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サラリーマン漂流記  作者: Lin
1/1

第一話 異世界転移と王女様

  はっ!


  俺は咄嗟に跳ね起き上がった。


「はぁ...はぁ...えっ?」


  俺は今の状況が理解できなかった。

  先程まで俺は銀行にいたはずだ。瀕死の重症を負って、死まで悟った。


  それがどうだ、今俺はベッドの上に仰向けになって寝ている。ふかふかの高そうなベッドにだ。

  掛け布団はとっても暖かい。赤と黄土色のまだら模様が一面に広がっている。

  おそらく寝室だろう。


  壁にはウォークシェルが2つ、3つ掛けられており、高級なお皿やポット、茶碗やコップといった食器が並んでいる。

  天井も掛け布団と同じ赤と黄土色ほまだら模様が広がっている。相当高級なものであろう。

  すぐ左手のテーブルに赤色のランプが置いてありそれがこの部屋を照らしている。

  そして服はサラリーマンの象徴である黒のスーツの姿はなく、純白のローブのようなものを着ていた。





  ......はっきり言おう。







  ここはどこだ。



  少なくとも俺が知っているところではない。病院ならこんな高級な布団の上にいるわけがない。眩しい白色の蛍光灯と左肘の裏にうたれている点滴が見えるはずだ。

  いや、待て。そもそも俺は助かったのか?生きているのか?


  その疑問を晴らすため、俺は左の頬を思いっきり抓った。



 ......痛い。


  痛覚がある証拠だ。だが確信がない。

  次に胸に手を当ててみる。

  ドクン、ドクンと微動だが鳴っているのが確認できた。



  俺は生きている。

  あの瀕死の状態からどうやって...。

  そういえば、お腹はどうなんだろう。5発も銃弾をくらってぐちゃぐちゃになったお腹は。


  恐る恐る、ローブをまくってお腹を見た。



  ...治っている。


  いつも通りのお腹だ。それも不思議なことに縫われた形跡もない。


  どういうことだ?手術をしたのであれば糸で縫い合わせて傷口を塞ぐはずなのに。その塗った跡がない。

  触ってみるとさらさらな肌触り、硬い感触は一切せず同じ感触が常に伝わってくる。



  不思議だ。やはり夢なのか?

  だが痛覚はするし心臓だってちゃんと動いている。考えられない、こんなことが。ありえるのか?


  そう考え込んでいると、右手奥から声がした。


「失礼しますぞ」


  年老いた声だ。ドアが開き、奥から1人の老人が入ってきた。

  白いヒゲを伸ばしたおじいさんだ。黒のタキシードらしき制服を身にまとい、丸渕眼鏡を掛けている。

  目が合った。

  そして老人の顔は急に変わった。


「おお!目覚めましたか!!はあ...よかった...!」


  老人は安堵の息を吐いた。


「これはすぐに知らせないと。今からお嬢様をお呼びします、少々お待ちください」


  そう言って、一度部屋を跡にした。



  ...知らない。

  俺はあの老人を知らない。初めましてだ。

 おそらく向こうもそうであろう。

  それにお嬢様という言葉、あの老人は執事という立場だろうか。

  分からない。いったい、何が起きているのか。



  2分くらいして、またドアの方から声がした。


「失礼致します」


  今度は女性の声だ。柔らかく、とても心地よい。例のお嬢様であろう。


  ドアが開き、コツコツと足音が大きくなる。そして彼女の姿が現れた。


「まっ...本当に目覚めていらっしゃる...!よかった...あ、まだ起きないでください。傷口が開いたら大変ですから...」


  俺は彼女の手に押され、再びふかふかのベッドに仰向けになった。手が温かいしそれも優しい。



  それにしてもかわいい。どんな人物だろうと気になっていたが想像以上だ。

  光に照らされて輝く茶髪のポニーテール、やや薄い紺色の髪結びをしている。縛った先の髪の長さはそこまで長くはなく、首までは届かなかった。

 赤色のドレスを身に纏っている。ところどころ宝石らしきものがはめ込まれており輝きを放っている。

  黒色の瞳、スッキリとした小顔、そして何よりもそのはにかんだ笑顔が俺の心を貫いた。


  俺をベッドへ寝かしつけると、お嬢様らしき女性はすぐ側にあった椅子に腰掛けた。執事がサポートをしようと声をかけたが手をあげて止めた。その執事は俺からみて彼女の右斜め後ろに直立不動で立っている。



