4. 女子の友達ができた
次の日、登校して教室にはいると、他の女子と談笑していた三森がこちらに気づいて手を振ってきた。
「おっはよー、二葉っち~」
「お、おはよう」
朝からハイテンションな三森に気圧されつつも、自分の席に荷物を置いた。
午前の授業が終わり昼休みになると、三森が弁当箱を取り出しながら声をかけてきた。
「二葉っち、いっしょに昼飯くおーぜー」
「うん、いいよ」
机を動かして三森の席とくっつけて、弁当を広げて食べ始めた。
しかし、女子と一緒にたべる機会などほとんどなく、何を話題にしようかと考えていると、女子の一人が三森に話しかけてきた。
「茜、楠木さんと仲よかったっけ?」
「二葉っちとは、えーとアレだよ、アレ。ねえ?」
「え、オレ……じゃなかった、わたし?」
急に話を振られたオレは慌てた。
「えーと、茜とは友達?」
「なんで、疑問系なんだよぉ~」
三森はオレに腰にすがりついて哀れっぽい声を出した。
「ああ、うん、トモダチだよ。トモダチ」
「ぷっ、ふふふ、楠木さんっておもしろいね」
話しかけてきた女子は、こらえきれないように噴き出して笑い始めた。
「え、なになに、なんか面白いこと話してるなら聞かせてよ」
「聞いてよ、楠木さんってけっこういいキャラしてるんだよ」
そのまま会話に加わる女子が増え、いつのまにか周りには女子が集まっていた。
「楠木さん、休みがちだったけど、最近はもう大丈夫そうなの?」
「うん、だいぶ体の調子がよくなったみたい」
「そっか~、よかった。なんか楠木さんって深窓の令嬢って感じだけど、まじでそうなの?」
「だよね~、なんか雰囲気あるよね。神秘的っていうか。肌が白くて、髪もすごいサラサラだしうらやましいよ」
「え、いやいや。そんなこと全然ないよ。普通の家だよ」
深窓の令嬢とか絶対ないなと苦笑をもらしそうになった。
「そうだ、今日の帰りうちらでカラオケいくんだけど、よかったら楠木さんも一緒に来ない?」
「カラオケか、いいね。いこういこう」
クラスメイトと親交を深めるいい機会だろうと参加することにした。
「ホント!? やった。茜も来れる?」
「あー、ごめん。今日は部活があるからさ」
「お、じゃあ、今日は楠木さんはわたしたちのものだね」
「えぇ、二葉っちはわたしのものだよ~」
女子たちの話の早さについていけず、半ばフリーズしていると三森との間でいつのまにか妙なことになっていた。
「いやいや、勝手にひとの所有権を主張しないでね!?」
「だって、楠木さんってちっちゃくて華奢で、なんかお人形さんみたいなんだもの」
そういいながら、女子のひとりがわたしに抱きついてきた。
「むぅ~~~、次は絶対にわたしもいくからね!!」
その様子をみながら三森がむくれていた。
女子たちとのカラオケが終わり、家に到着すると居間のソファーにボスリと音をたてて座った。
「あー、疲れた。女子たちのパワーってすげぇな」
放課後、約束どおり女子たちとカラオケにいくと、始めは普通に一人ひとり歌っていたのだが、いつのまにかデュエット曲がいれられ、かわるがわる歌わされていた。
だらしなくソファーにもたれかかっていると、母が苦笑していた。
「ほらほら、はやくお風呂にはいってきちゃいなさい」
「はーい」
湯船に体を沈めながら、オレは体から疲れがにじみ出ていく感覚に身をゆだねていた。
「あー、きもちいい」
さすがに、着替えや風呂で、今の自分の体にも見慣れてきたため、最初のように慌てるようなこともなくなっていた。
風呂から上がって夕飯を食べていると、母が笑顔でこちらを見ているのに気づいた。
「どうしたの? 母さん」
「いや、なんでもないのよ。ただ、あなたが楽しそうに学校に通ってるみたいだから、母さんうれしってね」
「学校は楽しいよ。友達もできたし。今日はカラオケにいってきたんだ」
「ほんと? よかった。あなた学校休みがちだったから、なじめてるかちょっと心配だったのよ」
