1. 目覚めると妹になっていた
10話ぐらいで完結予定の短めの話となっています。
目覚めるとそこは白い部屋だった。
壁も天井も真っ白で統一されていて、オレの寝ているベッドのシーツも白かった。
「ここ、どこだ?」
体を起こして部屋の中を見回していると、自分の声に違和感を感じた。
(オレの声ってこんなに甲高かったっけ?)
自分の口からでた声は既に高校生となり変声期をとっくに過ぎたものとは程遠い高いソプラノの声で、それはまるで
「まるで女みたいな声……」
もう一度声にだしてみると、ますますその実感は湧いた。
そんなことよりも、なんで自分がこんな部屋にいるのかということ確認するほうが先決だった。
まず、自分の体を確認すると、腕には点滴の管がつながれていた。
格好も入院患者が着るような服で、ここは病院だということがわかった。
キョロキョロと部屋の中を見回していると、部屋の扉がガチャリと開き、白いナース服をきた若い女性が入ってくるのが見えた。
「え!? 楠木さん、気がつかれたのですか」
おそらく看護師であろう女性はオレを見て驚いたあと、急いで部屋から出て行った。
状況についていけないまま待っていると、白衣をきてメガネをした医者っぽい中年の男性が部屋の中に入ってきた。
「楠木さん、混乱しているでしょうが、まずは落ち着いてください」
「え、あ、はい」
「あなたは、一週間ほど前に当病院に運び込まれ、それ以来意識を失っていました」
「あの、今日って何日ですか?」
「今日は9月7日です。楠木さんが入院したのは8月30日です」
知らないうちに一週間も時間がたってたということに驚いた。
「あなたはその日行方不明になり、近所の山の中で倒れているのを発見されました。その時の状況を何か覚えていますか?」
山の中で発見されたといわれ、その時のことを思い出そうとすると頭が痛みだした。
「うっ」
「無理をさせてしまい、申し訳ないです。まずは、ご家族に連絡しますので、安静になさっていてください」
しばらくすると、連絡を受けてやってきた母が病室に入ってきた。
「ああ、よかった。目を覚ましたのね」
母は泣きそうな顔をしながらわたしの体を抱きしめた。
こうやって、抱きしめられたのは子供のとき以来で、恥ずかしかったが安心もできた。
「あなたまでいなくなったらと思うと、心配で心配で」
「心配かけてごめん、母さん」
「いいのよ、あなたの元気な顔がみれただけで、ねぇ“二葉”」
「え」
オレは母さんのいった言葉に耳を疑った。オレの名前は“一葉”だ。
「母さん、何いってんだよ。二葉は妹の名前だろ。オレは一葉だよ」
「え、え、え!?」
母さんはオレの言葉をきくと狼狽しながら、オレの顔を見たあと医者の方を向いた。
「どうやら、二葉さんはまだ意識が回復したばかりで混乱しているようです。診察を念のためにしておきましょう」
医者までオレのことを二葉だといいだした。
オレと妹の二葉は双子だが一卵性ではなく、よく兄妹なのにあまり似てないといわれるぐらいだった。
それを間違えるなんておかしかった。それ以前に男女という違いを間違えるわけがなかった。
そして、オレは気づいた。病室の中についている小さな洗面台の上についている鏡に映っているものに……。
それは、まぎれもなく妹の“二葉”の姿であった。
この日は、病院で安静にするということで母は帰っていった。
帰っていくときの母の顔はどこか不安そうな顔をしていて、そんな顔をさせてしまったことに申し訳なさを感じた。
だけど、オレの意識はたしかに“一葉”であった。しかし、鏡をじっくり見るとたしかに“二葉”の体であった。
小柄な体型で肩までのばしたサラサラの黒い髪と、白い肌をもつ二葉の体は、大柄な体型だったオレのものとはかけ離れたものだった。
二葉の買い物に付き合って並んで歩いていると、恋人かと間違われるぐらい似ていなかった。
「はぁ~~」
ため息をはくと、鏡の中の二葉もため息を吐いていた。
次の日、医者から問診や検査を受け、問題ないという診断結果をもらい家に帰ることができた。
精密な検査はオレが意識を受けていない間にうけていて、体には大きな傷はなく、後はオレが目を覚ますだけという状態だったらしい。
母の運転する車に乗りながら、オレは外の風景をボーっと見ていた。
「今は学校には休学届けをだしてるから、大丈夫そうなら、学校に連絡するからね」
母は気遣うように話しかけてきた。以前の母だったら、オレにはもっと厳しく接してきただけに、違和感を感じてしまったが、それでも母の気遣いは嬉しかった。
「母さん、ありがとう」
「母さんか……。前だったらママってよんできたのに、やっぱりまだ記憶はもどらないの?」
そういえば、二葉は母さんのことをママってよんでいたっけな。
目が覚めてから二日たったが、いまだに記憶のあやふやな部分があり、医者からは時間がたてば徐々に思い出していくだろうといわれた。
しかし、記憶が戻ったとしても、この体であるため自分は一葉だといっても信じてもらえないことがつらかった。
