5. 女子のファッションを考えてみた
日曜日になり、朝起きたオレは支度を始めた。
二葉の部屋に入りクローゼットを開き、着ていく服を選んでいるのだが、どれにするか決められずにいた。
二葉はスカートやワンピースなどヒラヒラした服を好んでいたので、クローゼットの中にはそういった服しか見当たらなかった。
学校にいくときは割り切って制服のスカートをはいているが、せめてプライベートではくのは避けたかった。
ためしに、自分の男物の服をきてみたが、まるでサイズがあわずにダボダボだった。
「う~ん……」
オレは悩みながらも、服をとって着替え始めた。
家をでて駅前に到着すると、腕時計で時間を確認した。
「むぅ、早すぎたか」
体力のないこの体のことを考慮して、移動に時間がかかってもいいようになるべく早めに家をでたのだが、待ち合わせの30分前についてしまった。
「まあいっか、のんびり待つか」
待ち合わせの場所には三森の姿はなく、オレは近くのベンチに座って気長に待つことにした。
こういうときスマフォがあれば時間をつぶせるのだが、手持ちぶたさとなったオレは良く晴れた秋の空を眺めていた。
「ねぇキミ一人? ヒマなら一緒に遊ばない?」
(ナンパか~、オレにはマネできそうもないなぁ。がんばれ)
オレが空を眺めていると、ナンパをする声が聞こえてきた。きっと道行くお姉さんにでも声をかけてるんだろう。
「なぁなぁ、ムシしないでよ。いいじゃん、あそぼーぜ」
またも声が聞こえてきて、がんばってるな~と思いながらどんなやつかと興味が湧いてきて、声の主の方に顔を向けた。
「お、やっとこっち向いてくれたね。どう? カラオケでもいっしょにいかない。おごるよ~」
声の主は大学生ぐらいの若い男二人組で、茶髪にピアスをつけていてチャラそうな感じだった。
そして、その二人は軽薄そうな笑いを浮かべながらオレをみていた。
「え、ワタシ?」
「そうそう、キミだよ。かわいいよね~。もしかしてモデルとかしちゃってたりする~」
まさか自分がナンパされるとは思わず、矢継ぎ早に話す男の言葉にどう返そうか考えていると、声をかけてくるものがいた。
「おまたせ、あれ? もしかして、知り合いのひと?」
そこにいたのは三森だった。
「ちっ、んだよ。男連れかよ」
三森はデニムのパンツにスタジャンを着ていて、日焼けして中世的な顔立ちもあいまって男っぽく見えた。
「あれ、いっちゃった。あの人たち、誰だったの?」
「ナンパだよ。いや、びっくりした。ナンパなんて初めてされた」
「二葉っちはかわいいからねぇ、その服も似合ってるよ」
今日のオレの姿は、上にはレモンイエローのキャミソールに薄手の白い上着をはおり、下にはレギンスをはいていた。以前、二葉がしていた格好をまねたもので、おれの羞恥心がたえられるギリギリのラインだった。
「茜も似合ってるよ。どこのイケメンかと思ったよ」
「ははっ、イケメンか」
オレもお返しに三森をほめてみたが、かわいた笑いが返ってきた。
「今日は、どこか目当ての店ってあるの?」
「ああ、うん。そこの店なんだ」
三森は駅ビルを指差した。どうやら、あの中にある店が目的のようだ。
「んじゃ、いこっか」
三森の隣を歩いて、駅ビルに入った。
エスカレーターに乗り上の階に移動しながら、三森と話した。
「どんな服をさがしてるの?」
「え~とね、実物を見せながら話すよ」
三森は歯切れ悪く話し、どこか恥ずかしそうにしていた。
やがて2階についたところで、三森がこっちといいながら前を進んだ。
「ここだよ」
着いた店は、十代の若い女の子をターゲットにした派手なデザインの服を取り揃えたところだった。
店内に入ると、日曜ということもあり店の中にいる客はそこそこいた。
三森は、店内にいる他の客を気にするように、視線を周囲にさまよわせて落ち着かない様子だった。
そんな三森が向かったのは店の奥にある商品コーナーで、フリルをふんだんにつかったゴスロリっぽい服が置かれていた。
