8. あの日のことを聞いた
汗でぬれた服を着替えて、ベッドに入ったが眠ることもできずに朝を迎えた。
自室から階段を降りて、洗面台の前に立ち恐る恐る鏡を見た。
そこには、寝不足で目をしょぼしょぼさせた二葉の顔が映っていた。
「はぁ~~~、なにやってんだ、オレは……」
鏡に映った自分の顔をみてホッとし胸をなでおろすと、顔を洗って居間にむかった。
「おはよぉ~」
「ひどい顔だけど、大丈夫なの?」
オレの顔を見ながら母が心配そうにしていた。
大丈夫だよと答えたが、食欲がわかず朝食はほとんど食べられなかった。
教室につくと、いつものように三森が挨拶をしてきた。
「二葉っち、おっはよ~」
「ああ、うん、おはよ」
オレは力のない声をだしながら挨拶を返し、カバンを机の上において枕にしながら机に突っ伏した。
「二葉っち、大丈夫?」
「だいじょうぶ、ちょっと、寝不足なだけだから」
三森が心配そうに声をかけてきて、オレは机に突っ伏しながら手のひらをひらひらとはためかせた。
昼休み、いつものように屋上に来て3人で弁当を食べていた。
「秋はまだかなぁ~」
三森が屋上から見える山の方を見ながらつぶやいた。
残暑の終わりも近くなり、暑さも和らいできていた。
「そうだな~」
オレは寝不足のせいもあってか、適当に返事をした。
涼しい風が吹いてきて、このまま寝てしまいそうだった。
「紅葉狩りとかしたいですな~」
「意外ね。三森さんにしてはずいぶんと渋い趣味をしているじゃない」
北条がからかいを含んだ声で言ったが、その感想にはオレも同意であった。
「茜は紅葉をみているよりも、山の中を駆け回っていそうな感じだもんなぁ~」
「ひどいよ二人とも、ボクだって風流ってものを楽しむ心はあるのだよ」
「へぇ、それじゃあ、もう少ししたら紅葉も本格的に進むだろうし、山にいって紅葉狩りとかどうよ?」
「お~、いいですなぁ。でも、二葉っちは山登りなんてして大丈夫なの?」
三森がオレの体力のなさを知ってか心配してきた。
「大丈夫だよ。山っていっても歩いていける距離にあるやつで、子供のころ、お、お兄ちゃんと一緒に言ったことが何度かあるんだから」
自分のことをお兄ちゃんなどと呼ばなければならないことにむず痒さを感じた。
「ほうほう、ここからでも見えるの?」
「うん、あそこの山だよ」
オレは住宅街から外れたあたりにある低めの山を指差した。
三森はオレの指し示した山を見ながら、ふんふんとうなづいていた。
そこに、北条が固い声をはさんできた。
「あそこは……ダメだ」
おどろいて北条を見ると、何かを思いつめた表情をしていた。
「え~、どうしてだよ?」
「それは……、どうせなら近所よりも行ったことのない場所のほうがいいでしょ」
北条は口ごもった後、急に口調を明るいものに変えておどけるように話した。
しかし、北条が人の話をさえぎってくることはめずらしく、その様子にも違和感を感じた。
次の日からも、オレは毎日同じような夢をみるようになり、寝不足が続いた。
(オレは一葉だよな……)
そんなとき、体育の授業が持久走となり校庭を走っていると、急に力がふっと抜け気がつくと倒れていた。
「二葉っ!! 先生、二葉が倒れました!!」
三森の慌てた声が耳に入ってきて、オレは意識がなくなった。
気がつくと、保健室のベッドの上に寝ていた。
「うぅ~~~」
起きると頭がズキズキと痛んだ。
「あら、気がついたのね」
保健室の先生がベッドを囲っていたカーテンを捲り上げながら、オレの様子を見ていた。
「だめよ、若いからって夜更かしを繰り返しちゃ。寝不足は健康の大敵よ」
「はぁ、すいません」
だが、久しぶりにぐっすり寝れたようで、気分は大分よくなっていた。
時刻は6時限目の授業中で、保健室でゆっくりしてから授業が終わった時間を見計らって教室に戻った。
「あ、二葉っち、もう大丈夫なの?」
「うん、ごめんね。心配かけちゃって」
入ってきたオレに気づいた三森が心配そうに駆け寄ってきた。
格好悪いなぁと思いながらも、気遣いが嬉しかった。
次の日、また屋上にいき、三森、北条の3人で弁当をたべていると
「ひとは…二葉ちゃんが倒れたって本当かい?」
「そうなんだよ、体育の授業でボクの前を走ってた二葉っちが急にふらふらしたと思ったら、そのまま倒れたちゃったんだ」
「あー、その節はご迷惑をかけました」
オレはそのときのことが恥ずかしくなり頭を手でかいた。
「なんか最近変な夢ばっかり見ててさ、よく寝れてなかったんだよ」
「夢? どんなの」
「えーと、詳しく覚えてないけど、ワタシがオレが自分でなくなる? あ~、自分でいっててよくわかんなくなってきたよ」
「まあ、夢なんてそんなものだよね。起きたら大体忘れちゃってるし」
三森の言葉にうんうんとうなずいていると、北条がどこか思いつめたような目でオレを見ていた。
「二葉ちゃん、今日いっしょに帰ろうか」
「いいよ」
