夢幻統一【短編】
世界は一つに統一されました。
遠い国の偉い人がそう言って、たくさんの拍手が聞こえてから僕らの世界は一つになった。
強制夢想装置。
その機械を装着するだけで、僕達は寿命が終わるその時を迎えても脳の活動は止まることなく、生き続けるというのだ。
しかしそれは錯覚だ。
そんな生き方、死んだことに気づいていない幽霊と何も違いはない。
夢想装置を装着してから、僕はずっと息苦しい世界を見続けている。
小学校にあるプールの底で、もがくことも無く息絶える夢に襲われ続けている。
きっとここは地獄だ。
装置を付けた時は何とも思わなかった。
しかし今になっては、死んでも死に続ける夢など見たくないという考えに至った。
この地獄から這い上がる方法は一つしかない。
この装置を破壊する他はないのだ。
僕は必死にもがいた。
脳内で僕はもがいていることになる。
それでもただ殺されるよりはマシだ。
もがいてもがいて、水面へ手を伸ばす。
揺れる太陽を掴んでみせると大きく手を開く。
太陽はまだ遠い。
水面への道すら無限のように感じる。
あと少しで届くのではないか。
僕は今どこまで手を伸ばせているのだろう。
この夢はいつ覚めるんだ。
助けてください。
そんな叫びは、空気のない水中では響くこともない。
僕はまたプールの底へ引き戻されて、また殺されるのだろう。
そうなったら僕は、黙って殺されてやる。
こんなことなら夢なんて見るんじゃなかった。
その時、頭の中を爆発音が巡った。
体中のあらゆる感覚に血が巡っていくような眩い光の筋を見た。
筋は亀裂を生み、亀裂の狭間から夕焼けが見えた。
水の中じゃない、ここでは呼吸もできる。
夕焼け空は眼前一杯に広がって、僕は体を起こした。
すると、鉄の塊が僕の目元から音を立てて落ちた。
夢想装置だ。
僕の自由を奪っていた悪の姿。
装置には赤い文字で「4Y.11M.30D.23H.53M.24、25、26S…」と後端の数字は入れ替わり続けている。
恐らくこれは、装着してからの年月日と時間を表している。
装置は砂の中へ埋まるように突き刺さっている。
この装置の中では、今でも小学校にあるプールでの出来事が投影されているのだろうか。
よく考えれば、それは違った。
この装置で見る夢は人の脳内の記憶に沿って映し出されるのだ。
僕が小学校のプールで溺れたトラウマがそのまま夢になって、それもずっと同じ夢を見せられていたというのだから、この装置の機械トラブルか何かかも知れない。
それともこの装置は、同じ夢しか見せないのだろうか。
そんなことを考えるよりも先に、僕は確かめなければならないことがある。
僕は約五年間も、どこで夢を見ていたのか。
いや、見せられていたのか。
僕は三六〇度、全方位を見渡した。
僕の目に映ったのは、黄土色に荒廃した世界で黒いマッサージチェアのような椅子に座り、強制的に夢を見せられながら空を見上げて笑う人々。
ビルも、山も、何も無い。
言い表すとすれば、砂漠の上だ。
そんな場所で、何も無い空に向かって、笑っている。
僕はこの世界こそ僕の生きていた世界だなんて、この腐敗した光景が僕がこれから生きていく世界だなんて、冗談だとしても信じたくない。
彼らは目の前に広がっている世界こそが自分の生きている世界だと信じて疑わない。
ふざけんなとでも言って終わったような夕焼け空も、構うことなく吹き荒れる砂も、彼らは認識できない。
しかし、こんな世界に一人ぼっちで取り残されるよりはいいかも知れない。
魅力もない空に向かって笑っている彼らの方が僕より幸せ者に見えてきてしまう。
今日からここが、僕の生きる世界なんだ。
死に続ける人生か死を待ち続ける人生、果たして僕はどちらを納得のいく人生と言うことが出来たのだろう。
完。