タウンハウス
読んでくださり、本当にありがとうございます。
あれから、思った通り私に関する噂は広がりませんでした。いまだ根強い人気のあるリチャード様なので、関わった私に対する嫉妬からか見下してきたり、チクチク嫌味を言ってくる令嬢はいます。
現在も遠回しで、私には半分しか理解出来ない嫌味を言う令嬢達に捕まっているところです。名前は知りません。初めて王都に出てきて、まだひと月を過ぎたところです。私には覚えられません。
皆さん、せめて自己紹介くらいしてください。
そろそろ聞いているのも飽きてきました。
そんな時は全力で目を見開いて、相手の毛穴をガン見してみます。
するとどういう訳か、そそくさと居なくなってしまうのです。おかげさまで、この件では特に問題無く過ごせています。
問題は別のところにあったのです。
例の求婚もどきがあった次の日のことでした。
ダグラス様がリチャード様を連れて、滞在しているタウンハウスへやってきたのです。
用件は謝罪だったのですが、すっごい迷惑。貧乏子爵家でもてなすには、少し高貴過ぎるお客様です。
侍女兼メイド兼料理人のメアリーも、何を出したら良いのか判らず、意味もなくグルグルと同じ所を回っていました。
取り敢えず、再利用するため干していた紅茶を出すのは止めさせました。メアリー、今はそこまで貧乏じゃありませんよ。
お値打ち品の紅茶に私のおやつのはずだったクッキーを付けて(泣)お出ししました。
一応形だけの謝罪の言葉をリチャード様から嫌々言われました。何とも思ってなかったのに却って不愉快な気持ちにさせられましたが、許さない訳にもいきません。彼への評価はダダ下がりです。『イケメン』を理由に許されるのは、オマケが他人より多いことだけだと、誰か教えてあげてください。
礼儀上、その後暫く歓談する事となったのですが、その時ダグラス様が余計なことを言い出したのです。
「そういえば、アイリーン嬢のこと知ってる?」
今すぐ耳を塞いでワーワー言いたい気分になってきました。面倒事の予感です。絶対聞いてはいけないやつです。「昨日ね、書き置きを残して姿を消したらしいよ」あああ。
無理矢理聞かされた話はこうです。
今回の騒動で、多くの方がアイリーン様に同情的とはいえ、女性の方に何か非があったのではと考える方が存在するのも事実。(ここで、ダグラス様と二人でリチャード様の方を見つめてしまいました。もっと穏便に済ませられたはずですから)ほとぼりが冷めるまで、暫く領地で静養することとなったそうです。
父親は後始末、母親はそのサポート、五つ上の兄は通常の社交をするため王都に残ります。そのため護衛は付いたもののお一人で帰られたのですが、道中の宿泊先で側仕えも護衛も撒いて逃げだされたとのことです。
「彼女は何故逃げ出したんですか?」本当に不思議です。脂ぎってて水虫で臭い人に嫁ぐというならともかく。
「脂ぎってて水虫で臭い次の婚約者が、領地で待っていたからだよ」
「それは逃げて当然だと思います」
寧ろ逃げる手助けをする案件です。
「嘘だよ」
何と言ったらいいんでしょうね。勝手に心を読まないでと言ったら考えていたことがバレてしまいますし。
「顔に書いてあったよ」
「私の顔には『アイリーン様がご無事でありますように』としか書かれておりませんわ」うふふと笑って見せます。オバちゃんスキル『厚顔無恥』は常時発動中ですよ。
「理由は私には分からないよ。でも、彼女が見つかったら教えてもらうつもりだから、そしたら君にも教えてあげるよ」
いいえ、結構です。
「それで、話が広まる前に彼女を見つけなきゃいけないんだけど、君の侍女を貸してくれないかな」
「ーーそれはメアリーのことですか?」
「そ。優秀な罠師だろう?是非協力してほしいんだ」
何故それを知っている。
「まだ思い出せないの?」
ニヤリと笑って此方を見ます。
「私はペーターだよ」
勢いよく立ち上がったため、重いソファが音を立てましたが、構っていられません。駆け寄って跪き、手を組み合わせこうべを垂れます。
「申し訳ございませんでしたぁー! お名前を間違えて呼んでおりました。どうかお許しください」
ダグラス様が慌てて「いや、私はダグラスで間違ってないよ」と訂正されます。
「冗談です」 そう言って立ち上がり、スカートを整えながら座り直します。
「貴方、いつからダグラスなんて名前になったの? 羊飼いじゃなかったの?」
そう、彼は幼い頃、共に羊を追ったペーターでした。道理で見覚えがあるはずです。
ドサッとソファに凭れながら彼は答えてくれました。
「私は元々ダグラスだよ。君が『羊飼いなの? ならペーターね』と訳の分からない事を言って、後はいくら訂正しても聞いてくれなかったんだ。しまいには家族もペーターと呼ぶようになったよ」
「えっ、恨み言を言いに来たの?」
「そんなつもりじゃなかったけど、少しでも悪かったと思うなら、メアリーを貸してくれればいいよ」
それは割に合わない。と思ったけれど、思い出に絆されたこともあり、暫くの間メアリーにはフォード家へ行ってもらうことにしました。
こうして私は、唯一の侍女を失ったのです。大問題です。
そういえば、羊を追っていた理由を聞くのを忘れてしまいました。
そして皆様もお忘れだったと思うのですが、リチャード様も、ずっとダグラス様の隣に座って居ましたよ。不味そうな顔で紅茶を飲んで、クッキーを食べてました。
本当にあのひと、来なくて良かったのに。
誤字報告ありがとうございました




