中央
ゲンは羽犬に乗ったカツアに誘導されながら南の方角に飛んでいた。
カツアは全身赤い毛の羽犬に乗っていた。ゲンはその羽犬をちらりと見たが,
羽犬のほうはゲンを見向きもしない。
カツアがゲンに声をかけた。
「ゲンさま、申しわけありません。北の村人はあのような感じで」
「いや、なかなか元気でいい」
ゲンは世辞をいってみた。
「ところでさっきの建物はかなり広かったが、北の中心ということか?」
「さようで。御館と呼ばれております。大長老のテルイさまの作業場でございます。そこに皆が集まるものですから自然と人々の学び場になりました」
「そうか。やはり学ぶのは祓い方とか」
「ええ。主にそうですが、子どもたちは読み書き、計算、各村の仕事や役割についても学びます。また、北では技術的なことにも力を入れております」
「ほう、昔からか」
「いいえ、まだはじまったばかりで。ライさまがお生まれになる前はそのような余裕もありませんでしたので」
(ライ。コウの曾祖母か)
「そうか」
ゲンは無理もないと思った。サクから聞いた話ではライ、ヨウの力が強かったためにようやく国として機能を果たせるようになり、その矢先にヨウが変死したという。
カツアは表情を変えない。
「昔は空の国に統一された学校はなく、四つの村には祓いを学ぶ場が点在しただけでございました」
つまり連日のやみの出現によっていわば悲愴な場としてはじまったのだろう。
「そこに自分の子も連れてくるものですから、子どもがあふれて手のあいた大人が面倒をみるようになったのですが、学校と呼べるような場ではありませんでした。いまでは村学と呼ばれてはいますが、昔はそのような呼び方さえなく、私たちが子どものころは集会場とか作業所とか、好き好きに申しておりました」
カツアが子どものころということは二十年ほど前ということになる。ライが治政の中心となったころということか。歴史は浅い。
「ただ、空の国の中心部には五十年ほど前から『中央』と呼ばれる学びの場がございます」
「いまもあるのか」
「はい。本日はコウさまより、ゲンさまを中央に案内するよう仰せつかっております。ただいまから中央に向かいます。中央は、各村の空人が祓いを学ぶ場となっております。設立なさったのは巫女のタイさまでございます」
「タイ?」
「ライさまのお母さまでございます」
「ああ」
「設立なさるうえで、ヨクさまとテルイさまをはじめとして当時の長老、長の方々はずいぶん苦労なさったとうかがっております。まもなく到着します。あの林の向こう側が中央でございます」
カツアは羽犬の手綱を少し引いた。
羽犬がゲンに近づいた。ゲンはかなり近くで羽犬をみることができてわくわくした。
犬の形をしているが地球に生息する犬とはずいぶん違う。羽があることが大きく違うが体格は馬よりひとまわり大きく、色もさまざまだ。首には数珠がぎっしりと施された太い綱を巻いている。人はそれを操り、羽犬は大きな羽をゆっくりと広げて悠々と飛ぶ。この赤い羽犬は真珠色の数珠を巻いている。そういえばウルクが乗っていたララという羽犬も赤犬だった。兄弟か、親子か。
(この羽犬、念話を受けとることができるかな。しかし)
念話は仙人が使うことのできる術である。いわゆるテレパシーであるが、発する本人も受けとる者も体力、気力ともに消耗するため体調が悪くなる者や精神的に不安定になる者もいる。ただ、ここの犬は地球のそれより体格もいいし、すんなり受けとめる可能性はある。
(ちょっと試してみるか)
ゲンが羽犬を見ると、羽犬は不機嫌なようすでゲンをじろっと見返してくる。ゲンと会話をしたいとは思えなかったので念話を試すのはあきらめた。
薄暮が迫っていた。
家々の松明が目立ちはじめる。空は厚い雲で覆われ、星は見えない。前方に背の高い林があるようだが暗くてよくみえない。匂いで「竹だな」と判断した。ときおり湿った風が強く吹く。その風にあたって揺れる葉の音がしゃらしゃらと鳴った。近くに寄ると巫女の田舎家の近くにある竹林と似ていた。
中央は「中央」と呼ばれてはいるが、実際には西麓村の稲塚の地にあり、四つの村より高い地に築かれている。小高い山が存在し、そこにさらに土を盛り上げ、まわりには繁く竹を植林している。
外側からみれば一つの要塞と化しているようであった。
竹林を超えるとそこは高台であり、広い公園のようであった。「要塞」の中は穏やかな風景であった。芝が敷かれ建物は大きく、落ち着きを醸し出している。いままで見てきた村の貧しさと比べるとどこか雰囲気が違う。空気が違うというのが正しいか。
中央のさらに中央には大きな建物が連立していている。松明がひとつずつ灯され、さりげなく位置を主張している。
