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3 トラッカー、異世界で契約を取る

かなり好き勝手書いた部分なのでとっちらかって読みにくいかもしれませんが書いてる僕は楽しいです。

読んでるあなたも楽しんでいただけたなら幸いです。

途中、主人公以外の視点の一人称が挿入されますが混乱しないで頂けると嬉しいです。

ファンタジー要素強め回。

次回からお仕事要素強めの描写になるといいな。

 ☆


 タバコを吸い終わって運転席から出た俺。

 一人待っていてくれたゼレクくんに声を掛けられる。


「あれは、なにを口にしていたんだい? なにか煙が出ていたようだったけれど」

「精神安定剤だ。あれが最後の一本だった。体にも悪いし、ちょうどやめようと思ってたところだよ」

「キケの葉を煎じて飲むようなものかな。あまり常用すべきではないのだけれどね。山すそにそう言う葉っぱが群生している場所があるんだよ」


 この村でもドラッグじみたなにかがあるようだ。まあどんな文化圏でも、その類のものはあるか。


「それ飲みすぎるとどうなるんだ?」

「頭がおかしくなって死ぬのさ! 何年か前に奥さんと、4人いた子供を全員殺して崖から飛び降りた男が隣の村にいたよ! あれは痛ましい出来事だった……」

「いや、それは手を出しちゃダメなルールかなにかを決めるべきだろ……」

「痛みや不安を消す効能があるのだけれどね。もちろん僕や妹は飲まないようにしているよ」


 異世界も世知辛いな。ストレスフリーの社会なんてないってのはわかるが。


「で、俺はこれからどうしたらいいと思うね」


 短い時間の接触だが、なんとなくゼレクは信用していい男だと思ったので、右も左もわからない俺としてはこいつに相談するのが一番だと思い、聞いた。

 うーん、と顎に手を当てて考える素振りをするゼレク。


「ショウのしたいようにすればいい、と言いたいところだけれどね。なにせこんな辺鄙な山奥の村に放り出されて、自由も何もないものさ。村長も完全にショウに悪印象を持ってしまったようだし」

「逆に聞くが、シュアラさんやお前は、どこの馬の骨ともわからん俺に対して親切だなあ。他の村人たちみたいに警戒するのが普通だと思うんだが」


 俺の質問に、常に豪放磊落な力強い笑顔を保っていたゼレクが、微妙な苦笑いを浮かべて答えた。


「僕は一年の半分以上を、神への捧げものを調達するための旅に費やしているからね。村の中で暮らしている時間がそもそも短いのさ。だから他の者たちと考え方が違うのかもしれないな」

「海ヘビのキモ以外にもいろいろ買って集めてるんか」


 その割には荷物袋が小さかった気がするんだがな。

 厳選していいものだけを少量集めたのかもしれん。


「ああ、そうさ。だから山の中にある他の村にも頻繁に行き来しているし、山を越えて他の国に行き、珍しいものを見たり調べたり買い集めたりもしているよ。我らが神に少しでも満足していただくためにね!」


 なるほど、だから価値観が広くて開明的なのかもしれんね。

 出自の怪しい俺を前にしても動じない胆力は、経験から来るものなのか、元々の性格なのかいまいちわからんが。


「シュアラさんはどうなんだ。あの子はずっと村の中にいるんじゃねえのか?」

「妹は龍神の巫女としての務めを果たすために、村を離れて山の中にある神殿に籠ることが多いから、やはり村人との接触は少なくなるね。もう十八になるのに、村の中にほとんど友だちらしい友だちがいない。不憫なことだよ……」

「そうか。その割には捻くれたところがない、いい子だと思うがな」

「ははは、ショウもそう思うかい!? 兄としても自慢の妹だよ! 実は今回も旅の帰り道、村のみんなに内緒でシュアラだけにお土産を買って来たのだけれどね! 喜んでくれるといいな!」


 なんだかこいつは素直すぎて、話してると調子狂うなあ。

 シュアラさんが偏見なく俺に接する態度の持ち主である理由は、きっとこの兄ちゃんがいたからなんだろうなとは思うが。


 とりあえず俺はその晩、トラックの運転席で寝ることにした。

 ゼレクが村のみんなを説得して俺のメシや寝床を確保してくれると言っていたが、上手くいかない可能性もある。

 もし駄目だったとしても運転席にお菓子とかペットボトルのお茶は少し残ってたので、今日明日くらいは何とかなるだろ。いよいよとなったらカップラにお湯を注がずバリバリかじるし。

 

