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2 トラッカー、荷物を確認する

楽しんでいただければ幸いです。


「ではシュアラ、さっそくで悪いけれど神殿に赴いて、我らが神にお伺いを立てて来てもらえるだろうか? この僕が持ち帰った神饌が、神の御心にかなうのかどうかを!」


 無事に大海蛇のキモだかシラコだかメフンだか知らないが、非常に貴重な珍味を持ち帰り務めを果たしたゼレク。

 しかし龍神さまのジャッジが下り、祭りにふさわしい捧げものとして認められるかどうかという正念場がこれから待っているようだ。

 シュアラさんは文字通り、神さまの声を聞いてそれを村人に届ける、巫女の役目を負っているわけな。

 

「は、はい、それはもちろんなのですけれど……その……」


 ちら、とシュアラさんが拘束されっぱなしの俺を見る。

 気にかけてくれてありがとう。

 つられてゼレクも俺の様子を改めてじっくり確認し、言った。


「ああ! 聞けばそちらの彼とともに、不思議な箱が村の近くに現れたと言うではないか!」

「う、うむ、しかし中身もわからなければ、開け方もわからぬ有様でな……そもそも近寄って害のあるものかどうかすらわからぬのだ」


 村長が俺を睨みながらなにか言っているが、あんたらの警戒心が強いのは俺のせいでも何でもないぞ。俺は悪くない。無実だ潔白だ。

 そもそも危ないものなんて入ってないし……いや、取り扱い方にもよるけどね?

 得体のしれないものの扱いに慎重になる事情だけはわかります、はい。

 俺と村長が微妙な表情をしているのを見て、話を進めるためにゼレクが提案した。


「どうだろう、シュアラが神殿に行って帰って来る間に、村の皆でその箱に何が入っているのか、彼に見せて教えてもらうというのは?」

「俺は縄を解いて自由にしてもらえるなら最初からそうするって言ってんのに、そこのオッサンが聞き分けてくれねえんだよ」

「村長なりに村のことを思ってのことなんだ、悪く思わないでくれたまえ! こんな扱いをしてしまい、誠に申し訳ない。乱暴を受けたりはしなかったかな?」

「大半の時間は寝てたから痛いとか苦しいとかはあんまり無かったがな」


 ゼレクが俺の自由を奪っていた拘束具をほどいてくれた。

 俺の体を立たせるのを手伝ってくれて、衣服についた土や泥もぱんぱんとはらってくれる。

 存在感がでかくて鬱陶しいところもあるが、気遣いのできるいい男だ。

 きっと将来出世できるだろう。

 イケメンは全てこの世から消え失せるべきだがな!


 ☆


 さて、残念なことだがシュアラさんは龍神さまに報告することがあるというので、山の中腹に建っている神殿とやらに行ってしまう。

 明日の早朝には出発しなければいけないので、今日は早めに自宅に戻って身支度を整えるとのこと。

 数日は戻らないらしい。しばしのお別れ。

 俺はゼレクや村長を含めた村人たちを引き連れて、とりあえずトラックと荷物が無事なのかを確認することになった。


 村は山々に繁る森の中に隠れるように存在しており、周囲の景色は全く開けていない。

 俺あ一人で歩いたら確実に遭難するな。

 一応、踏み固められた道らしきものはかすかにあるが……。 


「このあたりは樹木や岩石を採る作業場なんだ。小川があるだろう? その傍らにきみは倒れていたようだよ」


 ゼレクが案内して説明してくれる。なるほど確かに樹木を伐採した跡や、山を削って土や石を採掘した形跡のある開けた場所に来た。採れたものを村の建物の材料にしているのかな。


「この川は村の中まで流れてるのか?」

「ああそうとも。だからここで伐採した樹木はそのまま川に流して村まで運べるのさ。と言っても川幅が狭いから、途中で引っかかったり挟まったりはしてしまうのだけれどね!」


 村長も他の村人も積極的に俺にコンタクトを取ろうとしないので、もっぱらゼレクくんだけが話し相手である。

 