ひときわ大きな建物が見えた。どうやらその建物の前に降りるようである。ゲンは今度は注意深く降りたため、さっきのような大きな音はしなかった。建物は茅葺きの屋根、どっしりとした木造。まわりには背の高い広葉樹が植えられ、近くに池が造られている。
中から地味な中年男が出てきた。男は一瞬ゲンの姿に驚いたがすぐに一礼して羽犬を連れていった。
「ここには八棟の建物がございます。設計、現場の指揮はすべてテルイさまでございます」
カツアは少し得意そうな顔をした。
「向かって右側にある三棟の建物が『中央学』と呼ばれている学び舎でございます。手前から『修練堂一』、右隣が『修練堂二』、奥にありますのが『修練堂三』でございます」
ゲンはカツアが指差す方向を見た。松明が一つだけひっそりとたたずみ、ぼんやりとしか見えなかったが大きな建物には違いなかった。いまは誰もいないようすで怖いほどであったが、普段は屈強な祓い師が掛け声でもかけながらたむろしているのであろう。
「なかで空人が祓いを学びます。中央学で祓いを学ぶ制度をつくられたのはヨウさまでございます」
「ヨウ。サクの母親か」
「さようで」
つくられた当初は主に長老、村長、村役、里長、里役の者が祓いの型を学ぶ場であり、そこで学ぶ者も村によって偏りがあり、統一されたとはいえなかったという。
「ヨウさまはまず村学の制度を敷かれました。子どもも大人も最初は村学で学びます。教師は村の長老をはじめ、長、役、といった者が担当し、村人のすみずみに至るまでじきじきに祓いの教育が施されました。村学を卒業した者が中央学に進みますが、中央学に進む者が大変少のうございました。そこでヨウさまは『巫女は各村の村学に赴いて祓いの直接指導をすること』とお決めになりました。これはいままでにはないことで、各村の者たちの祓いの力が格段に上がりました。ヨウさまはすべての空人がより強い祓いを学べるようご配慮なさったのです」
ゲンはサクの話を思い出した。
巫女はそれぞれの「星」を持ち、ヨウは「陽」の星。
カツアは無表情のまま話を続けた。
「ヨウさまは、村学を卒業していない者でも必ず月にいちどは中央学に祓いを学びに行くよう指示を出され、細かく管理をなさいました。そうすることで、普段は祓いの力を持たない者がいざというときに力を発揮する、ということも多くなってまいりました」
空人のすみずみに至るまで太陽の光を当てるような仕事だな、とゲンは思った。
根気よく丁寧に一人ひとりに光をあてていったのである。そのことが空人にとって大きな自信を作ったのだろう。
「祓いの力を持っている者はどれほどいるのか」
「多くはおりません。全体の一割程度でございます。先天的に力を持っている者たちは『能力者』と呼ばれ、能力者のほとんどは祓い師となります。祓い師は長老、長、役に就くことが常でございます」
「ほう、ではヨクとかテルイとか」
「ええ。ヨクさまはそうですがテルイさまは能力者ではございません。また、南の村長ガクウどのも非能力者でございます。今朝の会議に出席していた者で申しますと、その二人以外は能力者でございます。能力者はやみを察知することができます。もちろん巫女さまの力は別格でございます」
「そうか」
ゲンはまだ空人の祓いの力を見たことがない。巫女の力の差とはどれだけのものか、いちど見てみたいものだと思っているとカツアは察したように答えた。
「これからゲンさまは村々を巡回されますので、空人の祓いの力をごらんになることができましょう。そして巫女さまの力は別格ということも体感されましょうし、ゲンさまの力は破格であることもみずからご理解されることでしょう」
カツアは冷静に分析した。
「カツア、おまえは祓い師か」
カツアは淡々と答えた。
「いいえ。残念ながら力を持っておりません。村学で祓いの型を覚え、中央学で深く学び、目の前にいるやみひとをひとり祓うだけで精いっぱいでございます」
「ほう、重要な役にいるおまえでもそうか」
「はい。後天的に力を得る者はせいぜいその程度。他人を助ける力はありません。祓い師は、その技量の大きさはさまざまですが、他人を助ける力を持っております。加えてやみを察知できますので自然と人々を守る立場に位置します。ただ稀に、能力者ではなくとも研鑽を積んで祓い師になる者もおりますが、その者たちはやみを察知できる能力はございません。テルイさま、ガクウどのはその類に相当します」
「一人ひとりが、目の前にいるやみひとを祓うことができれば問題はないということか」
「いままではそうでした。ヨウさまのお陰でやみひとにはほとんど呑まれなくなったのです。ところが」
カツアはことばを続けなかった。ゲンはぼそっとつぶやいた。
「最近は清浄の気においてやみが力を得たように動く、か」
カツアは少し驚いた表情を見せた。