 そのあとのことは、そのあと考えよう……。

 とりあえず色々あったんで疲れたし、寝たい。


「この世界にも、月はあるんだな……」

 

 満月に少し足りないくらいのお月様に見守られながら、俺は眠りについたのであった。

 月の模様が、なんとなく俺の知ってるのと違う気がした。

 ウサギでもカニでもなく、キリンに見える。


 ☆


 ぽんぽん、とんとんとん。

 と、運転手席のドアが叩かれた。

 なんなんだよ気持ちよく寝てるときに。

 いや、寝心地いいとは決して言えない環境なんでそれほどでもなかったがな正直。


「入ってます。どうぞ」 


 まず日本の日常では使わないであろう受け答えをしてしまった。

 入って来られたら後ろの貞操の危機だからな。


「あ、あの……おはようございます。よく眠れましたか?」


 寝起きに聞きたい声現時点ナンバーワンの美声!

 寝ぼけまなこの状態で、シュアラさんにおはようって言われちゃったぜ!

 もう悔いはない! 俺の異世界生活、ここにピークを迎えた!!


「ああ、おはようさん。あれ、山の中に行ってたんじゃなかったっけ?」


 ドアを開け、冷静を装って返事をする俺。

 シュアラさんは神さまに報告連絡相談することがあるとか何とか、村にはいなかったはずでは。


「そ、そうなんですけれど、神殿に向かおうと出発したら、龍神さまがちょうど村にお降りになられたので……向こうの世界から来たショウさんに会いたいとおっしゃられたので、一緒に来ました」


 え、そんな簡単に神さまが村まで来ちゃうものなの、この世界は。

 運転席から降りて外に出ると、シュアラさんの隣になんかちっこい女の子がいた。


「へえ、アンタが外から来た人間なの」

「はあ、そのようです。東野星と言います。よろしく」

「こちらこそよろしく。このあたり一帯で崇められている神さまよ。ここらの山に住む民からは、水精龍王アイ、と呼ばれてるわ。呼び方なんて割とどうでもいいけど」


 ノリが軽いなー。そしてちっちゃいなー。

 って、かなりいい感じに中二病あふれる名前ですな、水精龍王さまとは。

 アイちゃんは身長171cmの俺より頭一つ分くらい小さい。

 目測だと155cmくらいか。

 運送屋をやっているからというわけでもないんだろうが、俺は物の大きさを一目でだいたいどれくらいかなと判別するのが得意だ。

 目見当から誤差2cm以内でだいたい測ることができるのだ。

 

 アイちゃんの髪は短めの銀髪で、やはり耳は尖っていて少し長い。

 しかしシュアラさんやゼレクの浅黒い肌とは違い、透けるような真っ白い肌を持っていた。

 胸は膨らんでおらず手足も細く、パッと見は外国人の美少年という感じだ。

 可愛いことは可愛い。それは間違いないね。


「龍の神さま、なんだよな?」


 どう見ても耳の長い外人でしかない。

 敬語も面倒臭いから放棄。

 いきなり食い殺されることはないだろう。


「ええそうよ。でも龍の姿のまま村に降りて歩いたら家とか林とかを薙ぎ倒しちゃうから、この姿で来たの」


 当然のことを説明させるなよ、といった表情で銀髪娘が言った。

 シュアラさんがその言葉に恭しく首を垂れる。


「神の慈悲深き御心に感謝します」

「ふふふ、そうよ、いつも神への感謝と畏怖を忘れないようにね。シュアラはとても優秀な巫女ね」

「いえ、私めなどまだまだ修行も足りず……」

「このアタシが認めているのよ。もっと誇りなさい」

 

 こしょこしょ、と神さまがシュアラさんの顎の下や首筋をくすぐりながら愛でる。


「あ、あン……神よ、いけません……」


 愛撫に反応してシュアラさんがもだえ、喘ぎ声を漏らす。

 眼福です! ありがとうございます! ここが桃源郷だったのか!

 って、なんか、仲のいい女子がじゃれついているだけのように見えるが……。

 この世界の神さまと巫女の距離感ってのは、こういうものなんだろうか?


