6. 屋上で告白してみた
翌日月曜日、学校にくると、昨日急にいなくなったことを三森に謝っておいた。
三森は気にしないでいいといってきたが、いつもと違うオレの雰囲気を感じたのか心配そうな顔をしていた。
そして、休み時間になると、自分のクラスをのぞきにいくという最近の日課をこなしにいった。
「あいつ、今日はきてるのか」
教室の中に、頬杖をつきながら物憂い表情をしている北条を見つけた。
だが、もうそろそろ休み時間が終わって次の授業が始まってしまうため、オレは二葉の教室に戻った。
授業中、オレは北条に何から話せばいいか頭の中で考えをめぐらせていた。
昼休みを知らせるチャイムが鳴り、オレはすぐに席を立とうとした。
「二葉っち~、ご飯にしようぜ」
「ごめん、ちょっと用事があるんだ」
「そうなんだ、ちぇ~」
残念そうな顔をする三森に謝ってから、オレの教室に向かっていった。
「北条さん、ちょっといい?」
「ふむ、早速きたか」
オレが声をかけると、北条はすぐに自分の席から立ち上がると、スタスタと前を歩いていき、オレはその後をついていった。
「ここなら、人も来ないだろう。さあ、話してくれ」
ついた先は屋上で、北条は腕を組みながらオレを見据えた。
まだ残暑のきつい外にでて昼飯を屋上で食べるという物好きなやつはいなく、屋上に人影はなかった。
「悪いが、あのときのことは思い出せていない」
「なんだ、それじゃあ何を話すというんだい?」
北条は鼻白んだように鼻をフンとならした。
「オレはおまえに相談したいことがあるんだ」
「相談? いったい何を?」
「いいか、よく聞け。オレは一葉だ。この体は二葉のものだが、意識はたしかに一葉なんだ」
こいつに小細工して信じてもらうのは無駄だとわかっているので、直球で勝負することにした。
「また、妙なことをいいだすね。それに、口調も以前とは違っている。なんだい、それは兄の真似をしているのかい」
「まあ、そりゃそうだよな。こんな話信じろってのが無理な話だよな」
案の定、北条はいぶかしげな顔をしながらオレのことをみていた。
「じゃあ、こうしよう。私と一葉しか知らないことを質問するから、答えてみてくれ」
北条の提案にオレはわかったといいながらうなずいた。
「まず、第一問、一葉のクラスは?」
「んん? 2年D組だろ」
「正解。第二問、一葉の血液型は?」
「A型だ」
その後も、本人どころか友人でも知っていそうなことばかりを聞いてきて、オレは戸惑いながらも即答していった。
「次の質問だ。私と一葉が初めてキスをしたのはいつだ?」
「ぶっ」
唐突に変な質問がきて、オレは思わずむせた。
「どうした、ほら答えてくれよ」
「し、してない……」
「ん? なんだって、よく聞こえなかったな」
「してないって言ったんだよ!!」
オレは赤面しながら答えた。こいつとは恋人になり付き合いはじめたはずなのに、のらりくらりとした態度はかわらず、それまでの友人としての付き合いとほとんど変わらなかった。
呼び方に関しても、一度名前のほうの和葉と言ってみたら、『それだと、君の名前と似ていてややこしい』といわれて名字で呼び続けていた。
「お~、正解。てっきり、あてずっぽうで言ってくると思ったのになぁ」
そんなオレをみながら、北条はパチパチと気のない拍手をした。
「ふむふむ、もしかしたら、君が本当に一葉であるという可能性がでてきたな」
「し、信じてくれるのか?」
「だが、いまのところ半信半疑どころか1%ぐらいしか信じてないけどね」
北条は口の端を釣り上げながら嗜虐的な笑みを浮かべた。
思えば、こいつはこうやってひとを試すのが好きなやつだった。
いまさらながら、なんでこんなやつ好きになったんだろうとため息がでてきた。
「ふむ……」
落ち込むオレをみながら、北条は考え込むように顎に手を当てていた。
「あのときのメールのことは覚えているかい?」
「メール? なんのことだ、わからんぞ」
「送信履歴を見れば済むことだ。今スマフォは持っているか?」
「スマフォだったら、事故のときになくなったよ」
「そうか、ならば仕方ない。それも思い出すのを待つしかないのか」