「ええ。そのとおりでございます」
少し沈黙が流れた。ゲンは話題を変えた。
「そういえば、さっき、子どもたちは、読み書き、計算、各村の仕事や役割についても学ぶといっていたな。それもヨウが体制を敷いたのか?」
カツアは首を振った。
「いいえ。それはサクさまでございます。サクさまは『図書堂』をおつくりになられ、・・・あの一番左に位置する建物がそうです。祓いの型が書かれた書物を始め、空の国の歴史についての書物、各村の特産物についての書物などさまざまな書物が収められ、空人は自由に出入りができ、書物を借りて持ち帰り、学びを深めることもできます。サクさまはこの図書堂までは一般の空人が入れるようになさいました。上からの伝達だけでなくそれぞれの村人が横のつながりを持てるように、とのご意向でございました」
ゲンはカツアに促されて図書堂をみた。あまり大きな建物ではないが屋根が平たく好もしい。
「この、目の前に見える大きな建物は『講堂』です。この建物が一番古うございます。タイさまが真っ先におつくりになったものです。ここでは各里、各村の役を収集しての会議が行われますが、巫女さまが祓い師に指導する時の場としても使われます」
カツアは風になびく髪をなでつけながら、講堂の裏手に手を伸ばすようにして指差した。
「講堂の裏に『診療堂』がございます。その左横には『薬師堂』。ここは空の国の医療の中枢で管轄は南麓村でございます。サキイさまとヨキイさまがタイさまに申請され、完成したのは講堂より一年ほど後だとうかがっております。いまではおふたりは長老におなりですので、直接の管理は南の村長、ガクウどのでございますが」
「その向こう、上にも建物があるな。あれは?」
小高い山のいただきにそれはあった。やはり竹林に覆われてその姿は全部が見えるわけではなかったが、まわりにある建物に比べるとずいぶん小さい建物であることはうかがえた。
「あれは『御堂』でございます。御堂もタイさまがおつくりになりました」
「なにがある」
「古文書、空の国の歴史書が収められております。ただ、空人全員が入れるところではございません。御堂に入れるのは巫女と長老、村長だけでございます。長に就くものは研修として歴史書全巻を読めますが、全部を読み切るものはおりません」
「カツアはそこに入れないのか」
「はい。テルイさまのお供で建物の外までは行きますが」
「オレは入れるのかな・・・」
「コウさまがお許しになれば。・・・ですが」
カツアがじっとゲンを見る。
「どうした」
「はい。御堂はあまり大きな建物ではございません。入口も窓も大変狭うございます。・・・失礼ですが、コウさまがお許しになっても、そのおからだでは」
「あ」
(そうか。オレは結構大きい獣だった)
ゲンは苦笑するしかなかった。が、カツアは特に気にするふうでもなく説明を続けた。
「タイさまは、御堂を古文書の書庫としておつくりになりました。しかし、いまでは古文書を整理し精査する場となりました。その体制をおつくりになったのはサクさまでございます。巫女さまの監修のもと、長老、長が協議し、古文書のなかから、役たちに落とすべき内容、大人たちに落とすべき内容、子どもたちに落とすべき内容を決めます。その内容は書写され、書物として図書堂に収められます」
説明をひととおり終えると、カツアはぴゅうっと指笛を鳴らした。すると羽犬がどこからかひらりと飛んできた。
「カカ、またお願いね」
カツアは羽犬を撫でてその背に乗り、ゲンに声をかけた。
「ゲンさま。これから北麓の避難所にまいります」
「わかった」
カツアは次に向かう場所を説明した。
「北の避難所は四か所です。土橋、小河原、川端、泉谷にございます。これから向かいますのは川端でございます」
ぽつっと大粒の滴が落ちてきた。
「雨か」
ゲンがそうつぶやくと、カツアが応じた。
「雨は空からの恵み、禊ぎでございます。雨は古くからお空さまの奥方さまだといわれています。ご存じだと思いますが、空の国では雨がよく降ります。お空さまは雨を降らせてやみひとの出現を抑えてくださいます」
「そうなのか」
「はい。ですが、雨が激しく降る時は大きなやみが出現するという知らせのことが多うございます。この雨はもしや」
カツアが不安な顔をした。確かに大きい雨粒が数を増やして降ってくる。カカの羽に大粒の雨が当たり、ばたばたと音がした。
これはどしゃぶりになるな、とゲンが思ったそのとき、背中におぞけが走った。
「くっ! そのようだ。カツア、おまえは来るな」
「えっ」
カツアが聞き返そうとしたとき、ゲンの姿ははるかかなたにいた。雨が激しく音を立てて降りはじめていた。目が開けられない。カツアは手綱を引いた。
「カカ! 御館へ!」