「で、俺にわざわざ会いに来てもらったのは恐縮だが、なにか聞きたいこととかがあるんかい」


 ゆるい百合展開が続いてもらっても一向に構わないというかむしろ望むところなんだが。

 いやお金を払ってもいいくらいの気持ちではあるが。

 話が進まない予感がしたので俺は興ざめながらも神さまに質問をした。


「聞きたいことというか、話したいことね。アンタ、この世界のことは基本的になにも知らないでしょ?」

「確かに昨日ちょっと聞いたくらいで、正直なにがなにやらって感じではある」


 これからの行動の指針が、正直全くない。

 俺はここに放り出されて、いったいこれから何をどうしたらいいのだ。


「たまーにね、アンタのように向こうの世界から飛ばされてくるヤツがいるのよ。アタシが直接知ってるのはそんなにたくさんいないんだけど。千年くらい前にいたくらいかしら?」

「千年前って、そりゃずいぶん遠い昔の話だな。そんなにレアケースなのか?」

「そうでもないと思うわよ。仮に国、っていうかひとまとまりの地域が百あったとしたら、十年に一人はどこかに放り込まれる計算じゃない。アタシが会ってないというだけで。それくらいの頻度で、向こうの世界からこっちの世界に誰かが飛ばされてきていることになるんじゃないかしら」


 確かにそれはそうだ。

 この世界がどれくらい広いのかはわからんが、俺が普通に動いて苦しくも感じないということは、重力や空気の組成密度が地球と同じ程度だと考えることもできる。

 重力が地球と同じということは、体積や表面積、星全体の質量が地球と同程度なのではないか。

 だったら国と呼べる地域のまとまりが百や二百あっても不思議ではないな。


「千年前に来たやつがいる、って、神さまはそいつのことを覚えてるのか?」

「ええもちろん覚えてるわよ。確かヨシツネとか名乗ってたかしら。兄弟喧嘩とか親族のごたごたで逃げ回って殺されそうになってる最中に、こっちに飛ばされたみたいね」


 OH、義経伝説は異世界にまで羽ばたいていたのか……。


「でもいきなり異世界に飛ばされて、さすがの義経もきっと何もできなかったんだろうな」

「そうでもなかったわよ。山のみんなを扇動して、兵士として鍛え上げて、山を越えた隣の国に攻め込んだりしてたわ。元気のいいヤツだったわね」


 異世界に来ても義経伝説はやっぱりそう言うことになっちゃうんだな……。


「荒ぶる英雄、ヨシツネのおとぎ話は私も聞いたことがあります……山を越えた先で、その地を護る神に敗れたと。本当にあったことだったのですね」


 シュアラさんも知っているくらい、異世界でも源義経はメジャーな存在のようだった。

 しかし義経、やんちゃ過ぎるだろ。

 せっかく源平合戦のドロドロから離れて異世界で第二の人生のチャンスを得たんだから、波風立てずに大人しく生きてりゃいいのに……。


「そうそう。それで負けて帰って来たヨシツネを、アタシが食べたの。美味しかったわアイツ。だから忘れられないのよね」

「いやいやいや、食べたってそんな、あっけらかんと……」


 可愛い銀髪の中性的美少女が、しれっと人肉食を語る。サイコパスかな? 怖すぎンゴ……。


「だって山に住むみんなを焚きつけて、無駄な戦をおこして、何百人も死なせて成果もなく逃げ帰って来たのよ? 神であるアタシが首謀者のヨシツネを食べて殺さないと収拾がつかないじゃないの」

「この世界にはこの世界の理屈があるんだろうから、俺から余計な口を挟むつもりはないがな。神さまとしては、無駄だってわかってる戦を止めたりしてもいいんじゃねえの。義経や他の村人に、やめとけよって言わなかったのかよ」


 この山々に住む民草を護るのも神さまの仕事じゃねえのか。

 無駄な戦で犬死させてたらダメだろ。


「山や村に住むみんなが納得してやってることに、アタシが干渉する筋合いなんてないじゃない。戦いたければ好きにやればいいのよ」

「村に住んでる連中の自由意思を尊重した結果、ってことか」

「そうよ。あのとき、村のみんなヨシツネを受け入れた。彼を頼りになる棟梁だと仰いだ。彼が向こうの世界から持って来た知識や技術で、便利さや豊かさを手に入れた村がいくつもあったから当然のことね」

「戦争バカってだけじゃなく、ちゃんとカリスマを発揮してみんなの暮らしを向上させてたりしてたのか。さすがに歴史に名を遺した英雄は違うな」


 男子たるもの、そう言う生きざまに憧れる気持ちは少なからずある。


「でもね」


 明るい表情で淡々と話していた神さまの顔が、一瞬、険しくなった。


「戦を起こして負けた結果、山に住む者の数が大幅に減るってことは、アタシへの信仰が減るってことなのよね。だからその帳尻を合わせるために、アタシは義経を食べて力を回復しなければならなかったの。ヨシツネを殺したのはそれだけが理由じゃないんだけど」