やがて、車は我が家に到着し、オレは車から降りて母の後ろについて家の中に入った。
「ただいま~」
「おかえり」
先にはいった母がオレにむかって笑顔でいった。
なんだかんだで、病院にいたときは落ち着かなかったようで、家にかえってきたことで安心できた。
「ちょっと待っててね、ご飯にするから。今日は二葉の退院祝いだから豪勢よ~」
母は妙に陽気な声を上げながら台所に向かった。
食事の支度を待っている間、オレは居間のソファーに座ってテレビを見ていた。
テレビではお天気ニュースが流れていて、9月に入ってもまだまだ残暑が続くとニュースキャスターが話していた。
その後、高校生が山の中で転落事故を起こしたというニュースが流れた。
なぜか、そのニュースがとても気になりよく見ようとしたところで台所から母の声が聞こえてきた。
「二葉~、おかず運ぶの手伝ってくれる~」
「わかった~」
返事をした後、またテレビに視線をもどしたが、さっきのニュースは終わり、つぎのニュースについて流れていた。
テーブルの上には二葉が好きだったシーザーサラダや、ブロッコリーの野菜炒めなど野菜中心のメニューが並んでいた。
オレとしては肉が好きだったが、ここでも二葉との違いを見せ付けられたような気がした。
「いただきま~す」
「はい、どうぞ」
それでも、せっかくの母の好意を無碍にするわけにもいかないので、料理に箸を伸ばした。
「おいしい」
「そう、よかった。二葉の好物だったものね」
以前は苦手だった野菜が不思議とおいしく感じられた。
ご飯を食べ終わると、母に風呂に入るようにいわれたので、素直に行くことにした。
しかし、脱衣所に入ってTシャツを脱ごうと手をかけたときに気がついた。今は、自分の体が二葉であるということを……。
「ど、どうしよう」
まるで、妹の裸をのぞき見るような後ろめたさを感じオレは服を脱ぐことをためらってしまった。
しかし、外にでたとき暑さのせいで汗をかいていたため、風呂には入りたかった。
「ええい、ままよ!!」
オレは一気にTシャツを脱ぎズボンを脱ぐと、白いレースで縁取られたブラとショーツの下着姿になった。
オレは顔が赤くなるのを感じたが下着も一気に脱いだ。
脱いだ服を洗濯かごにぽんぽんと投げ込むと風呂場に入った。
風呂に入る前に体を洗うために、シャワーの前にたつと風呂場におかれた鏡に自身の姿が映った。
起伏のある柔らかそうな曲面を描く女子の裸体が映っており、その顔は羞恥心で頬を真っ赤に染めっていた。
「うう~~、無心だ。無心になれ」
オレは頭のなかを空っぽにしながら、髪と体を手早く洗い流すと、湯船のなかにザバリと入った。
「ふう~~」
やがて、湯のあたたかさが体に染みてきてオレは気持ちよさに思わずため息を吐いた。
気分も落ち着いてきて、これからどうすべきかという思いが浮かんできた。
とりあえず、自分はいま二葉の体になっているという事実を受け止めることにした。
だが、ここでひとつ疑問がわいた。
「そういえば、元のオレの体はどうなったんだ?」
何らかの超常的な力によって自分と二葉の体が入れ替わったとすると、元の自分の体には二葉が入っている可能性が高かった。
だが、病院にきたのは母だけで、家に帰ってからも二葉に会うことはなかった。
これ以上入っていると、のぼせそうだったので考えを中断して風呂から上がることにした。
バスタオルで無心になって体を拭き、下着を悪戦苦闘しながら、なんとか付け終わりパジャマを着て脱衣所から居間に入った。
「母さん、あがったよ~」
母さんに声をかけると、母は仏間で仏壇にむかってお祈りをしていた。
「ああ、あがったかい。今、父さんにあんたが帰ってきたって言うことを報告していたんだよ」
「そっか、じゃあ、オレ……ワタシも報告しなきゃね」
父さんはオレが小学生の頃に交通事故で亡くなっていて、それ以来母さんはオレたち兄妹を女手一つで育ててくれていた。
まあ、そのせいか長男であるオレに厳しかったのはしょうがないことだったのだろう。
母はあまり体の丈夫じゃなかった妹のことを気にかけていて、オレが忙しい母に代わって妹の面倒をみることが多かった。
「父さん、ただいま」
オレは仏壇の前に正座して手を合わせて祈りを捧げた。
しかし、目の前に父さんの位牌のほかにもう一つ位牌が増えているのに気がついた。
疑問に思っていると
「一葉にも挨拶してやってね。寂しがるから」
母はそういいながら、見慣れぬ位牌のほうを見ていた。
「え? 一葉」
「一葉はね、あなたが見つかったとき一緒に倒れてて、そのときにはもう……」
「そんな……」
(オレは既に死んでいるっていうのか、じゃあ、今いる“一葉”は一体誰なんだ……)
「きっと、あんたが助かったのも一葉のおかげなんだろうね。最期まで、あの子は立派なお兄ちゃんだったよ」
母はそういいながら涙ぐんでいた。
オレは気分が悪くなり、母におやすみといい、2階にある自分の“一葉”の部屋にはいりベッドにもぐった。
ベッドからはなつかしい自分のにおいがし、どこか安心できた。