小学校の頃から二葉は体調を崩して早退して、そのまま寝込んでしまうということがよくあった。
そんなときの母は、心配そうな顔をしていたのをよく覚えていた。
母にそんな顔をさせないように、オレが二葉に付き添って家に帰り看病するようにしていた。
「なんだか、あなた最近体の調子よくなったみたいね。もしかしたら、一葉が守ってくれてるのかもしれないわね」
「そ、そうだね」
今現在、二葉の体の中に入っているだなんていえるわけもなく、オレは曖昧にうなずいた。
次の日教室に入ると、昨日カラオケに一緒に行った女子の一人が親しげな感じで挨拶をしてきた。
「あ、二葉ちゃん、おはよっす~」
「おはよう」
挨拶を返すと、その女子はさきほどまで三森と会話していたようで、また話し始めた。
「茜~、昨日のカラオケはすごかったよ~。二葉ちゃんの歌った曲が意外としぶくってさ、あのちっちゃい体で一生懸命歌ってるのよ。もう、めっちゃかわいかったよ~」
席につくと自分のことが話題になっているのが耳に入ってきた。
昨日、オレは何度も歌ったことのある得意の曲を歌ったのだが、男の体だったときのように歌えず曲調も本来のものとは違うものになっていた。
そんな話を女子から聞かされている三森はグギギと歯軋りをしそうなほど悔しげな顔をしていた。
それをわかっているのか、その女子は得意げな顔になりながら三森にさらに聞かせていた。
アレは近づくとやばそうなので、そっと視界からはずした。
二時限目の授業は移動教室であったため、オレのクラスであったD組の教室の横をとおり中を覗いてみた。
北条の姿は見当たらず、そして、オレの席だった場所にはぽっかりとすき間が開いていた。
北条と連絡をとるために、公衆電話から北条のスマフォにかけてみようかとも思ったが、二葉の声で、しかも自分は実は一葉だとかいう突拍子もないことをいったらいい結果になるとはとても思えなかった。
(こうなったら、北条の家に直接会いにいくか? いや、でも、どういう用件で取り次いでもらえばいいんだ……)
授業中も悶々と考えていると、後ろから三森が声をかけてきた。
「もうお昼だよ」
「え、まじで」
いつのまにか授業がおわって昼休みの時間になっていたようで、昨日と同じように机をあわせて対面にすわって弁当を広げた。
「むむむぅ~」
オレの前で弁当を食べる三森は、箸でミートボールをブスリブスリと何個も刺して串団子のようにしながら、眉根を寄せて難しい顔をしていた。
今朝のこともあったので、オレは恐る恐る聞いてみることにした。
「え~と、どうしたの?」
「二葉っち、日曜日ってヒマかな?」
記憶を失ったきっかけになったであろう事故のことや、北条のことなど気がかりなことはあったが今のところ打開策も思いつかず、急いでやらないといけないことはなかった。
「まあ、特に用事はないね」
「じゃあさぁ、日曜日に一緒に遊ばない?」
「いいよ、どこにいく?」
「いいの!? じゃあさ、買い物にいこうよ。服とか買いたいから選ぶの手伝ってほしいんだ」
「服選び……」
意識は男であるオレに女子の服を選ぶセンスがあるのだろうかと不安になっていると、三森はまるで捨て犬のような表情でオレの顔を見ていた。
「おっけーおっけー、まかせてよ!!」
「それじゃあ、日曜の10時に駅前広場の時計前に集合ね。あ、そうだ、連絡とるとき用にケータイの番号教えてよ」
「スマフォは……この前壊しちゃってさ、今持ってないんだよね」
「ありゃ、そうなんだ」
三森は残念そうな顔をした。
母さんに新しいスマフォを頼んでいるので、手に入ったらすぐに番号を教えようと心のメモ帳に書いておいた。
放課後になり三森は部活にいくために、かばんに荷物を手早くつめていっていた。
「日曜日のことぜったいにわすれないでよ。約束だよ」
「わかったわかった、じゃあね」
三森は念を押すように言うと、うれしそうに口の端を緩めながら教室から出て行った。