「おいちょっと待て。村で聞いた話だと、俺らの世界から飛ばされた来たやつを神さまの生贄に捧げたって話は、少なくともこのあたりではなかったそうじゃねえか」


 俺もやっぱり食われちゃうの? 義経と同じ死に方って言えばなんかスゲエけどな。


「村のみんなは戦に負けてもヨシツネをかばったのよ。村にとって大事な親分なんだって、かなり慕われてたから仕方ないわね。だからヨシツネは生贄に捧げられたわけじゃないわ。アタシが神の意志として神罰を下したの」

「村のみんなが納得して義経をリーダーと認めてるなら、別に殺さなくてもいいじゃねえか」


 俺がなんとなしに言ったツッコミに、アイちゃんは顔を真っ赤にして反論した。 


「良くないわよ! アイツ、村の中にハチマンだかなんだか知らないけど、自分のいた世界の神のための祭祀所を建てようとしたのよ!? 戦に負けたのは軍神ハチマンへの信仰をこの山に住む民が持っていないからだ、とか何とか言って!!」

「八幡様か。日本ではそこそこメジャーな神さまだぜ。そこらじゅうに神社がある」


 日本全国に存在する八幡神社の神さま、八幡大神は日本の神さまの中でも屈指の軍神、武神という扱いだ。

 源氏一族は八幡神への崇敬が篤いので、源義経が異世界でも八幡神社を建立したいと願ったのは、不思議な話ではない。


「信仰がアタシの力、恐怖と畏敬がアタシの力そのものだから、この地で他の神様を祀られちゃ、商売あがったりなのよ! そもそもハチマンとかいうその神はどこにいる、どんなヤツなのよ!? 見たことないわよ! アタシはここにいて、ちゃんと神さまやってるじゃないの!! どうして姿も見えない、いるのかいないのかわからない神にアタシの縄張りを奪われなきゃいけないの!? むきーーーーーーーーっ!!」


 地団太踏んで千年前の思い出し怒りに支配されているアイちゃん。

 日本の神さまがどこにいるどんなヤツなのかってのは、日本人としておいそれと軽く表現できねえな、確かに。

 八幡神は応神天皇の神格化だから、全く絵空事から発生した神様ってわけでもなく実在とされる人物が元ネタではあるが。

 義経を含めて源氏や平氏ってのは古来の天皇の子孫だから、応神天皇はご先祖さまでもある。

 先祖を祀って何が悪いのかという話にも思えるな。


「神よ、どうか御心を安らかに……」

「つい取り乱しちゃったわ。まあヨシツネは美味しかったし、なんかあいつ、おかしな力を持ってたのよね。だからアイツ一人食べただけで、かなり力が蓄えられたのを今でも覚えてるわ。あれは、格別だったわ。またあんなヤツがどっかから飛ばされて来たりしないかしら……」


 恍惚とした表情で、ぺろり、と舌なめずりをした銀髪美少女。

 その微笑みに、俺は背筋が凍る感覚を覚えた。


 いや、しかし、待て。

 これはただの会話だ。言葉だ。

 俺はこの銀髪美少女が神さまとしての力を持っているという具体的な場面に出くわしていない。

 シュアラさんが横にいるから、そうそう俺を騙してホラ話でかつぐなんてことはないだろうと思っていたが。

 騙されていないという確証もないのだ。

 ただの邪鬼眼の女の子のホラ話に、心優しいシュアラさんが合わせてあげてるだけなのかもしれないぞ。

 そんな疑念を俺が持っていると……。


「向こうの世界から来たお客さん。アンタに考える時間をあげるわ。アタシの信者になって、アタシに守られてこの村で生きていくか。それともアタシの庇護を離れて、この世界の他の土地で生きていくか。好きにしていいのよ」