 森の中は蝉が沢山鳴いてる。ウィンウィンウィンWINWINって。意識高い蝉なんだな。

 小川の水は澄んでいて、魚やカニの姿が見えた。

 体感気温的には23度前後と言ったところ。

 木々で太陽の光がさえぎられているので涼しく快適だ。小さい羽虫が多いのはウザいが。


「おお、会いたかったぞ我が愛車よ……」


 そんな山の中、少し開けた原っぱに、俺が乗っていたトラックが鎮座していた。

 傍らには池と言うか沼らしき水場がある。そこに車が入ってなくてよかったよ。

 白い車体の2トントラックだ。荷台は完全に箱として密閉されているタイプで、後部の扉を両開きにして荷物を出し入れする。

 うちの会社にはもっと大きな車も数台あるが、それほど大きくない荷物を遠くに運ぶときなんかはこのクラスの車が便利である。

 特に俺は従業員ドライバーとは違い経営者サイドなので、普段は電話やメールでお客さんの相手をしたり、パソコン仕事や書類仕事をしたりすることが多く、大きな車で大口の荷物を受け渡しする作業にあまり入らないことが多い。

 その代り、突発的な小規模、中規模の配送が発生して他のドライバーは手が空いていない、というときに、俺が車を出して荷物を届けることが多いのだ。

 このやり方だって合理的な面とそうでない面があり、きっと改善しようと思えばいくらでもできたんだろうが、今言っても仕方のないことだな。


「これはまた美しいな……見事に均整、調和のとれた構造だ! ショウ、これはやはり、なにかの神器や聖遺物を収める箱、ということなのだろうか!?」

「いや、別にそんなありがたいものを運ぶ機会はないが……」


 ゼレクは俺のトラックを見てかなり興奮している。ところで凄く気軽に名前を呼ばれましたね今。

 距離感の近い男だ。他の村人とこいつと、なにがどう違うんだろうな。


 とりあえず車体も荷台も無事には見える。

 この車がどういう状況でこの世界に飛ばされたのかは全く謎だが、横転していたり頭から地面や川に突っ込んでいたり、樹の股に挟まってたりしたらお手上げだったわ。

 荷台の扉は手動で開けるタイプだ。

 ぎっ、ぎっ、と金具のロックを外し、さあ、御開帳ーーーっ。

 遠巻きに見ている村人たちがざわざわして不安そうだ。


「傷とか破損は、なさそうだな……とりあえず良かった」


 いつか元の世界に戻ってこの荷物を無事に客先に……ということになるかどうかはわからんが、とりあえず壊れてないならラッキーだ。

 荷台の中の荷物を村人たちも恐る恐る覗き込んでおり、ざわめきが大きくなった。

 そこには、荷役パレット(工場や倉庫などで使われる板)に乗せられた、三相三線200Vモーターポンプがドンと佇んでいた。

 荷台にはほかにもいろいろと乗っているんだが、俺がこの世界に飛ばされる際に仕事で走っていたのは、このモーターポンプとその他部品や資材を北関東の工場に届けるためだったのだ。


