2. 女子の制服を着てみた
次の日の朝、目を覚まして階段を下りていくと、朝食の準備をしていた母が声をかけてきた。
「おはよう」
「うん、おはよう」
朝食を済ませると、オレはある人物に電話をかけるために、自分のスマフォをさがしたが見つからなかった。
母に聞くと、二葉のスマフォは事故のときに壊れていて、オレのは見つからなかったそうだ。
今の異常事態に対しても冷静な判断ができそうな相手に心当たりがあったが、スマフォがなくては連絡が取れそうもなかった。
「それじゃ、仕事いってくるけど、本当に大丈夫なの?」
玄関口の前にたつ母が、心配そうにこちらを見ていた。
「母さん、オレ……ワタシはもう大丈夫だから」
「そう、じゃあ、いってくるからね」
母を見送り、この日は改めて自分の現状を整理することにした。
たが、いくら考えても今の自分の体は“二葉”になっているということを再確認するだけだった。
元に戻る方法を探したいが、そのための方法は皆目見当がつきそうもなかった。
「やっぱ、あいつに相談してみるかぁ」
相談相手として思い浮かべたのはオレのクラスメイトであり、そして一ヶ月前には恋人にもなっていた“北条和葉”である。
今のオレの現状を話せそうな相手として、あいつ以上の人間はいなそうだった。
夕方に母が帰ってくると、学校にいくために復学の連絡をしてもらうことにした。
「具合もだいぶよくなったから、そろそろ学校に行こうと思うんだ」
「大丈夫? 無理しないで休んでいてもいいのよ」
「大丈夫だよ。ほら、もうこんなに元気なんだから」
「もう、そういうのは女の子がするポーズじゃないわよ」
オレは、元気だというアピールをするために力こぶをつくるポーズをしてみせた。
それをみた母は、おかしそうにクスリと笑うと学校にいくことを了承してくれた。
母が学校に連絡をとってくれて、明日から学校に復帰することになった。
オレは学校にいくための準備をしに二葉の部屋に入り、かばんの中に教科書などをつめていった。
「えーと、国語の教科書は……あった」
二葉の部屋の中は物が散乱しており、なかなか探し物がみつからなかった。
二葉は片づけがヘタクソで週に1回掃除を手伝ってやらないと、すぐにごみ屋敷状態になっていた。
だが、そこでふと気づいたことがあった。
「ああ、なんだ。教科書はオレのと一緒なんだから、自分のを使えばいいじゃないか」
二葉とは同じ高校に通っていて、双子であるため使っている教科書が同じであるということに気づいた。
オレは二葉がつかっていた通学用かばんに自分の教科書とノートをつめていった。
「うっし、準備完了!!」
無事に学校にいく準備をおえたオレは、ふぅと息をはいた。ちょっと動いただけなのに、ひどく体が疲れているのを感じた。
二葉は運動が得意ではなく、加えて体力もないというもやしっ子検定合格間違いなしだった。
小柄な体もあいまって、昔っから危なっかしかったので、学校の登下校は一緒にいっていた。
明日からの通学を無事に遂げることができるのか不安になってきた。
次の日、仕事に向かう母さんを見送ったあと、オレも学校に向かった。
だが、外にでて学校への通学路を進むオレはひどく緊張していた。
今のオレの格好は、いつもの男子用制服ではなく二葉の制服で、足をつつむのはズボンではなくスカートとなっていた。
まるで、女装して町をうろついているような気分になり、ひどく恥ずかしかった。道をすすむ同じ高校の生徒に見られているような気がして、おもわず足早になっていた。
「ハァ、ハァ」
学校に着くころには、朝から無理な運動をしたせいで息が乱れていた。
昇降口の前で大きく息をすって吐いて息を整えてから、自分の上履きが入っている下駄箱に向かった。
2年D組の出席番号11と書かれた下駄箱から、学校指定の上履きをとりだし履こうとした。
「あっ、しまった」
今の自分の足にとってぶかぶかだったことで、ようやく自分の失敗に気づいた。
他人に見られる前に急いで上履きをもどして、“二葉”のクラスである2年B組の下駄箱に向かった。
二葉の出席番号は分からなかったが、名前順になっていることから、自分と同じ10番ぐらいだろうとあたりをつけて、10番の下駄箱を開けた。
「おっしゃ、ビンゴ」
中には、かかとの部分に『楠木』と書かれた上履きが入っていた。
自分のカンが当たったことで上機嫌になりながら、教室に行く前に担任の教師に会うために職員室にむかった。
「失礼しま~す」
たしか、二葉のクラスの担任はメガネのちょっと頭が薄い先生だったはずだ。
「先生、おはようございます」
「ん? おお、楠木きたか」