 そう言って銀髪美少女は、巨大な龍に姿を変えた。

 水だ。

 体が水でできた、角と翼の生えた龍。

 全長は20メートル以上あるだろうか。

 蛇のように長い胴を持った、まるで河川が獣の姿を持ってこの世にあらわれたかのような人知を超えた存在がそこにいた。

 腰を抜かして龍王アイが飛び去って行くのを茫然と眺める俺。

 恭しくかしずいて、神の御姿を見送るシュアラさん。


「私たちの神は、川や水の神であらせられます。川は命を与え、時に命を奪いもします。神を畏れ、敬い生きることは私たちの暮らし、そのものなのです」


 神さまが本当にそこにいて、まさに命を握られている。

 真摯に祈るシュアラさんを見て、俺は本当に異世界に来ちゃったんだなあということを嫌というほど実感した。


 ☆


 その夜、シュアラさんとゼレクに、少し散歩しようと誘われた。

 俺のトラックが停まっている場所から山道を少し登ると、景色のいいところに出るという。

 特にすることもないので俺は二人の言葉に従い、ハイキングと洒落込むことにした。


「結構歩くんだな……熊とか出ねえの?」

「出ないことはないけれど、まあきっと大丈夫だろう!」

「なんだよその自信は……」

「このあたりの熊は憶病なので、兄さんのようにうるさくしていれば滅多に近付いて来ないんです」

「ははは、せめて賑やかと言ってくれ!」

「村のみんなも、兄さんと話すときは三歩くらい離れるんですよ」


 熊避け&人避けオートスキル持ちのゼレクくんであった。

 妹からも普通にうるさいって思われてるんですね。哀れ。


 兄妹の微笑ましいやりとりを聞きながら山道を分け入り、一時間くらい歩いただろうか。

 木々の間からところどころ月明かりが漏れて降りているとはいえ、深夜の山林ハイキングは中々に苛酷。

 俺の前と後ろをしっかりサポートしてくれる二人がいなければ、まず無事に歩けない道のりだっただろう。

 

「さあ着いたぞ。どうかな、ショウ?」

「どう、って……いや、これは……」


 開けた視界の先、広がる景色に俺は言葉を失う。

 紅い月が、目の前に二つあったのだ。

 満月だ。

 空に満月が輝いている。

 その満月が、眼下の湖に映り込んでいるのだ。

 空と湖に、満月ふたつ。

 そしてはるか遠くにそびえる山々の頂。

 月の明るさで夜でも見ることができるんだな。

 いや、明るい理由はそれだけじゃない。

 月のすぐそばに大きく赤く光る星が輝いているから、真夜中だというのに月の周りだけが夕焼けのような染まり方をしているのだ。


「すっげえな、あの山のてっぺん、白くなってるのはあれは雪か? こんなに温かい季節なのに?」


 俺が飛ばされてきたこの山村は、木々の日陰が多いので日本の関東地方よりかはかなり涼しい。

 しかし半袖のTシャツに薄いウインドブレーカーを羽織れば夜でも十分過ごせるくらいの温かさだ。


「右に見えるのは永氷山えいひょうざんと言って……山の頂が一年中、雪と氷に覆われているんです。夜でも月があれば光って見えて綺麗でしょう? その隣にある台形の山は、ここから見ると山頂が平らに見えますけど、西にぐるっと回って見ると、不思議と山頂が尖って、まるで大きな杉の木のようなんです……」


 目の前にいくつも林立するそれぞれの山を、シュアラさんが一つ一つ丁寧に説明してくれる。

 山ガールなんだよな、文字通り。


「月のすぐ横に光る星は苺星と言ってね。赤く光っているから苺星。なんのひねりもない名前だろう? けれど、その正直な名前が良いと思わないかね!」


 そう言って、兄のゼレクがイチゴを俺に差し出す。

 歩きながら採ったらしい。その辺にたまに生っているそうだ。

 もぐもぐ。

 ……すっぱ!!

 しかし強烈な酸味の後に、爽やかな甘味が後味として残った。

 うん、これは中々いいな。ジンのロックと一緒にやれば最高かもしれん。

 酒なんてないが。


「今年のこの時期を逃すと、月と苺星が隣り合っている光景を見ることは出来ないんだ。シュアラ、次は何年後だったかな?」

「17年後よ、兄さん」


 ゼレクの質問にシュアラさんが即答する。

 シュアラさんの巫女の仕事の中には星読み、天体観測やこの世界なりの天文学も含まれているらしい。

 ただそれを抜きにしても、兄妹二人とも星が好きなんだろう。

 空に広がる星座の話をいろいろ教えてもらった。

 オリオン座も北斗七星も有名な大三角もない、俺が今まで知らない星空の物語を。


「……いいところだな。本当に」

「そうでしょう?」


 常にこっちの顔色をうかがっていたようなシュアラさんの、はじめて見るドヤ顔。

 うん、自分のベストプレイスを他人に自慢するときって、どうしたって自信満々になるよね。


「この場所を子供の時にシュアラに教えたのは僕なんだけれどね!」

「そう言う余計なことを言わなければせっかくのイケメンが台無しにならずに済むと思うぞ」

「ははは、手厳しいな! しかし、思ったことを素直に真っ直ぐ言ってくれるショウが僕は好きだぞ!」

「男に告白されても嬉しくねえ!」


 ふふふ、と笑いながらシュアラさんが俺とゼレクのやり取りを眺める。

 まさかシュアラさん、腐ってないよね? 信じてますよ?


