俺が言っていることも、大部分では本心だ。

 この村が俺を受け入れて、ここで働くことを許してくれるのならば、トラックも中の荷物も村の共通財産として供出していいと俺は思っている。

 後生大事に持っていたところで、持ってるだけじゃ役に立たないからな。

 車も道具も、使ってナンボだ。一粒の麦が云々と言うアレだ。


「大工の親方の手伝いもあるし、俺もヒマじゃあねーんだけどなあ」


 と言いつつも、俺のトラックを横目で見て興味津々のバニン。

 これらの物品が全部自分の管理下になるというのは、彼にとっても魅力的なことだろう。

 いや、俺の都合として、彼がそう感じてくれないと、困るのだ……。


「無理にとは言わんが、考えといてくれ。バニンくんなら適材適所だと思ってこの話を持ちかけただけだ。他にいい人がいたなら、他の人に頼むさ。なにせまだ村の中に知り合いがほとんどいないからな」

「いやいや、とりあえず考えておくから、まだ他のヤツには話すなよ! 明日もメシ持って来てやるから、それまでは俺の返事を待ってろって!」


 そう言って、バニンは村の中に戻っていった。

 一歩前進、かな?


 その夜、キケの葉とやらを薬として飲んでから就寝したところ、裸のシュアラさんと楽しくて気持ちのいいことをする、素晴らしい夢を見てしまった。

 うむ、こういう効能があるなら、やはりこの葉っぱは飲み過ぎるとヤバいな。依存して人生転落する自信が大いにある。


 ☆


 翌日、俺はゼレクと話したいこともあったので起きてすぐにトラック広場から村へ移動。


「やあおはよう、ショウ! おっと、やはりバニンに殴られた顔が腫れているね。大丈夫かい?」

「別に痛みはねえよ。それよりちょっと聞きたいこととか手伝ってほしいことがあるんだが」

「うん? なんだい? なんでも言ってくれ給えよ!」


 キケの葉を飲んだことはこいつには黙っておく。もちろん寝てる間に見た夢の話も。 


「この山の中にある、他の村の場所や距離を教えてくれ。とりあえず一番近い村のことを詳しく教えて欲しいな」

「うん? まあそれくらいならお安い御用だけれどね。ショウ、なにか始める算段がついたのかい?」

「俺はもともと運び屋だからな。こっちでもそれをやろうと思ってね。とりあえずは周辺の状況を把握したい。今日ヒマなら一日付き合って欲しいところなんだが」

「もちろん僕は構わないけれど……ふふっ」


 なにかおかしそうに笑うゼレクの視線の先に、口を歪めて横目で俺たちを見ているバニンの姿があった。


「そんなところで立ち聞きしてないで、バニンもこっちに来るといい! ショウがなにを始めるか興味があるんだろう?」

「はぁ!? べ、別にそんな怪しい余所もんがなにするかなんて、興味ねーっツーの! 村の迷惑になるようなことしねーかどうか、俺が見張ってなきゃダメだなって思ってただけだってーの!」


 声を荒くしてずかずかとこっちに寄って来たバニンは、やっぱりそれほど不愉快そうな表情をしていなかった。

 バニンは先日に話した通り、俺が運び屋の準備立ち上げに時間を使っている間、トラックと荷物をそれとなく気にかけて見ておくと約束してくれた。


 頼むぜ、相棒。


トラックの中の荷物明細


・塩ビ配管及び配管接続資材

・鋼線入り樹脂ホース

・ブルーシート

・ゴムバンド

・スタイロフォーム、エアータオル等衝撃緩衝剤


・シュアラさんに教えてもらった食べられる野草、山の果実など

・バニンに貰った水と食料、キケの葉の粉末

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