幸せの場所
その日、子爵家は悲しみに覆われていた……
とはなりませんでした。本当に良かったです。
いえ、実はまだ倒れています。ものっそい痛くて、どこが痛いのかも良く分かりません。嘘です。足膝腰が特に痛いです。あと腕。
踊り場があって、下までは落ちなかったようです。素晴らしい、踊り場! ありがとう踊り場!!
それでも、かなり高さありましたけどね、うう、痛いよ。結局、五点着地は出来なかった訳ですが、大事なのは、段差の途中で万が一にも成功していたら、そこからまた転がり落ちていたって事ですよ。尻・背・肩って、後転するって意味ですから。
そういえば走馬灯が役に立ったって話、聞いたことないなあ。
あられもない姿を見られたことに加えての黒歴史です。
あ、でも体勢を変える役には立ったのかもしれませんね。
誰かが騒いでいます。スカート直さなきゃ。腕は動く。良かった。足、何これ痛い。腰、がっ! キツイ、ヤバイ、でもやらなきゃ。乙女の尊厳が。いや、でも、そこまで捲れてはいないっぽい。布が掛かってる感じがある。淑女としてはアウトかも。でももういい。見えてるのがパンツで無ければ。
ああああ、下半身何人に見られたんだろう。つらい……ちくそう。あの女、許さん。
「ローザ!」
ダグラスの声が近づいてきます。
「ローザ。何て事だ。大丈夫か?!」
焦った声が、彼の心配を私に伝えます。
「大丈夫じゃない………パンツ………」
そして私は意識を手放したのでした。
しかし、直ぐに目を覚ます事になりました。近くにいた親切なご婦人が、気付け薬を嗅がせてくれたのです。
休ませてくれよ……。
結局、痛みを堪えながら、気を失うことも出来ず救護室へと運ばれたのでした。
あれから三週間経ちます。足の骨にヒビが入ったようでしたが、あとは打撲で済みました。と言っても痛いですけどね。まだ黄色いですけどね。
体が動かせるようになってすぐ、領地に戻りました。メアリーも戻って来ましたし、王都に居ても噂の種になるだけですから。
何人か友人も出来て、お別れするのは淋しかったですが、遊びに来ると約束してくれたので大丈夫。
今もダグラスが来てくれてます。
「元気そうで良かったよ」
私のクッキーが彼の前に置かれていますが、王都のお菓子を手土産に持ってきてくれたそうなので、広い心で見ていられます。
「色々とお世話になっちゃったわね。本当にありがとう」
ダグラスには医者の手配や家族への連絡、殺人未遂事件となった今回の後始末と、本当にお世話になったのです。
一連の犯人は、何の捻りもなく、フェリシティ様でした。様要らないですね。
休憩時間が終わって閑散としていましたが、人が居なかった訳ではありません。
私の衣装が目立っていたことも手伝って、目撃者がそれなりにいました。結構すぐ捕まったようです。
「フェリシティ嬢は貴人用の監獄に入る事になったよ」
彼女がしたことを考えたら、生温いような気がします。
本人には辛いかも知れませんが、結構広い普通の部屋が与えられると聞きます。そこに家族からの差し入れなんかがあったら、ウチより快適な可能性も。
「私、彼女が出てきたら、必ず衆目の前でスカートを捲ってやるわ。誓う」
「うん、君はそれでいいと思うよ」
彼に見届けてもらうとしましょう。
「結局なんで彼女は私を狙ったのかしら」
狙うなら、普通ヤマダ様ですよね。
「ああ、それね……彼女の勘違いなんだ」
なぬ?
「リチャードが君に求婚した噂を耳にしたそうだ」
「え、だってアレは……」
「そう、フェリシティ嬢にするはずだった。噂が変な形で届いたらしいな。君に振られたから自分に話がきたと思ったようだ」
「でも、それでも私を狙う理由にはならないでしょう」
もともと別の方の婚約者でしたし、結局彼女は好きな方と結婚出来る訳ですし。
「彼女がリチャードに噂の真偽を問いただしたそうだ。で、リチャードはヤマダ嬢との事だと思って答えた結果、見事な勘違いが……」
またアイツかあぁぁぁ!
「いまだにリチャードに愛されてるらしい君は、最近私とよく出掛けていただろう。『私のリチャードに愛されてるクセに、アバズレが!』って言ってたよ」
モノマネが不気味だからやめてください。
「つまり私は思い込みの激しい、色々拗らせちゃった人達の勘違いによる八つ当たりから殺されそうになったという事ね」
ダグラスが目を逸らしながら「そうだね」と小さく答えました。
「ああもう、結局王都で目的を達することは出来なかったし、高い所は苦手になるし」
あれから階段が苦手になってしまいました。足がすくんでしまうのです。
今は一階に部屋を移し、これから少しずつ慣れていく予定です。落馬したら、間を置かずに乗れと言われるように、直ぐに階段を上り下り出来れば良かったのかも知れませんが、そこまで動けなかったんですよ。気が付いたらトラウマになっていました。
「目的って?」
「結婚相手をみつけることよ」
若い女性の社交の目的は、大体それです。
「ローザ」
真剣な眼差しのダグラスがこちらに向かってきます。私の手を取り、膝をつきました。
「貴女が好きです。どうか私と結婚して下さい」
私の答えは一つです。
「私、貴方と家族になりたいと思っていたの」
半年後、私は無事ベンじいと結婚する事が出来ました!
初恋の人ベンじいが独身と聞いてから、私の頭の中はどうやって落とすか、そればかりでした。ダグラスをみれば、この人が息子に……とか、家族になってみせるなどと考えていたので、告白されたときに、ウッカリそのまま答えてしまいました。
一瞬でしたが、期待を持たせるという酷いことをした私を、ダグラスは許してくれました。薄々そんな気はしていたそうです。いい男や……。
結構直ぐに落ちてくれたベンじいことベンジャミンは、家督を長男に譲り、子爵家に入ってくれました。暫くは伯爵家の管理を手伝いつつ、私と一緒に子爵家を盛り立てていってくれる予定です。
私は今、最高に幸せです!
主人公視点は、これで終了です。
主人公が面倒臭がってスルーしていた部分をダグラスが語って完結となります。