「いいところに連れて来てくれて、本当にありがとう」


 綺麗な月と静かな湖。遠くに見える雄大な山々。かなり酸っぱくて、でもちょっとだけ甘い苺。優しい兄と妹。

 素直な気持ちで、するりと感謝の言葉が出た。 


「いえ……こんなことしかできなくて、ごめんなさい」

「妹がね、もし自分がショウと同じ立場、同じ境遇だったらと思うと、きっと不安で潰れてしまう、どうしても何かしてあげたい、と言い張るものでね! こうしてとっておきの場所を紹介しようと思ったのさ!」

「に、兄さんは本当にそうやって、余計なことも言ってしまうから……!」


 赤くなってうつむくシュアラさん。

 大方そう言うことなんだろうなと予想通りだが、その予想が当たっていたことが俺はとても嬉しい。


「あの神さまはなんかおっかねえけど、話すだけ話してみるか……」


 ゼレクとシュアラさんの心遣いに打たれた俺は、一つ、ぼんやりと心の中に浮かんでいたことを行動に移そうと決めたのであった。


 ☆


「呼んだかしら?」

「うわびっくりしたあ、どっから飛んできたんだよ」


 次の朝、相変わらずトラックの運転席で目を覚ました俺。

 昨日に引き続き、水精龍王アイちゃんの訪問を受けた次第である。

 今日はシュアラさんはいないらしく、アイちゃん一人だ。

 神さまだから一柱と言わなければいけないのだろうか?

 どうでもいいわそんなん……。


「今日はアンタの方から何か話があるんじゃないかなーと思って、わざわざ来てあげたのよ」

「そいつはどうも御足労をかけてしまい恐縮でごぜえますだ」


 神さま、意外とヒマなのかな?


「で、決意は固まったかしら。アタシに信仰を捧げて、この山で暮らす限りは、一応特典のようなものがちゃんとあるわよ」

「ほお、それはどんな」

「少なくとも、山の外から別の民が攻めて来て殺される、ということはありえないわ。アタシが撃退してあげるから」


 小さい胸を張って自信満々に言ってのける神さま。

 凄いことではあるんだろうが、平和な日本に生まれ育った俺にとって、いまいちピンとこないメリットであるというのが正直なところだ。


「こっちの世界に来た源義経は、他の土地を攻めて、そこを護ってる神さまに負けたんだったな」

「そうよ。むしろ負けたのに生きて山まで帰って来たことに驚いたわ。あんな悪運強いヤツは見たことなかったわね」

「俺はそんな大それた生き方をしようと思ってねえから、神さまに守られて山で生きていくことに特に不満があるわけでもねえんだが……」


 義経の気持ちがわかるというわけではないが、俺も日本人だしな。

 髪の毛の先から足指の爪まで、純度100%の日本の職業人なのだ。

 いきなり異世界に飛ばされてそこの神さまを信じろと言われてもピンと来ない。

 なにより、信仰や帰依より強固で明確な行動規範が、俺の中に存在しちゃってるんだよな。


「なによ、歯切れが悪いわね」

「ちょっと考えがあるんだ、まず俺の話を聞いてくれや」

「ふうん、いいけど。とりあえず聞かせてちょうだい。そのために来たんだしね」


 つまらなそうにポリポリと頭をかくアイちゃん。あくびまでしてやがる。


「神さま、今現在、なにか困ってることはないか? たとえば捧げものの品質とか、その分量とか、毎年同じような捧げ物ばっかりで少し飽きて来たなー、とか」


 俺の言葉に、アイちゃんの顔色が変わった。

 おっと、これは憶測からのカマかけが成功したかな?


「……ゼレクはよくやってくれてるわ。遠い国の珍しい、美味しいものを持ち帰って来てくれるし。山に住むみんなの、アタシへの信仰心だって篤い。何も不満なんてありはしないわよ」


 その割には千年近くも前に食った義経の味に、未練たらたらだったじゃねえか……。


「ゼレクはイイやつだし、きっと神さまのために頑張ってるんだろうなーってのは俺もわかるさ。その頑張りがもっと報われてもいいと思わないか? いいものを、たくさん、今よりも少ない労力で手に入れて村に持って帰ってもらえば、神さまも村のみんなも満足して安心して暮らせると思わないか?」

