リチャード
事の起こりは、ブラウン校が共学になったことだった。
王都の外れにあるブラウン校は、12歳から18歳迄の貴族の子息を対象とした寄宿学校で、ここを卒業することは貴族のステータスとなっている。その為、結構な費用がかかるものの、各家はこぞって息子達を送り込もうとする。
今年17歳になるリチャード・バンクスは、生徒自治会の役員の一人であるが、来年は最高学年で、しかも最高位の貴族であることから、会長に就任することが決まっていた。
同じ学年に第三王子であるエドワードもいたが、彼は公務もあるため、自治会には所属していない。しかし彼がいたとしても、会長に選ばれていたはずだとの想いがある。それだけの努力はしてきたつもりだ。
その日の授業を終え、自治会室に向かっていると、学校長に呼び止められた。
「バンクス、後で私の執務室まで来てくれ」
自治会室には様子を見に行こうとしていただけで、とくに業務がある訳ではなかった。
「私は今からでも構いませんが」
そう答えると、それならばと一緒に執務室に向かうこととなった。
歩きながら、学業のことや寄宿舎のことなどを聞かれ答えていると、執務室へとたどり着いた。
「どうぞ入ってくれ」そう言いながらドアを開けて待っていてくれる。まだ若く、こういった気さくなところが生徒に人気の出る一因だと思う。
ソファを勧められ、手ずから淹れた紅茶を出してくれた。如何にも適当そうに淹れているが、それなりに飲めるものが出てくることは、これまでの経験から分かっていた。
紅茶を飲んで一息つくと、学校長が話を切り出した。
「それで要件なんだが、来年からこの学校で女生徒を受け入れることになった」
思わず息を飲む。
「狼の巣に羊を入れるのですか。問題が起こるに決まっています」
多感な時期の男女が共に生活するなどあり得ないことだ。
「残念ながら決定事項でね。一応人数も絞って通学のみの受け入れとなる。学科は新たに新設する家政科のみ。教室も現在使われていない研究室になる予定だ」
この国にも、所謂花嫁学校はあるものの、どれも王都からは遠く離れており、近年女性にも教育をという考えがでてきたことを受け、王都の既存の学校で試験的な運用を実施することになったそうだ。この学校が選ばれたのは、郊外にあり施設に余裕があることと、卒業後行政に携わる者も多いため、政治というものを身近に感じさせる意味もあるらしい。
政治云々はともかく、変化を間近で感じるのは間違いない。
様々な準備や、問題対応の為に彼は呼ばれたのだった。
正直に言ってしまえば、面倒の一言に尽きるが、やらないという選択肢は無い。
来年のことを考えると憂鬱な気分になる。
婚約者のアイリーンも来るらしい。社交界の花として注目を浴びている彼女は、女生徒達の纏め役となり得るだろう。
それからは、慌ただしく準備に忙殺される日が続いた。
そうして入学式を迎え、彼は運命に出逢った。
どうしてこうなったのか。
運命の人は、少なくとも彼のものにはならないことが決まっていた。婚約は無事解消されたものの、もう次の婚約者があてがわれてしまった。悪い印象を少しでも払拭しようとして行った、話題作りの公開求婚も失敗した。
背の高い令嬢で会えば分かると言われ、行ってみれば、なるほど会場に他の令嬢よりも頭一つ分大きい女性がいる。それですっかり彼女だと思い込んでしまったのだ。
噂が広がる前に、愛するヤマダに事情を説明しようと外出の準備をしていると、友人のダグラスがやって来た。これから出掛ける旨を告げ引き取ってもらおうとするが、友の行動を読んだ彼が、ヤマダに会いに行く前に、先ず昨日の令嬢に謝罪し、新たな婚約者となったフェリシティに説明を行うべきだと言う。
フェリシティはともかく、恥をかかされた令嬢に謝罪する必要は無いと言ってはみたものの、引き摺られるようにして連れて行かれてしまった。
彼女がダグラスの知り合いとは知らなかった。だから自分を連れて来たのだなと納得する。
おかしな話をしていたが、所詮はその程度の令嬢ということだろう。
一旦帰宅してから、今度は一人でフェリシティと彼女の父親に会いに行く。
実際に会ってみた彼女は、確かに背は高い方かも知れないが、それほど目立つということもない。しかし従姉妹であるアイリーンに良く似ていた。
多少責められはしたものの、何とか誠意を受け入れてもらうことが出来た。
帰り際にフェリシティから話しかけてきた。求婚したことや愛しているのか、この婚約についての気持ちだとか、非常に煩わしい。
そう簡単にヤマダへの愛情が失せるはずもない。運命の女性なのだ。
未だ彼女を愛していること、政略故にそちらも中々愛情は感じられないだろうが、礼節を持ってあたるつもりであることを告げ、足早にヤマダの住む屋敷へと向かった。
ああ、早くヤマダに会いたい。