三森は緊張した面持ちで服を手に取ろうとした。
「お客様、なにかお探しですか~。もしかして、彼女さんへのプレゼントですか~」
そこに、髪を明るい茶色に染めて派手な化粧をした女性店員が声をかけてきた。
「彼女さん、背が小さくて肌が白いですからね。こんな感じのが似合うと思うんですよ~」
店員はフリルをふんだんにつかった黒いミニのワンピースを手にとって見せてきた。
「あの、わたしじゃなくて、今日は彼女のを選びにきたんですよ」
「え? あ!! し、しつれいしました」
たまらずオレがいうと、店員は三森の顔と体つきをみたあと、ようやく三森が女であるということを理解したようで、ぎこちない笑みをうかべながらそそくさといなくなった。
「え~と、その、なんていうかごめんね」
「ううっ……。やっぱりボクにはこういうのは似合わないんだ」
落ち込んだ様子の三森はとぼとぼと店から出ていった。
それから、休憩コーナーのイスにうなだれながら座る三森に、缶コーヒーをもっていった。
「ありがとう……。せっかく付き合ってもらったのに、変なことになってごめんね」
「いや、ワタシのせいでもあるわけだしね」
まさか、三森がああいった女の子っぽい服に興味があるとは意外だった。
「意外だとか思っているんでしょ」
「え、いや、ソンナコトナイヨー」
心を読まれたのかと思って、声がうわずって棒読み口調になってしまった。
「いいんだよ。ボクも今まではああいうかわいい服とかには興味なかったんだから」
「そうなの、どうして突然?」
「それは…… 二葉っちに出会ったからだよ」
「え、ワタシ? なんでさ」
唐突に自分の名前がでてきて、驚きながら聞き返した。
「キミを初めて見たのは、高2になって同じクラスになったときだよ。すごくかわいい子だなぁってのが第一印象だったなぁ」
そのときのことを思い出すように三森は話し始めた。
「ボクは中学の頃から陸上一筋で、ファッションとか気にしたこともなかったんだ。この服だって兄貴のお下がりなんだよ」
三森は苦笑しながら自分の服をゆびさした。
「そんなとき、キミを見て、改めて自分の姿と比べたとき、同じ女子のはずなのになんでこんなに違うんだろうと恥ずかしくなってきちゃってね」
オレなんて中身が男なんだけどと思いながらも、三森の話を黙ってきいた。
「自分のもつ女の子っていうイメージと、外見を一致させてみたくなってね。今日は服を買いにきたんだけど、やっぱりダメだったよ」
三森は肩をすくめながら、自嘲するような笑みを浮かべた。
そんな三森をみながら、オレはたぎるような思いがあふれ出してきた。
「茜よ、オレにしてみれば今のお前の方がうらやましいぞ」
「オ、オレ?」
「陸上部のエースで性格がよくて、しかもイケメン顔ときたもんだ。さぞかし女にモテるんだろうなぁ。えぇ」
「まあ、女子からバレンタインにチョコをもらったことはあるけど、ボクは女なわけで……」
オレなんてもてたことなんて一度もないよ。まあ、最期に彼女が一人できたけどな。
「というわけで、そんなキミみたいになりたいオレを、おまえがよく行く店につれていきたまえ」
「どういうわけだよ!?」
「いいから、ほら、いくぞ!!」
強引に話をまとめて、三森を急かした。
これでヒラヒラじゃない服が手に入ると内心でほくそ笑んだ。
三森に案内してもらった店は、同じ駅ビルの中にある店で、ストリート系ファッションの店だった。
「えっと、それじゃあ、う~ん」
三森は服を取ってはオレの方を向くが、悩んでいるようで、いろんな服を見ていた。
「やあ、茜ちゃん。今日はどんな服探しにきたんだい?」
そこにおそらく店員と思われる若い男性が、親しげな口調で三森に話しかけてきた。
「今日は、ボクじゃなくて彼女の服を探しにきたんだ」
「え? まじで、う~ん」
店員はオレのほうをみると、顎に手を当てて考え始めた。
「まあ、じっくり選んでいってよ」
店員は切り替えるように考えるのをやめて、他の客のところに向かっていった。