「そりゃあ、そうなったらいいとは思うけど」

「俺はそれを実現するための仕事をしたいんだよ。向こうの世界にいたときは、それが本職だったんだ」


 難しい表情のアイちゃんに、俺はさらにダメ押しをする。

 アイちゃんやシュアラさん、ゼレクの話を聞いて、俺はおかしいと思ったんだ。

 アイちゃんは神さまで、自由に飛び回れる力を持っている。

 それなのにどうしてゼレクがわざわざ遠い国まで行商人めいたことをして、大量とも言えない珍味、大海蛇のキモその他を買ってくる必要があるんだろうと。

 それはきっと、アイちゃん自身が海まで飛んでいくことはできないからではないのか。

 それどころか、おそらく自分の縄張りであるこの山々の一帯から出ることすらできないのではと俺は思ったのだ。

 だからゼレクが自分の足を使って他の地方や国を回り、珍しくて神さまの口に合う捧げものを用意しているのだろう。

 しかし村がゼレクの旅のために用意できる路銀、言ってしまえば予算には限界がある。

 ゼレクは村の中での農業や手工業と言った生産労働に従事していないので、言ってしまえば無職のフーテンだ。

 そのゼレクに村から予算を出して買い物の旅をさせてるんだから、結構な負担だぞ。

 それが十分にできるほど豊かそうな村にも見えなかった。あまり余裕のない感じだったしな。

 限られた予算で、遠くの国を時間をかけずに高速で周り、珍しいものを沢山買い揃えて村に帰って来ること。

 そんなことはまず不可能だ。それこそトラックや大型貨物船もないこの世界で。


「……今年、ゼレクや他の村の代表が祭りのために用意したものは、十全とは言えないけど満足のいくものだったわ。でもこの状況が長く続くようだったら、正直マズいとは思ったのよね」


 やはりというか当然というか、年に一度、山の中に点在する村の住人が集まって、龍神さま、この場合はアイちゃんなんだが、彼女を崇め讃え、大いに祝うための祭りがあるらしい。

 今年の祭りの開催に問題があるというわけではないが、なにせ人の往来が少ない山中の僻地である。

 人口減少や少子高齢化、若者世代の他の地域への流出といった問題がアイちゃんの縄張りであるこの山々で発生しており、住民全体の信仰心も捧げものの量と質も、年々下がる一方だという。


「マズい状況が続くとどうなるんだい。神さまパワーが下がるとか?」

「ええそうね。お腹が空いて、見境がなくなって、村のみんなをアタシが食べちゃうかもしれないわね」

「え。ちょっと待って。なにそれ怖い」

「だってアタシ、そもそも祟り神だもの。言ってなかったかしら」


 畏怖されるべき存在とは言っていたような気がしたが、言葉の意味通りかよ。


「いい機会だから聞きなさい。せっかくこの地に飛ばされてきたんだから、この地の神話みたいなものを知っておいてもいいんじゃないかしら」

「ここで言う神話ってのは要するに神さまの自分語りってことじゃねえか……」


 神話という言葉の意味が俺の中で崩壊しつつあった。

 以下が、アイちゃんの語った山の神話である。


☆ ☆


 アタシの話かもしれないし、そうじゃないかもしれない、昔々のお話よ。

 それこそ、ヨシツネがここに来たときよりも、さらに何千年も前の話。


 この山に移り住むことを決めた民がいたの。

 他の土地で争いに負けて逃げて来たのね。

 でも彼らが定住するためには、毎年発生する台風が原因の、川の氾濫や土砂崩れをどうにかしないといけなかった。

 あと春になって大量に流れ込む雪解け水もね。

 どんなところに住もうと、水利、治水は重要課題でしょう?

 真水がなければ生きてはいけないんだし。

 村を作って便利な真水を確保するためには、河川の氾濫という危険が常につきまとうから。


 堤を作り、堰を作り、あふれる水を逃がすための溜池を作り。

 何年も、何世代も彼らは暴れる河川と格闘したわ。

 時に勝って、ほとんど負けて、疲れて、そうして彼らは一つの方法を思いついたの。


 なんとびっくり、くじ引きよ。

 毎年、くじ引きで選ばれた者が、大地への捧げものとして生きたまま滝壺に落とされたわ。

 手足を縛られてね。

 その中には運命を恨んで死んだ者もいれば、自分をこんな目に遭わせた村のみんなを憎んだまま冥府へ落ちた者もいれば、世界を呪って命を終えた者もいた。

 ある女の子は足に治らない怪我を負ってしまって、もうこの子は村の厄介者だからと、崖とも言える高い滝から落とされた。

 体がどんどん冷たくなって行って、それでもその女の子は自分の憤怒と激情を消さなかった。

 結局その子は死んだのかしら? それとも、なんとか運よく生き延びたのかしら?