また北条から、オレのしらないことを聞かれたが、さっぱり心当たりがなかった。
「なぁ、そのメールって……」
詳しく聞こうとしたところで、次の授業の予鈴がなった。
「おっと、どうやら昼食を食べそびれたようだね。授業中に腹が鳴らないか心配だ」
北条は腹をおさえながら、屋上から出て行った。
オレも慌てて二葉の教室に戻ると、授業が始まるギリギリだった。
「二葉っち、どこいってたんだよぉ」
「えと、ちょっと、おっきいのをだしにね」
「こらこら、女の子がそんなこといっちゃだめだよ」
きいてくる三森にむかってごまかすように笑っていると、先生が入ってきて授業が始まった。
次の日、また昼休みになると、オレの教室に向かおうとした。
「二葉っち、今日もなの?」
「ああ、変なものでも食べたのかも。ごめんね~」
しかし、D組の教室には北条はいなかった。
もしかしたらと思い、屋上にむかった。
「やぁ、おそかったじゃないか」
そこには日差しの影になる部分に腰を下ろして、弁当を食べる北条の姿があった。
「どうした? そんなにみつめられたら食べづらいじゃないか」
何をいおうか迷っていると、北条がいたづらっぽい笑みを浮かべながらこっちを見てきた。
オレは無言で屋上をでると、二葉の教室にもどって弁当を自分のかばんから取り出した。
「あれ? もどってきた。弁当とりだしてどこいくの?」
「屋上」
他の女子と食べていた三森にぶっきらぼうに答えると、オレは屋上に向かった。
「もどってきたか。なんだい、君もここでたべるのか」
「いいだろ、オレの勝手だ」
オレは北条の隣に座って弁当を広げ始めた。
しばらく、無言で箸を動かして弁当の中身を平らげていった。
「なぁ、もしも、もしも君が一葉だったとしたら、これからなにがしたいんだい?」
北条は食べ終わった弁当のフタをしめると、オレに質問をぶつけてきた。
オレは口にはいっていたものをゴクリと飲み込むと
「そりゃあ、元に戻る方法をさがすんだよ」
「元に戻るといっても、一葉の体は火葬されて、墓の中に入っている状態だ。そして、妹ちゃんの体に妹ちゃんの意識が戻ってきたとき、君の意識はどこにいってしまうんだろうねぇ」
「む、それは……」
北条のいっている可能性を考えてなかったといえばウソになるだろう。
「ただ、それでもオレはこの体を妹に返さなきゃならない」
「そうか……」
オレの言葉を聞くと、北条はそれっきり黙りこくり、次の授業の予鈴がなるとそれぞれの教室に戻っていった。
席に着いたオレを三森がなにかいいたげに見ていた。
次の日は、最初から弁当を持って屋上に向かった。
そんなオレを三森がみていて、そんな三森をなぜか他の女子もなにかを含むような視線で見ていた。
「やあ、今日は最初から弁当を持ってきたんだね。結構結構」
既に北条は屋上にきていて、弁当を広げているところだった。
オレも北条の隣に腰を下ろして、弁当を食べ始めた。
「なぁ、なんでお前夏休み明けから、ずっと休んでたんだ。どっか悪かったのか?」
「君がそれを聞くのか、まあそういうところが君らしいといえるな」
北条は少し呆れたような表情をした。
「君が、一葉がなくなって、どうにもやる気がでなくなってねぇ。しばらく家に引きこもっていたんだよ。夏休みが延長できてハッピーなんて気持ちにはなれなかったね」
「それは……すまん」
「で、この前、駅前で君に突然呼び止められたときはびっくりしたよ。しかも、妙なことになっている様子だったし、しょうがなく重い腰を上げて学校に来たってわけさ」
いつも飄々としていて、物事をどこか冷めた目で見ているこいつが、こんなにもショックを受けていたというのが意外であった。
オレが死んだとしても、『まったく死んでしまうとはバカだねぇ』なんてことぐらい言ってきそうだと思っていた。
「それはおいといて、そこの君も入ってきたらどうだい」
北条は急に屋上の入口の方に顔をむけて声をかけた。
よく見ると、こちらの様子がみえるぐらいに扉に少しだけすき間ができるように開けられていた。
「えっと、あははは、奇遇だねぇ」