それから、数十分たったころようやく決まったようで、三森が選んだ服を渡してきた。
「コレ着てみてよ、きっと大丈夫なはずだよ」
渡された服一式をもって、更衣室に入っていった。
上はパーカーで、下は綿パンツというシンプルなもので、帽子も渡されたので髪をまとめてからかぶった。全体的に青系統の色で統一されていて、三森のセンスが感じられた。
オレとしてはこういうのを期待してたので、三森に選んでもらって正解だと思った。
「さて、どうよ」
オレは着替えると、更衣室のカーテンを引いて、待っていた三森に胸を張りながら見せた。
「……」
三森はオレの姿を無言でじっと見ていた。
よくみると口の端がぷるぷる震えていて、次の瞬間
「ぷっ、あははははっ」
噴出すと声を上げて笑い始めた。
「ご、ごめん。でも、どうみても男子小学生にしかみえなくて」
オレは爆笑する三森をよそに、もう一度鏡に写った自分の姿を確認した。
そこには、肌が白くて華奢で小柄な子供が立っていた。どことなく、子供の頃のオレに似ているような気がした。
「むぅ……。いや、いいんだよ。これで、うん」
オレは選んでもらった服をもっていき会計を済ませた。
店を出た後、ちょうどお昼の時間になったので、ハンバーガーショップに入って、昼食にした。
「なんか、結局ワタシの服だけ選んでもらっちゃったね」
「いいよ、楽しかったし、貴重なものもみれたしね、ぷくくくっ」
三森はまたあのときのオレの格好を思い出したのか含み笑いをこぼしていた。
「楽しそうでなによりで」
オレはそんな三森の様子をみながら、フライドポテトをつまんだ。
「まあでも、今回のことでよくわかったよ。あこがれてるからって、それになろうなんてやめたほうがいいってね。やっぱりボクはこのままのほうがいいや」
三森はどこか吹っ切れたような表情で、悩みも解決した様子だった。
――あこがれや尊敬なんて“おなじもの”になってしまえば関係なくなるのにね
ふいに耳元でだれかにささやかれたような気がした。オレは声の主を探してキョロキョロとあたりを見回した。
しかし、すぐ近くに立っている人間などおらず、そんなオレの様子を三森が不思議そうに見ていた。
「さーて、時間もまだあるしどこへいこうか~」
昼食を済ませ、午後から何をしようかと考えていると、目の端で見覚えのある人物の姿を捉えた。
「あれは……。悪い、三森。急用を思い出した!!」
「どうしたの、急に?」
「ごめん、また学校で!!」
急に駆け出したオレに驚く三森を後ろに置いて、オレは先ほど見えた人物の背中を追った。
「北条!! 北条だろ。待ってくれ!!」
駅前のひとがごった返す中、人の間をすり抜けながらなんとか追いつこうと必死に走った。
「はぁ、はぁ、はぁ、ま、まって」
「ん? 君は……」
何とか追いついたオレは北条の服の裾をつかんだ。
「北条、ちょっと、はなしを、はぁはぁ、きいてくれ」
オレは膝の上に手をついて体を支えながら、息を整え声を絞り出した。
「そう……。私も話を聞きたいと思っていた。あのとき、なぜあんなところにいたんだ?」
「え?」
オレは体を起こして北条の方に顔をむけると、そこにはこわばった表情をした北条が立っていた。
黒髪をポニーテールに縛り、いつもネコのようにいたずら心で目を光らせていたいつもの北条の表情はなく、前に見たときよりも少し頬の肉が落ちてやつれているように見えた。
「君の兄一葉が事故にあったときの状況でどうしても腑に落ちないことがある。あのとき同じ場所にいた君ならなにか知っているはずだ」
「あのときのことは……覚えていないんだ」
「そうか……。だけど、思い出したら話してくれ。私にはそれを聞く権利があるはずだ」
北条は突き放すように言うと、踵を返して離れていった。
「北条は何かを知っているのか?」
ようやく北条に出会えたと思ったら、まさか、北条が手がかりとなるとは思わず、オレの頭は混乱していくばかりで、雑踏の中にまぎれていく北条の背中を見つめることしかできなかった。