「これは、いったい何をするものなんだ……?」

「水を大量に汲み上げたり吐き出したりする機械だなあ」


 村長のつぶやきに、俺は淡々とした口調で答える。

 積み荷の中には、ポンプに接続するホースや配管もある。

 届け先の工場では仕事中に薬品や油で汚れた水が日々大量に出るような業務をしている。

 その汚水や汚泥はそのまま下水に垂れ流すことはできない(法律で罰せられるからね!)ので、工場外の地下に掘った汚水層と呼ばれるコンクリートのプールに一度溜めておく。

 溜められた汚水は、重い異物がヘドロとして沈み、水や液体薬品や軽い油は上澄みになる。

 その上澄み部分が浄化設備を通してもう一度工場内で使う水として循環される。

 下の方に溜まったヘドロや異物は、産廃業者に持って行ってもらって処理してもらうということをしているはず。

 その上澄みを汲み取って浄化浄化層に送ったり循環させるポンプだな、これは。

 古くなったから更新するという話だったはずだ。

 俺は工場関係者でも電気設備関係者でもないので、荷物を受け取ってもらったらその後のことは関係ないが、情報としてその程度のことは知らされていた。


「水を……」

「大量に……」


 どよめく村人たちから、なにか期待の眼差しを向けられている気がするんだが……。


「この道具ひとつでそんなことができるのかい!? 大量というのは、どのくらいなんだね?」


 ゼレクもさっきまで以上にテンションを上げて俺に詰め寄って来るが、顔が近いのは勘弁してくれ。


「そこにある沼の水くらいなら、半日もかからないで全部吸い取れるくらいだ」

「そんなにかい!?」

「これはドロドロねばねばした液体でも構わず搬送するタイプのポンプだからな。配管が詰まったり吸い込み口やコンプの羽にゴミが挟まらない限り、かなりの勢いで池や沼の水なんて抜けると思うぞ」


 確か似たような型式のポンプで、アスファルトに使うコールタールとかを吸い上げたり吐き出したりしてたはずだ。それ関連の会社の荷物を配送した記憶がある。

 あれだけドロドロしたものを大量に搬送してるんだから、かなりの負荷がかかっても大丈夫な設計をしているんだろう。


「井戸の水をもっとたくさん汲めるのか……?」

「いや、川から支流を作って村の隅々に清水を流せるかもしれないぞ……!」

「す、すごい、そうなればどれだけ日々の仕事が楽になるか」


 村人たちのテンションが徐々に上がっていく。

 理解力の高い連中だな。


「だがなあ、重さ100キロ超えてるから、荷台から降ろすの危ないぜ。持ち上げて下で受け取ろうとしても、怪我をする可能性が高い」


 フォークリフトなんて当然ないからね。

 トラックの中にハンドリフト(人力で荷役パレットを移動することができる器具)は積んでるが、まず車から降ろせないなら意味はないしな。

 なにせ鋼鉄でできているモーターポンプなので、体積が小さい割に重さがかなりある。

 体積が小さいということは、たくさんの人数で抱えるための持ち手、とっかかりになる面積が少ないということでもある。

 適正な作業環境が確保できない以上、労災の危険性が高いのでこの荷降ろし作業は東野通運専務取締役として許可できません!


「持ち上げて降ろしながら受け取るのが難しいほど重いのなら、いっそのこと縄で引っ張って地面に落としてしまってはどうかな?」


 荷物を見ながらなにやら考えていたゼレクが言った。

 いやいや、壊れるだろ、滅茶苦茶なこと言いやがるなこの兄ちゃん、と思ったが……。


「下がクッションになってれば、落とすのもアリかもな。そうそう壊れるようなヤワなものじゃねえだろうし」


 クッション材になりそうな草木や枝葉は、山の中だから大量にある。

 これを荷卸し口の近くに大量に構えて、モーターを縄で結んだ。

 水を汲み上げる道具、と聞いてゼレクの他にも何人かの村人が協力的な態度になったので、彼らと一緒に綱引き。オーエス、オーエス。

 ぼふーん、と柔らかく重々しい音を立てて、俺たちはトラックからモーターポンプを降ろすことに成功したのだった!

 これでもかと大量に草を積んだおかげで壊れたような嫌な音もしなかった。めでたい。

 東野星、異世界ではじめての荷卸しを現地民の協力の下、無事故で成し遂げました!