扉を開けてでてきたのはわざとらしい笑みを浮かべる三森であった。
「なにやってんだよ」
「えと、二葉っちが、なにしてるか気になって、もしかして彼氏ができたんじゃないかと……」
三森はごにょごにょとしゃべりながら、両手のひとさし指をツンツンと合わせていた。
大方、周りの女子にいろいろ吹き込まれたんだろうなと予想がついた。
「たしか、あなたは陸上部のエースの三森さんだったわよね」
「いやぁ、エースだなんてそんな大層なものじゃないですよ」
北条が声をかけると、なぜか三森は緊張しながら敬語で話していた。
「ずいぶんとかわいい友達ができたようね。よかったじゃない」
北条はにこやかに笑いながら圧迫感をオレに与えてきた。
「いいか、三森とはただの女友達だ。この体になってからできたものだから、深い意味はないぞ」
「ふうん、あなた自分の中身が男だっていうのは話していないのね」
オレは北条の耳元でささやくように小声で話した。
すると、北条はニヤリと笑いを浮かべると、三森に向かって声を上げた。
「ねぇ、三森さん。楠木二葉の中身なんだけど、実は……」
「お、おい、やめんかい!!」
オレは慌てて北条の口を塞いで、必死に阻止しようとした。
「ほへ? 二葉っちがどうしたの」
「いいや、なんでもないからな。気にするな。こいつは適当なことばっかりいって、人をだます悪魔だからだまされるなよ」
「ひどいいい様ね。いつ私が君をだましたっていうのよ」
「初めて会ったとき、おまえとは席が隣になっていたが、そのときからだ」
北条との出会いは高校に入ってからのもので、高一のクラスが一緒になった。
オレは初めての高校生活でドキドキワクワクしていた。どんなやつがいるかと思い教室を見渡すと、隣の席にいるコイツと目が合った。
そのとき、北条はニコリと笑いながら
『よろしくね。楠木君』
といってきた。第一印象はポニーテールの似合っているかわいい女子だなと思った。
オレは女子と話すことに気恥ずかしさを感じながらも『よろしく』と返した。
それから、浮かれていたオレは授業中に消しゴムを落としてしまった。
今拾いにいったら、いきなりクラス内で目だってしまうため、どうしようか悩んだ。
『これ、使っていいよ』
そんなオレを助けるように、北条が笑顔で、白くて四角い消しゴムをこっそりと渡してきた。
『ありがとな』
オレは、こいつはなんていいやつだと思いながら、喜んで消しゴムを借りて、ノートの間違えた箇所に使おうとした。
次の瞬間、ビリッという音と共にノートが破けた。
オレはそんなに強く消しゴムをこすったわけでもないのに、哀れにもノートは破けていた。
『って、これ砂消しゴムじゃねーか!!』
オレは思わず、突っ込みの言葉を叫んび、教室にその声は響いた。
そんなオレをクラス中の人間が注目しているのに、気づいたのは後の祭りだった。
それ以来、オレのあだ名は“砂消し”になった。
「……ということがあったんだ」
「ああ、そんなこともあったねぇ。なつかしい」
過去にあったことを話すと、北条は悪びれることもなくただの昔話として片付けた。
「ねぇ、二葉っち、砂消しさんって二葉っちのお兄さんのことだよね? なんで二葉っちが自分のことのようにいってるの」
「あ」
「やっぱり、君はバカだねぇ」
三森が不思議そうな顔をしながら、オレの話の矛盾点をついてきた。
ポカをして口を開けて固まるオレをみながら、北条はくくくっと含み笑いをしていた。
「えと、これはお兄ちゃんから聞いたことだよ。北条には気をつけろよーってお兄ちゃんから聞いてたんだよ」
「そうなんだ。でも、お兄さんはなんで渡されたときに砂消しだって気づかなかったんだろう? 砂消しって表面ザラザラしてるし、感触も普通の消しゴムより固いじゃん」
「それも、そうだな。なんであのとき……」
オレはあのとき渡された消しゴムの触感を思い出そうとしたが、なぜか思い出せず、ただの白くて四角いという見た目のことしか頭に浮かばなかった。
記憶のおかしなところで頭をひねっていると、いつのまにか時間が過ぎていたようで、予鈴のチャイムが聞こえてきたので教室に戻ることにした。