「あの、ここは...」


  俺は第一の疑問を投げかけた。

  ここはどこなのか、そして君たちは何者か。

  状況を理解しないと整理ができないからな。


「おや、もしかしてこの国の住民ではないのですかね。ここは王宮の特別寝室にございます。貴方様が倒れているのをシアお嬢様が発見し治療の上この寝室に寝かせておりました」


  真っ先に答えたのは執事の老人だった。


「倒れているって、どこで...」

「城下町の隅の壁に座っていたのです。始めはまた住民の寝不足かと思ったのですが、腹から大量の出血を確認したので急いで治癒魔術(リペア)をかけたのですが、貴方様の意識がなかったのでこちらの方で安全を確保したまでです」


  まるで意味がわからない。


「あの、あなた方はいったい...」

「あら、そういえば自己紹介がまだでしたね」


  お嬢様らしき女性は一度椅子から立ち上がると見たことがないお辞儀をした。

  赤いドレスの裾を両手で少し上に引っ張り、左足を組むように右にスライドさせて、ぺこりと一礼。


「私は『シア・アルステッド』。カーヴァー王国の第82代目の王女でございます。以後、お見知りおきを。こちらは執事の『テムース』です」

「シアお嬢様の執事を努めさせていただいております『テムース』です」



 .........はい?



「......おう......じょ?」



  俺はまた理解をするのに時間を有することになった。










 -----------------------------------------





  話をまとめた結果はこうだ。


  俺は銀行強盗の件で重症を負い、死を悟ったがその瀕死の状態の俺をたまたま散歩という形で歩いていたシア王女が発見したらしい。

  それも銀行ではなく城下町でだ。だが治療をしても俺が起きないのでこの国「カーヴァー王国」の王宮の特別寝室にて眠らせていたらしい。

  それで俺が覚醒し、今この状況だそうだ。


  知らない。カーヴァー王国など知らない。シア王女という名前も、そしてテムースも。俺は何もかも知らない。

  ん、ちょっと待てよ。

  まさか...?

  そんな1つの仮説が俺の脳裏を横切る。


「しかし、物凄い出血量でした。危険領域(デッドゾーン)4.9、あと10秒、治癒魔術をかけるのが遅ければあなたは本当に死んでいたでしょう」

「は、はあ...」

「何か、覚えはありませぬか?もしこの住民による被害でしたら厳粛な制裁が必要でしょう」


  そう言われて思い出してみる。

  お金がなくて銀行に立ち寄ったこと。

  銀行強盗が現れたこと。

  3歳の女の子を踏みつけて俺がブチギレたこと。

  腹に銃弾をぶち込まれたこと。

  だが、まさかの仮説に基づいてこのことを話しても彼らは信じるのだろうか。


「...いや、おそらくここの住民ではない」

「そうですか...ではいったい誰が...」

「テムース、そこまでにしてあげてください」


  シア王女の注意にテムースは唾を飲んで話すのをやめた。

  頭をぺこりと下げ、一歩後に下がる。


「そういえば、あなたのお名前を伺ってませんでしたね。安心してください。私たちは味方です」


  シア王女はそう言って少し俺の方に近寄ってきた。

  しかし、俺はある1つの仮説を元に、この事例を話すか話さないべきか悩んだ。もし話したところで 彼女たちがそれを知っているかどうか。そこが1番の疑問ではあった。

  でも、名前だけは名乗っておくか。それと、少し試してみよう。


「俺は、『八郎』。サラリーマンだ」

「さ、さら...?」


  シア王女とテムースは首をかしげた。

  ......やっぱりな。


「八郎様と仰いますのね」

「ええ」

「帰る家とかはございますか?」

「......ない」


  帰る家という言葉がさらにその仮説を本気にさせた。

  知らない国、知らない名前。それらを聞いて帰る家があるかどうかと言われたら、ないと言うしか他にない。


「では、しばらく私の元で過ごしませんか?」

「...そうします」


 俺は即答した。家がないならここに住むしかないと。

 何かしら決意したのかもしれない。帰る方法を見つけるまで俺はこの世界を生き延びるということを。



  しばらくして、シア王女とテムースは立ち上がった。


「では、私たちはこの後披露宴の方に参らねばなりませんので一度失礼致しますね。また参りますので詳しいお話をお聞かせください」


  と言って2人は部屋を後にした。

  特別寝室に再び静寂が訪れた。


  さて、先程から言っていた1つの仮説のことについて話そう。















  異世界転移だ。


  カーヴァー王国、シア王女、テムース。この3つの単語でまず、ここは本来の地球ではないことを予想した。信じたくはなかったがおそらく予感は的中しているはずだ。


  何より銀行で倒れていたのになぜ城下町で発見され、そして王女と話をしている。この時点で普通ではありえないことだ。夢でも見ているかと思ったが、現実だ。今起きていることに過ぎない。