 わからないくらい曖昧な時間と空間のはざまにその子はいた。

 生も死も分からない境地、此岸なのか彼岸なのか。

 ただハッキリしているのは心の中で無限に膨れ上がる、怒りと憎しみだけ。

 滝壺には、きっと今まで落とされた者たちの怨嗟が、沈んで溜まって残っていたのかもしれない。

 そうしていつしか女の子は、川や滝、暴れる水そのものになっていたわ。

 まず手始めに自分の生れた村を洪水で呑み込んで皆殺しにした。

 まだ幼かった、自分の妹と弟だけを残して、ね。


 ☆


「めでたしめでたし」


 アイちゃんはそう言って話を締めくくった。

 神話の内容を信じるのなら、この山に住んでいる民の大部分は、祟り神の妹と弟を先祖に持つということになるんだろうか。

 たった一組だけ残った男女なんだから。

 兄弟姉妹婚とか、神話の世界なら確かに珍しくもない。

 イザナギとイザナミだって兄妹だし。

 愛する妹と弟の子孫たちなら、守ってやろうと思うのもわかる。


「その話を聞くと、守り慈しむ側面と、裁いて祟って殺す側面と、異なる性質が同じ神さまの中にあるってのは納得できる気もするな」

「神さまってのは複雑な存在なのよ」


 どこかつまらなそうな、達観したような表情でアイちゃんは言った。

 話を聞き終えて、無言で空を見る。

 山の中にある村だということで標高が高いのだろうか、雲が低く感じる。 

 それでも朝日はまぶしく、目に刺さるようだった。


「……」

「なによ黙っちゃって。怖い話で背筋が震えちゃったのかしら?」

「いや、可哀想な話だなって思ってな……」

「やめてよ同情なんて。アタシは神様なのよ。恐れて崇めて敬いなさい」


 うーん、やはりピンと来ない。

 俺の思っていることを正直に、真っ直ぐに言おう。

 それで神さまを怒らせて殺されたとしても、仕方ないさ。

 もともと死んだような状態でこの世界に飛ばされてきたんだ。


「俺はやっぱり信仰とかは不信心なもんで、いまいちよくわからねえよ。でも、神さまの話、この村の話を聞いて、この神さまのために、この村のために仕事がしたいって思ったよ」

「なによそれ。信心がないなら、アタシの対応も厳しくなるわよ。いくらこの村のために働きたいって言ったところで、役に立たないと思ったら、アンタを食い殺しちゃうかもしれないのよ」

「ああ、仕事ってのはそう言うもんだからな。そこは仕方ねえと思う。だから俺と契約してくれ、神さま」


 俺は仕事の出来次第では、俺が生贄になって殺されるかもしれないという契約を、この世界の神と結ぶ。

 信仰心の乏しい無宗教日本人の俺が、飛ばされた先のこの世界で生きて働くということは、そう言うことなんじゃないかと自分で思ったからだ。


「次の祭りには間に合わないと思うが、その次の祭りはいつだ?」

「次の祭りは今準備してるからもうすぐね。その次は来年の夏よ」

「じゃあそれまでに、いやそれ以降の祭りからずっと永遠に、毎回確実に、大海蛇の肝に並ぶくらいの捧げものを安定的に、今よりたくさんの数、たくさんの種類を提供できる経路を俺が開拓して確立するぜ」


 期限は1年とちょっと。

 怪訝な目つきでアイちゃんが俺を見る。


「アタシは無理だと思うけど、やってくれるならそれは確かにありがたいわね」

「だろ?」

「でも、出来なかったらアタシはお腹空かせて待ったのが無駄になるわけでしょ。アンタを食っても大した足しにはならないと思うけど、それでも躊躇なく食い殺すと思うわよ。腹いせとかじゃないのよ。神さまとして、そう言う側面を見せないと他のみんなに示しがつかないって意味でね」

「ああ、それは十分に承知したぜ」

「わかってるならいいわ。アンタと契約してあげる。せいぜいいい仕事をすることね」


 契約が履行できなければ、俺は水精龍王さまの生贄になる運命が、確定したのであった。

 期限は1年。

 さあ、やらなきゃいけないことは山ほどあるぞ!

 異世界物流イノベーションの始まりだ!

トラックの中の荷物明細


・塩ビ配管及び配管接続資材

・鋼線入り樹脂ホース

・ブルーシート

・ゴムバンド

・スタイロフォーム、エアータオル等衝撃緩衝剤

・シュアラさんに教えてもらった食べられる野草、山の果実など

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