「あー、ずるい~。ボクも部活がなかったら一緒に帰れるのになぁ」
三森が悔しそうに口を尖らせていた。
放課後になり、北条の教室にいって声をかけた。
「んじゃ、いこっか」
「ええ……」
隣を歩く北条の表情はどこか暗かった。
「北条、どっか調子悪いのか? 倒れたばっかりのオレがいうのもへんだけどさ」
「この前話したメールのことなんだけど、本当は続きがあるの」
北条はオレの言葉を無視して、急に切り出してきた。
「続き?」
「メールで指定された場所にいったとき、私は見たのよ」
「なにをだよ?」
「君と、二葉ちゃんが崖から落ちていくところを……」
「っ!?」
北条の言葉に驚きながらも、その後に続く話を聞いた。
―――あの日、君からのメールで呼び出された高台に行ったが、君はなかなか現れずしばらく待っていたんだ。
周りは木が生い茂る山に囲まれていてね。待っている間、景色でも楽しんでいようかと思って、あたりを見回していたんだ。
だけど、その風景のなかで崖の近くを歩く二人組みを見つけたんだ。
危なっかしいなと思いながら、よく見てみると、メールで私を呼び出したはずの君と二葉ちゃんだったんだ。
訳が分からなかったよ。何でそんなところにいるんだと思って、君のスマフォにかけようとしたんだ。
でも、コール音はなるけど一向につながらなかった。
私は気になって君たちの様子をみていたんだけど、二葉ちゃんが崖から身を乗り出すようにして、下を見始めたんだ。
それをみた君が慌てて二葉ちゃんを止めようとしたのが見えた。
そして、二葉ちゃんがバランスを崩して崖から落ちたんだ。かろうじて、指が崖の端にかかっていたがすぐにも落ちそうだった。
君は二葉ちゃんを助けようと腕を伸ばしたが、間に合わずに二葉ちゃんは落ちていった。
君は、落ちていく二葉ちゃんに向かって崖から飛び降りて、二葉ちゃんを空中で抱きすくめるとそのまま一緒に崖下に落ちていったんだ。
私は慌てて、消防に連絡をいれて救助要請をした。
だけど、落下の衝撃で君は死んで、君がかばった二葉ちゃんはほぼ無傷で助かった。
北条の話が終わると、オレは呆然としていた。
「崖から落ちて、死んだのか、オレは……」
「そうだ、これが私の見た全てだよ。あの後、唯一の目撃者ということで、警察とかに繰り返し聞かれたから、もう話し慣れたよ。君と駅前で会ったときも警察署に行った帰りだったんだよ」
北条は肩をすくめながら苦笑を浮かべたが、その表情はとても苦しそうであった。
「どうして、急にしゃべろうと思ったんだ?」
「私としてはずっと話さないでいようと思ったんだけどね。最近の君の様子を見てて、そういうわけにはいかなそうだったからさ」
「そうか、話してくれてありがとな」
オレは暗い表情をする北条を慰めようと頭をなでようとした。
「君は手を伸ばして何をしてるんだい?」
だけど、二葉の身長は低く、北条の頭に手が届かなかった。
「う、うるさい。お前が大きすぎるのがいけないんだ」
「君の体が小さいだけだろう。でも、その気持ちはうれしいよ」
北条は微笑ながら、オレの体に手を回して抱擁した。
「北条?」
「もう少しこのままでいてくれ、今の顔は見られたくないから」
北条の声は震えていて涙声になっていた。
背中をポンポンとしばらくなでていると、落ち着いたのか手を離した。
「はぁ、やっぱり私は君のこういうところを、その、好きになったのかもな」
「お、おう、そうか」
北条の急な告白に、オレの頬が熱くなるのを感じた。
「君が元に戻ってほしくないというのが本心だが、これから、元に戻るのを協力しよう。それが君の願いだというのだから」
北条は真面目な顔つきになるとオレに対して協力を申し出てくれた。
今までは、何かを隠している感じがしていたがそれもなくなるだろう。
「なあ、さっきのおまえの話を聞いて思ったんだけど」
「なんだい、言ってみなよ」
「よくマンガとかで、二人がぶつかって人格が入れ替わるとかって話があるじゃん。オレと二葉も崖から落ちてぶつかったときに入れ替わったのかな?」
「まあ、荒唐無稽な話ではあるけど、ないとは言い切れないなぁ。だが、そういう話だともう一回ぶつかることで元の体に戻るじゃないか、でも君の体はもう灰になっているな」
「だよなぁ、どうしよ?」
「さぁ? 人格が入れ替わるなんて話自体がフィクションみたいなものなのに、そのうえ解決法なんてわかるわけないじゃないか」
単なる思い付きだったが、元に戻る方法はもう見つからないという気がしてきた。
「とりあえず、二葉にこの体を返すとき、いきなり戻ったらあいつが混乱するだろうから日記でもつけることにするよ」
「それがいいよ、女子の体のことでわからないことがあったら相談にのるよ」
「え、それじゃあ、早速聞きたいことがあるんだけどさ……」
そこからの帰り道は、今まで知らなかった女子の生態についてのレクチャーを受けた