 トラックの運転席に納品書受領書の類があるんだが、それが全く発生しない荷卸しなので気分は複雑である……。

 だって、これでお金を稼いで生活してたわけだからね、俺。

 お金の発生しない荷卸しをしちゃったよ。手間ヒマと体力使って。

 物流イノベーションからはほど遠い行動である。


「この不思議な形の持ち手のついた爪のようなものは荷車なのかな?」


 ゼレクくんはハンドリフトに興味津々のようだ。

 こちらは落としたりせずに普通に手渡しで降ろした。

 ハンドリフトは平らな床でないと作業性が格段に悪くなるので、山道では基本的に活躍できないと思うがな。


「とにかくみんな怪我もなく荷物が降ろせてよかったぜ。ご協力に感謝します」

「ははは、いいってことさ! まあこれだけ重いものを村まで運ぶのもまた一苦労だろうけれど、それはおいおい考えるとしよう!」


 ゼレクが汗を手の甲で拭いながら豪快に笑う。

 地面にさえ降りてしまえば、あとはパレットと丈夫な棒かなにかを組み合わせて神輿のように運べば、時間はかかるがそこまで危険を冒さずに村まで運べるだろうな。

 みんないい笑顔で笑っている。労働の後の汗と笑顔はいいものだ。山に響く小鳥や虫たちの鳴き声も、俺たちの苦労をいたわってくれているかのようだ。 

 

 ただひとつ。

 残念なことがある。

 これから俺は、彼らの期待に氷水をぶっかけることを言わなきゃならないのだ。


「でもこれ、電気がないから使えねえよ」

「は?」


 一同、真顔。

 しばしの絶句、静寂。

 電気という言葉は理解できてなくても、使えないという重大な事実は先に伝わったようだ。


「ど、どういうことだ! ならこれは、役に立たないということか!! さんざん苦労して降ろしたのはなんだったんだ!」

 

 村長、激昂。げきおこぷんぷん。

 あんた、肉体労働に参加してないがな?

 後ろで腕組んで見てただけだったよね?


「せめてモーターとポンプが一体型じゃなくて分離してりゃあ、ポンプ部分だけでも手動で動かせたかもしれねえがな」


 ポンプというのはつまるところ中の羽が回転することで水や空気を吸ったり送ったりする機械である。

 中の羽さえ回れば搬送はできるので、例えばポンプの回転部に自転車のペダルのように足で扱ぐ機構を取り付ければ、ダイエット&体力づくりのついでに水を汲んだり吐いたりするポンプの完成だ。

 その動力はもちろん水車でも風車でも可能だが、とにかく回ればいいのだ。

 しかし俺が運んだポンプはモーターと一体型なので、分解しないとポンプの羽を手動で回すことすらできない。

 モーターが回らない以上、ポンプの羽も回らない。

 結論として役に立たないのである。


「や、やはりこいつのような怪しいやつは生贄に捧げるべきなのだ! 全く意味のないことで一日が潰れてしまったではないか!」

「ははは村長、あまり頭に血を登らせるとまためまいを起こして倒れるぞ」


 ぎゃあぎゃあとやかましい村長の相手はゼレクに任せるとして、俺は運転席や助手席に、このモーターを分解できる工具があるかどうか確認する。


「六角レンチとモンキーさえあれば行けると思うんだがなあ……あ、モンキーとパイレンはあるな」


 いくつか使えそうな工具を確保。

 そう言えば車のエンジンや足回りが無事かどうかを確認してなかったな。

 車のキーは刺さったままだった。

 回す。ぶるるん、ぶるるん。

 おお、エンジンかかるぞ。良かった車そのものも無事だ!


「う、うわー! 煙が!」

「な、何だこの匂いは! 毒だ! これは毒の煙だ!!」


 外が騒がしいが、なんか楽しいから俺は思いっきりアクセルを踏んで空ぶかしした。

 人が近くにいるときの空ぶかしは推奨できない行為です! 皆さんはマネしないように!


「に、逃げろー! やはりあの男は悪魔だ! この村を滅ぼす存在だ!!」


 遠ざかる村長の叫び声を聞きながら、俺は車に残っていた最後のタバコをゆっくりと吸ったのであった。

トラックの中の荷物明細


・三相三線200Vモーターポンプ(荷卸し済み)

・塩ビ配管及び配管接続資材

・鋼線入り樹脂ホース


・ハンドリフト(卸し済み)

・ブルーシート

・ゴムバンド

・スタイロフォーム、エアータオル等衝撃緩衝剤


・煙草(消費済み)

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