  まず病院のベッドで目覚めて看護婦と話してそして医者だろ。普通はそれが正しいのだ。仮に死んでいなくて助かっていたとしても。


  また「治癒魔術(リペア)」もその1つだ。魔術という単語はファンタジー世界においては必要不可欠なもの。空想(ファンタジー)現実(リアル)をはっきりさせたのが魔法(マジック)だからな。仮にもし魔法が存在しているとしたら、それこそまさに異世界転移という仮説が本当ということになる。おそらく俺の腹を治したのもこの治癒魔術にすぎない。


  そして1番証拠として決定づけたのはサラリーマンという単語を知らなかったことだ。おそらくこの世界にはサラリーマンという職業どころか概念すら存在しないことになる。普通の日本人ならちっこい子は除いて誰しもが分かる言葉だからな。


  まあ、まだ信じるのは早いかもしれないが、一応俺は名も知らない異世界に飛ばされたのだろう。そういうこと意外にありえない。全てを悟ったのだ。


  だから先程の件を話しても彼女たちはそれを信じるわけがない。というか、異世界転移をした、なんて話をしだしたら余計分かりづらくなる。別世界からやってきた人間と言ったら彼女はどう解釈するだろうか。


  しかし一つ謎もある。それは日本語が理解できたということだ。彼女たちが放った発言はもちろん、俺の発言も彼女たちは理解していた。


  謎だ。さらに謎が深まる。


  俺は手を後に組んで頭を預けて天井を見上げた。



  さて、これからどうする。何も知らない世界でどう生きていくんだ。まずは帰る方法を探さねえと。


  ...いや、原因が分かりもしないのにいきなり帰る方法を探してどうする。家もないのにただ犬死して終わりだ。


  シア王女はこの王宮に住んでも良いと言ってくれた。家がない以上はまずこの王宮を借りて帰る方法を探そう。

  そう決意した。

  最低限のことをして元の世界に帰る、それだけだ。それに、少し異世界を満喫したい、という好奇心の気持ちもあるからな。



 ーーーーーしかし、まさかガキの頃に習っていたCQC(近接格闘術)が役に立つとは思っていなかった。

 一か八かの掛けではあったが、無理をして正解だったかもしれない。



  俺は小学校から中学校までの頃に柔道と空手を両立して習い事としてやっていた。部活も柔道部所属だ。そこまで体はがっちりしてないが平均より上くらいの身体能力はある。

  その後、それらを一つにしてCQC(近接格闘術)として高校時代は技術を磨き上げた。最も、これは無音殺傷(サイレントキル)と違ってあくまでも敵を無力化するための格闘術だが。

 

 就職活動を最後にしばらく休んでおり、その後これらを磨きあげることは無かった。時間がなかったのだ。

 だから、あの時、仮にCQC(近接格闘術)ができたとしても、銃を持っているあいつらに反抗するなんて自殺行為にすぎなかった。死にたくないという一心が1番強かった。


 だが、あの子を踏んづけているあのクソ男の顔を見ていたら自然と体が動いてしまった。あんなやつは許せない、俺がやり返してもよかったかもしれねえな。無様に、まるで奴隷のように踏みつけてみたかった。まあそれ以上したら警察沙汰になると思うが。


  あの女の子は無事だろうか。物凄い力で踏んづけられていたからとても心配だ。骨折...とまではいかないが俺があの暗い世界でみた彼女はまるで屍のようだった。老人もそうだ。たった一蹴りで死んだゴキブリみたいになっていた。顔の骨とか大丈夫だろうか。

  あのグループの男たちも少し気になる。あのアサルトライフルはいったいどこから買い占めたのだろう。銃刀法違反で持ち込めない日本で。格好がまるでIS(イスラム国)みたいだったぞ。


  とにかく、あの件とこの件でいろいろ疲れてしまった。さっきまで眠っていたのにもう脱力感を感じる。

  それを追いかけてきたかのように眠気までやってきた。瞼が重い。

  何か申し訳ないなという気持ちと共に高級そうな掛け布団を肩まで持ってきて被せる。


  うん、100点だ。こんな布団は初めてだ。とても心地がいい。5秒で寝落ちできそうだ。さすがは王宮、といったところだな。

  そして、俺の意識はストンと落ちていった。

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