スチールの机で書類仕事をしていた先生に声をかけると、メガネを直しながらこちらに顔を向けた。
「もう、具合はだいじょうぶなのか?」
「はい、おかげさまで。ご迷惑をおかけしましたが、またよろしくお願いします」
「そうか、これから大変だろうが、何か困ったことがあったら相談にのるぞ」
先生は神妙な顔をしながら、オレのことを気遣う言葉をかけてくれた。
その後、職員室を退出してから二葉のクラスの教室にむかった。昇降口での出来事がなければ、いつもの習慣でそのままオレのクラスに向かっているところだったろう。
教室のドアを開けると、予鈴20分前だったが既に何人かの生徒がきていた。
オレのことを興味をもちながら、どう扱っていいかわらかないような奇妙な視線を感じた。
「楠木さん、もう大丈夫なの?」
そこに、一人歩みよってきたのはメガネをかけたハキハキとした口調でしゃべる委員長とよびたくなるような女子だった。
二葉からはクラスメイトのことをきいたことはなかったので、どういう友好関係なのかがわからなかった。
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
無難に返事をして友好的にみえるように笑顔を浮かべると、委員長(仮)は少し驚いたような表情をした。
それをみて、オレの女子っぽい話し方がおかしかったのかもしれないと内心焦っていると
「あ、ごめんなさい。楠木さんが笑うところ始めてみたから。笑うとけっこうかわいいのね」
委員長(仮)は微笑みながらいってきて、どうやら友好的に取ってくれたようだと安心した。
二葉は教室内ではあまり愛想はふりまいていなかったようだ。家では泣いたり笑ったり感情表現が豊かなな二葉をしっているだけに、意外であった。
しかし、一つ目の試練を乗り越えたが、さらなら試練に直面していた。
(二葉の席ってどこだよ……)
ここでクラスの人間に「オレの席どこだっけ」と聞こうものなら変な顔をされることは想像に難くなかった。
ここはまた勘にたよって選ぶしかないのかとおもいながら、キョロキョロと教室内を見回していると声をかけてくるものがいた。
「二葉っち~、なにしてるんだよ。こっちきて、自分の席に座りなよ」
声の主をみると、小麦色に焼けた健康的な肌をし、黒い髪をショーットカットにしたボーイッシュな女子が親しみを感じる笑みを浮かべていた。
この女子とは面識はないが名前はしっていた。三森茜といい、陸上部のエースでこの間インターハイに出場したということで、校内では有名人だった。
そして、今のオレにとっては、自分の席を教えてくれた救いの女神でもあった。
「おはよう、三森さん」
「なんだよ、さん付けだなんて他人行儀だな。茜って呼んでくれよ」
「ごめんごめん、茜」
どうやら、三森とは名前で呼び合うほど親しい仲だったかと思いながら、三森の前の席に座った。
しかし、三森は驚いたように目を丸くしていた。
「あれ? どうしたの? いつもだったら『わたしたちはそんな仲じゃないでしょ、三森さん』って言ってくるのに」
「えっと……、いままでは照れくさくてってさ。ほんとに名前でよんでいいの?」
「おお、ようやくボクの愛が通じたんだな。どんどん、名前でよんでくれたまえ」
自分の推測が外れていたことに内心冷や汗をかきながら、なんとかごまかした。
二葉はクラス内ではちょっと浮いている存在だったのかもしれない。
体が弱く、小学校の頃から早退や欠席を繰り返していたので、友達もできにくかったのだろう。
午前の授業が終わり昼休みに入ると、オレは“元”自分のクラスである2年D組に向かっていた。
今日学校に来た目的である北条に、ようやく会えると思い気分が高揚していた。
2年D組の教室に到着して、扉を開けた。
久しぶりに入る自分のクラスに懐かしさを感じながら、教室内を見渡したが目的の人物の姿が見当たらなかった。
そこで、入口の近くで弁当を広げて食べようとしている男子に話しかけた。
こいつとはバカ話をしあう仲で、いつもだったらもっと気安い調子で話すのに、今は他人行儀なしゃべり方になっていることに寂しさを感じた。
「ちょっとごめん、北条さんって今日来てる?」
「北条さんなら、休みだよ」
「そうなんだ、風邪なのかな?」
「さあ、詳しいことは知らないけど、夏休みがあけてからずっと学校にきてないよ。何かあったのかなぁ」
しかし、その寂しさもいま聞いたことで吹っ飛んだ。
オレが事故にあったのは夏休みが終わる直前の8月末で、北条が9月から学校にこなくなったのには、なにかの関係性がありそうでイヤな感じがした。